婚約破棄されて去ったら、私がいなくても世界は回り始めました

鷹 綾

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第二十六話 追いつけない理由

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第二十六話 追いつけない理由

 

 王都の改革会議は、連日続いていた。

 議題は同じだ。
 流出する投資、減る取引、鈍る判断速度。

 数字は、正直だった。

 

「……なぜ、追いつけない?」

 誰かが、苛立ちを隠さず口にする。

「制度は、整えたはずだ」 「決裁段階も、簡略化した」 「裁量も、与えた」

 

 それでも、結果が出ない。

 

 会議室の空気は、重く沈んでいた。

 

 

 老臣が、静かに言う。

「制度は、形です」 「ですが、形だけでは動きません」

 

 誰もが分かっている。
 だが、言葉にすると、痛い。

 

「我々は、“なぜそれを選んだのか”を説明できていない」 「判断の理由が、共有されていないのです」

 

 アントナン・ドームは、その言葉を黙って聞いていた。

(……また、同じ所に戻っている)

 

 かつて、エミーが担っていた役割。

 判断し、説明し、責任を引き受ける。

 それを、彼女一人に任せていた。

 

 

「では、どうすればいい?」

 問いが投げられる。

 

 沈黙。

 

 誰もが、隣国の成功を思い浮かべている。
 だが――

「……真似ても、追いつけません」

 若い官吏が、勇気を出して言った。

 

「理由を、説明できないからです」 「我々は、決め方ではなく、“決めた後の姿勢”を変えていない」

 

 責任を、曖昧にする。
 失敗を、個人に押し付ける。
 成功を、上が奪う。

 

 それでは、誰も動かない。

 

 

 一方、隣国。

 官庁の会議は、短時間で終わっていた。

 議題は、新規物流拠点への投資判断。

 

「リスクは?」

「初期コストです」

「最悪の場合?」

「一部撤退。ただし、既存網は維持できます」

「修正可能か?」

「可能です」

 

 数分のやり取り。

「では、進めます」

 

 結論は、明快だった。

 

 

 エミー・マイセンは、議事録を確認しながら思う。

(……迷う時間が、ないわけじゃない)

 だが、迷い続ける理由が、ない。

 基準があるからだ。

 

 

 午後。

 王都から、正式な視察団派遣の打診が届いた。

「……今更、ですか」

 補佐官が、苦笑する。

 

「受けます」

 エミーは、即答した。

「ただし、条件があります」

 

「条件?」

「“成功事例”だけを見せません」 「失敗と修正も、全て見せます」

 

 ガイストが、頷く。

「それで、理解できるなら、本物だ」

 

 

 夜。

 王都の書斎で、アントナンは独り考えていた。

 制度を作った。
 命令も出した。

 だが――

(……覚悟が、足りなかった)

 決める覚悟。
 責任を引き受ける覚悟。
 失敗を、次に活かす覚悟。

 

 それらを、
 国として示してこなかった。

 

 

 隣国では、今日も通常通り、業務が終わる。

 誰かが残り、誰かが帰る。

 だが、判断は止まらない。

 

 エミーは、灯りの落ちた廊下を歩きながら、静かに思う。

 追いつけない理由は、
 距離でも、情報でも、才能でもない。

 

 決めた後に、立ち続ける覚悟の差。

 

 それがある限り、
 どれだけ急いでも、
 王都は――まだ、ここには届かない。

 

 そして彼女は、もう振り返らない。

 追いつかれることを、恐れてもいない。

 ただ、
 立ち止まらない場所にいるだけだった。
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