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第四話 白の裁定
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第四話 白の裁定
二週間後、再び教会法廷の扉が開いた。
前回とは違い、傍聴席には貴族の姿が目立った。公式には非公開の審理であるが、公爵家同士の争いともなれば、誰もが結果を知りたがる。静かな噂は、すでに王都を巡っていた。
——未完成婚。
その言葉が持つ重みを、彼らは理解している。
私は前回と同じ黒の装いで法廷に入った。装飾は最小限。感情を示す色は身につけない。
レオナルト様は青ざめて見えた。誇り高い若き公爵の顔から、余裕は消えている。
法廷長が口を開いた。
「医師の報告を提出せよ」
中央に進み出たのは、教会指定の三名の医師。彼らは冷静な声で報告書を読み上げる。
「被告レオナルト・フォン・ヴァルケンの身体検査の結果、婚姻完成を否定する医学的証拠は見当たらない。ただし——」
法廷の空気が張り詰める。
「——完成が試みられた痕跡も確認されない」
ざわめき。
つまり、不能の断定はない。だが、完成の証明もない。
教会法において重要なのは、可能かどうかではない。
実際に完成したかどうか。
私は視線を伏せたまま、指先を重ねる。
レオナルト様が口を開く。
「私は機会を待っていただけだ」
法廷長が静かに問う。
「三年間か」
言葉は刃のように短い。
「夫婦が同室で夜を共にしなかった記録は明確である。妻側は拒否していない。ならば、なぜ完成しなかった」
沈黙。
その沈黙こそ、最も雄弁だった。
法廷長は書類を閉じる。
「本法廷は判断する。双方の合意は成立していた。しかし、三年間にわたり婚姻の完成はなされていない。これは未完成婚と認定する」
息が詰まるような静寂。
「教会法に基づき、本婚姻を無効とする」
宣言は淡々としていた。
だがその意味は、あまりにも重い。
婚姻は、最初から存在しなかったことになる。
私はゆっくりと頭を下げる。
「神の御裁定に感謝申し上げます」
レオナルト様は立ち尽くしていた。
名誉は傷ついていない。不能とは断定されなかった。
しかし、三年間妻を完成させなかった公爵。
その事実は、社交界にどう響くか。
法廷長は続ける。
「持参金の扱いについては、婚姻が未完成であった以上、原則として全額返還とする」
父の肩がわずかに動く。
「加えて、三年間の運用益は不当利得とみなし、清算対象とする」
どよめき。
それは予想外だったのだろう。
レオナルト様が声を上げる。
「運用益までだと?」
「婚姻が有効であった期間は存在しない。ゆえに、管理権の根拠も存在しない」
理屈は明快だ。
契約が無効なら、利益も無効。
法廷長が最後に告げる。
「本件はこれにて閉廷する。神の平和が双方にあらんことを」
鐘が鳴る。
それは三年前の誓いと同じ鐘の音。
だが意味は違う。
私は振り返らない。
退出の際、レオナルト様の視線を感じた。
怒りではない。
理解でもない。
ただ、失ったものの重さに気づいた男の視線。
法廷を出ると、冷たい風が頬を撫でた。
父が低く言う。
「これで持参金は戻る」
「はい」
「どうする」
私は空を見上げる。
大聖堂の塔が陽光に輝いている。
「神にお返しします」
父は一瞬だけ眉を上げたが、否定はしなかった。
未完成の婚姻。
白いままの誓約。
それは私を傷つけなかった。
むしろ、守った。
王都ではすでに噂が広がっているだろう。
——エルミナは処女のまま帰った。
——婚姻は無効だった。
——持参金は全額回収された。
だが私は誇らない。
勝ち誇らない。
これは復讐ではない。
契約の是正。
白は白として戻っただけ。
屋敷へ戻る馬車の中、私はそっと呟く。
「三年間、ありがとうございました」
誰に向けた言葉でもない。
ただ、自分への区切り。
これで私は、誰の妻でもない。
そして初めて、完全に自由になった。
鐘の余韻が、まだ耳に残っていた。
二週間後、再び教会法廷の扉が開いた。
前回とは違い、傍聴席には貴族の姿が目立った。公式には非公開の審理であるが、公爵家同士の争いともなれば、誰もが結果を知りたがる。静かな噂は、すでに王都を巡っていた。
——未完成婚。
その言葉が持つ重みを、彼らは理解している。
私は前回と同じ黒の装いで法廷に入った。装飾は最小限。感情を示す色は身につけない。
レオナルト様は青ざめて見えた。誇り高い若き公爵の顔から、余裕は消えている。
法廷長が口を開いた。
「医師の報告を提出せよ」
中央に進み出たのは、教会指定の三名の医師。彼らは冷静な声で報告書を読み上げる。
「被告レオナルト・フォン・ヴァルケンの身体検査の結果、婚姻完成を否定する医学的証拠は見当たらない。ただし——」
法廷の空気が張り詰める。
「——完成が試みられた痕跡も確認されない」
ざわめき。
つまり、不能の断定はない。だが、完成の証明もない。
教会法において重要なのは、可能かどうかではない。
実際に完成したかどうか。
私は視線を伏せたまま、指先を重ねる。
レオナルト様が口を開く。
「私は機会を待っていただけだ」
法廷長が静かに問う。
「三年間か」
言葉は刃のように短い。
「夫婦が同室で夜を共にしなかった記録は明確である。妻側は拒否していない。ならば、なぜ完成しなかった」
沈黙。
その沈黙こそ、最も雄弁だった。
法廷長は書類を閉じる。
「本法廷は判断する。双方の合意は成立していた。しかし、三年間にわたり婚姻の完成はなされていない。これは未完成婚と認定する」
息が詰まるような静寂。
「教会法に基づき、本婚姻を無効とする」
宣言は淡々としていた。
だがその意味は、あまりにも重い。
婚姻は、最初から存在しなかったことになる。
私はゆっくりと頭を下げる。
「神の御裁定に感謝申し上げます」
レオナルト様は立ち尽くしていた。
名誉は傷ついていない。不能とは断定されなかった。
しかし、三年間妻を完成させなかった公爵。
その事実は、社交界にどう響くか。
法廷長は続ける。
「持参金の扱いについては、婚姻が未完成であった以上、原則として全額返還とする」
父の肩がわずかに動く。
「加えて、三年間の運用益は不当利得とみなし、清算対象とする」
どよめき。
それは予想外だったのだろう。
レオナルト様が声を上げる。
「運用益までだと?」
「婚姻が有効であった期間は存在しない。ゆえに、管理権の根拠も存在しない」
理屈は明快だ。
契約が無効なら、利益も無効。
法廷長が最後に告げる。
「本件はこれにて閉廷する。神の平和が双方にあらんことを」
鐘が鳴る。
それは三年前の誓いと同じ鐘の音。
だが意味は違う。
私は振り返らない。
退出の際、レオナルト様の視線を感じた。
怒りではない。
理解でもない。
ただ、失ったものの重さに気づいた男の視線。
法廷を出ると、冷たい風が頬を撫でた。
父が低く言う。
「これで持参金は戻る」
「はい」
「どうする」
私は空を見上げる。
大聖堂の塔が陽光に輝いている。
「神にお返しします」
父は一瞬だけ眉を上げたが、否定はしなかった。
未完成の婚姻。
白いままの誓約。
それは私を傷つけなかった。
むしろ、守った。
王都ではすでに噂が広がっているだろう。
——エルミナは処女のまま帰った。
——婚姻は無効だった。
——持参金は全額回収された。
だが私は誇らない。
勝ち誇らない。
これは復讐ではない。
契約の是正。
白は白として戻っただけ。
屋敷へ戻る馬車の中、私はそっと呟く。
「三年間、ありがとうございました」
誰に向けた言葉でもない。
ただ、自分への区切り。
これで私は、誰の妻でもない。
そして初めて、完全に自由になった。
鐘の余韻が、まだ耳に残っていた。
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