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第四十五話「戦闘開始」

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 4月21日の午後8時過ぎ。
 僕とローザ、アメリアさんの3人は迷宮管理事務所に戻っていた。

 ブリーフィングの後、班分けの連絡があり、その班のメンバーと戦い方をすり合わせがあったが、それもすぐに終わり、その後はウイングフィールド家の屋敷で3時間ほど仮眠をとった。

 戻ってすぐにアメリアさんが情報収集に行ってくれたため、戦いの状況は分かっている。
 戦いの状況だが、ブリーフィングが終わった頃に魔物の種類が変わった。それまでのリザードマンからオークになったのだ。

 最初の1時間ほどは通常のオークだけだったため、比較的レベルが低い白金級プラチナランク黄金級ゴールドランクで何とか対応できたが、午後6時を過ぎた辺りから上位種であるウォーリアとアーチャーが混じるようになり、ゴールドランクでは対応できなくなった。

 その後、午後7時頃から更に上位のメイジとプリーストが現れ始め、プラチナランクが総出で対応している。

「キングが現れたようでございます。プラチナランクの方々が苦戦しているようですので、私たちの出番が早まるかもしれません」

 オークキングは250階の門番ゲートキーパーなので、オークから次の階層の魔物、アンデッドに変わることを示している。

「ようやくか!」とローザが気合を入れながら立ち上がる。

 彼女の装備だが、緋色の袴に白の半着、“当世具足”と呼ばれる異世界の日本という国の鎧を模した黒いラメラーメイルだ。黒い手甲ガントレット脛当てグリーブはしているものの、ヘルメットは被っていない。その代わり気合を入れるために白い鉢巻をしている。

 気合を入れるために鉢巻を巻くというのも日本の風習で、モーゼスさんのタブレットに入っていた動画にあったそうだ。

 これに愛刀“黒紅くろべに”を腰に佩き、僕がプレゼントしたマジックポーチが腰に取り付けてある。中には“クナイ”と呼ばれる投擲剣が入っているらしい。

 僕も部分的に金属板で補強された革鎧を身に着け、硬革製のヘルメットと金属で補強された脛当てと革のブーツ、手にはM4カービンがあり、完全装備の状態だ。

 そこに管理事務所の職員が現れた。

「少し早いですが、ロビーにお集まりください」

「承知仕った!」とローザが答え、それに合わせて僕も立ち上がる。

 ロビーにはミスリルランクのシーカーたちが集まっていた。
 僕たちを含めて50人ほど。ここグリステートにはシーカーとハンターが合わせて600人ほどいるが、レベル300を超えるミスリルランクは60人ほどしかいない。そのほとんどが残っていたことになる。

 思ったより多いのは時期がよかったためだ。
 ここグリステートにはミスリルランクの魔物狩人ハンターが多い。春先のこの時期は冬に山に入らなかったシーカー兼ハンターが迷宮より山にいくことが多く、僅か2パーティ12名だけが迷宮に閉じ込められただけで済んだ。
 アメリアさんに教えてもらったが、真冬なら半数になった可能性もあったそうだ。

 他にも守備隊の兵士が10人ほどおり、総数は60人ほどになる。
 予想より多いとはいえ、スタンピードに対しては心許ないほど少ない。魔物は絶え間なく湧き出てきており、この人数ではすぐに疲労が溜まってしまうだろう。
 そのことにほとんどの人が気付いているのか、表情は硬かった。

 迷宮管理事務所のカーンズ所長が階段の途中に立った。

「既にプラチナランクは限界だ! 少し早いが、君たちに出てもらう!……」

 その言葉に溜息に似た声が漏れる。
 僕とローザはアメリアさんから聞いていたので特に何も感じなかったが、覚悟しているものの、その時が来たことに思わず出たのだろう。

「既に自分の班は把握していると思うが、第1班から20分で順次交代していく……」

 班は5個、つまり1班は12人くらいになる。
 入口は幅8メートルほどなので、前衛は5人から6人が適切だ。そのため、基本的には2つのパーティを組み合わせている。
 少し少ない感じがするが、シーカーたちの戦い方はさまざまなので、あまり詰めすぎると隣同士で干渉するし、後衛からの攻撃も難しくなるそうだ。

 5班で20分ごとに交代なのでインターバルは1時間20分あるが、これはあくまで計算上の話で、戦いが熾烈になれば負傷者が出るし、魔術師は魔力切れになれば戦力外になるから、時間が経つにつれ人数は減り、班の再編が行われ、回ってくる時間は早くなる。

 僕たちは第1班で、最初に戦場に立つ。
 気合を入れて、入口に向かおうとした時、リンゼイ隊長が僕に声を掛けてきた。

「君の魔銃ならゴーレムを一撃で倒せると聞いている。可能な限り、魔力は温存しておいてほしい」

「了解しました。スケルトンやリビングデッドなら銃剣ベイオネットでも倒せますから」

「済まん。本来なら君だけはもう少し温存しておきたかったのだが、君を特別扱いするなと隊長が言ってきたんだ」

「マーカスが……」

「だが、気にすることはない。戦場では私の指揮に口出しはさせんからな。それに魔力についてもできればで構わん。身の危険を感じたら迷うことなく魔銃を使ってほしい」

 それだけ言うと、プラチナランクを下げるため、前線に向かった。

「そう言えば、マーカスがいないな」と呟くと、アメリアさんが「2時間ほど前には前線の様子を見に来ておりましたが」と教えてくれる。

「もったいぶっておるのだろう。あのような者のことは無視すればよい」

 マーカスに腹を立てているローザがそう言って吐き捨てる。

「そうだね。ともかく戦いに集中しないと」

 そう言いながら迷宮の入口に向かった。
 入口では激戦が繰り広げられていた。今はオークの上位種に加え、スケルトンの姿があった。

 迷宮のスケルトンは山にいるものよりレベルが高いため、動きが速く、剣術のスキルも使ってくる。また、耐久力も高く、主要な骨は魔力で強化されており、鋼の武器で粉砕することは難しい。そのため、ミスリルなどの魔法金属の武器か、魔術を使う必要があった。

 プラチナランクたちは既に体力の限界なのか、オークの上位種相手に何度も押し込まれており、更にスケルトンの巧みな攻撃によって戦線を維持するのがやっとという状態だ。

「第1班、準備はいいな!」とリンゼイ隊長が叫ぶ。

 その声に僕たちは「「オオ!」」という声で応えた。

「私の合図でプラチナランクが一旦押し込む! その後に彼らが下がるから、上手く入れ替わってくれ!」

 リンゼイ隊長は僕たちの返事を待たず、前線に向かって声を上げる。

「最後の力を振り絞って押し込め! 押し込んだらすぐに下がるんだ! いけ!」

「「オオオ!!」」というプラチナランクの戦士たちが雄叫びを上げて武器を振るう。更に後衛の弓術士と魔術師もそれに合わせて矢や魔術を放った。

 その総攻撃でオークの上位種を打ち倒し、スケルトンの多くを後退させることに成功する。

「プラチナランクの者たちよ! 引け!」

 その命令で潮が引くように一気に下がる。負傷者が何人かいたが、仲間たちの手で引きずられていった。

「第1班! 前へ! いつもより強いが、しょせんオークとスケルトンだ! 一気に蹴散らしてしまえ!」

 僕たちは一斉に駆け出した。
 僕たちの班は僕たち3人に加え、ミスリルランクのパーティ一つと守備隊の兵士3人で構成される。

 前衛はミスリルランクのシーカーの剣術士2人、槍術士1人、守備隊兵士の剣術士2人だ。
 遠距離攻撃要員はシーカーパーティの魔術師、弓術士、神官が1人ずつに守備隊の魔術師1人が加わる。魔術師と弓術士は高さ2メートルほどの狙撃用の台の上に立ち、前衛の頭越しに攻撃できるようになっていた。

 僕たちの役割だが、基本的には遊撃だ。
 僕の戦い方が特殊過ぎて、ローザ以外と連携が取れないことが一番の理由だが、アメリアさんも正面から戦うタイプではなく、自由に動けた方が有効だと判断された。

 僕たちは前衛を抜けてきた魔物に対処したり、苦戦している人のフォローをしたりする役目を担う。

 一度は押し込んだ魔物だったが、すぐに勢いを盛り返し、前衛に迫ってきた。
 僕とローザ以外はレベルが350以上あり、250階層くらいの魔物ということで危なげなく倒している。

 ローザは前衛の間から何度か攻撃して敵を倒しているが、僕は一度も引き金を引くことはなく、20分間が過ぎた。
 タイミングを計って第2班と交替する。

「さすがにこの程度の敵なら余裕のようだな」

「余力は残しておかないといけないのは分かるけど、結局何もしなかったよ」

 そう言って零す。

「そう言えば、まだマーカスは来ていないね」

「うむ。おらぬ方がよいが、全く姿を現さぬというのもいかがなものかと思う」

 そんな話をしていると、ミスリルランクのシーカーの剣術士が小声で教えてくれた。

「逃げたらしいぜ。姿を見せないから、守備隊の兵士が部屋に行ったが、もぬけの殻だったそうだ」

「このタイミングで逃げたのか!」とローザが怒りを見せる。

 僕も無責任な奴と思うが、ここで逃げても奴が窮地に陥るだけだ。既に各所に伝わっているから、貴族として、そして王国軍の士官としての義務を放棄した卑劣漢というレッテルを貼られて処刑される。
 それなら戦いに集中した方がいい。

「まあいいんじゃないかな。訳の分からない命令を出されたら困るし」

 僕の言葉にローザも「確かにその通りだ」と頷いた。
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