『平民を人間扱いしない公爵令息、あなたも平民です! ~系譜検察官の目は欺けません~

鷹 綾

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第7話 図書室の噂

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第7話 図書室の噂

王宮図書室の昼は、いつも静かだった。

分厚い本のページをめくる音。
羽ペンが紙を走る音。
遠くで司書が本を整理する音。

それ以外は、ほとんど何も聞こえない。

だが、その静かな空間にも、ひそひそとした声は存在する。

「ねえ、見て」

「またいるわ」

図書室の入口近くで、二人の令嬢が小声で話していた。

その視線の先には、いつもの机。

そこに座っているのは――

アウレリア・ヴァルト子爵令嬢。

今日も地味な色のドレスを着て、本を読んでいる。

机の上には古文書が何冊も積まれていた。

「毎日いるわね」

「本当に変わり者」

「普通の令嬢なら舞踏会とか茶会でしょう?」

「そうよ」

令嬢たちは小さく笑う。

「でも何を読んでるのかしら」

「見たことのない本ばかり」

「家系図とかじゃない?」

「そんなもの研究してどうするの?」

アウレリアはページをめくる。

その会話が聞こえていないかのように。

彼女の机の上には、古い帳簿が広げられていた。

王国貴族登録簿

その横には紋章録。

さらに羊皮紙の古文書。

アウレリアは三つの資料を見比べながら、小さく呟いた。

「……年代が合いませんわね」

紋章録を指でなぞる。

「この紋章の形式は十三世紀」

古文書を見る。

「ですがこちらの記録は十五世紀」

メモ帳に書き込む。

「後世の作成……?」

小さく首を傾げる。

「まだ判断は早いですわね」

彼女はさらにページをめくる。

一方、離れた机では噂話が続いていた。

「ねえ」

「さっき見た?」

「何を?」

「司書があの子に持ってきた箱」

「ああ、あれ」

一人の令嬢が小声で言う。

「閲覧制限って書いてあったわよ」

もう一人が目を丸くする。

「本当に?」

「ええ」

「でもどうして?」

令嬢たちは顔を見合わせる。

「あの子、子爵令嬢でしょう?」

「そんな権限あるの?」

「普通ないわよ」

くすくすと笑う。

「もしかして司書が甘いんじゃない?」

「ありそう」

「だって変わり者だもの」

アウレリアは相変わらず本を読んでいる。

その表情は静かで、感情がほとんど見えない。

やがて彼女は本を閉じ、小さく息を吐いた。

「……少し休憩ですわね」

そのとき。

図書室の扉が再び開いた。

入ってきたのは、若い貴族の青年だった。

アウレリアを見ると、まっすぐ近づいてくる。

「またここか」

彼は苦笑する。

「アウレリア」

アウレリアは顔を上げる。

「どうしましたの?」

青年は机の上の本を見て、呆れたように言う。

「本当に好きだな」

「家系図なんて」

アウレリアは静かに答えた。

「面白いですもの」

青年は笑う。

「普通の令嬢は恋愛小説を読む」

「お前は貴族名鑑」

彼は肩をすくめた。

「変わり者だ」

アウレリアは微笑む。

「よく言われますわ」

青年は少し声を落とす。

「ところで」

「舞踏会の話、聞いたか?」

アウレリアは首を傾げる。

「ジオニック公爵家の話でしょう?」

青年は驚く。

「もう知ってるのか」

「噂が早いな」

アウレリアは本を閉じた。

「図書室でも噂になっていますわ」

青年は椅子に腰掛ける。

「すごい騒ぎだぞ」

「平民の娘を囲ってるらしい」

「屋敷から出さないとか」

アウレリアは静かに言った。

「囲っているのですか」

青年は頷く。

「まあ、よくある話だ」

「ただ今回は」

「真実の愛だって言ってる」

青年は苦笑する。

「そのくせ」

「平民は人間じゃないって言ってるらしい」

アウレリアの目が一瞬だけ動いた。

ほんのわずかに。

だがすぐに元に戻る。

「矛盾していますわね」

青年は笑う。

「だろ?」

「社交界でも笑い話だ」

アウレリアは静かに本を閉じた。

そして小さく呟いた。

「……ジオニック家」

青年は言う。

「古い名門だ」

「十字軍の騎士の子孫らしい」

アウレリアはゆっくり瞬きをする。

「そうですの」

それだけだった。

だが彼女の手は、机の上の資料に触れていた。

王国貴族登録簿

そのページには

ジオニック家

の名前が書かれている。

アウレリアは静かにメモ帳を開いた。

そして一行だけ書く。

要調査

王宮図書室の奥で。

誰にも気づかれないまま、

一つの疑問が

静かに形を取り始めていた。
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