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3誰かこのループを止めてくれええええ

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学園に入学したルーカス王太子に真っ先に声をかけてきたのはとても愛らしい顔をした聖女のカナリアだった。

婚約者でもない異性と親しくなるのは立場上よくないと距離を保ったが、聖女の側にはいつも聖騎士がいた。二人きりではないしいつも元気に話し掛けてくるから邪険にはできなかった。別にいいかと軽視していたら、いつの間にか王太子は聖女の事が好きになっていた。顔は愛らしく性格も素直で話していても居心地がよい。たまに触れたいとさえ思う。

「殿下……わたし、貴方のことが好きなんです。入学式では一目惚れしてしまって……あの時はいきなり声をかけてとても不敬でした。本当にすみません」
「…………そうだったのか」

そう言われて内心とても嬉しかった。もっと一緒にいたい。彼女のことが知りたいし、自分のことも知って欲しいと思うようになった。
なので放課後はサロンで勉強会を開いた。傍らにいる聖騎士が苦々しげな顔をしていたが、ドアは開けているし二人きりではないのだからと、王太子は聖女との時間に幸せを感じながら学園生活を送っていた。

そんなある日のこと。
婚約者が苦言を申してきた。

「べ、別にいいじゃないか。聖女は……ずっと神殿で暮らしていたのだから、勉強会だって見聞を深めるために」
「それでも!  婚約者であるわたくしを差し置いて──」

いつしか王太子にとって婚約者は邪魔な存在でしかなかった。周りの令嬢から軽蔑の目を向けられた聖女もそこでようやく過ちに気付いて身を引こうとするも、王太子が必死に引き留めた。唇を重ね体を繋げて愛を囁いて愛しているのは君だけだと跪いた。

「フェアリー・クロイタム公爵令嬢……すまないが君とは結婚できない」

王太子は婚約を解消した。
その後日、元婚約者が毒を飲んで死んだ。罪悪感に苛まれたが、これで聖女を妃に添えることができると内心では嬉しさが勝っていた。

聖女との婚約を世に発表する日。
突如王太子は学園の入学日に目を覚ました。

「…………?」

既視感のようなものを感じながら、それが何が解らなくて、その違和感を放置したまま王太子は予定通り生徒代表の挨拶をした。

そして出会った聖女。
たちまちに恋をした。
幸せの絶頂だった。
やんわりと苦言を申してくる婚約者との関係は清算した。一瞬、婚約を解消したら彼女は死ぬ!と頭に過ったが、元婚約者は領地で静かに暮らしている。変な杞憂だったな、と王太子は聖女を妃に迎え入れようとしたのだが、そこで陛下がクロイタム嬢を側室にしなければいずれ第二王子を王太子とする、と言い出した。
王太子は腹の底から感じた悔しさを隠して仕方なしに元婚約者を側室にすることにした。王城に入ったら離宮にでも入れておけばいい、と考えながらベットに入った。

そして目覚めたら、王太子は入学日に戻っていた。既視感どころではなかった。これと似た体験をしたと確信したが、夢でもみたのだろうと納得するしかこの現状を受け入れる余地はなかった。

学園で出会った聖女に強く惹かれ、身も心も恋人関係になるまでそう時間はかからなかった。婚約者も何も言わない。こちらには興味すらなさそうだった。それが何故かちくりと胸に刺さったが、卒業まで愛しい聖女と体を繋げて過ごした。

そして婚約者が正室になることが決まり、聖女は側室となることが決まった。婚約者とは学園にいる間は交流が無かったので、初夜をどうしようかと悩んだが、聖女以外の女にも触れてみたいと思ってしまった。

婚約者のフェアリー。
彼女は聖女とは違って艶かしい体つきをしている。卒業間近にはその艶は増し、遠目からでも目を奪われるほどだった。あの肉欲を感じさせる体を解いて思いきり自身を突き入れてみたかった。聖女には到底出来ない行為も、あの体なら楽しめる。どうせ向こうもこの結婚は政略だと納得しているのだ。今さら聖女とのことを盾に床を拒絶されたとしても、初夜を拒む正当な理由にはならない。だから少なくとも明日にはフェアリーを抱ける、と王太子の喉が鳴った。

そして初夜を迎える筈だった朝、王太子は入学日に戻っていた。

おかしい。
やはりおかしい。
夢でも幻覚でもない。
しかし記憶は曖昧だ。戻った、という確信しかない。それも何度も。一度や二度じゃない。もうこの体験は片手では済まないほど経験している、と確信だけがあった。

学園では聖女のカナリアと出会い、自然と仲良くなった。彼女と話していると落ち着く。恋人のような気楽さがあった。愛らしい唇に口付けをおとすも、その先は手を出す気が起きなかった。彼女はとても愛らしいが、どちらかというと自分はもっと肉付きのよい女性がいいとただ漠然と思った。そう、婚約者のフェアリーのように……そのような考えももう何度も味わっているような気がした。

と、そこで王太子は夢から覚めたように冷や汗をかいた。目の前に悪夢のような光景がある。

婚約者のフェアリーと、その執事である男が手を繋いで歩いている。二人は目が合うと笑い合って、こつんと額をぶつけ合って、クスクスと内緒話をするように顔を寄せている。

フェアリー!
私の婚約者でありながら、その男とは一体!

そう声に出そうとするも、その言葉は出ない。かわりに聖女の肩を抱き愛を囁く言葉が出てくる。そうか、こんな事をしていたからフェアリーは他の男の元に行ってしまったんだ。激しい焦燥感にかられる。でもまだ間に合う。聖女を愛しいとは思うが、肉体関係があるわけじゃない。ただの浮気心だ。夫婦となり体を繋げるなら、男の本能を擽る魅力的なフェアリーがいいと思った。こんなこと今すぐやめなければ。そう思うも、聖女から離れようとするも、体はいっこうに言うことをきかない。王太子の頭が混乱した。


執事と手を繋ぐフェアリー。
腕に抱き付くフェアリー。
ランチの時は執事の膝に乗っていた。
周りの令嬢が不安げにフェアリーに医者にみてもらうことを進める。相談にのるからと。しかしフェアリーは「婚約者以外の異性と仲良くして何が悪いんですの!」と蹴散らした。

蹴散らされた令嬢達は忌々しげに、聖女の肩を抱く王太子に冷めた目を向ける。お前のせいだ、とでも言いたげに。

違う!  違うんだ!
私が欲しているのはフェアリーだけだ!

そう叫びたかったのに、手は聖女の髪を撫で、口は愛を囁く。発狂しそうだった。

後日。
王太子は宰相から呼び出され、苦言を申された。

「クロイタム嬢とはどうするつもりかね?」
「私はカナリアを愛しているんです」
「それはともかく!  このまま婚約者を放置していていいとでも?」
「だってカナリアを愛しているんです」
「はぁ……もう婚約を白紙にするしかない」

それだけはやめてくれ!
私はフェアリーを愛しているんだ!
彼女をこの手に抱けないなんて、死んだ方がましだ!

「クロイタム嬢との婚約は白紙に戻された。陛下はお怒りだぞ。とにかく第二王子が育つまでは王太子としてもう悪目立ちしないでくれ」

そんな……そんな!
腹の底から感じた悔しさに机を叩いた。

「今すぐフェアリーを婚約者に戻せ!」

そう言って気付いた。
あの得体のしれない既視感。
私はもう十回も人生を繰り返している。雪崩れ込むように今までの記憶が頭に入ってきた。
聖女欲しさに何度もフェアリーを裏切った。今回もだ。だが今は自由に発言できる。動きも制御されない。隣にいる聖女を見てもなんの愛しさも感じなかった。やっと解放された。理由は解らないが、私はループに巻き込まれていたのだ!

「結婚するのはフェアリーだ!  カナリアとは別れる!  もう愛してもいない!  だから今すぐフェアリーを探して連れてこい!  許してもらえるまで謝り続ける!」


ようやく見つけ出したフェアリーは今、執事と同じ宿で同じ部屋に泊まっている。王太子は怒りと嫉妬で腸が煮えくりそうだった。あの体は私だけのものなのに!王城に連れていったら有無を言わさず直ぐにでもフェアリーを抱こうと決心した。純潔は失われている可能性があるが、それは今までの自分も同じこと。だが今回は誰も抱いていない。なら浮気などしていないのと同じことだと、王太子はやきもきしながら近衛兵が馬車にフェアリーを連れてくるのを待っていた。

結果として、フェアリーには「キモチワルイ」と拒絶された。十度目の王太子の人生はそこで途切れている。



もう何度繰り返したか解らない。
巻き戻った今は11回目?  それとも12回目?  心が安寧を保てずはっきりとは覚えていない。

王太子は聖女の肩を抱き、誘導するようにフェアリーがいる中庭に向かう。何かの強制力で発言は限られているが、この程度の行動は変えられることがわかった。

執事と昼食を摂るフェアリーに近付き、内心助けてくれと叫ぶ。

「他に席は空いているのに何故わざわざ同席するのですか?」
「カナリアとの時間を邪魔しないでくれ」
「……ではこちらの席はお譲り致します。わたくし達はこれで失礼致しますわ」

違う。違う!
愛しているのはフェアリーだけだ!
フェアリー!  私は君に助けて欲しいんだ!
行かないでくれ!  私を見捨てないでくれ!

フェアリーの背後にいる執事が振り返って意味深に口角をあげるのを、王太子は見逃さなかった。そして建物の角を通り過ぎて姿が見えなくなる瞬間、執事はフェアリーの髪に口付けをおとした、それも王太子は見逃さなかった。

あいつ……あいつも、まさか巻き戻った記憶があるのか?

直ぐ様追いかけて問い詰めたくも、体は言うことをきかない。この後はサロンでゆっくり、と聖女を引き寄せ、また愛を囁く。



今は15回目?  それとも17回目?
わからない。
卒業間近になると視点を切り替えるように入学した日に巻き戻る。王太子は疲弊していた。


ある日のこと、聖女とサロンで過ごしていたら聖女に今すぐ神殿に戻るようにと呼び出しがきた。こんなこと始めてのことだ。
直ぐさま迎えがきた聖女はいったん学園を出た。しかしいつも傍らにいる聖騎士は付いていかなかった。

「君も神殿に行かなくていいのか?」

聖騎士は王太子の前で疲弊したように片膝をつくと、驚くべき発言をした。

「申し訳、ありませ……私の神力では、短時間しか持ちません」
「……どういうことだ?」
「何者かが神の抑止力に関与しています、っ……私より強い神力を持つ、誰かが……神の抑止力を使い、間違った道を行く聖女様にやり直しを強制しているの、です、っ」
「……やり直し……それは……まさか君も巻き戻っているのか?」
「は、い……せめて聖女様が殿下に惹かれる、その序盤だけでも防げたら、巻き戻るため神の抑止力が発動されることは、無くなるのですが、」
「そ、それは……聖騎士は聖女を正しき道に誘導する力がある……から、君の力でなんとかならないのか!」
「私の、神力は……抑えつけられて、いるのです……私より強い神力を持つ、何者かに……」

そこで足音もなくサロンのドアが開き、フェアリーの執事が入室してきた。

「ようキーコック。こんな悪足掻きをするのは……やっぱりお前だったか」
「……ニコライ?」
「昔もずる賢く魔導具で神力を底上げして、結果、私を神殿から追い出したもんな」
「ち、違う……あ、あれは父上が勝手にやったことで、私は何も知らなかったんだ!」
「へえ?  だが今となってはどうでもいい。今はアリーと身も心も結ばれ、愛し愛されているからな」

そこで王太子がニコライに飛び掛かった。胸ぐらを掴むも、足払いを受けて床に尻餅をついた。

「っ、」
「10回目?くらいから行動がおかしいよな。おとなしく聖女と乳繰り合ってりゃいーのに。耐性が出てきたか」

独り言のように呟くニコライに、ようやく王太子は気付いた。

「き、貴様は!  貴様が我々をループさせていたのか!  今すぐ解放しろ!  こ、こんな事をしてっ……」

王太子がニコライの足の裾を掴むも、顎を蹴られて仰向けに倒れてしまった。

「私が干渉しなくとも殿下は自ら三度も聖女を選んだじゃないですか。それに私が神の抑止力を使って巻き戻しを発動させたのは四度目からですよ?」
「な、なんだと……そんなわけ、」
「だって神は三度しか機会を与えないですから。あのまま四度目を巻き戻さなかったらアリーはおとなしく殿下に嫁いでたかもしれないですからね。でも……一度目にアリーが毒を飲んだ時、決めたんです。神の采配……最後のやり直しでも殿下が聖女を選んだら、アリーは私が頂こうと。まあ、そこの聖騎士の弱い神力じゃ三度目でも聖女を抑えるのは叶わなかったようですが?」

つまりはニコライが干渉せずとも、聖女は王太子に惹かれ、間違った道を進んでいくことが決まっていた。聖女の聖騎士がニコライだったなら、一度目からこのような間違いは起こらなかった。聖女が恋をしても、ニコライの神力があれば聖女は正しき道に進むことが出来た。

「クク、キーコック……さっき言ってたな。自分の神力が抑えつけられていて、聖女の歯止め役ができないって?  確かに今は抑えつけているが、干渉しなかった三度目も聖女をのさばらせておいて、どの口が言ってんだ」
「な、ら……お、お前……今からでもお前が聖女様の騎士になればいいじゃないか!  はじめから私には無理だったんだっ……!」
「黙れ。はじめから私を正当に扱っていたなら、聖女が道を誤ることも、私がアリーに出会い惹かれることもなかった。お前達がこのように自業自得で苦しむこともな」

ニコライが嘲笑うと、ドアを開けて聖女が戻ってきた。

「なんか呼び戻されたのは間違いだったみたい」

王太子に抱き付き、いつものように愛らしい笑顔を見せる聖女。直ぐにでも引き離したかったが、王太子の手は聖女の腰を抱き、愛しげに引き寄せる。そして神力が切れたらしきキーコックは床に崩れ落ちた。

「殿下、誰も邪魔しないのでずっとこのまま愛しい聖女とお過ごし下さい。キーコックはそのままでいろよ。形だけでも聖騎士が側にいないと聖女は神殿の外に出られないからな…………まあ、アリーが人生に飽きて死にたいと思うようになったら、このループを止めてやらなくもないけど……」

最後は独り言のように呟いて、ニコライは去っていった。


それから王太子と聖騎士は灰人のようにループを繰り返していた。心は擦りきれ、神を呪うように怨嗟を積もらせる。
聖騎士は自身の存在価値が見出せず、過去にライバルニコライに打ち勝った偽りの勝利と華々しい記憶を糧にその空虚に取り憑かれ、現実を視なくなった。

そんな彼等だったのだが、もう何度目か解らないループが止まったことに気付いた。

国が公爵令嬢とその執事が出奔したことに大騒ぎしているのを二人は他人事のように眺めた。

「……終わった、のか?」
「……殿下」
「いや……もうどうでもいい……聖女を神殿に連れ帰ってくれ……私は弟を立太させ……そのあとは離宮にこもる」
「……はい……私は、除隊して……二度と聖女様が神殿の外に出られないように……します」
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