選ばれた勇者は保育士になりました

EAU

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第15話  黒  

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 宿まで送ってもらったカトリーヌは、出迎えたエミーとラインハルトにマイケルが戻ってきているか聞いた。
「まだ戻ってきていませんよ」
「ったく、忙しい時に居なくなりやがって」
 まだ戻ってきていないことに、カトリーヌはホッと胸をなでおろした。
「じゃあ、わたしはこれで…」
「あ…ありがとうございました」
「後ほどお届けしますね。また来てくださいね」
「はい」
 「じゃ」と軽く手を掲げてリオは宿を後にした。
 その後ろ姿をカトリーヌは軽く手を振りながら見送った。

 ラインハルトは「あれ?」と思った。
 カトリーヌの雰囲気が微妙に変わったように感じたのだ。朝までは尖った雰囲気がしたのに、今は少しだけ丸くなっている。
「もしかして…?」
 送ってもらったというリオが雰囲気を変えたのだろうか?
 ラインハルトの観察力は優れたものだ。王都でカフェで働いていただけで、これほどまでに育てることが出来るのだろうか?


 夕方、王都へ戻っていたリチャードが戻ってきた。
「マリー嬢とミリー嬢へお土産です」
 学校から帰ってきた双子に、リチャードは二通の手紙と白い大きな二つの箱を差し出した。
「あ! ルイーズちゃんからだ!!」
「すごい!! ドレスだ!!」
 手紙に書かれたルイーズ王女の名前と、白い箱から出てきた水色とピンクのドレスに、マリーもミリーも歓声を上げていた。
「近いうちにお会いしたいとの伝言です」
「本当に!? ルイーズちゃんに会えるの!?」
「お父さん! お母さん! ルイーズちゃんにまた会えるよ!!」
 無邪気に喜ぶ双子に対して、親であるマックスとメアリーは複雑な気持ちだった。ルイーズ王女の身分は知られていないが、王都に住む貴族だということは薄々気付いていた。だが、いくら貴族でも双子にドレスだけではなく、髪飾りなどの小物や靴まで一式揃えてプレゼントしてくることに、どう対応していいのかわからなかったのだ。
 困った顔を見せるマックスとメアリーに、リチャードは言葉を付け加えた。
「こちらはルイーズ嬢のご両親からのお礼です。兄妹3人の滞在、そして今回の息子さんの滞在に対するお礼ですので、お気になさらないでください」
「私たちは宿の従業員として接したまでですよ」
「ご両親はお子様たちが変わられたことに喜んでおります。エテは相変わらずですが、ルイーズ嬢は嫌っていた勉学に励み、クリスティーヌ嬢は今、お菓子作りに没頭しています。こちらでの滞在で子供たちが生き生きとしだしたと大変喜んでおられます」
「まぁ…」
「そして、ヴァーグ殿。国王陛下からご伝言がございます」
「わ…私に?」
「はい。秋に行われる芸術祭での出店を許可します。追って詳細は後日、王宮より使いを差し出すので、ぜひ出店を宜しくお願いします。…とのことです」
「出店!?」
「陛下はヴァーグ殿のお店が大変お気に召したようです。芸術祭までには時間がありますので、ご検討ください」
「は…はぁ……」
 出店っと言うことは、またあの目まぐるしい忙しさが襲ってくるのか…ヴァーグは前回の新年の祭りの事を思い出して眩暈がしてきた。
「従業員総出でお手伝いしますよ!」
 マックスがそう言うと、マリーもサリナスも大きく頷いた。
「今回は私たちもお手伝いさせてください!」
 エルザとローズも力強く宣言した。
 前回と違い、今回は力強う仲間が沢山いる。何とかなるかな?とヴァーグは引き受けようと思った。
 すると、
「因みに出店は中央広場になりますが、今回中央広場を使えるのはヴァーグ殿のお店だけになります」
とリチャードが追い打ちをかけた。
「……はぁ?」
 中央広場の広さを知っているヴァーグ、ケイン、マックス一家は思わず変な声で返事をしてしまった。
「前回、ヴァーグ殿のお店は大好評でして、同じ場所で出店したお店からは売り上げが下がるので、同じ場所では出店したくないとの申し出がありました。よって、今回の芸術祭ではヴァーグ殿のお店だけとなります」
「あの広さを私たちだけで使うんですか!?」
「その予定です」
「無理よ。広すぎるわ」
「行列の対応でもあるそうです。ヴァーグ殿が認めたお店なら、中央広場を使ってもいいとのことでしたので、村から何店舗か出店してもよろしいかと」
「あ~…だったら、デイジーたちの会社を出店したらどうですか? あと、市場で人気のある店とか」
 ケインが突然提案してきた。
 ケインの学校時代の同級生たちは『思い出』を売る会社を立ち上げている。まだ軌道に乗っていないが、事業の予行練習にいい機会では?とケインは思ったようだ。
 他にもこの村に来る行商に人気の店がいくつかある。王都で試しに売ってみて、反応が良ければ村に来る人も増えるだろうと、先の事まで考えているかはわからないが、ケインにしてはいい提案だった。
「一度、村長さんに相談してみるね。勝手に決めて揉め事になったら大変だから」
「時間はあります。ゆっくり考えてください」
 この話は一旦置いておくことにした。
 それよりももっと大切なことがある。それを片付けない限り、芸術祭に向けては動き出せないだろう。


 夕飯が終わった後、ヴァーグはエテ王子、リチャード、カトリーヌの3人を喫茶店へと呼んだ。
 喫茶店ではケインが先にいており、人数分の飲み物と御茶菓子を用意して3人を待っていた。
「おまたせ、ケイン」
 4人が店に入ると、ケインは同級生のアレックスと話をしている所だった。
「アレックス君、こんばんは」
 ヴァーグが挨拶をすると、アレックスは「こんばんは」と元気に返事をした。
「ヴァーグさん、アレックスの祖父ちゃんが明日なら会ってくれるそうですよ」
「本当?」
「はい。祖父さん、ちょっと旅行に出かけていたんですが、今日の夕方に帰ってきたんです。ケインが持っていた弓矢を見た途端、この持ち主に会いたいって興奮していたので、明日の朝一にここに連れてきます」
「わざわざありがとうね、アレックス君」
「どういたしまして」
 アレックスは「明日の朝な」とケインに言うと、店から出ようとした。
 が、入り口に見たことがある人物が立っていることに気付き、思わずその人物の名前を呼んでしまった。
「リオ兄ちゃん!?」
 聞いたことがある名前を耳にしたカトリーヌは思わず後ろを振り返った。
 入り口に立ってたのは、大きな籠を抱えたリオだった。
「なんでリオ兄ちゃんがここに!? 村を出たんじゃないの!?」
 数年前まで、アレックスの父が経営する鍛冶場にいたリオの姿を見て、アレックスが一番驚いていた。仕事の量が減り、鍛冶場を辞め、村を出たはずの父親の元弟子が目の前にいるのだから当たり前だろう。
「アレックス、お前こそここで何を…」
「ここには同級生が務めているから、祖父さんの伝言を伝えに来たんだよ」
「同級生……ああ、ケインか。遠くから見たことはあったが、大きくなったな」
「リオ兄ちゃん、なんでここに居るの? もしかしてヴァーグさんと知り合い?」
「いや、昼間のお客の姿を見かけたから、後を追ってきたんだ。渡したい物があったから」
「客?」
 リオはアレックスの後ろにいたカトリーヌに歩み寄った。
 カトリーヌに、
「昼間の商品の代わりです。同じ物の在庫がなかったので、似たような物をお持ちしました」
と、目を合わせずに大きな籠を差し出した。
 籠の中には大小さまざまな大きさの球体のガラスの小物入れが入っており、一番上には、四角いガラスの中に白い薔薇の花が押し込まれた置物が入っていた。
「あ…あの、わたくしが買った数よりも多いように感じますが…」
「昼間の出来事で、不安になっていると思いまして、少しサービスさせていただきました」
「そんな…追加分はお支払いいたしますわ」
「いえ、お気になさらないでください。わたしの気持ちですから。またお店にいらしてください。お待ちしております」
 リオは一度もカトリーヌと目を合わせることなく、店を出ていった。
「あ、リオ兄ちゃん!!」
 店を出たリオを追う様にアレックスも飛び出して行った。
 間近でリオとカトリーヌを見ていたリチャードからは表情は無くなっていた。恋愛話は大好きだが、自分は恋愛に興味がないカトリーヌが、ほんのりと頬を染め、まるで恋する乙女のような表情でリオの事を見ていたのだ。
「カトリーヌ、お前……」
 低い声で名前を呼ばれたカトリーヌは、リチャードの顔をゆっくりと見た。
 リチャードの顔は見たこともない怖い顔をしており、カトリーヌは小さな悲鳴を上げた。
「今の男は誰だ!! 昼間の出来事とはなんだ! 私がいない間に何があったんだ!!」
 大切な妹に悪い虫が着き、それに怒り狂うリチャードは、エテ王子が羽交い絞めにして止めていなければ、きっとカトリーヌに飛びかかっていただろう。
 我を忘れるリチャードを見て、ヴァーグは急に彼をいじめたくなった。妹を心配する兄の図は面白い光景だ。もっともっと彼をいじりたくなる。
「カトリーヌさん、白い薔薇の花の花言葉って知ってますか?」
「花言葉? なんですの、その花言葉とは」
「あら、ここではないんですね。じゃあ、教えてあげますね。白い薔薇の花言葉は『わたしはあなたに相応しい』って言うんですよ。数によっても言葉は変わるんですが、何本入っていますか?」
「え~と…1…2…3…4……見えるだけで12個…でしょうか?」
「わぁ!! 告白ですね! 告白!! 12本の薔薇は『私と付き合ってください』ですよ!!」
「ま…まぁ!!!」
 急にうろたえ始めるカトリーヌ。だが、とても嬉しそうな顔をしている。きっと気持ちは一緒なのだろう。
 ヴァーグから薔薇に込められた花言葉を聞いた途端、リチャードは怒りがMAXになったのか、エテ王子に支えられながら気を失ってしまった。
「お…おい、リチャード!!」
 エテ王子が何度も彼の頬を叩くが、リチャードは気を失ったままだった。


 何とか正気に戻ったリチャードは、カトリーヌから昼間にあった出来事を聞き出した。
「マイケルに襲われたところを助けられた!?」
 一応冷静に聞いていたリチャードだが、マイケルに命を狙われた事を知ると、再び怒りが沸き起こってきた。
「本当に本当なのか? あの男をかばっているんじゃないんだろうな!? あの男は本当にお前を助けただけなんだよな!?」
 マイケルへの怒りよりも、リオへの怒りの方が大きいリチャードは、話を変な方向に持って行きそうになっている。
 そこでヴァーグは録画してあった、昼間の映像をリチャードに見せた。
 カトリーヌに渡したカメラ付きブローチがこんな形で役立つとは思わず、パソコンに映し出された映像と音声に釘付けになるリチャードは、ヴァーグの道具だから信じることにした。
「しかし、大きな墓穴を掘ったな、こいつは」
 映像を見ていたケインは、マイケルが発した言葉が、昼間ラインハルトから聞いた話と一致していた事をヴァーグに話した。ラインハルトからも国王の隠し子だと嘘をついている情報を得ていた為、これは王族を語る詐欺の罪に問われるはずだと、ケインにも分かった。
「難しいな。これを証拠に裁判を起こしてもいいが、この映像というものを裁判官がどこまで信じるかが問題だ。もう一度本人の口から、大勢の前で言わせるしか方法はない」
 エテ王子は映像が復旧していないこの国では、動く絵として捉える裁判官たちに、どれだけの信用が得られるのかわからなかった。音声も誰かが吹き替えたという発想をしかねない。一番いいのは本人の口から、国王の前で暴露するのがいい方法だ。
「マイケルは結婚詐欺で指名手配されていたんじゃないんですか?」
 ケインはヴァーグに訊ねた、彼はそう聞かされていたのだ。
「いくつものの罪を犯している。その一つが結婚詐欺だ。世間一般に広がっている言葉を使ったまでだ」
 冷静を取り戻したリチャードが訂正してきた。
 ヴァーグは(結婚詐欺って、この世界では世間一般の言葉なの!?)と別の所で驚いていた。
「国王陛下に直接来ていただくというのはどうだろうか?」
 リチャードの提案にエテ王子が大反対した。国王が来れば自分の身分がばれてしまう。それが一番怖い事だった。
「直接国王陛下に来ていただくよりも、リチャードさんやエテさんの前で、もう一度同じことを言ってもらった方がいいのでは?」
 ヴァーグはごく普通の提案をした。
「なんで俺?」
「エテさん、私が何も知らないとでも思っているんですか? なんでしたらここでエテさんの秘密を話してもいいんですよ?」
「おおおお俺の何を知っているんだ!?」
「ご両親の事とか、今のお住まいの事とか、ご兄弟の事とか…」
「ちょちょちょちょちょっと待て!!! どこまで知っているんだ!!」
「コロリスさんとの仲まで…かな?」
 にっこりと笑うヴァーグ。
 エテ王子がひれ伏したのは言うまでもない。
 一国の王子をひれ伏すなど、とんでもない人物だ!!とリチャードとカトリーヌが思ったかどうかは分からない。
「だけど…ちょっと気になることがあるんですよね」
 ケインが何かに気付いたのか、話を元に戻してくれた。
「気になる事?」
「はい。マイケルは自爆の中で『王族の血が流れている者が持つと、玉の中に靄(もや)が見える』って言ってましたけど、これは間違いですよね?」
「正確な事は分からないが、今の研究では魔法能力が高い人物が持つと靄が見えるのではないかと変わっている。これはヴァーグさんの見解で明らかになった」
「我々は靄を見ることが出来るのは魔法能力が高い人だと言うことだけであって、【誰が持っている】という所は突き止めていないのでは? だって、エテさんは王族ではないんですよね? だったらマイケルが言っている事は間違いなのでは?」
 珍しくまともな事を言うケインの意見に、ヴァーグもリチャードもエテ王子もハッとした。
 今まで魔法玉はエテ王子が持っている状態でしか見たことがなかった。ヴァーグとケインは一度だけ手にしたことはあるが、靄の事は気にしていなかった。
「エテ、王立研究院から何か聞いているか?」
「何も聞いていない。一度だけ、研究者から魔法玉のことで疑問があるって相談を受けたが、俺自身が忙しくてまだ話を聞けていなかった」
「その疑問が、『王族の血が流れている者』だとしたら、王立研究院は何かを見つけたんじゃないのか?」
「だけど、マイケルが研究院にいたのはだいぶ前の話だろ? 俺が研究に加わったのは学校に通っているころだ。あの頃、親父から研究院に王族を一人派遣したいとか言って、兄や姉たちは協力したくないとかいいやがって、俺が出向いたんだ。期間的にマイケルが在籍していた時と重なるはず。あの疑問はこれだったのか?」
「だとしたら、私が持っても魔法力が高い人には見えるってことか?」
「なんでリチャードが?」
「私も王族の血を少なからず受け継いでいる。っていっても、お前の祖父の時代だけどな」
「はぁ!? 聞いたことないぞ!?」
「言ってないだけ。私の祖母は、お前の祖父の妹だぞ」
「は…はぁ!?」
「実は親戚同士だったというわけだ」
「王都に戻ったらダイス(エテ王子の第一側近)に問い詰めてやる!!」
 エテ王子とリチャードだけで進めていた会話は、場所が場所だけに、目の前にいるケインにも聞かれていた。ケインは2人の会話を聞きながら「エテさんて王族なの?」と小さい声で呟いていた。
 カトリーヌはまだ会話を止めない2人に向かって、咳払いをした。
「エテ様も兄上様も場所をお考えになってから、お話したほうがよろしいですわ」
 カトリーヌの言葉に、2人はハッとした。
 ヴァーグはニコニコと笑みを絶やさず2人の事を見ており、ケインは呆然とした様子で2人を見ていた。
「え…と……、お2人のお話から察するに、エテさんは王族で、リチャードさんはご親戚…ということでよろしいでしょうか?」
 恐る恐る聞き出すケインは、エテ王子とリチャードを見た後、冷静に紅茶を飲んでいたカトリーヌを見た。
 カトリーヌはカップを静かに置くと、
「いつかはバレてしまうものですわ、エテ王子様、兄上様」
と冷静に答えた。
「えええぇぇぇええぇぇぇ!!!????」
 ケインの声が喫茶店内に響き渡った。
「あ~~…申し訳ないが、この事はここだけの秘密にしてもらえないだろうか…」
「え!? だって、王子だよ!? 俺、今まで普通にエテさんって呼んでいたけど、これってやばいじゃん! 王族は様付けじゃないと罰せられるじゃん!!!」
「いや、罰しないから。王子だろうが王女だろうが、本人が認めれば呼び方は自由だから」
「はっ!! ってことはルイーズやクリスティーヌは王女様!? だって妹だもんな。王子の妹ってことは王女じゃん!!」
「彼女たちも王女であることを隠している。それに、王子や王女であることは絶対に秘密にしてほしい」
「だだだだけど!!」
「これはルイーズの為でもあるんだ。ルイーズは身分を隠してマリー嬢とミリー嬢という親友を手にした。もし、ルイーズが王女だと知ったらマリー嬢たちは距離を置いてしまうかもしれない。そうなったら、ルイーズはまたふさぎ込んでしまう。妹の為にもどうか内密にしてほしい」
 エテ王子はケインに向かって頭を下げた。
 王子自ら頭を下げられたことに、ケインは急に慌てふためいた。
「頭を上げてください。俺は秘密は守りますから」
「申し訳ない」
「いつかはばれちゃうけど、今はマリーちゃんたちの為にもここだけの秘密にしましょ」
 ヴァーグの提案に全員が頷いた。
「でも、ヴァーグさんはすべて知っていたんですよね?」
「ええ。ケインには見せたことあるけど、エテさんたちと知り合ったとき、私のパソコンに情報が書き込まれたの。本人が話そうとしないから、何か訳でもあるのかな?って思っていた程度で、聞き出そうとは思わなかったわ。でも、時と場合によっては、隠していることが大いに役立つこともあるの。味方には話しておいた方がいい事も中にはあるのよ」
「じゃあヴァーグさんにも大きな秘密があるんじゃないんですか? 俺たちの知らない知識と道具を持っているんですから」
「私の場合は、まだ知らない方がいいかな。まだ話す時じゃないもの。時期が来たらちゃんとお話するわ」
 さすがに異世界から来たことを話しても誰も信じないし、役に立つことは何もない。何も話さずに知識と道具だけを分け与えていた方が、この世界はいい方向に回ると、ヴァーグはそう思っていた。


 昼間、カトリーヌから魔法玉について聞き出せなかったマイケルは、宿には戻らず、村の側を流れる川の上流にある『秋の森』へと逃げてきた。
「くそっ!!」
 魔法玉について聞き出せず、また愛用していた短剣まで無くしてしまったマイケルの怒りが最高潮に達していた。
 今から宿に戻っても、カトリーヌが何かしゃべているかもしれない。
 それがきっかけで、王都から軍隊が来ているかもしれない。
 村に戻れば捕まるかもしれない。
 考えられる不利な事がすべて降りかかってきそうで、マイケルは村に戻る事が出来ないでいた。

 マイケルは青い魔法玉を取り出すと、地面に思い切り叩きつけた。辺り一面を落ち葉で覆われているため、魔法玉は割れることなく、軽く2・3回弾むと、マイケルの前方へと転がっていった。
「ほぉ、魔法玉とは珍しい」
 俯いていたマイケルの目に、誰かの足元が見えた。
「いらねーよ。欲しければやる」
「これは珍しい物だ。本当に要らないのかね?」
「使い方が分からねえんだよ! 使える奴は知っている。だが、そいつから使い方を教えてもらえることはできない」
「では、わたしが使えるようにしてあげましょう。この魔法玉は単独では使えない。武器に装着しなければ効力は発揮しないのだよ」
「武器だと!?」
「これを使えば魔法玉の効力が発揮できるだろう。そちに差し上げよう」
 目の前の人物は、俯くマイケルの目の前に、黒い鞘に納められた黒い柄の長剣を差し出した。
 その長剣の柄には黒いドラゴンの絵が彫られており、目に当たる部分は窪んでいた。
「ドラゴンの目に魔法玉を嵌めなさい」
 マイケルは目の前の人物の言う通りに、長剣の柄に描かれたドラゴンの目に、目の前の人物が差し出した青い魔法玉を嵌め込んだ。カチッと音がすると、長剣が青い光に包まれ、鞘がカタカタと音を立てて揺れ出した。
「鞘を抜きなさい」
 命令に近い口調だが、マイケルは気にせず鞘を抜いた。
 鞘の中から現れたのは、青い炎に包まれた刃。青く輝く刃は暗くなり始めた辺りを照らすほど明るかった。
「空に向かって剣を振り上げなさい。そして勢いよく振り下ろすのだ!」
 謎の人物が言う様に剣を大きく振り上げると、青い炎が一直線に空へ向かって飛んでいった。そして青い炎が消えていった空に突然黒い雲が沸き起こり、炎が消えた個所を中心に渦を巻き始めた。
 突然の悪天候に驚いていると、謎の人物は右腕を振り下ろすジェスチャーをした。
 マイケルは驚きを隠せないまま、言われた通りに剣を勢いよく振り下ろした。
 次の瞬間、上空で渦巻く黒い雲から青い光の塊が、地上目指して急降下してきた。目に見える距離まで落ちてくると、それが水の塊だと言うことに気付いた。水の塊は『秋の森』にそびえ立つ大きな木を目掛けて急降下を続け、その勢いのまま大きな木に衝突した。
 『秋の森』で一番大きい木は、水の塊を受けた衝撃で、根本も残して粉々に砕け散った。
「……」
 信じられない光景に、マイケルは呆然と立ち尽くした。
「人を恨む心こそ、偉大なる魔力を呼ぶ。今のそちに相応しい魔力だ」
「これが…魔法玉の使い方…」
「しばらく貸してやろう。大いに暴れてくるがいい」
 謎の人物は、マイケルの肩を軽く叩くと、その場から立ち去った。
 何者だ!?と警戒したマイケルが、謎の人物が立ち去った方向を見たが、そこには誰もいなかった。
「……何者だ……?」
 手にした黒い長剣が夢ではない事を物語っている。
 何はともあれ、武器は手に入れた。
 村に戻り、標的を討つまで。
 その標的は……。


                   <つづく>


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