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道を征く者

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 ホールの客席は六割ほど埋まっていた。

 おそらくほとんどが出場者の家族や所属教室の指導者やメンバーなどの関係者で占められていると思われる。

 メジャーなジャンルで競技者は世界中にいる。
 国家の威信をかけて取り組んでいる国すらある。
 それでも、本場の文化圏からは外れたアジアの小国のジュニアの大会なんて、関係者以外からしたら開催してることすら知らないだろう。


「さっきの子、すごかったね。低学年の大会では見かけなかったけど、最近いろんなところで見る気がする」

「ミューズガーデンの子だよね? あの教室、実績のある生徒のプロフィール全部出してたよね。あ、ほら、この子」


 だから、多分わたしの噂をしているあの人たちも、出場者の関係者か、バレエの関係者だと思われる。
 常連の出場者や主要なバレエ教室に関しての情報は一通り持っているのだろう。
 ミューズガーデン、正式にはミューズガーデン・バレエアーツは国内の大会では幅広い年代で多くの入賞者を輩出している強豪のバレエ教室だ。


「ヤナギサワ——ノゾミって読むのかな? え、習い始めたの二年前⁉︎ 
二年であの域に到達できるものなの? 才能ってやっぱあるのね……」


 何度か大会で入選しているが、私の知名度などまだまだそんなものだ。
 もっともっと、結果を出さないと。


「厳しい現実だけど、この世界は肉体的な資質や精神的な資質が努力以上に物を言うことはあると思う。
その上で、誰よりも努力した者しか掴めないんだから、やっぱ厳しい」

「この子の今の年齢は特に書いてないな。でも、バレエ暦二年なら低学年の大会には出てなくて当然なのか。むしろこれからが楽しみなダンサーだね」

「楽しみだけど、末恐ろしくもあるよ」


 あの人たちの言う通りだ。
 はじめたのが遅いわたしは、人の数倍やっても足りないくらい。
 小学生の高学年のレッスンが週三から四が普通なら、毎日やるくらいでないと届かない。

 高校生になる頃には海外留学したい。
 ロシアかフランスかイギリスか。
 まだどこに行くかまでは決めていないが、いずれも世界中から有力なダンサーが集まる狭き門だ。そして、その選ばれた技術も意識もハイレベルなダンサーたちが、最高峰の講師陣と厳しいカリキュラムによって磨き上げられ、更に選抜されてゆく。
 お金も毎年数百万という金額が掛かる。
 生半可な覚悟では挑む資格さえ無い。

 まずは今から中学卒業までの数年間で、どこまで至れるか。

 それ以外の何もかもを手放しても構わない。
 いや、それくらいして初めてスタートラインに立てるのだろう。
 おそらくまだ見ぬライバルたちもまた、同等以上の努力を、もっと恵まれた環境で積み上げ続けているのだろうから。

 






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