詩片の灯影② 〜過去から来た言葉と未来へ届ける言葉

桜のはなびら

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「今日はもう帰るの?」
「もうちょっといて良いですか? ちょっと書きたい」
 
 圭吾は微笑み、結は読書スペースに戻っていった。
 
「店内でなにかするんですか?」
 結が座るチェアのサイドテーブルの上で空になったカップに、二杯目のコーヒーを注いだ圭吾に「ありがとうございます」と言いながら、結は尋ねた。
 
「ああ、この前の話か」
 
 圭吾がこの店舗を手に入れられるきっかけを作ってくれたのは、学生時代の仲間で今はこの町の地場に根付いた小さな不動産屋に務めている伊礼紗杜だった。
 紗杜は地域への活動に積極的で、商店街や店舗と、地域住人を結びつけるイベントを考えているようで、圭吾にも協力の要請に来ていたのだった。
 紗杜が圭吾と話をしていた時、結も店内にいた。狭い店内だ。
 そして紗杜の声は大きい。
 書棚で本を選び、または静かに本を読んでいた結にもある程度の内容は聴こえていたのだろう。
 
「音楽と朗読を組み合わせた場を作りたいみたいだ。この店だけでどうこうってことじゃなくて、駅前の広場をメイン会場に、音楽イベントを企画して、近隣の店舗でも同コンセプトで音楽と店舗サービスを組み合わせたサービスやイベントを複数展開させて、町全体で音楽という文化を根付かせ、または紐づかせたいそうだよ」

 以前にジャズナイトというコンセプトで同様の企画が立てられたことがあった。
 好評を得、住民からも店舗からも行政からも、成功の評価が与えられていた。
 今回は、ボサノバでやりたいのだという。
 
「……まだ具体的な話にはなっていないし、是も非も回答はしていないけれど、彼女なら、見落とされてしまいそうな言葉も、大切に拾ってくれるんじゃないかと思っている。この店でできることがあるなら、やらせてもらおうと思っているよ」
 
「信頼しているんですね」
 
「まあ、学生時代からの腐れ縁だからね。この店の前オーナーを紹介してもらった恩もある。地域への活動に関しても共感できるから」
 
「……なんか、良いですね。おふたり、学生時代からのお付き合いなんですか? すごく失礼な言い方かもしれませんが、なんかイメージわかないです」
 
「たしかに、タイプはまるで違うと思う。普通だったら、友だちにはならなかっただろうな」
 
 それは、相性が悪いという意味ではなく、仲良くなるきっかけが生まれにくかったという意味だ。
 同じ大学で同じ学部だった圭吾と紗杜は、教養科目のグループワークで同じグループだった。
 紗杜がプレゼン資料のデザインを担当、圭吾が内容構成を担当した。
 計四人のグループは個性も価値観もばらばらだったが、だからこそだったのか馬が合い、お互いの得意分野を尊重し合いながら、自然と距離が縮まった四人は、以降よくつるむようになり、その関係性は学生時代ほど過密ではないが、未だに定期的に会っては語り合う仲として続いていた。
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