白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします

鷹 綾

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第三話 神の法廷

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第三話 神の法廷

 教会裁判所から正式な召喚状が届いたのは、申請からわずか七日後のことだった。

 思ったより早い。

 それは、案件が重大である証でもある。

 未完成婚の訴えは珍しくはない。だが、公爵家同士の婚姻となれば話は別だ。持参金の規模も、影響も、無視できない。

 私は召喚状を静かに畳み、机に置いた。

「日時は?」

「来週、正午。大聖堂隣の教会法廷にて」

 マルタが答える。

「旦那様は」

「すでに同様の書状を受け取られたと」

 当然だろう。

 彼は私の申請を“脅し”と考えていたはずだ。だが教会が動いた以上、これはもはや家内の問題ではない。

 神の法廷に持ち込まれた。

 そこでは、感情よりも証拠が重い。

 ◇

 法廷当日。

 大聖堂の石畳は冷え、空は雲ひとつない。まるで神がこの場を見下ろしているかのようだった。

 私は黒のドレスを選んだ。喪服ではない。ただの慎ましさだ。

 傍らには父、公爵閣下。

「迷いはないな」

「ございません」

 父は一瞬だけ私を見つめ、頷いた。

「よろしい。これは家門のためでもある」

 それで十分だった。

 法廷室は重厚な造りで、中央に長い机、その奥に三名の聖職者が座る。中央は法廷長、白髪の枢機卿。左右に教会法学者。

 レオナルト様はすでに到着していた。

 彼の顔色は硬い。

 私と目が合う。

 怒りでも憎しみでもない。

 計算が狂った者の、わずかな焦り。

 法廷長が口を開く。

「本件は、アウラリア公爵令嬢エルミナとヴァルケン公爵レオナルトの婚姻に関する未完成の訴えである」

 静寂。

「訴えの主旨を述べよ」

 私は一歩前に出る。

「三年間、婚姻の完成はございませんでした」

 ざわめきが走る。

「証拠は」

 私はマルタに合図を送る。

 帳面三冊。

 侍医診断書三通。

 侍女証言書五通。

 すべて封印済み。

 法廷書記が受け取り、枢機卿へ渡す。

 ページがめくられる音だけが響く。

「……三年間、同室滞在は断続的。深夜不在多数」

 淡々と読み上げられる。

 続いて診断書。

「身体に婚姻完成の痕跡なし」

 視線がレオナルト様へ向く。

「被告、公爵レオナルト。反論はあるか」

 彼は立ち上がる。

「本件は夫婦間の事情である。未完成といえど、婚姻は合意により成立している」

 正論だ。

 だが私は静かに続ける。

「合意はございます。しかし、完成はしておりません」

 法廷長が頷く。

「教会法において、合意のみで婚姻は成立する。だが未完成婚は、正当な申請により解消可能である」

 室内の空気が変わる。

 レオナルト様が一瞬、言葉に詰まる。

「……完成の機会はあった」

 私は答える。

「私は拒否したことはございません」

 事実のみ。

 感情は不要。

 法学者が問いを重ねる。

「被告は、完成を試みたか」

 沈黙。

 その沈黙が、何よりの証言だった。

 法廷長が目を閉じる。

「教会としては、双方の身体的状態を確認する必要がある」

 場内が凍る。

 つまり——

 不能の確認。

 直接的な言葉は使われない。

 だが意味は明白。

 医師による検査。

 記録。

 場合によっては証明。

 レオナルト様の顔色が変わる。

「……そこまで必要か」

「未完成を否定するならば」

 法廷長の声は静かだ。

 私は口を開かない。

 主張はすでに済んでいる。

 彼が拒めば、未完成は事実として傾く。

 応じれば、結果次第で社会的評価が決まる。

 選択肢は二つ。

 どちらも軽くはない。

 沈黙が長く続いたのち、レオナルト様は言った。

「……医師による検査を受ける」

 その瞬間、彼は理解したはずだ。

 これは感情の戦いではない。

 制度の戦いだと。

 法廷は一時休廷となる。

 私は席に戻る。

 父が低く呟く。

「やりきる覚悟はあるな」

「はい」

 私は窓の外を見る。

 大聖堂の塔が空に伸びている。

 三年前、あの祭壇で誓いを立てた。

 だが誓いは、完成していない。

 神の法廷は、感傷では動かない。

 証明だけが積み上がる。

 鐘が鳴る。

 次の審理は、二週間後。

 その時、婚姻は白のままか、黒く塗り替えられるかが決まる。

 私はゆっくりと立ち上がる。

 恐れはない。

 怒りもない。

 ただ、計算はすべて揃っている。

 神の前で、白は白として裁かれる。
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