白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします

鷹 綾

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第九話 信用という名の通貨

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第九話 信用という名の通貨

 修道院の門前に並ぶ馬車の数が、日ごとに増えていった。

 薬品の注文だけではない。
 寄進の申し出、教育の相談、そして——融資の依頼。

 私は応接室の椅子に腰かけ、静かに目の前の書簡を読む。

「商会ギルデンより。修道院に資金預託を希望」

 院長が小さく息を吐く。

「ついに来ましたね」

「ええ」

 修道院は免税特権を持ち、教会の保護下にある。財産は原則差し押さえ不可。つまり、王都で最も安全な保管庫。

 信用が通貨に変わる瞬間だった。

 私は机に指を置く。

「預託は受けます。ただし条件を」

「利息を取りますか」

「いえ。運用権を」

 院長の目が細くなる。

「預かった資金を、修道院の事業に回すのですね」

「三割を安全運用、三割を医療拡張、三割を教育投資。残りは予備資金」

「大胆ですね」

「信用を持つ者は、信用を動かせます」

 ◇

 王都の市場では、修道院発行の「預託証書」が流通し始めた。

 商人は現金の代わりに証書を使い、修道院に戻せば即座に換金できる。

 それは実質的な信用通貨。

 税もかからず、偽造すれば破門。

 強力な保証だ。

 ◇

 ヴァルケン家。

 南方領売却後も資金は足りなかった。

「追加融資を求めます」

 レオナルトは銀行家の前で言う。

 だが返答は冷たい。

「担保が不足しております」

「名誉はある」

「名誉は担保になりません」

 彼は拳を握る。

「修道院に預託する商会が増えています。市場資金がそちらへ流れている」

 銀行家は淡々と告げる。

「信用の移動です」

 その一言が、胸に突き刺さる。

 信用の移動。

 彼が失い、私が得たもの。

 ◇

 修道院の新図書館が完成した。

 若い修道女たちが帳簿を学び、法を学び、薬理を学ぶ。

 私は教壇に立つ。

「契約は信頼の文書です」

 彼女たちが真剣な目で見る。

「信頼を裏切れば、資産は消えます」

 私自身が証明だ。

 三年間の未完成。

 それは裏切りではない。

 だが放置は、信用を損なう。

 「完成しなかった契約」は、最終的に無効となった。

 私は続ける。

「だからこそ、記録が必要です」

 記録は力。

 証明は盾。

 ◇

 数日後。

 修道院に一通の書簡が届く。

 差出人は——レオナルト。

 院長が私に確認を取る。

「お読みになりますか」

 私はしばらく黙った。

「修道院の規則に従います」

 私信は禁止。

 だが内容が財務に関わる場合は別。

 院長が封を切る。

 短い文。

 ——融資の相談を願う。

 私は目を伏せる。

 あの寝室で背を向けられた夜。

 馬車の中で離婚を告げられた夜。

 すべてが遠い。

「返答は」

「公式の申請書を提出するように、と」

 個人的な情は不要。

 契約は常に形式を守る。

 ◇

 夜、塔の上。

 私は王都の灯りを見つめる。

 修道院の預託証書は、市場で銀貨と同等に扱われ始めた。

 祈りの場が、金融の中心へ変わる。

 だがそれは奪うためではない。

 守るため。

 白い誓約は終わった。

 だが白の信用は広がる。

 鐘が鳴る。

 祈りの時間。

 私は静かに呟く。

「信用は、最も強い通貨」

 遠くで、かつての公爵が頭を下げる準備をしていることを、私はまだ知らない。
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