婚約を奪った義妹は王太子妃になりましたが、王子が廃嫡され“廃嫡王子の妻”になりました

鷹 綾

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第十一話 助けない王子

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第十一話 助けない王子

 再試問の日。

 講義室の空気は、前回よりも張り詰めていた。

 王妃は机の前に立ち、静かに告げる。

「本日は軍費削減に関する質疑を行います」

 その言葉に、フロレッタの指先がわずかに震える。

 昨夜、ルシアンと交わした会話がよみがえる。

 削っても問題ない。

 本当に、そうなのだろうか。

「現在の削減率と、その影響について述べなさい」

 視線が集まる。

 逃げ場はない。

「……二割五分の削減でございます」

 数字は覚えた。

「影響は、辺境の防衛力に及びます」

 王妃の目が細まる。

「具体的に」

「訓練の縮小、補給の遅延……交易路の安全性にも関わります」

 言葉はまだ拙い。

 だが前回よりは、明確だ。

 沈黙。

 やがて王妃が口を開く。

「及第点です」

 短い評価。

 安堵が胸を満たす。

 だが、喜ぶ暇はない。

「では次」

 問いは続く。

 外交上、削減をどう説明するか。
 国内貴族への説得方法。
 民への影響。

 頭の中で必死に組み立てる。

 それでも、詰まる瞬間はある。

 王妃は淡々と訂正する。

 責めることはない。

 だが甘くもない。

 講義が終わった後、フロレッタはルシアンのもとへ向かった。

「殿下」

「どうした」

 彼は書簡を封じながら顔を上げる。

「軍費の削減……本当に大丈夫なのですか」

 ルシアンは一瞬、眉をひそめた。

「またその話か」

「教育で問われましたの。辺境への影響が――」

「辺境は過剰に訴える」

 彼は椅子に深くもたれかかる。

「戦など起きぬ。国境は静かだ」

「ですが、備えは――」

「心配性だな」

 笑いながら手を振る。

「私は王太子だ。判断は私がする」

 その言葉は、以前なら頼もしかった。

 だが今は、どこか空虚に響く。

「母上の言うことを真に受けるな」

 軽い口調。

 だがフロレッタは気づく。

 王妃の言葉は重く、
 ルシアンの言葉は軽い。

 重いのはどちらだろう。

「殿下は、教育を受けておられたのですか」

 思わず問いがこぼれる。

「当然だ」

 彼は即答する。

「だが母上ほど細かくはない」

 机の上の書類が目に入る。

 封印の印章。

 辺境軍補助金の再調整。

 その文字が、かすかに見えた。

「その書簡は……」

「財務調整だ。気にするな」

 彼はさっと書類を閉じる。

 守る、と言ったはずなのに。

 守られている実感はない。

 夜、フロレッタは一人で中庭に出た。

 王宮の灯りは遠く、空は広い。

 胸の中に、言葉が浮かぶ。

 助けない。

 彼は、助けない。

 泣いても、
 迷っても、
 結局は「自分でやれ」と言われる。

 一方、辺境。

 セラフィーナは軍備倉庫を視察していた。

「補給量が減っております」

「中央からの削減です」

 報告は淡々としている。

「不足分は?」

「交易で補填を」

 彼女は即座に決断する。

「無駄な支出は削減。兵の士気を落とさぬよう配慮を」

「承知」

 ヴァレントは短く頷く。

 彼は口数が少ない。

 だが助けないわけではない。

 必要な時に、必要な判断を下す。

 夜、セラフィーナは机に向かいながら思う。

 王都で削られる軍費。
 ここで補う交易。

 中央は軽く、辺境は重い。

 どちらが国家を支えているか。

 答えは明白だ。

 王宮の灯りは今日も煌々と輝く。

 だがその光の下で、支えを失い始めている者がいる。

 フロレッタはまだ気づかない。

 王子は、助けてくれない。

 王妃の座は、支えられる者ではなく、支える者が立つ場所であることを。
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