婚約を奪った義妹は王太子妃になりましたが、王子が廃嫡され“廃嫡王子の妻”になりました

鷹 綾

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第十四話 崩れない基盤

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第十四話 崩れない基盤

 王宮の大広間は、昼でも夜のように明るい。

 磨き上げられた床に、燭台の光が幾重にも反射する。

 その中央で、フロレッタは立っていた。

 本日は実地演習。

 貴族たちを前に、仮想の政策説明を行う日。

「軍費再編について、王家としての見解を述べなさい」

 王妃の声は穏やかだが、逃げ道はない。

 視線が集まる。

 フロレッタは深く息を吸った。

「本国の安定と平和維持のため、軍費の見直しを――」

 言葉は整っている。

 昨日まで必死に覚えた内容。

「削減による影響については、地方自治に委ね――」

 そこまで言いかけた瞬間、年配の侯爵が口を挟む。

「地方とは、どこを指す?」

 ざわりと空気が揺れる。

「辺境でございます」

「その辺境の現状を、把握しているのか?」

 詰まる。

 数字は知っている。

 だが、実情は知らない。

「……補填策を講じております」

 曖昧な答え。

 侯爵は視線を逸らす。

 王妃が静かに告げる。

「答えは具体的に」

 再び、沈黙。

 フロレッタは喉の奥で言葉を探す。

 王都の資料。
 机上の数値。

 だが、現場の重みはない。

「……精査中でございます」

 ようやく出た言葉。

 空気が冷える。

 王妃はそれ以上責めない。

 だが講義は、そこで打ち切られた。

 退出後、フロレッタは廊下で立ち止まる。

 なぜ。

 なぜ答えられないの。

 私は王妃になるのに。

 背後から足音。

「母上は厳しいな」

 ルシアンだった。

「殿下……」

「気にするな」

 彼は軽く肩をすくめる。

「貴族は口うるさい」

「ですが、辺境の実情は――」

「誇張だ」

 即答。

「兵は十分いる」

「けれど削減が続けば」

「続かぬ」

 彼は笑う。

「私は王太子だ」

 その自信。

 根拠の薄い確信。

 フロレッタは何も言えなくなる。

 一方、辺境。

 倉庫では鉄材の積み替えが行われていた。

「北方便、出発します」

「警備は二倍に」

 セラフィーナの指示は明確だ。

「交易税は据え置き。利益は兵站へ」

 商人たちは素早く動く。

 ヴァレントが隣に立つ。

「中央の削減は止まらぬ」

「承知しております」

「不満は?」

 セラフィーナは首を横に振る。

「不満より、対策です」

 彼は静かに頷く。

「崩れぬ基盤を作れ」

「はい」

 彼女は地図を広げる。

「鉱山直販の契約を急ぎます。中継商を減らせば利益は増える」

「反発は出る」

「ですが持続します」

 即断。

 迷いはない。

 夕刻、兵の訓練を視察する。

 掛け声が響く。

 動きは揃い、士気は高い。

「削減の影響は?」

「今はない」

 将校が答える。

「だが中央への信頼は下がっております」

 セラフィーナは一瞬だけ目を伏せる。

「信頼は、与えられるものではありません」

 自分で築くもの。

 王都では、まだ理解されていない。

 夜、ヴァレントが書類を差し出す。

「隣国からの交易提案だ」

「条件は?」

「対等」

 彼女は微笑む。

「応じましょう」

 彼は短く言う。

「判断が早い」

「崩れないためです」

 王宮の灯りは煌々と輝く。

 だがその光は、足元を照らさない。

 辺境の灯りは少ない。

 だがその光は、地面を確実に照らす。

 フロレッタは自室で資料を広げる。

 数字はある。

 条文もある。

 だが、確信がない。

 王妃の言葉がよみがえる。

 涙で外交はできません。

 今日の演習で、涙は流さなかった。

 けれど、手応えもなかった。

 選ばれた者は、祝福の中心に立つ。

 だが祝福は、基盤を作らない。

 セラフィーナは夜の執務室で契約書に署名する。

 交易路の拡張。

 兵站の安定。

 静かな決断。

 崩れない基盤は、派手ではない。

 だが一度築かれれば、揺らぎにくい。

 王都はまだ気づかない。

 光を失うのは、一瞬。

 基盤を失うのは、もっと早いということを。
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