妖精姫は見つけたい

佐倉有栖

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 何故と、尋ねるようなことはなかった。マンフレットはシャルロッテの意図を即座に理解して頷くと、口を開いた。

「リーンハルト様は宜しいのですか?」

 重厚な低音が空気を震わせる。執事にしておくには惜しいほどに、迫力のある良い声だった。

「リーン兄さまは大丈夫。何かあるようなら、ヒルデちゃんが教えてくれるでしょうから」

 普段はコンラートの言動をヴァネッサが諫めることが多く、尻に敷いているように見えるかもしれないが、有事の際は状況が変わってくる。ヴァネッサは、コンラートが下した決断に異を唱えることはしない。例え自身の考えが夫とは違っても、付き従うことを良しとする節がある。
 一方ブリュンヒルデは、リーンハルトの決断が彼のためにならないと考えれば公然と異を唱える。そこには一切の妥協は存在せず、どんな手を使ってでも意見を変えさせようとするだろう。

「分かりました。コンラート様を注視するよう、周囲の者にそれとなく伝えておきます」

 マンフレットもリーンハルトには監視の必要はないと分かったうえで、確認のために聞いたのだろう。恭しく頭を下げると、音もなく扉に近づき内鍵を開けた。

「他に何かご用命はございますか?」
「いいえ、特には」

 シャルロッテの返答に、マンフレットが扉を開ける。しかしすぐにシャルロッテが「あっ」と小さな一音を漏らした瞬間、素早く扉を閉めた。指先を鍵にかけたまま、続く言葉を待っている。

「難しい話じゃなくて、ただの買い物のお願いなんだけれど……」

 施錠する必要はないと言葉の端に滲ませる。マンフレットの指が鍵から離れ、こちらに向き直った。

「今度、友達を招いてお茶会をするでしょう? その時に使う茶葉を買い足してほしくて」
「……茶葉、ですか?」

 マンフレットの眉が微かに動く。いつもなら、一を言えば十を理解してくれる察しの良い優秀な執事なのだが、この時ばかりは怪訝な表情でシャルロッテを見つめていた。
 通常のシャルロッテであれば彼の態度に違和感を抱いただろうが、ここ数日の心労のためそこまで気を回すことが出来なかった。

「この間、オウカから仕入れた茶葉よ。ヴァネッサさんとヒルデちゃんのところにもお裾分けしたでしょう? 同じのが欲しいの」
「それは承知しておりますが……」

 煮え切らない返答に、シャルロッテが首を傾げた。

「もしかして、手に入れるのが難しい?」
「いえ、入手不可能なほど希少性があるものではないと聞いておりますので」

 シャルロッテがいたく気に入っている様子を見て、マンフレットは今後の定期的な購入が可能かどうかをオウカの商人にあらかじめ尋ねていた。茶葉自体が高級で大量生産に向かず、通常の販売ルートに乗せることは難しいが、事前に購入数を言ってくれれば入手は出来ると言う回答だった。
 マンフレットが何かを言いかけて、思い直したように口を閉じる。逡巡するように視線を足元に落としたが、すぐに顔を上げると「承知しました」と短く答えた。
 彼は優秀な執事で、主が間違っているときは毅然と指摘することが出来た。しかしそれは、明確な間違いを犯しているときに限定される。多少の違和感程度では、なにか考えがあるのだろうと判断し、主の意見を優先させるのだ。
 シャルロッテは数日前にメイに、昨日は他のメイドに、同じ茶葉を入手するよう頼んでいた。全ての要望は彼女たちからマンフレットに伝わっており、茶葉の購入が重複していることは気づいていた。しかし、シャルロッテは今まで一度もこのようなつまらないミスを犯したことがなかったため、何か考えがあるのだろうと判断したマンフレットはそのままオウカの商人に注文を通した。

 結果として、コルネリウス家にはシャルロッテが想定した量の三倍の茶葉が運び込まれることになったのだった。
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