88 / 101
十五歳 浅草サンバカーニバル
アリスンの動機
しおりを挟む
ある意味後顧の憂いなく登校しない権利を得たアリスンは、有り余る時間をほどほどに勉強に使い、残りは動画の視聴など無為なことに使っていた。当初は。
やがて、アリスンは動画の中でも音楽をよく聴くようになっていったという。
いろいろな歌い手たちが、強い気持ちや自分を肯定する生き方を歌っていた。
多くが女性の歌い手だった。
昔の歌は男性の歌の方が力強いイメージだったが、この時期アリスンの耳に届いた歌たちは、男性の歌は例え格好良く激しい曲調でも歌詞は意志がはっきりしていないものが多く、女性の歌はかわいらしい感じでも実は強い意志を感じることが多かったと言っていた。
「そういう音楽聴いて、元気をもらって、わたしも音楽やりたいって思ったんだ。
曲ってシンプルなやつも複雑なやつも、ベースってあまり変わらなくて、言葉通り曲の『ベース!』って感じがして、筋が通って格好いいと思ったんだよね。
歌に救われたから歌ってもみたいって思っていたので、今のバンドの立ち位置はとてもうれしい!」
いつもの無邪気な笑顔だった。
いつもこの笑顔で、色々なものを興味深そうに見て、素直に驚いたり、感心したりしている。
だから、明るい道をまっすぐ、周囲に愛されながら何の妨害もなく進んできた人なのだと思っていた。
仲の良い人もいないし、学校に行かなくてもどうということは無いと言っていたアリスン。
でもそれは、仲の良い友達ができ、毎日を楽しく過ごせていた、あったはずの可能性を失ったということである。
そして、引き換えに無為な日々を送らざるを得なかったということである。
心の奥で、口惜しさを感じてはいなかったのだろうか。その原因ともいえる、大人の男性である先生の情けなさに、怒りを感じてはいなかったのだろうか。
アリスンは言っていた。
その音楽の傾向は今も続いていると。
確かに、そういわれるとそんな気もする。でも、そういう音楽ばかり届くアリスンの心の奥底は、未だに消えない感情があるのかもしれないと思った。
「今では有働くんと名波くんがバンドに誘ってくれたこと感謝してるよ。
でも、はっきりいえばさ、有働くんたちが話しかけてきたとき、『あー、またか』って思った」
「そうなの? 容姿利用したいとか言われたとき、わたしはどうかと思ってたけど、アリスンはすんなり受け入れてるように見えてたよ」
「その段階の時はね。
率直に目的を話してくれていたから、その内容なら別に良いかぁって思ったの。容姿どうこうってのはもう慣れてるし」
単純にナンパ目的かと思って少し警戒したけど、容姿が良いとされることにはもう思うことは無く、利用される点については別に構わないと思ったのだという。
この「慣れている」が、最初の「自分の見た目良いでしょ?」発言に繋がるのだ。きっと。
自信の表れでも自意識過剰でもなく、ある意味諦観している。
自分自身で、受け入れられている、慣れていると思い込んでいても、消えない何かが燻ぶっていることはある。
かつてのわたしのように。
本当に気付かないのだ。
るいぷるに指摘されて尚、すぐには気付けなかったくらいなのだから。
このことは、今のところ有働くんと名波くんに言うつもりはないらしい。
隠したい意図はないけれど、ふたりにはまず自分のことに向き合ってもらいたいのだそうだ。
この前の作業の時に言っていた家族の話も、やっぱりアリスンなりにふたりに伝えたい意図があったのだ。
「あ、これもいい曲ー、好きー」などと、にこにこシュークリームを食みながら音楽に合わせて軽く体を揺らしているアリスン。
サンバは魂の開放だと、以前ハルが言っていた。
捉われ、奪われた、奴隷たちの感情の発露だと。
サンバにそのような力があるのなら、今年の浅草ではアリスンに、思いっきり歌ってもらいたいな。
今日の練習でも、ゆきえさんには技術論やメロディラインの調えではなく、魂を込めた姿をアリスンに見せてもらえるよう頼んでみようと思った。
やがて、アリスンは動画の中でも音楽をよく聴くようになっていったという。
いろいろな歌い手たちが、強い気持ちや自分を肯定する生き方を歌っていた。
多くが女性の歌い手だった。
昔の歌は男性の歌の方が力強いイメージだったが、この時期アリスンの耳に届いた歌たちは、男性の歌は例え格好良く激しい曲調でも歌詞は意志がはっきりしていないものが多く、女性の歌はかわいらしい感じでも実は強い意志を感じることが多かったと言っていた。
「そういう音楽聴いて、元気をもらって、わたしも音楽やりたいって思ったんだ。
曲ってシンプルなやつも複雑なやつも、ベースってあまり変わらなくて、言葉通り曲の『ベース!』って感じがして、筋が通って格好いいと思ったんだよね。
歌に救われたから歌ってもみたいって思っていたので、今のバンドの立ち位置はとてもうれしい!」
いつもの無邪気な笑顔だった。
いつもこの笑顔で、色々なものを興味深そうに見て、素直に驚いたり、感心したりしている。
だから、明るい道をまっすぐ、周囲に愛されながら何の妨害もなく進んできた人なのだと思っていた。
仲の良い人もいないし、学校に行かなくてもどうということは無いと言っていたアリスン。
でもそれは、仲の良い友達ができ、毎日を楽しく過ごせていた、あったはずの可能性を失ったということである。
そして、引き換えに無為な日々を送らざるを得なかったということである。
心の奥で、口惜しさを感じてはいなかったのだろうか。その原因ともいえる、大人の男性である先生の情けなさに、怒りを感じてはいなかったのだろうか。
アリスンは言っていた。
その音楽の傾向は今も続いていると。
確かに、そういわれるとそんな気もする。でも、そういう音楽ばかり届くアリスンの心の奥底は、未だに消えない感情があるのかもしれないと思った。
「今では有働くんと名波くんがバンドに誘ってくれたこと感謝してるよ。
でも、はっきりいえばさ、有働くんたちが話しかけてきたとき、『あー、またか』って思った」
「そうなの? 容姿利用したいとか言われたとき、わたしはどうかと思ってたけど、アリスンはすんなり受け入れてるように見えてたよ」
「その段階の時はね。
率直に目的を話してくれていたから、その内容なら別に良いかぁって思ったの。容姿どうこうってのはもう慣れてるし」
単純にナンパ目的かと思って少し警戒したけど、容姿が良いとされることにはもう思うことは無く、利用される点については別に構わないと思ったのだという。
この「慣れている」が、最初の「自分の見た目良いでしょ?」発言に繋がるのだ。きっと。
自信の表れでも自意識過剰でもなく、ある意味諦観している。
自分自身で、受け入れられている、慣れていると思い込んでいても、消えない何かが燻ぶっていることはある。
かつてのわたしのように。
本当に気付かないのだ。
るいぷるに指摘されて尚、すぐには気付けなかったくらいなのだから。
このことは、今のところ有働くんと名波くんに言うつもりはないらしい。
隠したい意図はないけれど、ふたりにはまず自分のことに向き合ってもらいたいのだそうだ。
この前の作業の時に言っていた家族の話も、やっぱりアリスンなりにふたりに伝えたい意図があったのだ。
「あ、これもいい曲ー、好きー」などと、にこにこシュークリームを食みながら音楽に合わせて軽く体を揺らしているアリスン。
サンバは魂の開放だと、以前ハルが言っていた。
捉われ、奪われた、奴隷たちの感情の発露だと。
サンバにそのような力があるのなら、今年の浅草ではアリスンに、思いっきり歌ってもらいたいな。
今日の練習でも、ゆきえさんには技術論やメロディラインの調えではなく、魂を込めた姿をアリスンに見せてもらえるよう頼んでみようと思った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
0
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる