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乃木さんと

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(乃木 埜々子)

 乃木さんとは初対面の挨拶時に会話を交わしたくらいで、すぐに仕事に入ってしまったが、乃木さんは友だちのような距離感で話しかけてくれた。


 今はそれほど混みあってはいなく、人手はやや不足しているので、ホールは一時めがみちゃんに任せ、わたしと乃木さんはキッチンでお昼のピークの際にたまった洗い物を横並びで処理していた。

 洗い方にも感情が顕れている。乃木さんはわたし以上にあの感じの悪い男性客に腹を立てているようだ。


「私だったら顔に出してた。言い返してた。手が出たかも」


 わたしより接客業の経歴は長いだろうに、少々未熟なことを言っている。
 

「まともに相手しても仕方ないですし」

 
 少し苦笑いで応じつつ、まあそんな相手に気を使う必要なんてないと思っているわたしも、本音を言った。

 
「マニュアルにあるから言ってるんだけどさ、マニュアル通りの対応とか、マニュアル的な対応をされること自体嫌がる人っているよね」
 
 わたしもこのお店を出れば店舗を利用する側だ。乃木さんが言うようなタイプの人たちの気持ちも理解できる。なんというか、決められた業務として処理されてるように感じるのだ。そういう感じ方をさせている以上、どれだけ丁寧でも、敬語や態度が正しくても、あくまでもそれは「業務の遂行」「処理」である。そして、それが悪いというわけでもない。それでも、なぜかお客様の側に回ると、一個の人間としてきちんと扱ってもらいたいと思ってしまう。それも悪いわけではないが、接客業側として、丁寧に扱うべきという考え方は有っても、顧客側として丁寧に扱われて当然という感覚はイコールではないと思っている。
 商売なんて金銭を媒介させて交換するだけの行為だ。上も下もないし、双方納得すれば良いだけで、丁寧さだの満足度だのは、おまけみたいなもの。でもおまけが重要で、おまけがあると売れるからおまけをつけるのだ。そのおまけが過剰になっているのが現在の過剰なサービスと顧客のモンスター化ではないだろうか。
 
「マニュアルだからとか、マニュアルにあることしかできないってのが臨機応変さに欠けるってことはあると思う。それがために適していない対応になっていることもあると思うよ。
でも、マニュアル的な対応がすべてそれであると思い込んでるでしょ! さっきのあいつとか」


 思い出したらまた腹立ってきた! と、乃木さん。
 見た目はのんびりした印象だったが、意外と気性は荒いのかもしれない。
 なんとなくアライグマを想像した。

 
 乃木さんはまだ納得いっていない様子。まあ、わたしもあいつの言い分に納得できるものなんて見出していないけど。
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