選ばれた勇者は保育士になりました

EAU

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第14話  羨ましい!!!  

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 朝日が昇る前、アクアはヴァーグに頼まれて、エテ王子の手紙とヴァーグの手紙を王都へ届けるために旅立った。今回は王宮に直接届けるため、リチャードが着いて行くことになった。
「リチャード、王子の俺が行った方がいいんじゃ…」
 エテ王子が代わりに行くことを申し出たが、リチャードは首を横に振った。
「わたしは王宮警備の隊長だぞ。軍を動かすことになったら、いくら王子でも、軍に所属している人間でなくてはできない。お前はここでケインを特訓していろ」
「リチャード、俺は…!」
「お前はただの貴族の坊ちゃんだ。軍は専門職に任せておけ」
 まだヴァーグにもエテ王子が王子だと言うことを教えていない。たぶん宿の従業員もただの金持ちの息子だと思っているはずだ。そんな彼が王都に戻り、王家の軍を引き連れて戻ってきたら、それこそ本当の身分を明かさなくてはならなくなる。

 アクアの背に乗って村を発ったリチャードを見送っていたエテ王子に、コロリスが声をかけてきた。
「リチャード様は、お出かけになったのですか?」
 急に声を掛けられ、エテ王子は飛び上がるほど驚いた。
「コ…コロリス、何時からそこに!?」
「たった今ですけど…」
「じゃ…じゃあ、俺たちの会話は…」
「何かお話していたのですか? 私はリチャード様が発つ所からしか見ていないのですが」
「そ…そう、それならよかった」
 ホッと胸をなでおろしたエテ王子の姿に、コロリスは不思議そうに首をかしげていた。


 朝食が終わると、双子のマリーとミリーは学校へと向かった。
 メアリーとサリナスは宿の仕事に取り掛かった。
 マックスは温泉の掃除をしてくると、だいぶ前に席を立っている。
 エミーは空いている客室の清掃に取り掛かり、エリザとローズが出勤してきたら、レストランの開店準備に取り掛かる予定だ。
 ケインとラインハルトは仕込みの準備に取り掛かった。
 カトリーヌは村を散策したいと一人で出掛けた。

 ヴァーグは今日は保育所へと出かけるようだ。今日に限って預ける子供が多い。本格的な秋を迎える前に、農家は作物の植え替えをしなくてはならない。大人総出で行うらしく、小さい子供をみていられないようだ。
 今日、預かるのは1歳から4歳までの7人の子供たち。市場で店を開く店主の子供もいる。手の空いている人が手伝いに来るが、ほぼ畑仕事に出ているため、丸々一日の手伝いは無理なようだ。
「でしたら、私もお手伝いしましょうか?」
 保育所へと出かけるところだったヴァーグに、コロリスが提案してきた。
「エテさんとのデートを楽しむんじゃないの?」
「たしかにエテさんと一緒に居たいという気持ちはありますが、困っている人を助ける方が最優先です。エテさん、よろしいですか?」
「俺も手伝っていいよ」
「お客様が手伝うなんて」
「リチャードが帰ってくるまで暇だから構わないよ。ここの保育所も見学したかったし」
 エテ王子とコロリスはやる気満々だった。
 一人でも助けが欲しかったこともあり、ヴァーグは2人を保育所に連れていくことにした。


 保育所にやってきたコロリスは、隣接する喫茶店に置かれたある物を見て、目をキラキラと輝かせた。
 つい昨日、お金が貯まったヴァーグが思い切って購入したグランドピアノが、喫茶店と保育スペースの間に設置されていたのだ。
「ピアノ、買ったんですか?」
「音楽があった方が、子供たちの教育になるかな?って思ったの。残念ながら弾き手がいないからただのインテリアになっちゃうけどね」
「王都から音楽家が移住してくることを願うだけですね」
「いつになることやら」
 ヴァーグとエテ王子はたわいもない話を続けていた。
 コロリスは目の前にある黒く光るピアノを前に、ただただ嬉しそうに輝かせた目で、食い入るように見つめていた。

 その様子に気付いたエテ王子は、遠い過去の記憶が一瞬蘇った。
 かなり昔、こんな光景を見たことがあった。あれは12歳の時、王妃の誕生日を祝う舞踏会が開かれ、華やかな席を好まないエテ王子は気分がすぐれないからという理由で中庭に出た。そのまま自室に戻ろうとした時、途中にあった音楽堂の前に一人の少女がいた。少女はガラス張りの音楽堂の中に置かれたピアノをキラキラと輝く瞳で食い入るように見つめていた。
 たしか、その時の少女もコロリスと同じ赤い髪をしていた記憶がある。

 エテ王子は唯一覚えている言葉を口にした。
「音楽、好きなんですか?」
 そのエテ王子問いかけに思いもしなかった言葉が返ってきた。
「はい! わたし、歌うことが大好きです!」
 元気に返事をしながら振り向いたコロリスは、エテ王子がキョトンとした顔を見せていることに恥ずかしくなったのか、顔を赤くして俯いてしまった。

 まさか…そんなはずは……。

 エテ王子が覚えている記憶と完全に一致した。
 ピアノを見つめる瞳も、振り返った輝く笑顔も、問いかけに対する返事も、すべて幼い頃の記憶と一致した。

「あ…あの…その…」
 俯いたままモジモジとするコロリスを見て、エテ王子はクスッと笑った。
「俺、ピアノ弾けるよ。何か歌う?」
「いいんですか!?」
「途中で間違えたらごめん」
 そう謝りながらエテ王子はピアノの前に座った。
 そして「これなら歌えるだろ?」と国に古くから伝わる讃美歌を奏で始めた。

 ピアノの音が流れてきたヴァーグは、そのメロディーの聞き覚えがあった。
「……アメイジング・グレース……」
 ヴァーグが前の世界にいた時、よく耳にした曲だ。
 エテ王子が演奏していることに驚きを感じたが、それ以上にコロリスの歌声にも驚いた。彼女の歌声は『クリスタルボイス』とヴァーグのいた世界で呼ばれる綺麗に透き通った歌声だった。
 それよりも、ヴァーグが前の世界で一番好きだった歌姫と同じ声だった。コロリスだけではない。実はエテ王子の声もよくよく聴いてみたら、前の世界で一番好きだった舞台役者と同じ声だった。
 この世界に来て8年。すっかり忘れていた『思い出』が一気に蘇ってきた。舞台役者と歌姫は同じ舞台に立つことが多く、よく2人の舞台を見ていた。たった2時間だけの特別な時間が最高の幸せだった。異世界に来て再び同じ声に巡り合えるとは…。


 2人の演奏が終わると、ヴァーグの後ろから大きな拍手が沸き起こった。いつの間にか、子供を預けに来た親御さんたちで溢れ返っていたのだ。
「とても素敵でした!」
「教会のミサでも、このような素敵な歌に巡り合ったことはありません!」
 感動のあまり涙を流す人までおり、鳴りやまない拍手はその演奏がいかに素晴らしいものかを物語っていた。
「ぜひ、今度の第七ミサ(日曜日のミサ)で、その歌声を披露していただきたいです」
「いい提案ね! 神父様にお会いしたら話してみましょう!]
「あ…あの、わたしは……」
 隣の国から来ている事を話そうとしたコロリスを、エテ王子が止めに入った。
「今は何を言っても無駄だよ。しばらくは言わせておけばいい」
「でも…」
 引き受けたい気持ちもあるが、団長にまた休みを欲しいと頼んでも許可をくれる自信がないコロリスは困り果ててしまった。
 オロオロするコロリスに、エテ王子はポンポンと彼女の頭を軽く叩いた。
「いざとなれば、俺も一緒に団長に頼んでやるから」
 ウインクしながらそう言ってくるエテ王子を見上げていたコロリスは、顔を真っ赤にしながら俯き、小さな声で「…はい…」と返事をした。

 仲の良い二人を見たヴァーグは、この世界に来て初めてときめいていた。
(だって、あの2人の身長差も、コロリスさんがエテさんを見上げる眼差しも、エテさんの何気ない仕草も、前の世界で大好きだった舞台役者と歌姫にそっくりなんだもん! 初めて女神さまに心から感謝できるわ!)
 ヴァーグのこの様子から、前の世界でお気に入りだった舞台役者と歌姫には、かなりのめり込んでいたと思われる。今まで愚痴しか言っていなかった女神を感謝するぐらいなのだから。


 この日の保育所は一日中、音楽が響き渡っていた。
 お昼ご飯の後、子供たちに昼寝をさせるのだが、いつもなら寝付かない子供たちが多く、お手伝いに来てくれる人も一苦労していたのだが、今日はコロリスが子守唄を歌ってくれたおかげで、1人もぐずることなく、すんなりとお昼寝に入ってくれた。
 子供たちがお昼寝に入ると、ヴァーグたちはやっとお昼ご飯にありつける。
 今日のお昼ご飯は何種類かのサンドイッチと、溶き卵を流しいれたコンソメ味のスープと簡単な物だった。
「今日は何もかもスムーズにできて、本当に楽だね」
 お手伝いに来てくれていた女性は、疲れは感じず、どちらかと言えば楽しい気持ちの方が大きかった。
 その女性ー主に羊を育てる牧場を経営しているティナの隣に座っている女性ーケインの同級生であるデイジーの母親ジョアンナも大きく頷いていた。
「子供たちもエテさんとコロリスさんにだいぶ懐いているし、2人も子供の扱いが上手いから私たち、楽に仕事が出来たわ」
「このまま2人とも移住すればいいのにね」
「ね」
 ティナとジョアンナは、保育スペースで寝ている子供たちの傍に居るエテ王子とコロリスの2人を褒め称えた。
 初めて子供たちの世話をしているのに、どこか慣れている感じがする2人。臨時で手伝いに来るケインとはまた違う安心感があった。
「エテさん、コロリスさん、お昼ご飯にしましょ」
 ヴァーグが呼ぶと、エテ王子とコロリスは子供たちを起こさないように静かに喫茶店の方へとやってきた。

 テーブルに並べられたお昼ご飯を見て、コロリスが「美味しそう!」と小さな声で歓声をあげた。
「パンに具を挟んだだけだから、今度、団員たちにも作ってあげるといいわ」
「そうします。ここに来ると料理のレパートリーが増えて嬉しいです」
「皆は喜んでる?」
「はい。人数が多いので大量に作れる物を教えていただけて助かっています」
「じゃあ、またレシピを教えるわね」
「ありがとうございます」
 コロリスが定期的にここに通うのは、お菓子を買いに来ているだけでなく、料理も教えてもらっているようだ。
 今、コロリスは一人で団員たちの食事を用意している。個々に作るより、一度に大量の物を作れないかヴァーグに相談したところ、いくつかの料理を教えてくれた。それらは大きな鍋で作る煮込み料理が中心だが、団員達には好評だ。
「エテさんとコロリスさんは子供の扱いが慣れているけど、こういう仕事をしたことあるの?」
 紅茶を飲みながらジョアンナが訊ねてきた。
「俺は妹が2人いますし、休みの日は孤児院とか訪れているので、子供と接する時間が多いだけです」
「エテさんの妹?」
「ほら、いつだかマリーちゃんとミリーちゃんと一緒にいたオレンジの髪色をした女の子よ。たしか…ルイーズちゃん…だったかしら?」
 ジョアンナの隣からティナが口を挟んできた。
「ああ、あの子! マリーちゃんもミリーちゃんもお友達が出来たって喜んでいたわね」
「ルイーズちゃんは元気にしている?」
「はい。今回も連れていけって煩かったです。なんとか隙を見て出て来れたんですが、帰ったら怒られますね」
 ルイーズ王女の怒りを今から想像すると、このまま王宮に戻らない方が安全かな?と思うエテ王子だった。
「コロリスさんは?」
「わたしは旅一座に所属していますので、来場する子供たちの相手をしているうちに、慣れてしまった感じです」
「旅一座って、この間まで村外れの広場でテントを張っていた?」
「はい。今は隣の国に移動していますが、ヴァーグさんのお菓子を団員が気に入っているので、定期的に買いに来ているんです」
「隣の国からだと、移動に時間がかかるんじゃないの?」
「ヴァンがお供してくれているので、移動は楽です」
「「ヴァン?」」
「彼女、グリフォンと契約しているんですよ。ケインに契約のやり方を教えてもらって、いまでは彼女の護衛兼移動手段になってます」
 そう答えたのはエテ王子だった。
 彼の隣でコロリスは小さく頷くと、ニッコリと微笑みながらエテ王子の顔を見た。
 2人の間にほんわかとした雰囲気が流れ、ヴァーグは悶えたい気持ちを抑えながらデザートのケーキを作っていた。
(もうダメ! あの2人を見ていると究極の追っかけをしていた時の感情が呼び覚まされる!!)
 ヴァーグにとってエテ王子とコロリスは、ヴァーグという人物を崩壊させてしまう最強の敵なのかもしれない。

「それにしても、ケインもだいぶ逞しくなったね」
「そうね。小さい頃はよくからかわれていたのにね」
 昔のケインを知っているティナとジョアンナは、小さい頃の彼を思い出していた。
「あのケインが?」
 今の頼りがいのあるケインしか知らないエテ王子が、驚きの声をあげた。
「小さい頃はあの髪のせいで、色々言われていたんだよ。彼の髪は珍しいからね」
「確かに青みがかった銀髪は珍しいですね。近隣の王族でも見たことありませんから」
「まあ、ケインのお祖父ちゃんが同じように青みがかった銀髪だったし、遠い地から移住してきたようだから、特に気にしなかったんだけどね。でも、ヴァーグさんと出会ってからは大きく変わったわね」
「そうそう。それまではこれと言って目立つ子じゃなかったのにね」
「村のじゃんけん大会で、空き家を優勝賞品として手にしてから大きく変わったわね。結局、その空き家はヴァーグさんのお店になってしまったけど」
「それがいまでは観光客が押し寄せる温泉宿に生まれ変わって、なんの取り得もなかったケインが料理人だなんて、考えられなかったわ」
「ジョアンナの娘さんもケインに触発されて、自分の進みたい道を見つけたのよね」
「そうそう! 同級生と『思い出』を作る仕事を提供する会社を作るんだ!って張り切っているわ。同級生の中で一番最初に進路を決めたのはケインだったから、負けられない気持ちがあったのね、きっと」
 先ほどからヴァーグの話よりもケインの話が多い事にエテ王子は気になった。
 どう考えてもヴァーグが周りを動かしているようにみえるが、彼女たちの話からすると、何故かケインが話の中心に来ている。最終的にケインが何かを言ったり、何か行動しているのを見て、周りが動かされたのかもしれないが、最初はヴァーグの何気ない言葉がきっかけだったんだろう…そんな想像ができる。
 カウンターに目を移したエテ王子は、そこにいるはずのヴァーグがいないことに気付いた。
「買い物にでも出かけたのか?」
 彼女には彼女のやるべき仕事があるだろうと、姿を消したヴァーグを探さなかった。

 そのヴァーグはカウンターの中で、パソコンの画面を見ながらニヤニヤしていた。それだけではなく、不気味な声を出しながら、その画面を食い入るように見入っている。彼女が見ていたのは、女神が作った検索エンジンを使って見つかった、彼女が前の世界で大好きだった舞台役者と歌姫の共演している舞台映像だった。
 まあ、これも彼女のやるべき仕事と言えるだろう。



 同じ頃、お昼のピークも過ぎ、ティータイムを営業しつつディナータイムの仕込みをしていたケインが、豪快なくしゃみをしていた。
「風邪か?」
 一緒に仕込みをしていたラインハルトが心配してきた。
「いや、誰かか噂しているんじゃないのか?」
「風邪ひくなよ。料理人はオレ達2人しかいないんだから」
「わかってる」
 売り切れてしまったショートケーキで使う生クリームを泡立てていたケインは、チラリとホールを見た。
 席はほぼ満席で、エミー、エルザ、ローズの三人が忙しそうに動き回っていた。
「あいつ、どこに消えた?」
 ホールにマイケルの姿がないことに、ケインは今頃気づいた。
「どっかでサボってる。ヴァーグさんがいなんと、いつもどこかに姿を消す。あいつはいないものと思っていた方がいい」
「慣れてるんだな、ラインハルト」
「一緒に働いていたからな。オレはあいつが嫌いだ。自分が出来もしない事を他人にやらせ、それを自分の手柄にする。金がある人に近づき、新作を作るから出資してくれと嘘をつき金だけ巻き上げて、新作なんか作らない。作ったとしても、従業員の誰かが考えた新作を自分の物にする。挙句の果てに、自分は王立研究院の一員で、実は国王の隠し子だと言って、身分のある者たちを騙す。あんな奴が生きているだけで嫌気が差す」
「国王の隠し子?」
「ああ。どうせ嘘だろ。王立研究院の一員だと言うのも信じられない」
 王都で接したことがあるラインハルトからの新しい情報に、ケインが一番食いついたのは『国王の隠し子』という言葉だった。
 王都から依頼が来たマイケルの罪は、結婚詐欺だった。『国王の隠し子』という嘘をついているのなら、王家を侮辱したことにもなる。捕まれば極刑を免れたとしても重い罪にはなる。
「知っているか、ケイン。今の国王には正式な王位継承者の他にも、国王の子供たちが沢山いるんだ」
「はぁ!?」
「国王の最愛の妃…今の王妃なんだけど、若い頃に体調を崩されて子供を一人も授かっていないんだ。跡継ぎが必要だから、王妃が認めた女性を側室として迎え、7人の後継者が誕生した。だが、手癖の悪い国王は王妃が認めた女性以外との間にも子供を作ったらしい。王都での噂だと、7人の後継者の中にも、王妃が認めていない女性との間の子供がいるらしい。色々な訳ありで後継者として認めたんだってさ」
「7人の後継者の話は知っているけど、なんで王妃が認めていない女性との子供が後継者になれたんだ?」
「さぁ? ただの噂だから真実とは限らないけど、噂話ってその元となる出来事がないと始まらないから、なにか王室であったんじゃないのか? 今から23年前の事だし、尾鰭が着いて話が大きくなっただけかもしれないからな」
 王都のレストランでウエイターとして働いていただけあって、情報収集は長けているラインハルトだ。ケインが知らない王都の事が次から次へと出てくる。
 最も、ケインは生まれてから今日まで2回しか王都に行ったことがなく、観光ではなく仕事での訪問だったことで街の様子などは何も知らない。
「だけど、今の後継者の中だと、国王の座に一番近いのは第三王子だな」
「なんで?」
「第三王子は国民の為に働いている。今の国王と同じ行政をしてくれるだろと、国民の支持が大きいんだ。他の王子は遊びほうけているし、王女たちの金遣いが荒いらしい。それに比べて第三王子は、自分が働いて金を稼いでいるとの噂だ。しかも稼いだ金は親がいない子供たちの為に使っていると聞いた。王都だと親がいないとまともな職につけないんだよな」
「なんで?」
「親がいないから学校に通うことができない。だからまともな教育を受けていない。何かトラブルを起こす。そういう偏見があるんだ。孤児院とか施設は15歳までしかいられないから、15歳になったら一人で生きていかなくてはならない。住む場所も、職も自分で探さなくてはいけない。でも、変な偏見があるから働く場所が見つからない。特別な特技がない人は、国が経営している育成学校に通うしか道はないんだ。男は軍の育成学校、女は王宮使用人の育成学校。そこを卒業すれば、自動的に軍に配属されたり、王宮や貴族の館で働くことができる。でも、親がいないことで出世はできない」
「王都って住みにくいところだな」
「外から見ればそうだけど、住んでしまえばそれが当たり前になる。その当たり前な出来事を変えてくださるのが第三王子だ。親がいなくても自分の就きたい職に就けるように手配してくださったり、今迄あった騎士団の中の特権階級も無くして、実力で出世できるようにしてくれた。あの方が国王になれば、もっと豊かに暮らせるって、身分を持たない王都に住む人からは支持が高い」
「国をまとめるって大変な仕事なんだな」
「お前には一生かかっても無理だな。村長にすらなれない。ただ…」
「ただ?」
「ヴァーグさんなら村長は向いていると思う。あの人はオレたちにこうしろとか、ああしろとか命令はしないけど、いつの間にか導かれている気がする。それにオレ達も知らない知識と道具の数々。あの人は何処で学んで手に入れたんだろう」
 王都でも見たことがない調理道具を使い、見たことのない料理を生み出すヴァーグはラインハルトにとって尊敬すべき人。だが、その知識も道具もどこで手に入れたのか気になる。前にヴァーグに聞いたが時が来たら話すとはぐらかされてしまった。
「あの人は不思議な人さ」
 再び生クリームを立て始めたケインが、小さくつぶやいた。
「お前は小さい頃から一緒にいるんだろ? 彼女は何処から来たんだ? どこで学んだんだ?」
「俺も知らないよ。誕生日すら知らないんだから」
「はぁ!? なんで8年も一緒にいるのに誕生日を知らないんだよ!」
「本人が喋らないんだ。俺も小さい頃、何回もあの人の事を聞き出そうと頑張った。でも、その度に悲しい顔をするんだ。きっと思い出したくない過去があるんだな…って思って、それ以降聞くのを辞めた」
「だからって、誕生日ぐらい聞けよ!」
「それも何度か聞いたんだけど、なんか話そうとしないんだよね。誕生日にまつわる嫌な思い出でもあったのかな?」
「誕生日に嫌な思い出があるのか?」
「さぁ?」
 自分たちの誕生日はいつも楽しい事ばかりで、嫌な思い出がないため、『誕生日にまつわる嫌な思い出』がどんなことなのか思いつかない2人だった。


 レストランの厨房で噂話の対象となっていたヴァーグは、カウンターで大きなくしゃみをしていた。
「風邪ですか?」
 心配したコロリスが声をかけてきたが、ヴァーグは「大丈夫大丈夫」と返事をして仕事を続けた。
 もう1人、噂話の話題に上がっていたエテ王子は平然としている。こういう噂話に慣れているからなのか、「誰かが噂をするとくしゃみをする」というジンクスは、エテ王子には聞かないようである。
(噂に慣れているって素晴らしい)
 ヴァーグは平然と子供たちと遊ぶエテ王子に感心していた。


 市場へと出かけていたカトリーヌは、ある店の前で立ち止まっていた。
 そこは村で唯一の鍛冶場で修業を積んでいた青年が開く店で、今は鍛冶場を辞め自宅に小さい工房を作り、ガラスを使ったアクセサリーを作って販売しているようだ。
「気になる物でもありますか?」
 テントの下でアクセサリーを販売する青年は、食い入るようにも品物を覗き込んでいたカトリーヌに声をかけてきた。
「とても綺麗な物ですね。特に、このガラスを丸く加工してある物はとても素晴らしいですわ。これはどのように使いますの?」
「そちらは小物入れとして使えます。このように半分で分けることが出来るんです」
 青年は説明しながら、拳ぐらいの大きさがある球体のガラス玉を半分に分けた。ガラスの真ん中には切れ込みは見えず、ただの丸いガラス玉だと思っていたカトリーヌは「まぁ!!」と歓声をあげた。
「つなぎ目を見えなくするを心がけています。繋ぎ目が見えてしまうと物を入れる道具に見えてしまいますが、こうして繋ぎ目を無くすことで、インテリアとして置くこともできるんです。ある人はこの中に水と水草、小さな魚を入れて観賞用に使ってくれているんですよ」
「とても気に入りましたわ! 大きさが違うものをいくつかいただいてもよろしいかしら?」
「はい! ありがとうございます!]
「王都に戻ったら、知り合いに自慢しますわ。こんな素晴らしい物、王都にありませんもの」
「王都からいらしたのですか?」
「ええ。温泉のある宿に泊まっていますの。しばらくは滞在する予定ですわ」
「でしたら、こちらの情報はご存知ですか?」
 そう言いながら青年は一枚の紙を差し出した。
 もしかして、マイケルの手配書!?と一瞬警戒したが、青年が差し出した紙には全く違うことが書かれてあった。
「行方不明者?」
「はい。先ほど行商の方から貰ったのですが、王都の国立歌劇団団長の娘さんが行方不明になったそうなんです。行商の方も一年以上前に手に入れたので、今の情報は知らないようでしたが、王都からいらしたのならご存じありませんか?」
「国立歌劇団の団長夫人とは面識ありますが、娘さんがいらしたなんて初耳ですわ。おいくつぐらいの方ですの?」
「この紙によると、行方不明になられたときは18歳と書かれてあります。これがいつ頃に書かれたのかはわかりませんが、一年以上前に手に入れた話を信じると、少なくとも現在は19歳以上になりますね。赤い髪と赤い瞳をしているとしか書かれていないので、それ以外の容姿は分かりません」
「赤い髪と赤い瞳を持つ女性は沢山いますわ。なぜ夫人は似顔絵を載せないのかしら? 社交界デビューしていないのかしら?」
「顔を載せるとそっくりさんとかが来るからではないですか?」
「その可能性もありますが…王都に戻ったら直接聞いてみます。他に王都からの情報はありませんか?」
「いえ、これだけです。あ、お買いになられた品物を包みますね」
 差し出した紙をカトリーヌに渡したまま、青年は商品を包み始めた。
 国立歌劇団の団長夫人は、カトリーヌの母と仲がいい。またカトリーヌの母が仕えている王妃とも仲が良く、よく一緒にお茶会を開いている。彼女自身も何回かあっているが、自分と同じ年頃の娘がいることは今まで聞いた事がない。
 最も、カトリーヌは幼少の頃から寮のある学校に通い、18になるまで家を離れていた。帰省で屋敷に帰ることはあっても、団長夫人とは会えば挨拶をする程度。団長夫妻の子供の事は聞いたことがなかった。
(兄上様にお聞きしたら、何かわかるかしら?)
 王宮の警備をしている兄のリチャードなら何かわかるかもしれない。そう思ったカトリーヌは王都から戻ってくるリチャードに聞いてみることにした。

 店を後にしたカトリーヌは買った品物を持って宿に帰ろうとした。
 かなり気に入ったのか、両手で抱えるほど買い込んだカトリーヌだったが、何の苦もなしに宿までの足を弾ませていた。
 と、そこへ、
「お荷物、お持ちしましょうか?」
と声をかけてくる男が現れた。
 ナンパ男か!? 警戒したカトリーヌが声のした方を振り向くと、そこにはもっと警戒しなくてはいけない人物が立っていた。
 声をかけてきたのはマイケルだった。
「宿へ戻られるんですよね? お持ちしますよ」
 営業スマイルと丸わかりの笑顔を見せるマイケルに、カトリーヌは抱えている荷物を無意識に隠した。
「結構ですわ。わたくし、持てますから」
「女性は重たい荷物を持つと、体を壊しますよ」
「ご心配なさらずに。わたくし、鍛えていますから」
「貴族なのに?」
「身分は関係ございませんわ。貴族の中にも体を鍛える事が好きな女性もいますの。失礼」
 マイケルから逃げるように宿への道を再び歩き出そうとしたカトリーヌを、マイケルは前に立ちふさがった。
 そして、カトリーヌの腕を掴むと、そのまま建物の影へと連れ込んだ。
「離してください!」
「一つ聞きたい事があるんだけど、あなたのお連れさん、もしかして騎士団の人?」
「はぁ!?」
「青い髪の男、ただの貴族の坊ちゃんじゃないよね? 騎士団の幹部?」
「違いますわ! エテ様は騎士団には所属しておりませんわ!」
「じゃあ、なんで『コレ』を使えるの?」
 マイケルはカトリーヌの腕を掴んだまま、開いていた方の手で魔法玉を取り出すと、彼女の顔の前にかざした。マイケルが取り出したのは青い色をした魔法玉。
「それ、なんですの?」
「しらばっくれるなよ。これを使ってケインを実験台にしている所、見てたんだろ?」
「何のことですの? わたくしは見ていませんわ」
「お嬢さん、痛い目にあいたくなければ素直に言った方がいいですよ。コレがどんな物なのか知っているんですよね?」
 カトリーヌの腕を掴んでいる手の力が強くなり、マイケルの指先が彼女の腕に食い込んできた。
 顔をしかめるカトリーヌは無理に振り払おうとしなかった。ここで逆らったら何をされるのかわからない。相手が油断するまで何もしない方がいいと、カトリーヌは過去の経験から学んでいた。
 なかなか口を割らないカトリーヌに、マイケルはしびれを切らし、更に彼女の腕を掴む手に力を込めた。
「これは王立研究院の幹部しか知らない物なんだよ。この存在を知っているのは幹部と王族の一部だけだ。俺は元王立研究院の職員としてこれを研究していた。だが、上司から突然チームを外れるように言われた。どうやら俺の嘘に気付いたみたいだな」
「…嘘…?」
「俺、国王の隠し子だと偽って王立研究院に入ったんだ。国王は沢山の女性と関係を持っていたから、幹部たちは俺の嘘をまともに信じたさ。王族の血が流れているってだけで、待遇は最高だった。屋敷を与えられ、使用人も沢山雇った。極秘で進められていた研究にも参加でき、最高の幸せだったよ。だけど、研究が進むにつれ、俺の嘘がばれ始めた。研究に王子が加わるようになったのさ。俺は直接会ったことはないが、どうやらコレは王族の血が流れている者が持つと、玉の中に靄(もや)が見えるらしい。当然俺は見えなかったさ。だが王子には見えた。国王の隠し子だと言う嘘がばれそうになり、俺は研究院からコレを盗んで姿を消した。最初は王都から離れようとしたが、意外にも王都に居ても誰にも見つからなかった。情報を収集する為、カフェに潜り込み、金がある奴らに近づき、王族の情報を得ようとした。金のあるやつは国王の隠し子だと言うだけで、ホイホイ金をくれたさ。女たちも俺の誘いにホイホイ乗ってきた。誰も嘘だと信じずにな」
 マイケルは自分の事をベラベラと喋りだした。
 魔法玉を知っているであろうカトリーヌから話を聞き出すどころか、自ら墓穴を掘っている事にも気づかずに。
 なぜなら、カトリーヌはヴァーグからカメラ機能付きのブローチを渡されていたのだ。宿の従業員が着けている名札と同じ物で、今日、1人で出かけるカトリーヌを心配して、リチャードがヴァーグに頼んで用意してもらったのだ。
 名札と同じ機能を持っているので、映像も音声もヴァーグのパソコンに届けられている。
 問題は、ヴァーグがこに映像に気付いているかどうかだ。
「なぁ、知っているんだろ? コレについて。教えてくれよ、コレ、誰でも使えるのか? 王族の血が流れていないと使えないのか? もしそうだとしたら、あの青い髪の男は誰なんだ? 国王の親族か?」
 じりじりと迫るマイケルの目は異様にギラギラとしていた。営業スマイルどころか、完全に別人の顔をしている。
 それでも口を割らないカトリーヌに、マイケルは小さく舌打ちした。
「やっぱり痛い目に合わないとわからないようだな、お嬢さん」
 マイケルは魔法玉をしまうと、代わりに懐に隠し持っていた短剣を取り出した。
 器用に鞘を口に咥え、鞘から短剣を抜き、口に咥えていた鞘は地面に吐き捨てた。
「素直に話せばこんなことにならなくて済んだのにな。俺の秘密を言ったからには消えてもらう。残念だったな」
 自ら秘密を暴露したにもかかわらず、マイケルは短剣の刃をカトリーヌの首筋に軽く当てた。
 カトリーヌはいつも携帯している護身用の短剣に手を伸ばそうとしたが、片手に荷物を持ち、反対側はマイケルに捕まれているため、自由に腕を動かせなかった。
 なんとかして抜け出そうともがくが、簡単にマイケルに動きを止められた。
 今まで経験したことがない事に、カトリーヌは頭が真っ白になりかけた。

 その時!
「そこで何をしている!!」
と、どこかで聞いた声がしてきた。
「彼女を離せ!!」
 その声の持ち主は、マイケルに体当たりをすると、カトリーヌとマイケルの間に立ちふさがった。
 邪魔が入った事と、顔を見られたかもしれない動揺で、マイケルはその場から走り去っていった。地面に彼が使っていた短剣を放り出したまま。
 声をかけてくれた人は、その場に座り込むカトリーヌに、手を差し出した。
「大丈夫でしたか?」
「あ…ありがとうございます」
 差し出された手を無意識に取ったカトリーヌは、改めて目の前にいる人物の顔を見た。
「あなたは…」
「買い物の後、あなたを不自然に付けまとう人が見えたので、追いかけてきました。怪我はありませんか? 大丈夫ですか?」
 助けてくれたのは、つい先ほど買い物をしたガラスを使ったアクセサリーを売っていた青年だった。
 青年の手を借りて立ち上がったカトリーヌは、まだ足に力が入らず、思わず青年に寄りかかってしまった。青年はがっしりとカトリーヌを支えてくれた。が、その弾みで手にしていた荷物を地面に落としてしまった。
 ガラスが割れる音が鳴り響き、足元に無数のガラスが飛び散った。

 が、カトリーヌと青年は見つめあったまま、微動だにしなかった。
 カトリーヌは初めて体験する心臓の高鳴りに、今は青年の事しか見つめていられなかった。
 青年も同じなのだろうか。カトリーヌを見つめたまま動こうとしなかった。

 どれくらい時間が過ぎたのだろうか。
 通りから子供たちの賑やかな声が聞こえ、カトリーヌと青年は同時に我に返り、同時に離れ、同時に後ろを向いた。
「あ…あの、ありがとうございました。助かりました」
「い…いえ……」
 お互いに背を向けたまま会話をするが、何を話していいかわからず、また黙り込んでしまった。
 そして、
「「あ…あの!!」」
と、同時に振り返りながらお互いに声を掛けるが、そのタイミングが全く同じで、再び黙り込んでしまった。
 しばらくして、青年がクスっと笑った。
 それに釣られてカトリーヌもクスッと笑った。
「失礼しました、お嬢さん。わたしはリオと申します」
「カトリーヌです。危ないところを助けていただきありがとうございました」
「宿までお送りします。まだ危険ですから」
「あ…あの…でも……」
 カトリーヌは地面に視線を落とした。足元には先ほど購入したガラスの入れ物が見るも無残な姿となり、地面に散らばっていた。
「ああ、気にしないでください。また作ればいいだけですから。後ほど、新しい物を宿に届けます。今は一刻も早く宿に戻りましょう」
 再び手を差し出した青年は、カトリーヌに微笑みかけた。
 カトリーヌはほんのりと頬を染めて青年の手を取った。


 喫茶店のカウンターの中で、検索エンジンを屈指して前の世界で追っかけをしていた舞台役者と歌姫の映像を見ていたヴァーグは、突然聞こえてきたマイケルの声に反応し、画面を監視映像に切り替えた。
 送られてくる映像と音声に、思わぬ収穫を得たヴァーグだったが、その続きも見てしまったため、カウンターの中で悶え苦しんでいた。
「どいつもこいつもいい恋愛しやがって!!!」
 突然の大声に、誰も突っ込む人はいなかった。
 なぜなら、エテ王子やコロリス、お手伝いをしてくれている女性たち、子供たちは外へ遊びに出かけてしまったのだ。
 誰もいない喫茶店に、ヴァーグの羨ましい!と叫ぶ声だけが響き渡っていた。


                      <つづく>
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