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第10話 女神さまって一体…
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最初に子供を預けたのはあの若い夫婦だった。夫婦は隣町まで仕事に行っており、今迄は朝早くから乗り合いの馬車に2歳になる子供と乗り込み親子三人で隣町まで行っていた。本当は隣町に住む予定だったが、家賃が高くとても暮らしていける状態ではなかった。物価の安いこの村に住み、移動を我慢すれば働けると子供を連れて出勤していたが、結局夫婦二人で働くので、子供をどこかに預けなくてはならない。仕方なく、子供を職場近くの教会に預け、仕事をしていた。
その子供を預けていた教会は孤児院も経営しており、あまり経営が良くないのだろう。子供を預ける料金は村の保育所の二倍、更に月に一度の寄付金が月額の二倍近く取られ、家計を圧迫していた。
母親が仕事を辞めようか…そう思ったときに、村に保育所が出来た。料金も半分で済むし、子供を見てくれるのは経験豊富な村の女性。そして何よりも、朝早くに出るため子供の食事が用意できずどうしようかと悩んでいたら、ヴァーグが食事代も料金に含まれていると言い、追加料金は請求されなかった。
安心して子供を預けて仕事へと出かけた夫婦は、日が沈むころに村に戻ってきた。
子供を引き取りに行くと、お昼も残さず食べ、お昼寝もぐずらず寝てくれたと教えてくれた。さらに夕食にどうぞと2人にいくつかのおかずを渡してくれた。
「そうそう、きょうのお昼にね、お嬢ちゃんが『ニンジン美味しー!』ってパクパク食べていたのよ。ニンジン嫌いだと聞いていたけどそんな様子はなかったわよ。きっと、周りに知っている顔が沢山あったから、嬉しかったのね」
お手伝いをしてくれた市場で働く女性はニコニコと笑いながら報告してくれた。
家で何をやっても食べなかったニンジンを娘が食べた?
それだけでも驚きなのに、少しだけ遊びに来た1歳にならない赤ん坊に子守唄を歌ってあげたという。街の教会ではそんな話は何も聞かない。
「親が知らない間に成長しているんですよ」
ヴァーグはそう言ってくれたが、夫婦には魔法を使ったとしか思えない。
なぜなら、この保育園に預けられた子供は、苦手な野菜をどんどん克服していったのだ。
親が何度言っても食べてくれない嫌いな食べ物を、保育所に預けると食べれるようになる。母親たちはヴァーグにどんな手を使ったのか問い詰めた。
だがヴァーグは
「入り口を変えただけです」
と、詳しい事は教えてくれなかった。
だが、そんな母親たちの疑問も喫茶店に通う様になって理解できた。
ヴァーグは子供たちのおやつも作ってくれる。そのおやつに、ニンジンやカボチャ、ほうれん草を液状にして使っていたのだ。
それでもお菓子に使えない野菜は調理方法を変えていた。
ある日、三人の5歳の子供たちを預かった。偶然にもこの三人、ピーマンが嫌いである。
「だって、苦いもん! 美味しくないもん!」
と子供たちが言う様に、ピーマンは苦くて美味しくないものと認識している。
そこでヴァーグは、お昼ご飯に、子供たちを欺くかのようにピーマン料理を出した。
「え~~? ピーマン?」
子供たちに配られた皿には、小ぶりのピーマンが丸々一個乗っていた。
「今回のピーマンは魔法をかけたから、甘くて美味しいよ。騙されたと思って食べてごらん?」
ヴァーグに促されても、子供たちは手を付けようとしなかった。
三人の子供たちはお互いに顔を見合わせて、「どうしよう?」「でもヴァーグお姉ちゃんが作るご飯は全部美味しいよ?」など、食べるかどうか悩んでいた。
そこにケインがフラッと姿を見せた。レストランがお昼過ぎから休みの為、ケインは保育所の手伝いにやってきた。
「お? 今からお昼ご飯か?」
子供たちに出された料理を見て、ケインはヴァーグに
「俺の分、ありますか!?」
とキラキラした笑顔で訊ねていた。
「あるわよ。食べるの?」
「はい!! 俺、これが大好物なんです!」
「じゃあ、ちょっと待っててね」
喫茶店の厨房へと姿を消したヴァーグを待ちながら、ケインはワクワクしながら子供たちと同じテーブルに座った。
「ケイン兄ちゃん、これ、本当に美味しいの?」
三人の中で唯一の男の子がケインに聞いてきた。
ケインは満面の笑顔で答えた。
「めちゃくちゃうまいぞ。…って言っても、俺も10歳ぐらいまでピーマンは食べられなかったけどな」
「本当に?」
「ああ。だけど、ヴァーグさんが作ってくれたこの料理を食べて、ピーマンが好きになった。この料理には魔法がかかっているんだ。ピーマンが食べれるっていう魔法が」
「…魔法なんかあるもんか」
「騙されたと思って食べてみたらいい。食べてみて美味しくなかったら、魔法はこの世に存在しない」
ケインの言葉に、男の子はじーっと皿に乗っかった丸々としたピーマンを見つめた。
そして意を決し、ピーマンをフォークで突き刺すと、勢いよく噛り付いた。
一口頬張り、何回か噛んでいると、眉間にしわが寄っていた男の子の顔に変化が見えた。
「…あれ?」
予想していた味と違ったのか、男の子は噛みついたピーマンを見た。
確かにピーマンの色をしているし、見た目もピーマンだ。でも、中にはぎっしりと肉が詰まっており、時々シャキシャキとした玉ねぎの味もする。でも、ピーマン独特の苦みはない。
男の子はもう一口かじった。そこ顔は、眉間にしわは寄っておらず、「騙された!」と言っているのに笑みを浮かべていた。
男の子はあっという間に完食してしまった。
「どうだ? 魔法はかかっていたか?」
ケインは頬杖を突きながら、ニヤニヤしながら男の子を見ていた。
そこへケインの分を持ってヴァーグがやってきた。
「ヴァーグお姉ちゃん! おかわりしてもいい!?」
「あら、気に入ったのかしら?」
「うん! このピーマン、甘くて美味しいね! これなら食べられるよ!」
「そう。じゃあ、持ってくるね」
ヴァーグが男の子の皿を持って厨房に戻ると、残りの女の子2人もフォークを手にし、目の前に置かれたピーマンに噛り付いた。
男の子と同じように、女の子たちの顔からも険しい表情がなくなった。
「これ、本当にピーマン?」
「甘くて美味しい」
驚いた顔を見せる女の子2人に、男の子は「だろ? だろ?」とかなり興奮している。
いつも食べているピーマンは苦い。なのにこのピーマンは甘い。本当に魔法がかかっていた!
男の子のおかわりを持ってきたヴァーグは、テーブルで子供たちと楽しそうに話すケインの姿を見て、彼の【スキル】を思い出した。彼には子供に好かれるスキルを持っている。保育士として最高のスキルを。
ケインの大好物で、子供たちがピーマンを食べれるようになった料理は【ピーマンの肉詰め コンソメスープ煮】というものだった。
子供がピーマンを食べれるようになった!と喜ぶ親の口コミが広がり、作り方を教えてほしいという人が殺到した。そこでヴァーグは保育所の庭で、炊き出し風の【肉詰めピーマン】の作り方を教えることになった。
まずは材料。主役であるピーマンはヘタの下1cmを切り落とし、中の種を抜く。
次に中に入れるのは、牛と豚の合いびき肉。割合はお好みらしい。ボウルに合いびき肉、みじん切りにした玉ねぎ、卵を加え、パン粉も少量加える。そして塩・胡椒を軽く振りかけ力一杯捏ねる。
肉が一つにまとまったら、ピーマンに詰めていく。詰める時、一気に大量の肉を入れてしまうと、ピーマンが破けてしまうので、少しずつ、奥へ詰め込んでいく。同じように他のピーマンにも肉を詰めていく。
ここまでできたら、後は煮込むだけ。
大きな鍋に色々な野菜を煮込んだスープ(今回はヴァーグが用意してくれたが、喫茶店でも頼めば販売してくれるようだ)を入れ、火にかける。ぐつぐつと沸騰してきたら、そこに肉を詰めたピーマンを入れる。底まで肉が入っていない物はスープから顔を出してしまうが、あまり関係ないようだ。
ピーマンを入れたらしばらくは強い火で煮込み、しばらくしてピーマンの色が少し変わるので、それを合図に火を弱める。このままピーマンだけ煮込んでもいいが、ニンジンを細かく切った物や、トウモロコシなどを入れても構わない。
中の肉に火が通ったら出来上がりだ。
いくつかのグループに分かれて調理していた母親たちは、出来上がった【ピーマンの肉詰め】と試食した。
苦い食べ物だと認識していたピーマンが甘い。いつもと同じピーマンなのにこんなに甘くなるなんて! 母親たちは驚きの歓声を上げていた。
「ケイン兄ちゃん、このピーマン美味しいね!」
「これ食べたら、僕もケイン兄ちゃんみたいに大きくなれる?」
「兄ちゃんみたいに、料理できるようになる?」
ヴァーグに手伝いをしていたケインは、いつの間にか子供たちに囲まれていた。
ケインは質問してくる子供一人一人に、丁寧に返事をしていた。
「やっぱり、保育士向きだわ」
子供たちに丁寧に答えるケインを見て、ヴァーグは彼の最適な職業は料理人ではなく、子供たちの世話をする保育士ではないかと改めて思った。
レストランに新しい料理人が来てくれたら、ケインを保育士として育てようと考えていた。だが、ウエイトレスや受付業務の仕事をやりたいという人はいても、料理人はなかなか希望者が現れない。
暑い夏もようやく終わる頃、王都から移住者が現れた。
移住を希望してきたその人物は、王都でカフェを経営していたらしい。だが、同じような店が増え、競争が激しくなり、生き残るための戦略を考えていたが、どれも失敗に終わり、店は人手に渡ってしまった。行く当てもなく彷徨っていると、王宮警備をしている兵士が「ある村に出来た温泉宿」の噂話をしていた。その温泉宿にはレストランが併設してあり、そのレストランの料理があり得ないほど上手いと興奮気味に話していた。聞けばそこの料理人はまだ17歳と16歳の青年が切り盛りしているとのこと。
そんな若い二人が切り盛りしているのなら、短い期間とはいえカフェを経営していた実績がある自分にもできるはず。そう甘い考えでの移住希望だった。
その移住希望者の面接をしていたヴァーグは、愛用のパソコンでその人物の詳細文を見ていた。
どうしても気になることがあるようだ。彼女の顔は険しかった。
「とりあえず、お試し期間でもいいかな? 料理の腕前も見たいし、喫茶店も人手不足だから、そっちに回ってもらうかもしれないから」
しばらくは様子を見よう。ヴァーグは移住希望者の詳細文を確かめるため、一か月という期間限定で雇ってみることにした。
翌朝のミーティングでヴァーグは移住希望者を紹介した。
「王都でカフェを経営していました、マイケルです。料理はある程度できますが、どうぞご指導宜しくお願いいたします」
頭を深々と下げるマイケルに、マックスとメアリー、サリナスの三人は拍手を送った。
エミーは「どこかで見たことがあるのよね…」と過去の記憶を呼び起こしていた。
ラインハルトは「あいつ…」と彼を知っているようだ。
レストランの厨房へとやってきたヴァーグ、ケイン、ラインハルト、マイケルの四人は、そこで簡単な打ち合わせをした。
「今日は『第六曜日』です。宿泊のお客様も多くなりますので、仕込みはしっかりとするように。それからマイケル君は、今日はケインやラインハルト君の動きを見て学び、わからないことは2人に聞いてください」
「はい」
「では、準備を始めましょう。ラインハルト君、マイケル君とホールの準備をお願いします」
「え? ホールの準備? 料理人なのにホールの準備をするんですか?」
カフェを経営していた時は、準備はそれぞれの持ち場が担当していた。厨房を仕切っていたマイケルにとって、ホールは見習いの時しかやっていない場所だ。しかも準備は経験がない下っ端がやる仕事。経験豊富な自分には無縁の事である。
ヴァーグは一瞬、顔をしかめたがすぐに表情を戻した。
「ラインハルト君、指示をお願いね」
ヴァーグはラインハルトにホールの準備を頼んで、ケインと共に厨房へと入っていった。
まだマイケルは「なんで? ホールの仕事ですよね?」と不満を口にしている。そのマイケルを無視しながら、ラインハルトは一人で準備を始めた。
厨房で料理の下ごしらえをしていたケインは、ホールから何も聞こえてこない事を不思議に思い、ヴァーグの許可を得てホールへと向かった。
ホールではラインハルト一人が、テーブルを拭き、椅子を並べ、紙ナプキンの補充をしていた。
「ラインハルト、新人は?」
「ホールの準備は料理人の仕事じゃないからって、どっかに行った」
「どっかに…て」
「知らん」
喋っていると準備が遅れると察したラインハルトは、ケインにそれだけ言うと準備の続きを始めた。
ケインは新人のマイケルがいない事をヴァーグに伝え、探しに行くとレストランを出て行こうとした。
「まって、ケイン!」
飛び出して行こうとした彼をヴァーグが呼び止めた。
「実は2人に話しておきたい事があるの」
そう言うとヴァーグはカウンターの上に愛用のパソコンを広げ、ある画面を2人に見せた。
「これはマイケル君の事が書いてあるの。ここを見て」
彼女が指す画面にはこう書かれていた。
|-----------------ーー---|
| マイケル |
| |
|王都から村に移住してきた青年。 |
|カフェを経営していたが、店の金を横領し解雇。|
|同時に結婚詐欺を働き、現在追われる身。 |
|王都を警備する騎士団は多額の賞金を出して、 |
|彼の情報を収集している。 |
|王立研究院より魔法玉を盗んでいるため、魔法攻|
|撃を操ることができる。要注意人物。 |
|----------------------|
「ヴァーグさん、なんでこんな奴を雇ったんですか!?」
読み終わったケインが大声をあげた。
それとは対照的にラインハルトは落ち着いていた。
「ラインハルト君は知っていたんだよね、彼の事」
「…はい。王都で同じカフェで働いていました」
「自分の店を持ったお友達と同一人物?」
「いえ、それは違います。オレの友達はこんなことしません。マイケルは…あいつは、先輩や客に媚び売って他人が得た名声まで奪う奴です。自分の店も、仲良くなった貴族の未亡人に金を出させて始めました。自分は何もやらず、すべて他人任せ。厨房に入れば料理人を怒鳴り散らし、ホールでは気に入らない客は平気で追い出す。そんな奴なんです」
「ますます雇う意味がないですよ!」
「ヴァーグさん、どうして奴を雇ったんですか?」
ケインとラインハルトに睨まれ、ヴァーグは視線を一瞬だけ反らした。
パソコンを閉じながら、ヴァーグはカウンターの引き出しから一通の手紙を取り出し、2人の前に差し出した。
「数日前、リチャードさんから手紙が来ていたの。王都で詐欺を働いた人物を探している。村に逃げ込んだら教えてほしいって」
「そんな手紙が…」
「王立研究院からも手紙が来ていて、研究用に保管していた魔法玉…ケインは見たことあるよね。エテさんが持っていたガラス玉」
「あ…ああ」
「その魔法玉が盗まれて困っていると書かれてあったの。そして、昨日、マイケルがこの村に来て私のパソコンが反応した。このまま他の村に被害を及ぼすよりも、この村に滞在している間に王都に知らせた方がいいと思わない? 幸いにも私たちはリチャードさんと知り合いだし、ケインは王立研究院と面識がある。国王様にも気に入られていることを考えれば、無理やり滞在させて、王都に知らせる時間稼ぎにいいと思ったの」
「そんなこと考えていたんですか?」
ケインの声が低くなった。
怒っている。
当たり前だろう。こんな危険な事を一人でやろうとしていたのだから。
「皆に迷惑かけないようにやろうとしていたの。マイケルも最初は様子伺いで猫を被ると思ったんだけど、どうも直球できたから、2人だけには話した方がいいと思って…」
申し訳なさそうに頭を下げるヴァーグ。
ラインハルトは大きな溜息を吐いた。
「なんで言ってくれなかったんですか? ヴァーグさん」
「それは…」
「話してくれればオレも手伝ったのに。オレ、あいつには嫌な思い出しかないんですよ。あいつを捕まえられるのなら、何でもしますよ」
ラインハルトの顔を見ると、微かに笑みを浮かべていた。その笑みは今からいたずらをする子供のようだ。
「お…俺だって手伝うよ!」
遅れを取られまいとケインは自分の胸をドンっと叩いた。
「いいの? 危険だよ?」
「心配ないって。それに、女一人でやるほうが危険ですって。俺もラインハルトも雇われている以上、ヴァーグさんを守る義務があるからな」
「ありがとう、ケイン、ラインハルト君」
「で、王都には知らせたんですか?」
「今朝、アクアに頼んで手紙を届けさせたわ。こちらの作戦は知らせてあるから、近いうちに返事が来ると思うの」
「じゃあ、俺たちは何をすればいいですか?」
「いつも通りに過ごしてくれればいいわ。その代わり彼から目を離さないで。現場を押さえたいから」
「抑えるって言っても、どうやって? 証拠を見つけるってことだよね? そんなに簡単に抑えられるんですか?」
「そこは私の魔法が使えるはずよ。今日の夕飯の時に説明するから」
ヴァーグには何か秘策があるようだ。
「それ」は夕食時に配られた。今日はエルザとローズも夕食に加わっており、従業員全員に配るのに適していた。
「明日から、皆さんにはこの『名札』と言うものを着けてもらいます」
ヴァーグは5cmほどの固い素材で作られた名前が書かれた物を従業員に配った。表には名前が書かれてあり、裏返すと小さな針の様な物がついていた。
「服の左胸辺りに、後ろについている針を刺してもらい、留め具で針を止めてください。お客様が従業員を呼ぶとき、名前が分かった方が呼びやすいと思います。仕事の時だけ付けるようにしてください。仕事が終わったら受付カウンターで預かります」
一人一人に配られた名札は、土台の色が違っていた。サリナスとメアリーは灰色、ケインとラインハルトは水色、エルザとローズは左半分が水色で右側は薄紫、エミーは左半分が灰色で右側は水色、マックスは四分割されており、灰色・水色・薄紫・薄緑、マイケルは白色の土台だった。
「なんで色が違うんですか?」
「それは、その色でどの仕事をしているのかが分かるようになっています。灰色は受付のお仕事、水色はレストラン、薄紫は客室関係、薄緑は温泉関係です」
「だから私は二色なんですね」
エミーの仕事は受付とレストランのウエイトレス。その仕事を表す色が使われている。
「なんで俺は白なんですか?」
「白は新人の色です。一か月の研修を終え、正式に雇用を結んだときに改めて新しい名札を渡します」
「え? 新人? 何でですか? 俺、経験者ですよ?」
「この宿では新人です。新人はちゃんと研修を受けなくてはいけません。エルザさんもローズさんも研修を受けてきました。マイケル君、今日、開店準備をサボりましたね? 開店準備は全員が行うことです。明日からはちゃんと準備をしてください」
「だけど、ホールの準備は…」
「料理人の仕事じゃない。そう言いたいのですか? 残念ながら、ここでは料理人もホールも同じ人がやっています。エルザさんとローズさんは客室の清掃が終わり次第、ホールのお仕事をしていますし、ラインハルト君も料理を作りながらウエイターの仕事もしています。ケインはここと保育所の仕事しています。人数が少ないながらも掛けもって働いています。ここを選んだからにはそれを理解して働いてください」
「…」
「私は明日、一日保育所にいます。何かあったら連絡してください」
そう締めくくったヴァーグに、マイケルは睨み付けた。
王都では人に指示している立場だった。ここでも自分より年下ばかりだから、威張れると思ったのに、そうはいかなかった。特にヴァーグは自分よりも年下に見える。すぐにオーナーの座を奪えると思ったのに、なかなかうまくいかない。マイケルはいずれはこの宿のオーナーの座を奪おうと考えている。
だが、ヴァーグにとって、自分に憎しみの心が向くことを望んでいた。その方がリチャードに提出した作戦が実行しやすいのだ。ヴァーグはマイケルが何かするだろうと予測して、全員の名札に細工していたのだ。
なんとかして証拠を押さえたいヴァーグは、女神に『探偵が使えるような道具はないか?』と相談していた。すると女神は、
|-------------------------------------|
|名札に小型カメラを仕込むことができますわ。イイーネ!!(。・∀・。)ヤリマスワ! |
|ついでに小型マイクも付けちゃいましょうか?ヽ(o’∀`o)ノヤーン♪ |
|プライベートも確保しなくてはいけませんから、 |
|建物自体にカメラとマイクが作動するエリアを作ってしまいましょう! |
|━(人*´∀`)━━!!ワタクシテンサイ!! |
|特定の場所に入るとカメラもマイクも使えないようにすれば、 |
|プライベートも確保できますよね?(人´∀`)ダヨネ! |
|なんでしたら村全体にそのような機能を付けちゃいますか? |
|(○´艸`)クスクス |
|--------------------------------------
と、かなりのハイテンションの返事が来た。
「女神さまってもしかして…」
この顔文字になんとなく「あの分類の人?」と疑いたくなるヴァーグだった。
女神が授けてくれたこの道具で、無事に物事は進むのだろうか…?
<つづく>
その子供を預けていた教会は孤児院も経営しており、あまり経営が良くないのだろう。子供を預ける料金は村の保育所の二倍、更に月に一度の寄付金が月額の二倍近く取られ、家計を圧迫していた。
母親が仕事を辞めようか…そう思ったときに、村に保育所が出来た。料金も半分で済むし、子供を見てくれるのは経験豊富な村の女性。そして何よりも、朝早くに出るため子供の食事が用意できずどうしようかと悩んでいたら、ヴァーグが食事代も料金に含まれていると言い、追加料金は請求されなかった。
安心して子供を預けて仕事へと出かけた夫婦は、日が沈むころに村に戻ってきた。
子供を引き取りに行くと、お昼も残さず食べ、お昼寝もぐずらず寝てくれたと教えてくれた。さらに夕食にどうぞと2人にいくつかのおかずを渡してくれた。
「そうそう、きょうのお昼にね、お嬢ちゃんが『ニンジン美味しー!』ってパクパク食べていたのよ。ニンジン嫌いだと聞いていたけどそんな様子はなかったわよ。きっと、周りに知っている顔が沢山あったから、嬉しかったのね」
お手伝いをしてくれた市場で働く女性はニコニコと笑いながら報告してくれた。
家で何をやっても食べなかったニンジンを娘が食べた?
それだけでも驚きなのに、少しだけ遊びに来た1歳にならない赤ん坊に子守唄を歌ってあげたという。街の教会ではそんな話は何も聞かない。
「親が知らない間に成長しているんですよ」
ヴァーグはそう言ってくれたが、夫婦には魔法を使ったとしか思えない。
なぜなら、この保育園に預けられた子供は、苦手な野菜をどんどん克服していったのだ。
親が何度言っても食べてくれない嫌いな食べ物を、保育所に預けると食べれるようになる。母親たちはヴァーグにどんな手を使ったのか問い詰めた。
だがヴァーグは
「入り口を変えただけです」
と、詳しい事は教えてくれなかった。
だが、そんな母親たちの疑問も喫茶店に通う様になって理解できた。
ヴァーグは子供たちのおやつも作ってくれる。そのおやつに、ニンジンやカボチャ、ほうれん草を液状にして使っていたのだ。
それでもお菓子に使えない野菜は調理方法を変えていた。
ある日、三人の5歳の子供たちを預かった。偶然にもこの三人、ピーマンが嫌いである。
「だって、苦いもん! 美味しくないもん!」
と子供たちが言う様に、ピーマンは苦くて美味しくないものと認識している。
そこでヴァーグは、お昼ご飯に、子供たちを欺くかのようにピーマン料理を出した。
「え~~? ピーマン?」
子供たちに配られた皿には、小ぶりのピーマンが丸々一個乗っていた。
「今回のピーマンは魔法をかけたから、甘くて美味しいよ。騙されたと思って食べてごらん?」
ヴァーグに促されても、子供たちは手を付けようとしなかった。
三人の子供たちはお互いに顔を見合わせて、「どうしよう?」「でもヴァーグお姉ちゃんが作るご飯は全部美味しいよ?」など、食べるかどうか悩んでいた。
そこにケインがフラッと姿を見せた。レストランがお昼過ぎから休みの為、ケインは保育所の手伝いにやってきた。
「お? 今からお昼ご飯か?」
子供たちに出された料理を見て、ケインはヴァーグに
「俺の分、ありますか!?」
とキラキラした笑顔で訊ねていた。
「あるわよ。食べるの?」
「はい!! 俺、これが大好物なんです!」
「じゃあ、ちょっと待っててね」
喫茶店の厨房へと姿を消したヴァーグを待ちながら、ケインはワクワクしながら子供たちと同じテーブルに座った。
「ケイン兄ちゃん、これ、本当に美味しいの?」
三人の中で唯一の男の子がケインに聞いてきた。
ケインは満面の笑顔で答えた。
「めちゃくちゃうまいぞ。…って言っても、俺も10歳ぐらいまでピーマンは食べられなかったけどな」
「本当に?」
「ああ。だけど、ヴァーグさんが作ってくれたこの料理を食べて、ピーマンが好きになった。この料理には魔法がかかっているんだ。ピーマンが食べれるっていう魔法が」
「…魔法なんかあるもんか」
「騙されたと思って食べてみたらいい。食べてみて美味しくなかったら、魔法はこの世に存在しない」
ケインの言葉に、男の子はじーっと皿に乗っかった丸々としたピーマンを見つめた。
そして意を決し、ピーマンをフォークで突き刺すと、勢いよく噛り付いた。
一口頬張り、何回か噛んでいると、眉間にしわが寄っていた男の子の顔に変化が見えた。
「…あれ?」
予想していた味と違ったのか、男の子は噛みついたピーマンを見た。
確かにピーマンの色をしているし、見た目もピーマンだ。でも、中にはぎっしりと肉が詰まっており、時々シャキシャキとした玉ねぎの味もする。でも、ピーマン独特の苦みはない。
男の子はもう一口かじった。そこ顔は、眉間にしわは寄っておらず、「騙された!」と言っているのに笑みを浮かべていた。
男の子はあっという間に完食してしまった。
「どうだ? 魔法はかかっていたか?」
ケインは頬杖を突きながら、ニヤニヤしながら男の子を見ていた。
そこへケインの分を持ってヴァーグがやってきた。
「ヴァーグお姉ちゃん! おかわりしてもいい!?」
「あら、気に入ったのかしら?」
「うん! このピーマン、甘くて美味しいね! これなら食べられるよ!」
「そう。じゃあ、持ってくるね」
ヴァーグが男の子の皿を持って厨房に戻ると、残りの女の子2人もフォークを手にし、目の前に置かれたピーマンに噛り付いた。
男の子と同じように、女の子たちの顔からも険しい表情がなくなった。
「これ、本当にピーマン?」
「甘くて美味しい」
驚いた顔を見せる女の子2人に、男の子は「だろ? だろ?」とかなり興奮している。
いつも食べているピーマンは苦い。なのにこのピーマンは甘い。本当に魔法がかかっていた!
男の子のおかわりを持ってきたヴァーグは、テーブルで子供たちと楽しそうに話すケインの姿を見て、彼の【スキル】を思い出した。彼には子供に好かれるスキルを持っている。保育士として最高のスキルを。
ケインの大好物で、子供たちがピーマンを食べれるようになった料理は【ピーマンの肉詰め コンソメスープ煮】というものだった。
子供がピーマンを食べれるようになった!と喜ぶ親の口コミが広がり、作り方を教えてほしいという人が殺到した。そこでヴァーグは保育所の庭で、炊き出し風の【肉詰めピーマン】の作り方を教えることになった。
まずは材料。主役であるピーマンはヘタの下1cmを切り落とし、中の種を抜く。
次に中に入れるのは、牛と豚の合いびき肉。割合はお好みらしい。ボウルに合いびき肉、みじん切りにした玉ねぎ、卵を加え、パン粉も少量加える。そして塩・胡椒を軽く振りかけ力一杯捏ねる。
肉が一つにまとまったら、ピーマンに詰めていく。詰める時、一気に大量の肉を入れてしまうと、ピーマンが破けてしまうので、少しずつ、奥へ詰め込んでいく。同じように他のピーマンにも肉を詰めていく。
ここまでできたら、後は煮込むだけ。
大きな鍋に色々な野菜を煮込んだスープ(今回はヴァーグが用意してくれたが、喫茶店でも頼めば販売してくれるようだ)を入れ、火にかける。ぐつぐつと沸騰してきたら、そこに肉を詰めたピーマンを入れる。底まで肉が入っていない物はスープから顔を出してしまうが、あまり関係ないようだ。
ピーマンを入れたらしばらくは強い火で煮込み、しばらくしてピーマンの色が少し変わるので、それを合図に火を弱める。このままピーマンだけ煮込んでもいいが、ニンジンを細かく切った物や、トウモロコシなどを入れても構わない。
中の肉に火が通ったら出来上がりだ。
いくつかのグループに分かれて調理していた母親たちは、出来上がった【ピーマンの肉詰め】と試食した。
苦い食べ物だと認識していたピーマンが甘い。いつもと同じピーマンなのにこんなに甘くなるなんて! 母親たちは驚きの歓声を上げていた。
「ケイン兄ちゃん、このピーマン美味しいね!」
「これ食べたら、僕もケイン兄ちゃんみたいに大きくなれる?」
「兄ちゃんみたいに、料理できるようになる?」
ヴァーグに手伝いをしていたケインは、いつの間にか子供たちに囲まれていた。
ケインは質問してくる子供一人一人に、丁寧に返事をしていた。
「やっぱり、保育士向きだわ」
子供たちに丁寧に答えるケインを見て、ヴァーグは彼の最適な職業は料理人ではなく、子供たちの世話をする保育士ではないかと改めて思った。
レストランに新しい料理人が来てくれたら、ケインを保育士として育てようと考えていた。だが、ウエイトレスや受付業務の仕事をやりたいという人はいても、料理人はなかなか希望者が現れない。
暑い夏もようやく終わる頃、王都から移住者が現れた。
移住を希望してきたその人物は、王都でカフェを経営していたらしい。だが、同じような店が増え、競争が激しくなり、生き残るための戦略を考えていたが、どれも失敗に終わり、店は人手に渡ってしまった。行く当てもなく彷徨っていると、王宮警備をしている兵士が「ある村に出来た温泉宿」の噂話をしていた。その温泉宿にはレストランが併設してあり、そのレストランの料理があり得ないほど上手いと興奮気味に話していた。聞けばそこの料理人はまだ17歳と16歳の青年が切り盛りしているとのこと。
そんな若い二人が切り盛りしているのなら、短い期間とはいえカフェを経営していた実績がある自分にもできるはず。そう甘い考えでの移住希望だった。
その移住希望者の面接をしていたヴァーグは、愛用のパソコンでその人物の詳細文を見ていた。
どうしても気になることがあるようだ。彼女の顔は険しかった。
「とりあえず、お試し期間でもいいかな? 料理の腕前も見たいし、喫茶店も人手不足だから、そっちに回ってもらうかもしれないから」
しばらくは様子を見よう。ヴァーグは移住希望者の詳細文を確かめるため、一か月という期間限定で雇ってみることにした。
翌朝のミーティングでヴァーグは移住希望者を紹介した。
「王都でカフェを経営していました、マイケルです。料理はある程度できますが、どうぞご指導宜しくお願いいたします」
頭を深々と下げるマイケルに、マックスとメアリー、サリナスの三人は拍手を送った。
エミーは「どこかで見たことがあるのよね…」と過去の記憶を呼び起こしていた。
ラインハルトは「あいつ…」と彼を知っているようだ。
レストランの厨房へとやってきたヴァーグ、ケイン、ラインハルト、マイケルの四人は、そこで簡単な打ち合わせをした。
「今日は『第六曜日』です。宿泊のお客様も多くなりますので、仕込みはしっかりとするように。それからマイケル君は、今日はケインやラインハルト君の動きを見て学び、わからないことは2人に聞いてください」
「はい」
「では、準備を始めましょう。ラインハルト君、マイケル君とホールの準備をお願いします」
「え? ホールの準備? 料理人なのにホールの準備をするんですか?」
カフェを経営していた時は、準備はそれぞれの持ち場が担当していた。厨房を仕切っていたマイケルにとって、ホールは見習いの時しかやっていない場所だ。しかも準備は経験がない下っ端がやる仕事。経験豊富な自分には無縁の事である。
ヴァーグは一瞬、顔をしかめたがすぐに表情を戻した。
「ラインハルト君、指示をお願いね」
ヴァーグはラインハルトにホールの準備を頼んで、ケインと共に厨房へと入っていった。
まだマイケルは「なんで? ホールの仕事ですよね?」と不満を口にしている。そのマイケルを無視しながら、ラインハルトは一人で準備を始めた。
厨房で料理の下ごしらえをしていたケインは、ホールから何も聞こえてこない事を不思議に思い、ヴァーグの許可を得てホールへと向かった。
ホールではラインハルト一人が、テーブルを拭き、椅子を並べ、紙ナプキンの補充をしていた。
「ラインハルト、新人は?」
「ホールの準備は料理人の仕事じゃないからって、どっかに行った」
「どっかに…て」
「知らん」
喋っていると準備が遅れると察したラインハルトは、ケインにそれだけ言うと準備の続きを始めた。
ケインは新人のマイケルがいない事をヴァーグに伝え、探しに行くとレストランを出て行こうとした。
「まって、ケイン!」
飛び出して行こうとした彼をヴァーグが呼び止めた。
「実は2人に話しておきたい事があるの」
そう言うとヴァーグはカウンターの上に愛用のパソコンを広げ、ある画面を2人に見せた。
「これはマイケル君の事が書いてあるの。ここを見て」
彼女が指す画面にはこう書かれていた。
|-----------------ーー---|
| マイケル |
| |
|王都から村に移住してきた青年。 |
|カフェを経営していたが、店の金を横領し解雇。|
|同時に結婚詐欺を働き、現在追われる身。 |
|王都を警備する騎士団は多額の賞金を出して、 |
|彼の情報を収集している。 |
|王立研究院より魔法玉を盗んでいるため、魔法攻|
|撃を操ることができる。要注意人物。 |
|----------------------|
「ヴァーグさん、なんでこんな奴を雇ったんですか!?」
読み終わったケインが大声をあげた。
それとは対照的にラインハルトは落ち着いていた。
「ラインハルト君は知っていたんだよね、彼の事」
「…はい。王都で同じカフェで働いていました」
「自分の店を持ったお友達と同一人物?」
「いえ、それは違います。オレの友達はこんなことしません。マイケルは…あいつは、先輩や客に媚び売って他人が得た名声まで奪う奴です。自分の店も、仲良くなった貴族の未亡人に金を出させて始めました。自分は何もやらず、すべて他人任せ。厨房に入れば料理人を怒鳴り散らし、ホールでは気に入らない客は平気で追い出す。そんな奴なんです」
「ますます雇う意味がないですよ!」
「ヴァーグさん、どうして奴を雇ったんですか?」
ケインとラインハルトに睨まれ、ヴァーグは視線を一瞬だけ反らした。
パソコンを閉じながら、ヴァーグはカウンターの引き出しから一通の手紙を取り出し、2人の前に差し出した。
「数日前、リチャードさんから手紙が来ていたの。王都で詐欺を働いた人物を探している。村に逃げ込んだら教えてほしいって」
「そんな手紙が…」
「王立研究院からも手紙が来ていて、研究用に保管していた魔法玉…ケインは見たことあるよね。エテさんが持っていたガラス玉」
「あ…ああ」
「その魔法玉が盗まれて困っていると書かれてあったの。そして、昨日、マイケルがこの村に来て私のパソコンが反応した。このまま他の村に被害を及ぼすよりも、この村に滞在している間に王都に知らせた方がいいと思わない? 幸いにも私たちはリチャードさんと知り合いだし、ケインは王立研究院と面識がある。国王様にも気に入られていることを考えれば、無理やり滞在させて、王都に知らせる時間稼ぎにいいと思ったの」
「そんなこと考えていたんですか?」
ケインの声が低くなった。
怒っている。
当たり前だろう。こんな危険な事を一人でやろうとしていたのだから。
「皆に迷惑かけないようにやろうとしていたの。マイケルも最初は様子伺いで猫を被ると思ったんだけど、どうも直球できたから、2人だけには話した方がいいと思って…」
申し訳なさそうに頭を下げるヴァーグ。
ラインハルトは大きな溜息を吐いた。
「なんで言ってくれなかったんですか? ヴァーグさん」
「それは…」
「話してくれればオレも手伝ったのに。オレ、あいつには嫌な思い出しかないんですよ。あいつを捕まえられるのなら、何でもしますよ」
ラインハルトの顔を見ると、微かに笑みを浮かべていた。その笑みは今からいたずらをする子供のようだ。
「お…俺だって手伝うよ!」
遅れを取られまいとケインは自分の胸をドンっと叩いた。
「いいの? 危険だよ?」
「心配ないって。それに、女一人でやるほうが危険ですって。俺もラインハルトも雇われている以上、ヴァーグさんを守る義務があるからな」
「ありがとう、ケイン、ラインハルト君」
「で、王都には知らせたんですか?」
「今朝、アクアに頼んで手紙を届けさせたわ。こちらの作戦は知らせてあるから、近いうちに返事が来ると思うの」
「じゃあ、俺たちは何をすればいいですか?」
「いつも通りに過ごしてくれればいいわ。その代わり彼から目を離さないで。現場を押さえたいから」
「抑えるって言っても、どうやって? 証拠を見つけるってことだよね? そんなに簡単に抑えられるんですか?」
「そこは私の魔法が使えるはずよ。今日の夕飯の時に説明するから」
ヴァーグには何か秘策があるようだ。
「それ」は夕食時に配られた。今日はエルザとローズも夕食に加わっており、従業員全員に配るのに適していた。
「明日から、皆さんにはこの『名札』と言うものを着けてもらいます」
ヴァーグは5cmほどの固い素材で作られた名前が書かれた物を従業員に配った。表には名前が書かれてあり、裏返すと小さな針の様な物がついていた。
「服の左胸辺りに、後ろについている針を刺してもらい、留め具で針を止めてください。お客様が従業員を呼ぶとき、名前が分かった方が呼びやすいと思います。仕事の時だけ付けるようにしてください。仕事が終わったら受付カウンターで預かります」
一人一人に配られた名札は、土台の色が違っていた。サリナスとメアリーは灰色、ケインとラインハルトは水色、エルザとローズは左半分が水色で右側は薄紫、エミーは左半分が灰色で右側は水色、マックスは四分割されており、灰色・水色・薄紫・薄緑、マイケルは白色の土台だった。
「なんで色が違うんですか?」
「それは、その色でどの仕事をしているのかが分かるようになっています。灰色は受付のお仕事、水色はレストラン、薄紫は客室関係、薄緑は温泉関係です」
「だから私は二色なんですね」
エミーの仕事は受付とレストランのウエイトレス。その仕事を表す色が使われている。
「なんで俺は白なんですか?」
「白は新人の色です。一か月の研修を終え、正式に雇用を結んだときに改めて新しい名札を渡します」
「え? 新人? 何でですか? 俺、経験者ですよ?」
「この宿では新人です。新人はちゃんと研修を受けなくてはいけません。エルザさんもローズさんも研修を受けてきました。マイケル君、今日、開店準備をサボりましたね? 開店準備は全員が行うことです。明日からはちゃんと準備をしてください」
「だけど、ホールの準備は…」
「料理人の仕事じゃない。そう言いたいのですか? 残念ながら、ここでは料理人もホールも同じ人がやっています。エルザさんとローズさんは客室の清掃が終わり次第、ホールのお仕事をしていますし、ラインハルト君も料理を作りながらウエイターの仕事もしています。ケインはここと保育所の仕事しています。人数が少ないながらも掛けもって働いています。ここを選んだからにはそれを理解して働いてください」
「…」
「私は明日、一日保育所にいます。何かあったら連絡してください」
そう締めくくったヴァーグに、マイケルは睨み付けた。
王都では人に指示している立場だった。ここでも自分より年下ばかりだから、威張れると思ったのに、そうはいかなかった。特にヴァーグは自分よりも年下に見える。すぐにオーナーの座を奪えると思ったのに、なかなかうまくいかない。マイケルはいずれはこの宿のオーナーの座を奪おうと考えている。
だが、ヴァーグにとって、自分に憎しみの心が向くことを望んでいた。その方がリチャードに提出した作戦が実行しやすいのだ。ヴァーグはマイケルが何かするだろうと予測して、全員の名札に細工していたのだ。
なんとかして証拠を押さえたいヴァーグは、女神に『探偵が使えるような道具はないか?』と相談していた。すると女神は、
|-------------------------------------|
|名札に小型カメラを仕込むことができますわ。イイーネ!!(。・∀・。)ヤリマスワ! |
|ついでに小型マイクも付けちゃいましょうか?ヽ(o’∀`o)ノヤーン♪ |
|プライベートも確保しなくてはいけませんから、 |
|建物自体にカメラとマイクが作動するエリアを作ってしまいましょう! |
|━(人*´∀`)━━!!ワタクシテンサイ!! |
|特定の場所に入るとカメラもマイクも使えないようにすれば、 |
|プライベートも確保できますよね?(人´∀`)ダヨネ! |
|なんでしたら村全体にそのような機能を付けちゃいますか? |
|(○´艸`)クスクス |
|--------------------------------------
と、かなりのハイテンションの返事が来た。
「女神さまってもしかして…」
この顔文字になんとなく「あの分類の人?」と疑いたくなるヴァーグだった。
女神が授けてくれたこの道具で、無事に物事は進むのだろうか…?
<つづく>
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