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第6話 役立たずという結論
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第6話 役立たずという結論
王城の執務室には、昼間だというのに重たい空気が漂っていた。
高い天井、分厚い石壁、磨き上げられた長机。
その中心に座る王太子リチャードは、報告書の束を前に、苛立ちを隠そうともせずに指先で机を叩いていた。
「……結局、姿は見せないままか」
吐き捨てるような声に、側近たちが一斉に息を潜める。
ここ数日、王城には同じ話題が繰り返し持ち込まれていた。
西の街道の件、穏やかな天候、特に大きな問題のない国内情勢。
本来なら、喜ばしいはずの報告だ。
だがリチャードの表情は晴れない。
「聖女がいるというのに、だ」
その言葉には、明確な不満が込められていた。
「姿も見せず、民の前に立つこともない。
祈りの儀式にも出ない。
奇跡を示すこともない」
報告書を机に投げ出し、椅子にもたれかかる。
「それでいて“聖女”を名乗り、
私の婚約者の座に居座っている」
居座っている、という言い方に、誰かが小さく顔をしかめた。
だが、反論する者はいない。
「殿下……」
宰相が慎重に口を開く。
「確かに、ポーラ様は人前に出られないご体質ですが、
それでも、ここ数年――」
「分かっている」
リチャードは、苛立ったように手を振った。
「国が比較的安定している、という話だろう?」
「だが、それが本当に彼女の功績だという証拠があるのか?」
鋭い視線が、宰相に突き刺さる。
「何も起きていないことを、
『彼女が守っているからだ』と解釈するのは、あまりにも都合が良すぎる」
沈黙が落ちた。
リチャードは続ける。
「もし本当に力があるのなら、
堂々と示せばいい。
民の前に立ち、祈り、奇跡を起こせばいい」
「それができないのなら――」
言葉を区切り、低く言い放つ。
「役立たずだ」
その一言で、執務室の空気が冷え切った。
◇
リチャードがポーラに対して抱いている感情は、
失望と苛立ち、そして焦りだった。
聖女という存在は、王国にとって「象徴」でなければならない。
目に見える奇跡、分かりやすい救い。
民衆が安心し、王家に信頼を寄せるための装置。
だが、今のポーラは、そのどれにも当てはまらない。
「引きこもりの聖女など、前例がない」
「婚約者としても、体裁が悪すぎる」
そんな声が、側近たちの間でも囁かれていた。
リチャードは、それを聞き流していたが、
内心では同じ結論に近づいていた。
――失敗だったのではないか。
聖女として祭り上げ、
婚約者として迎え入れた判断そのものが。
「このままでは、いずれ民の不安が爆発する」
リチャードは立ち上がり、窓の外を見下ろした。
王都は穏やかだ。
だが、それは永遠ではない。
「聖女は、機能していなければ意味がない」
彼の中で、その考えは確信に変わりつつあった。
「……解任も、視野に入れるべきだな」
その呟きに、宰相が驚いたように顔を上げる。
「殿下、それは……」
「決定ではない」
リチャードは遮るように言った。
「だが、このまま放置するつもりもない」
「聖女の務めを果たせない者に、
王太子妃の資格はない」
その言葉は、冷静で理路整然としているように聞こえた。
少なくとも、リチャード自身はそう思っていた。
◇
一方、スター公爵家の奥。
分厚い扉の向こうで、ポーラはいつも通りの一日を過ごしていた。
外でどのような議論が交わされているのか、彼女は知らない。
知る術もない。
机の上には、白紙の紙が一枚置かれている。
今日は、特に書くことがなかった。
災害の予感もない。
胸の奥は、静かだ。
それでも、理由の分からない落ち着かなさが残っていた。
ポーラは毛布を膝にかけ、ベッドの端に座る。
――何か、近づいている。
そんな、曖昧な感覚。
誰かの強い意志が、遠くから迫ってくるような、
重たい圧迫感。
胸に手を当て、ゆっくりと息を整える。
外に出ることはできない。
声を上げることもできない。
ただ、ここにいる。
それだけなのに。
◇
王城では、その日のうちに結論が固まりつつあった。
ポーラ・スターは、
聖女としても、
王太子の婚約者としても、
期待に応えていない。
その評価は、
やがて「判断」へと変わる。
――婚約を破棄する。
――聖女の任を解く。
まだ、本人には告げられていない。
だが、その歯車は、すでに回り始めていた。
扉の向こうで静かに息をする少女をよそに、
世界は、彼女を切り捨てる準備を整えつつあった。
王城の執務室には、昼間だというのに重たい空気が漂っていた。
高い天井、分厚い石壁、磨き上げられた長机。
その中心に座る王太子リチャードは、報告書の束を前に、苛立ちを隠そうともせずに指先で机を叩いていた。
「……結局、姿は見せないままか」
吐き捨てるような声に、側近たちが一斉に息を潜める。
ここ数日、王城には同じ話題が繰り返し持ち込まれていた。
西の街道の件、穏やかな天候、特に大きな問題のない国内情勢。
本来なら、喜ばしいはずの報告だ。
だがリチャードの表情は晴れない。
「聖女がいるというのに、だ」
その言葉には、明確な不満が込められていた。
「姿も見せず、民の前に立つこともない。
祈りの儀式にも出ない。
奇跡を示すこともない」
報告書を机に投げ出し、椅子にもたれかかる。
「それでいて“聖女”を名乗り、
私の婚約者の座に居座っている」
居座っている、という言い方に、誰かが小さく顔をしかめた。
だが、反論する者はいない。
「殿下……」
宰相が慎重に口を開く。
「確かに、ポーラ様は人前に出られないご体質ですが、
それでも、ここ数年――」
「分かっている」
リチャードは、苛立ったように手を振った。
「国が比較的安定している、という話だろう?」
「だが、それが本当に彼女の功績だという証拠があるのか?」
鋭い視線が、宰相に突き刺さる。
「何も起きていないことを、
『彼女が守っているからだ』と解釈するのは、あまりにも都合が良すぎる」
沈黙が落ちた。
リチャードは続ける。
「もし本当に力があるのなら、
堂々と示せばいい。
民の前に立ち、祈り、奇跡を起こせばいい」
「それができないのなら――」
言葉を区切り、低く言い放つ。
「役立たずだ」
その一言で、執務室の空気が冷え切った。
◇
リチャードがポーラに対して抱いている感情は、
失望と苛立ち、そして焦りだった。
聖女という存在は、王国にとって「象徴」でなければならない。
目に見える奇跡、分かりやすい救い。
民衆が安心し、王家に信頼を寄せるための装置。
だが、今のポーラは、そのどれにも当てはまらない。
「引きこもりの聖女など、前例がない」
「婚約者としても、体裁が悪すぎる」
そんな声が、側近たちの間でも囁かれていた。
リチャードは、それを聞き流していたが、
内心では同じ結論に近づいていた。
――失敗だったのではないか。
聖女として祭り上げ、
婚約者として迎え入れた判断そのものが。
「このままでは、いずれ民の不安が爆発する」
リチャードは立ち上がり、窓の外を見下ろした。
王都は穏やかだ。
だが、それは永遠ではない。
「聖女は、機能していなければ意味がない」
彼の中で、その考えは確信に変わりつつあった。
「……解任も、視野に入れるべきだな」
その呟きに、宰相が驚いたように顔を上げる。
「殿下、それは……」
「決定ではない」
リチャードは遮るように言った。
「だが、このまま放置するつもりもない」
「聖女の務めを果たせない者に、
王太子妃の資格はない」
その言葉は、冷静で理路整然としているように聞こえた。
少なくとも、リチャード自身はそう思っていた。
◇
一方、スター公爵家の奥。
分厚い扉の向こうで、ポーラはいつも通りの一日を過ごしていた。
外でどのような議論が交わされているのか、彼女は知らない。
知る術もない。
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今日は、特に書くことがなかった。
災害の予感もない。
胸の奥は、静かだ。
それでも、理由の分からない落ち着かなさが残っていた。
ポーラは毛布を膝にかけ、ベッドの端に座る。
――何か、近づいている。
そんな、曖昧な感覚。
誰かの強い意志が、遠くから迫ってくるような、
重たい圧迫感。
胸に手を当て、ゆっくりと息を整える。
外に出ることはできない。
声を上げることもできない。
ただ、ここにいる。
それだけなのに。
◇
王城では、その日のうちに結論が固まりつつあった。
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聖女としても、
王太子の婚約者としても、
期待に応えていない。
その評価は、
やがて「判断」へと変わる。
――婚約を破棄する。
――聖女の任を解く。
まだ、本人には告げられていない。
だが、その歯車は、すでに回り始めていた。
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