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そして、ここから
しおりを挟むふたりで並んで道を往く。
あの日とは逆に、身軽なわたしがマレのキャスターのついたスーツケースを引いている。
あの、演目数が多くその分多くなってしまったわたしの荷物を、マレが持ってくれた、イベントの日。
その日の夜、ふたりで参加した打ち上げの帰り道。行きと同じように荷物を持ってくれていたマレに、告げられた。
フランスに戻る、と。
真っ直ぐの道の先、まだ少し遠くに見える駅の出入り口から少し外に出たところ。
手を振る人影に、わたしとマレは手を振り返して答えた。
「わざわざ来てくれてありがとう」
マレが言う。「大げさなんだから」と、見送りを固辞していたその表情からは嬉しさが隠しきれていない。
穏やかに微笑んだほまれちゃんをまっすぐ見つめるマレの目が、少しだけ揺れた気がした。
「荷物、ありがとね」
マレはわたしから荷物を引き取り、来た電車に乗り込む。
「それじゃ、行くね」
電車の時間は変えられないし、閉じる扉も止められない。
だから仕方ないとはいえ、その別れはあっさりしたものだった。
ちょっと買い物に行ってくるといった感じで乗車したマレを載せた電車は、あっという間に見えなくなっていた。
「行っちゃったね」
「うん、もっとこう、無いものかなぁ?」
別に昔のドラマの上京かなんかで別れる親友や恋人を描いたシーンみたいに、扉の窓に張り付いて手を重ねたり、去り行く電車を走って追いかけて、車内でも走って電車の後部に行くみたいなことまでは、やらないし出来ないと思うけど。
往く者残る者それぞれへ向けた、惜別のやりとりくらいはあっても良かったのでは。
でも、多少察するところはあった。
ほまれちゃんの方を向いていたマレが、振り返ってわたしから荷物を受け取ったとき。かぶっていたキャップを少し目深にした。目元を見えにくくしたのは、光る何かを隠したかったからではないだろうか。
わたしは双子の妹だ。双子の姉のやりそうなことくらいわかる。
それでも、別れ際は明るく、どちらかといえばそっけなく振る舞っていたマレ。それだって、きっと、マレの努力だ。
だから、わたしも、別れを惜しむのではなく、できなかったことを悔やむのでもなく、これからのことに想いを馳せたい。
マレからは、結局動画撮れなかったねとか、まあリモートでやろうよとか、確かに離れることが前提となる惜しまれたことと、これからのことについてのやり取りはあった。
それそのものは、嬉しいし楽しみだ。ササやカヨも絶対喜ぶ。
でも、そういう細かい話はリアルすぎて、別れのシーンとしては物足りない。なんて思っているわたしは、単にこの別れをイベント化しようとしているだけなのだろうか。
そう思おうとしても、さっきまで傍にあった同じ形をしたぬくもりの塊はもう居なく、失った質量分と等分の喪失感がその穴を埋めている。
マレが来る前までは感じていなかった感覚だ。
マレと過ごした日々なんて数か月にも満たない。
しかし、たとえ期間は短かかったとしても。近くに感じていたぬくもりは、確かにわたしを温めたのだし、温められたわたしは、ぬくもりを失えば寒さを感じる。
それでも、わたしは震えを押さえて、立つんだ。進むんだ。
今はいないマレが、わたしの中に残していってくれた、望むものに向かって手を伸ばす「勇気」と「気概」を、共にして。
マレもまた、遠く彼の地で、ひとりで立ち、進んで行くのだから。
双子のわたしが情けない姿を見せるわけにはいかないのだ。
「お茶してこっか」
せっかくだから、と、誘ってくれたほまれちゃん。
お互いマレに置いて行かれた身だ。
マレの話にでも花を咲かせながら、甘いものを食べる。
そんな日常を送ることもまた、マレへの応援に、そして、わたしへの奮起に、繋がるような気がした。
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