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第十六話 未亡人の席
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第十六話 未亡人の席
破門の調査が無事に終わってからというもの、修道院の門前には新たな種類の馬車が並ぶようになった。喪章をつけた家紋、黒い外套、静かな足取り。祈りを求める者ではなく、居場所を求める者たちだった。
応接室に通された三人の貴婦人はいずれも未亡人だった。年齢も境遇も違うが、共通しているのは、夫亡き後の立場の曖昧さである。持参金は返還された。だが家督は甥や遠縁の男子へ渡り、彼女たちは「敬われる存在」であっても「決定権を持つ存在」ではなくなっていた。
「修道院へ入らせていただきたく存じます」
最年長の婦人が静かに言う。その声に悲愴はない。むしろ決意がある。
「財産はすべて寄進なさるおつもりで」
院長が確認する。
「はい。ただし、私個人の生活と、幾ばくかの基金設立を条件に」
私はその言葉に目を上げる。条件付きの寄進。賢明だ。
「どのような基金を」
「若い未亡人の教育支援を。夫を失った途端、世界を失う娘たちがあまりに多いのです」
その言葉に、室内の空気が少しだけ変わる。
未亡人は、しばしば家門の装飾品として扱われる。再婚すれば政略の駒、しなければ厄介な存在。だが修道院に入れば、彼女たちは再び主体となる。
「受け入れを決定いたします」
院長が告げると、婦人たちは深く頭を下げた。
その日から、修道院の内部は少しずつ変わり始める。
新たに入った未亡人修道女たちは、祈りだけに時間を費やす存在ではなかった。一人は領地経営の実務に精通し、もう一人は外交儀礼を熟知し、三人目は法廷闘争を何度も経験している。
図書館の一室に長机を並べ、私は彼女たちと向き合う。
「ここでは家格は問いません。ただ、知識を使っていただきたい」
最年長の婦人が微笑む。
「修道院とは、隠居の場と思っておりました」
「違います。ここは再配置の場です」
持参金は資産となり、資産は事業へと変わる。だが人材こそが最大の資本だ。
数週間のうちに、修道院内部に評議席が設けられた。教育、医療、金融、外交。それぞれの分野で助言を行う合議機関である。
決定は一人で下さない。合議で決める。権力を分散させることで、信用を守る。
王都ではすでに噂が広がっていた。
修道院は未亡人の避難所だと。
だがそれは半分だけ正しい。
ここは避難所ではない。再起の場だ。
王宮でもその動きは察知されていた。
貴族女性が次々と修道院へ入ることで、家門の内部構造が揺らぎ始めている。だが王家は口を出せない。修道院は教会の保護下にあり、寄進は合法だ。
ヴァルケン家にも報告は届いているはずだ。
かつて私が立っていた公爵夫人の席。その席を離れた私が、今は未亡人たちの席を整えている。
夜、塔の上に立つ。
王都の灯りが揺れている。あの灯りの中には、夫を失い、立場を失い、名だけを残された女性が数多くいる。
修道院の門は開いている。
白い誓約は未完成のまま終わった。
だが白き席は増え続ける。
男の庇護から離れ、自らの財と知で生きる場所。
それは逃避ではない。
静かな独立だ。
鐘が鳴る。
祈りの時間。
私は目を閉じる。
ここは隠居の場ではない。
未亡人の王座なのだ。
破門の調査が無事に終わってからというもの、修道院の門前には新たな種類の馬車が並ぶようになった。喪章をつけた家紋、黒い外套、静かな足取り。祈りを求める者ではなく、居場所を求める者たちだった。
応接室に通された三人の貴婦人はいずれも未亡人だった。年齢も境遇も違うが、共通しているのは、夫亡き後の立場の曖昧さである。持参金は返還された。だが家督は甥や遠縁の男子へ渡り、彼女たちは「敬われる存在」であっても「決定権を持つ存在」ではなくなっていた。
「修道院へ入らせていただきたく存じます」
最年長の婦人が静かに言う。その声に悲愴はない。むしろ決意がある。
「財産はすべて寄進なさるおつもりで」
院長が確認する。
「はい。ただし、私個人の生活と、幾ばくかの基金設立を条件に」
私はその言葉に目を上げる。条件付きの寄進。賢明だ。
「どのような基金を」
「若い未亡人の教育支援を。夫を失った途端、世界を失う娘たちがあまりに多いのです」
その言葉に、室内の空気が少しだけ変わる。
未亡人は、しばしば家門の装飾品として扱われる。再婚すれば政略の駒、しなければ厄介な存在。だが修道院に入れば、彼女たちは再び主体となる。
「受け入れを決定いたします」
院長が告げると、婦人たちは深く頭を下げた。
その日から、修道院の内部は少しずつ変わり始める。
新たに入った未亡人修道女たちは、祈りだけに時間を費やす存在ではなかった。一人は領地経営の実務に精通し、もう一人は外交儀礼を熟知し、三人目は法廷闘争を何度も経験している。
図書館の一室に長机を並べ、私は彼女たちと向き合う。
「ここでは家格は問いません。ただ、知識を使っていただきたい」
最年長の婦人が微笑む。
「修道院とは、隠居の場と思っておりました」
「違います。ここは再配置の場です」
持参金は資産となり、資産は事業へと変わる。だが人材こそが最大の資本だ。
数週間のうちに、修道院内部に評議席が設けられた。教育、医療、金融、外交。それぞれの分野で助言を行う合議機関である。
決定は一人で下さない。合議で決める。権力を分散させることで、信用を守る。
王都ではすでに噂が広がっていた。
修道院は未亡人の避難所だと。
だがそれは半分だけ正しい。
ここは避難所ではない。再起の場だ。
王宮でもその動きは察知されていた。
貴族女性が次々と修道院へ入ることで、家門の内部構造が揺らぎ始めている。だが王家は口を出せない。修道院は教会の保護下にあり、寄進は合法だ。
ヴァルケン家にも報告は届いているはずだ。
かつて私が立っていた公爵夫人の席。その席を離れた私が、今は未亡人たちの席を整えている。
夜、塔の上に立つ。
王都の灯りが揺れている。あの灯りの中には、夫を失い、立場を失い、名だけを残された女性が数多くいる。
修道院の門は開いている。
白い誓約は未完成のまま終わった。
だが白き席は増え続ける。
男の庇護から離れ、自らの財と知で生きる場所。
それは逃避ではない。
静かな独立だ。
鐘が鳴る。
祈りの時間。
私は目を閉じる。
ここは隠居の場ではない。
未亡人の王座なのだ。
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