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第4話 祭り上げられた聖女
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第4話 祭り上げられた聖女
ポーラ・スターが「聖女」と呼ばれるようになったのは、彼女自身の意思とは、まったく関係のないところだった。
もともと、スター公爵家は代々王国に仕える名門貴族であり、政治の中枢に近い立場にあった。
その当主であるスター公爵――ポーラの父は、誠実で慎重な人物として知られていた。
だが、娘のこととなると話は別だった。
ポーラは幼い頃から、人と関わることが苦手だった。
社交の場に連れ出せば顔色を失い、声をかけられれば言葉を失う。
笑顔を作ろうとしても、それができず、次第に周囲から「内向的」「大人しい」「扱いづらい」と評されるようになった。
父であるスター公爵は、無理に矯正しようとはしなかった。
少なくとも、最初のうちは。
だが、王国の情勢が不安定になった頃から、状況は変わっていく。
数年にわたり、王国各地で小規模な災害が頻発した。
大きな被害こそ出ないものの、干ばつ、冷夏、疫病の兆し――
人々の不安は確実に蓄積していた。
そんな中で、王宮が求めたのは「象徴」だった。
民衆を安心させるための、分かりやすい存在。
祈り、奇跡を示し、希望を与える存在。
すなわち――聖女。
古い文献を紐解く中で、ある報告が注目された。
スター公爵家の令嬢ポーラが屋敷に籠もるようになってから、
不可解なほど王国が安定している、という事実。
それは、偶然かもしれない。
だが、偶然にすがりたいほど、当時の王宮は追い詰められていた。
「……聖女の素質があるのでは?」
その一言が、すべての始まりだった。
スター公爵は、猛反対した。
娘がどのような状態なのか、誰よりも知っている。
人前に立たせるなど、正気の沙汰ではない。
だが、王宮の判断は揺るがなかった。
「姿を見せる必要はない」
「儀式は代役を立てればよい」
「象徴として名前だけ貸してくれればいい」
――そんな言葉が並べられた。
結果として、ポーラは「引きこもりのままの聖女」という、前例のない立場に据えられた。
ポーラ自身は、聖女に任命された日も、部屋から出ていない。
正式な儀式にも参加せず、宣誓の言葉も口にしていない。
ただ、扉の向こうで、いつもと同じように息をしていただけだった。
それでも、王国は落ち着いた。
不思議なほど、穏やかな日々が続いた。
王宮は、その事実を都合よく解釈した。
「やはり、彼女は聖女なのだ」
「力は本物だが、性格に問題があるだけ」
そうして、次に決められたのが――婚約だった。
聖女は、王家と結びつくべき存在。
それが、長年続いてきた慣例だった。
相手は、王太子リチャード。
政治的には、これ以上ない組み合わせだった。
だが、その決定が、どれほどポーラを追い詰めるかを、
考える者はいなかった。
婚約の話を聞かされた日、ポーラはただ黙っていた。
拒否する言葉も、受け入れる言葉も、出てこなかった。
それを、王宮は「了承」と受け取った。
本当は、恐怖で思考が止まっていただけだったのに。
以降、ポーラは「聖女」であり、「王太子の婚約者」という二重の立場を背負わされることになる。
人前に出ることも、声を出すこともできないまま。
そして、時間が経つにつれ、
王太子リチャードの不満は募っていった。
姿を見せない婚約者。
儀式に出ない聖女。
彼にとって、それは「理解不能」であり、
「許しがたい怠慢」だった。
一方、ポーラは何も変わらない。
今日も、自室で静かに過ごしている。
聖女に任命されたからといって、
突然強くなれるわけでも、
恐怖が消えるわけでもない。
ただ一つ変わったのは、
自分の存在が、
誰かの期待と不満の的になってしまったことだけだった。
ポーラはベッドの端に座り、胸に手を当てる。
――私は、間違っているのだろうか。
答えは出ない。
彼女は、聖女になりたかったわけではない。
婚約者になりたかったわけでもない。
それでも、祭り上げられた。
そして今も、
その「期待」という名の檻の中で、
息を潜めて生きている。
扉の向こうで決められた運命が、
静かに、しかし確実に、
彼女を追い詰めていくことになるとも知らずに。
ポーラ・スターが「聖女」と呼ばれるようになったのは、彼女自身の意思とは、まったく関係のないところだった。
もともと、スター公爵家は代々王国に仕える名門貴族であり、政治の中枢に近い立場にあった。
その当主であるスター公爵――ポーラの父は、誠実で慎重な人物として知られていた。
だが、娘のこととなると話は別だった。
ポーラは幼い頃から、人と関わることが苦手だった。
社交の場に連れ出せば顔色を失い、声をかけられれば言葉を失う。
笑顔を作ろうとしても、それができず、次第に周囲から「内向的」「大人しい」「扱いづらい」と評されるようになった。
父であるスター公爵は、無理に矯正しようとはしなかった。
少なくとも、最初のうちは。
だが、王国の情勢が不安定になった頃から、状況は変わっていく。
数年にわたり、王国各地で小規模な災害が頻発した。
大きな被害こそ出ないものの、干ばつ、冷夏、疫病の兆し――
人々の不安は確実に蓄積していた。
そんな中で、王宮が求めたのは「象徴」だった。
民衆を安心させるための、分かりやすい存在。
祈り、奇跡を示し、希望を与える存在。
すなわち――聖女。
古い文献を紐解く中で、ある報告が注目された。
スター公爵家の令嬢ポーラが屋敷に籠もるようになってから、
不可解なほど王国が安定している、という事実。
それは、偶然かもしれない。
だが、偶然にすがりたいほど、当時の王宮は追い詰められていた。
「……聖女の素質があるのでは?」
その一言が、すべての始まりだった。
スター公爵は、猛反対した。
娘がどのような状態なのか、誰よりも知っている。
人前に立たせるなど、正気の沙汰ではない。
だが、王宮の判断は揺るがなかった。
「姿を見せる必要はない」
「儀式は代役を立てればよい」
「象徴として名前だけ貸してくれればいい」
――そんな言葉が並べられた。
結果として、ポーラは「引きこもりのままの聖女」という、前例のない立場に据えられた。
ポーラ自身は、聖女に任命された日も、部屋から出ていない。
正式な儀式にも参加せず、宣誓の言葉も口にしていない。
ただ、扉の向こうで、いつもと同じように息をしていただけだった。
それでも、王国は落ち着いた。
不思議なほど、穏やかな日々が続いた。
王宮は、その事実を都合よく解釈した。
「やはり、彼女は聖女なのだ」
「力は本物だが、性格に問題があるだけ」
そうして、次に決められたのが――婚約だった。
聖女は、王家と結びつくべき存在。
それが、長年続いてきた慣例だった。
相手は、王太子リチャード。
政治的には、これ以上ない組み合わせだった。
だが、その決定が、どれほどポーラを追い詰めるかを、
考える者はいなかった。
婚約の話を聞かされた日、ポーラはただ黙っていた。
拒否する言葉も、受け入れる言葉も、出てこなかった。
それを、王宮は「了承」と受け取った。
本当は、恐怖で思考が止まっていただけだったのに。
以降、ポーラは「聖女」であり、「王太子の婚約者」という二重の立場を背負わされることになる。
人前に出ることも、声を出すこともできないまま。
そして、時間が経つにつれ、
王太子リチャードの不満は募っていった。
姿を見せない婚約者。
儀式に出ない聖女。
彼にとって、それは「理解不能」であり、
「許しがたい怠慢」だった。
一方、ポーラは何も変わらない。
今日も、自室で静かに過ごしている。
聖女に任命されたからといって、
突然強くなれるわけでも、
恐怖が消えるわけでもない。
ただ一つ変わったのは、
自分の存在が、
誰かの期待と不満の的になってしまったことだけだった。
ポーラはベッドの端に座り、胸に手を当てる。
――私は、間違っているのだろうか。
答えは出ない。
彼女は、聖女になりたかったわけではない。
婚約者になりたかったわけでもない。
それでも、祭り上げられた。
そして今も、
その「期待」という名の檻の中で、
息を潜めて生きている。
扉の向こうで決められた運命が、
静かに、しかし確実に、
彼女を追い詰めていくことになるとも知らずに。
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