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めがみちゃん
しおりを挟む(姫田 願子)
バイト先の先輩であるめがみちゃんはわたしより背は低いし顔立ちにも幼さが残るが、わたしよりひとつ年上だ。
幼い頃、一緒に遊んだ幼馴染でもあった。
たまたま選んだバイト先で偶然の再会を果たしためがみちゃん。
当時のことは、余りに幼く期間も短かったため、具体的な記憶はほとんどなく、印象だけが残っていた。
裕福な家庭で育ち、優しく素敵なお姉さんに守られた恵まれた女の子。
その印象は今目の前でオリジナルキャラメルアップルティーをティースプーンで掻きまわしている女性からも醸し出されている。
あれから十年近く経つ。
どんな人にだって、それなりに、その人なりの、相応の苦労はあっただろう。
恵まれているだけ、守られているだけで安穏と超えられる年月ではない。が、たとえ近しい年齢や近しい地域といった、似たような環境でも、その濃度に個々の事情で雲泥の差がある。誰かの苦労と誰かの苦労を比べることに何の意味もないが、本人にとってはこの世の終わりのように思えることも、別の誰かにとってはそよ風の如き抵抗でしかないなんてこともある。
だから、めがみちゃんが今に至るまでの数年間を、見た目とは裏腹に過酷な経験をしてきたとしても、見た目通り何の苦労もなく過ごしてきたとしても、わたしには関係がない。
それは充分にわかっているのだが、幼馴染であるが故か、油断すると心が幼少の頃に引っ張られてしまう。
例えば高校に入って初めて出会った同級生だったら、その子が仮に王族でも、誰もが知っているアイドルでも、オリンピック金メダリストでも、話を聴いてみたいとは思うかもしれないが、その人生を自らのものと比較して妬んだり嘆いたりすることはないと思う。
でも、ひとつ年上の可愛らしい幼馴染に対しては、幼い頃に抱えた拙い嫉妬心が疼きそうで、大人の心を意識して励起させ、理知的であろう、冷静であろうとした。
「一緒にごはん行けてうれしい」などと、わたしの葛藤など知る由もない年上に見えない幼馴染は、油淋鶏を箸でずらし、下敷きになっていた油淋鶏味が染み込んだキャベツの千切りをおいしそうに食べている。
倣うわけではないが、先に野菜を食べた方が良いと聞いたことがある。わたしも回鍋肉のキャベツから食べ始めた。
豆板醤のピリ辛と甜面醤のコクと甘みに豚肉の油も吸ったキャベツがおいしい。歯ごたえの残るキャベツも良いが、合わせ調味料のソースと豚肉の油を吸ってしんなりしているキャベツもたまんない。これだけでごはん食べられる。
箸は進めつつ、会話の糸口を探った。
今日のこの場を提案したのはわたしだ。無論意図も目的もある。
場の進行もわたしがすべきだろう。
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