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第19話 芸術祭に向けて
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王都で行われる芸術祭に正式に国王から出店許可が下りた。
今回は中央広場をすべて使えるということで、新年を祝う祭りで好評だったたこ焼きやたい焼きを販売することになったが、また長い行列を作ることになると、待っている人たちが可哀想になる。
そこでヴァーグは宿の従業員にある提案をした。
「中央広場そのものをレストランにする?」
ヴァーグの提案に従業員が言い返した。
「新年のお祭りの時は行列が続いて、お客さまには立ちっぱなしで辛かったと思うの。だから、広場にテーブルと椅子を用意して、レストランみたいに座れる様にしたらどうかなって思っているの」
「確かに座れるところがあると、歩き疲れた人も助かるわね」
「だけど、テーブルと椅子を用意するってことは、オレたちが注文を聞きにいかないといけないんじゃないんですか? 調理と提供の両方は無理ですよ?」
ラインハルトは、あの広い広場で注文を聞きまわるだけでも重労働になることを予測した。
「そこはちゃんと考えているわ。テーブルと椅子があっても、私たちは注文は取らないわ。私たちはその周りでお店を開くの。で、お客様自らお店で食べたい物を買って、テーブルに自分で運んで食べてもらうの。テーブルで待つことが出来たら行列も緩和するし、お店をテーブルを取り囲むように設置すれば、食べたい物が見渡せるでしょ?」
ヴァーグの頭の中に浮かんでいたのは、前の世界で見たことがあるショッピングモールに併設されたフードコートのような造りだった。あの形に近い物が作れれば、売り子が店を離れずに調理だけに専念できる。
また、テーブル席だけだと、人が通れる通路などを確保するため座れる人数が限られる。
「そこで、テーブル席の他にベンチをいくつか用意して、自由に座れるようにしようかなって考えているの」
ヴァーグは前の世界にいた時、よく地元のプロサッカーチームの試合を見に行っていた。イベントを行う広場には約一万人が詰めかけ、大いに賑わってたが、なにぶん座る場所がなかった。他のチームの中には公園内に競技場があって、歩道や芝生広場などを利用することができる場所もあった。だが、ヴァーグが通っていたスタジアムは住宅街の中にあり、観客が集まるのは併設された広場だけ。早めにスタジアムに行くが、それでも座る場所の確保は困難を要する。
「私たちは出店で料理を提供するだけ。どうかな?」
新年を祝う祭りの時と比べて、数倍の敷地を使うことができる。その事を考えてもヴァーグの意見に反対する理由がなかった。
「でも、大量のテーブルとか椅子、更にベンチはどうやって調達するんですか? かなりのお金がかかると思うんですが?」
エミーはヴァーグの懐事情を心配している。宿もそうだが、保育所や喫茶店の料金が王都に比べて半額以下で提供している。色々な物を買い揃えていることも考えると、かなり厳しいのではないか?と不安になった。
「それは大丈夫。強力な助っ人が見つかったから」
「強力な助っ人?」
従業員一同が不思議そうに首をかしげていると、突然宿の入り口が勢いよく開いた。
そして、
「ヴァーグ殿! 職人を集めてきたぞい!!」
と、元気よくゲンが飛び込んできた。
「ゲン祖父さん!?」
「わしの弟子たちを集めてきた。大いに使ってくれ!」
ゲンが宿の外を指すと、そこにはゲンの鍛冶場で働いていた弟子たちの姿があった。中には村を出た職人もおり、鍛冶場が最盛期だったころと変わらない人数が集まっていた。
「ゲンさんに、家具職人や食器を作れる人がいないか頼んでみたの。ゲンさんの鍛冶場って、刃物だけを取り扱っているかと思ったら、家具職人やガラス工芸が得意な人、食器作りは得意な人、アクセサリー作りが得意な人など、沢山の職人がいたっていうんだもの。これは絶好のチャンスだと思ったわ」
「ヴァーグ殿に、芸術祭の手伝いを申し込まれてな、わしとしては無償で手伝ってやってもよかったのじゃが、ヴァーグ殿が素晴らしい提案をしてくれたんじゃ」
「素晴らしい提案?」
「わしたちが作った物を、広場で売っていいと販売を許可してくれたのじゃ!」
「広場に並べるテーブルや椅子、食器などを職人に作ってもらって、お客様に実際に使ってもらう。気に入ったらゲンさんたちのお店で買ってもらうようにするって話したら、皆ノリノリで賛成してくれたの」
「しかも売り上げすべてを貰っていいというのじゃよ。太っ腹じゃの!」
かっかっかっ!と豪快に笑うゲンは、すでにやる気満々だった。
それもそのはずだろう。ついこの間、王都にいるリチャードから騎士団に使う武器の大量注文が舞い込んできたのだ。しかもゲンしか作り方を知らない魔法玉を装備できる武器の注文だった。「わししか作れん!」と意気込むゲンが現役復帰を宣言したばかりなのだ。
そして魔法玉はリオが作り方を知っているようで、王立研究院で大量生産できないか研究が開始された。
「つまり、新年祭の時に、飲み物を試飲してもらってから購入したように、お試しで使ってもらうってことですか?」
メアリーは新年を祝う祭りの事を思い出していた。あの時も飲み物を無料で配り、その後購入してもらうシステムをヴァーグが提案していた。
「そういうこと。その代わり、私たちが出すお店は品数を増やさないといけないわ。今回は調理器具を大量に持って行けるから、色々と売ろうと思っているの。皆も協力してね」
今回、品数を増やす理由は、ただ多くの料理を提供して村の認知度を上げるだけではない。
(だって、貯金が底を着いちゃったんだもん。お金、溜めなきゃ)
個人的な理由もあるようだ。
芸術祭の出店に向けて本格的に動き出した。
まず、ヴァーグたちの店は前回好評だったたこ焼きとたい焼きを今回も出店する。
「オレ、たこ焼きやりたい!!」
ラインハルトがたこ焼き担当を名乗り出た。ラインハルトの腕前はかなり上達し、応用で作るホットケーキの生地を使った球体のホットケーキは大好評だ。
「たこ焼きはラインハルト君に頼む予定よ。メアリーさんは前回と一緒で飲み物をお願いしてもいいかしら?」
「ええ」
「マリーも!」
「ミリーも!!」
小さい体で大きく跳ねながら双子も手を挙げた。
「もちろんマリーちゃんとミリーちゃんもお母さんと一緒に飲み物を頼むわ」
「「うん!!」」
「エルザさんとローズさんも簡単な調理をお願いしてもいいかしら?」
「私たちも?」
「サンドイッチを販売してほしいの。パンに具材を挟むだけだから簡単にできるわ。サリナスさんもフォローに入ってもらっていいかしら?」
「ええ」
「エミーさんは色々な個所のフォローをお願いしてもいいかしら?」
「はい、わかりました」
「マックスさんには温泉の管理をお願いしたいの」
「温泉の管理?」
まさか自分だけ留守番!?と不安になったが、ヴァーグは広場の一角に足湯を作りたいを言ってきた。
「足湯?」
「温泉に足だけ浸かる設備のことよ。歩き疲れた癒しに足湯に入ってもらおうと思うの。専用の浴槽は職人さんにお願いしたわ。その足湯の管理をお願いしたいの」
「なんだ、わたしはてっきり留守番かと思った」
「そんなことしないわよ。で、マックスさんにはもう一つお願いしたいの」
にっこりと微笑むヴァーグは、お昼になったらレストランに来てねとマックスに伝えた。
お昼、レストランにやってきたマックスは、ヴァーグに一つの機械の説明を受けていた。
銀色の四角い機械で、上部には材料を入れる投入口がある。ほぼ真ん中にはレバーが三つ並んでおり、左から白、赤、青の三色に塗られていた。何かを作る機械だと言うことはわかったが、それが何なのか想像がつかなかった。
「マックスさんにはこれでソフトクリームを作ってもらいます!」
「ソフトクリーム?」
見学に来ていたケインもラインハルトも聞いたことがない名前に首を傾げた。
「試しに作ってみるね」
ヴァーグは三角錐の形をした茶色い物を手に取ると、白いレバーを握り、そのレバーの下に三角錐の形をした茶色い物を添えた。レバーを下に引っ張ると、白いヌルヌルしたような物が垂れ下がってきて、茶色い物の中に入っていった。そして器用に茶色い物を円を描く様に小さく回しながら、綺麗にとぐろを巻いていった。ある程度の高さになると、先端を高く伸ばし、レバーを元にも戻した。
「我ながら上手くいった!」
出来栄えに自画自賛するヴァーグは、マックスの前にそれを差し出した。
「食べ物…ですか?」
「ええ。食べてみて。ケインとラインハルト君の分も作るね」
ヴァーグは新たに茶色い物を手にし、2人の分を作り始めた。
食べる物かどうか不安を抱きながら、マックスは手にしたソフトクリームと呼ばれるものをマジマジと観察した。白いとぐろを巻いたものは、時間が経つにつれ溶け始めていた。
これは早く食べなくてはいけない物なのか?
マックスは思い切って先端を口に含んだ。
なんだこれは!
口に入れた途端、溶けてなくなってしまった。
それにとても冷たい!
口の中に消えた途端、ミルクの濃厚さが口に中に広がる。
なんという食べ物だ…。
その味に感動していると、2人分のソフトクリームを作り終えたヴァーグは、テーブルの上にジャムやカラフルな小さな丸いふりかけのような物を並べた。
「そのままでも美味しいけど、ジャムを乗っけても美味しいよ。私のお気に入りは、このカラーチョコスプレー!」
ヴァーグは試しに食べてみてと、マックスのソフトクリームの上にカラフルな小さい丸いふりかけのような物を軽く掛けた。
カラーチョコスプレーと呼ばれるものを掛けた場所を口に含むと、また違った食感が生まれた。白い部分はすぐに溶けてなくなるが、チョコは少し間をあけて口に中で溶ける。味が口の中で変わったのだ。
「マックスさんにはこれをマスターしてほしいの。私が前にいた場所では、足湯に浸かりながらソフトクリームを食べるのが、最高の贅沢だったんですよ。お客さんが自分でトッピングをすれば、自分だけのソフトクリームが出来上がって、楽しめると思うんですよね」
「ヴァーグさん、スゲー旨い! これ、期間限定でレストランで売りましょうよ!」
「温泉上がりで食べたらまた格別ですね」
「あ、そうか。温泉から上がった人に提供するのもいいかもね。今売っているアイスとも違う食感だし、子供たちは喜ぶわね。それにマックスさんの練習にもなるし」
「因みに、この器は食べられるんですか? 手で触ったら壊れてしまったんですが」
「ええ、食べられるわ。ちゃんとした食品だから安心して。これはコーンと言ってソフトクリームには欠かせない物なの。私はカップに入れた方が好きだけどね」
「すぐに溶けることを考えると、カップもいいですね」
「両方用意して、お客様に選んでもらいましょうか。それにね、アイスコーヒーやオレンジジュースの上に乗せて食べる方法もあるのよ。今日の夕飯で試作を作ってみるね」
1つの食べ物なのに色々な料理が生まれる。ヴァーグが考える料理は魔法みたいだ。マックスはヴァーグの発想に感動してばかりだった。
マックスはすぐにソフトクリーム作りに取り掛かった。
上手く巻けないこともあるが、何回か繰り返していくうちにコツを掴んだのか、どれぐらい巻いたらいいのか、どのスピードで動かしたらいいのか、考えながら繰り返すうちにたった二日で習得してしまった。
「お父さん、凄~い!」
「ミリーも食べた~い!」
学校から帰ってくるなり、双子はマックスにソフトクリームをおねだりしていた。
マックスも練習台にと双子に作ってあげると、綺麗に巻かれたソフトクリームを見た温泉に入りに来たお客たちが自分たちにも作ってくれと頼んできた。
ソフトクリームの販売を、お土産物やコーヒー牛乳などを置いてあるフロント横で行ったのが宣伝になったのか、連日ソフトクリームには行列が出来た。マックスは嬉しそうにお客に提供していた。
「あのマックスが…」
「人は変わる物なのね」
温泉に入りに来たケインの父ルイスと母ドロシーは、楽しそうに仕事をするマックスの姿を見て驚いていた。彼らの目には昔のマックスの姿はなかった。この村に来てから変わったマックスに2人は驚いてばかりだった。
「これもヴァーグさんのお蔭ね」
ドロシーはヴァーグが村に来てから劇的に変わりつつ村に感謝していた。
今では移住希望者も増え、村を出た若者たちも戻りつつある。
ゲンの鍛冶場は活気を取り戻し、朝から晩まで鉄を打つ音が鳴り響いていた。
市場も賑やかになり、なによりも子供たちの笑い声をよく聞くようになった。
村は、かつての賑やかさを取り戻しつつあった。
芸術祭まで残り一週間となり、ヴァーグたちの店は出店に向け佳境に入った。
ケインはたい焼きを作ることになり、久しぶりに作るたい焼きの練習を続けた。
ヴァーグはオーブンを何台か持ち込み、一口サイズのケーキを販売することになり、いくつかの試作品を作っていた。
そんな時、王都からリチャードがやってきた。
「お久しぶりです、皆さん」
騎士団の制服に身を包んだリチャードの手には大量の赤い薔薇の花が抱えられていた。
「リチャードさん、どうしたんですか?」
出迎えたヴァーグは両手に抱えられた赤い薔薇に目が行ってしまった。
「出店の準備の様子を伺いにまいりました。順調のようですね」
「ええ。それだけを確認しに来たんですか?」
「いいえ、今日は大切な用事で参りました。エミー嬢はいらっしゃいますか?」
「今、お呼びしますね」
あの薔薇はエミーさんに渡すのか…。リチャードの行動はバレバレだ。
レストランから降りてきたエミーの目に、リチャードは片膝をつき、バラの花束を差し出した。
「エミー嬢、芸術祭の夜に行われるダンスパーティーのお相手になっていただけませんか?」
挨拶もなしに要件を話すリチャードに、エミーはキョトンとしてしまった。
「あ…あの…ダンスパーティー…ですか?」
「はい。ぜひお願いします」
「で…でも…あの……わたし、踊ったことがなくて…」
「心配いりません。わたしがリードします」
「ドレスもなくて……」
「こちらで用意します」
「華やかな席は……お店もありますし……」
なんとか断ろうとするが、リチャードはお構いなしにすべて打開策を言い続けた。
エミーが困り果てていると、メアリーが姿を見せた。
「いいじゃないの、エミー。お店の事は気にしなくていいよ。わたしたちで何とかするから」
「お母さん」
「あんた、いつも言っていたじゃないの。王宮に一度でいいから言ってみたいって。リチャードさん、そのパーティーは王宮で行われるんでしょ?」
「はい。王宮の大広間で行われます。この日だけは貴族でない人も招待されれば王宮に出入りできます」
「行っておいで」
「でも……」
「お返事は当日までお待ちします。わたしは諦めませんから」
力強く宣言するリチャードに、エミーは困惑していた。
まだエミーの心の中ではリチャードはお友達の位置にいる。彼が真剣にアプローチしても、どう対応していいのかわからないのだ。
「それから、ヴァーグ殿にお手紙です」
そういうことは最初に渡しなさい!と怒りたかったヴァーグだったが、リチャードの本当の目的がエミーであることは十分承知の上。手紙はついでに持ってきたのだろう。
手紙はエテ王子からだった。手紙にはコロリスとのことが書かれており、近いうちに正式に婚約することが報告されていた。まだ王室を出るのか、コロリスの子爵家を継ぐのか、それとも王都を出るのか、国王との話し合いがあるようで、結婚までは期間を要するらしい。それでも無事に巡り合えた運命の人と幸せな日々を送っているようだ。
そして王立研究院では魔法玉の作り方を唯一知っているリオの先導で、生産にこぎつけたらしい。材料が材料なのでまたヴァーグに知恵を借りるかもしれないと書かれてあった。
それからもう一つ…。
「『ルイーズと双子の事について』?」
相談という前置きで書かれた内容は、ルイーズ王女と双子に本当の事を話すのはどうかということだった。芸術祭ではルイーズ王女は王女として出席する。本当の姿を見た時、双子が混乱しないか心配しているようだ。
「たしかに芸術祭までには片付けたい問題ね」
「何かいい方法はありませんか?」
「う~~ん……本人の口から話すのが最適なんだけど、それをどうやってやるかが問題よね」
「お茶会に招待すると言うのはどうでしょうか?」
「それはどうかと…。王宮で開くのでしょ? かえって逆効果だと思うわ」
「では離宮を使うのはどうでしょうか? 王宮のすぐ側にありますが、入り口は違いますし、一般市民たちも出入りしていますから貴族の娘として開くことができます。ただ…」
「ただ?」
「現在、離宮にはエテが部屋を移しています。また王妃もエテの婚約者の為に部屋を用意しているので、王妃の出入りがあるかもしれません」
「そうなったら切り抜けるまでよ。ルイーズ王女に手紙を届けて。すぐにお返事が欲しいからアクアに乗っていくといいわ」
「助かります。すぐに戻ります」
ヴァーグはすぐにルイーズ王女に手紙を書き、リチャードはそれを持って王都に一度戻った。
ヴァーグからの手紙を受け取ったルイーズ王女は芸術祭前日にお茶会を開くことを決めた。場所は離宮の一室。その場ですべてを話すと王女の決意も書き、リチャードに配達を頼んだ。
再び村に戻ったリチャードから手紙を受け取ったヴァーグは双子にルイーズ王女が遊びに来てほしい事を伝えた。
双子は大いに喜び、ルイーズ王女と会えることを楽しみにしていた。
だが、困惑したのはマックスとメアリーだ。
ヴァーグは夕食後に2人を自室に呼んで、ルイーズ王女の手紙と一緒に持ってきた王妃からの手紙を2人に見せた。
「ルイーズちゃんが……王女様?」
「第四王女様です。本人は王女であることを隠しています。初めて出来た親友たちに、自分が王女であることを話してしまうと距離が置かれるかもしれないと不安になっているそうです。ですが、王女自ら本当の事を話すことになりました。芸術祭前日、王女がお茶会を開催します。その席ですべてを話されるようです」
「もし、あの子たちがルイーズちゃん…いいえルイーズ王女と距離を置くようなことになったら…」
「その時はその時です。でも、私は大丈夫だと思います。マリーちゃんもミリーちゃんもいい方向へと運んでくれるはずです」
「私たちは何も知らない振りをしていればいいのですね?」
「はい」
貴族の娘だということは気づいていた。それが王女だと言うことは気づけなかった。
せっかく築いた三人の友情がどういう形になるのか。未来は誰もわからなかった。
もうすぐ日が昇ろうとしている頃、王立研究院の一室には明かりが灯っていた。
「そうですか。【女神の武器】はまだあの方がお持ちでしたか」
明るくなりつつある空を窓越しに見上げながら、男は報告を受けていた。
この部屋の主であるリオは、窓辺に佇む金髪の男性に「王子からの報告です」と付け加えた。
「そろそろわたしも、その村に行かなくてはいけないようですね。8年ぶりの再会を果たしましょうか」
「ご存じなのですか、不思議な力を持つ女性の事を」
「ええ。知っていますとも。わたしは彼女の料理の大ファンなんですよ。そして、彼女に【女神の武器】を渡したのは、このわたしです」
「どういうことですか?」
「運命の出会いをしてしまったのですよ。わたしも、彼女も。リオ、あなたは研究を続けてください。魔族の武器はまだ存在するはずです。そのありかを突き止めるのです」
「かしこまりました」
「魔族の武器は【女神の武器】と同じ数だけ存在しますからね」
振り向いた男は、リオに視線を移した。
そこに立っていたのは、かつてヴァーグはこの世界に来て初めて訪れた教会に赴任してきた美食家の神父だった。
<つづく>
今回は中央広場をすべて使えるということで、新年を祝う祭りで好評だったたこ焼きやたい焼きを販売することになったが、また長い行列を作ることになると、待っている人たちが可哀想になる。
そこでヴァーグは宿の従業員にある提案をした。
「中央広場そのものをレストランにする?」
ヴァーグの提案に従業員が言い返した。
「新年のお祭りの時は行列が続いて、お客さまには立ちっぱなしで辛かったと思うの。だから、広場にテーブルと椅子を用意して、レストランみたいに座れる様にしたらどうかなって思っているの」
「確かに座れるところがあると、歩き疲れた人も助かるわね」
「だけど、テーブルと椅子を用意するってことは、オレたちが注文を聞きにいかないといけないんじゃないんですか? 調理と提供の両方は無理ですよ?」
ラインハルトは、あの広い広場で注文を聞きまわるだけでも重労働になることを予測した。
「そこはちゃんと考えているわ。テーブルと椅子があっても、私たちは注文は取らないわ。私たちはその周りでお店を開くの。で、お客様自らお店で食べたい物を買って、テーブルに自分で運んで食べてもらうの。テーブルで待つことが出来たら行列も緩和するし、お店をテーブルを取り囲むように設置すれば、食べたい物が見渡せるでしょ?」
ヴァーグの頭の中に浮かんでいたのは、前の世界で見たことがあるショッピングモールに併設されたフードコートのような造りだった。あの形に近い物が作れれば、売り子が店を離れずに調理だけに専念できる。
また、テーブル席だけだと、人が通れる通路などを確保するため座れる人数が限られる。
「そこで、テーブル席の他にベンチをいくつか用意して、自由に座れるようにしようかなって考えているの」
ヴァーグは前の世界にいた時、よく地元のプロサッカーチームの試合を見に行っていた。イベントを行う広場には約一万人が詰めかけ、大いに賑わってたが、なにぶん座る場所がなかった。他のチームの中には公園内に競技場があって、歩道や芝生広場などを利用することができる場所もあった。だが、ヴァーグが通っていたスタジアムは住宅街の中にあり、観客が集まるのは併設された広場だけ。早めにスタジアムに行くが、それでも座る場所の確保は困難を要する。
「私たちは出店で料理を提供するだけ。どうかな?」
新年を祝う祭りの時と比べて、数倍の敷地を使うことができる。その事を考えてもヴァーグの意見に反対する理由がなかった。
「でも、大量のテーブルとか椅子、更にベンチはどうやって調達するんですか? かなりのお金がかかると思うんですが?」
エミーはヴァーグの懐事情を心配している。宿もそうだが、保育所や喫茶店の料金が王都に比べて半額以下で提供している。色々な物を買い揃えていることも考えると、かなり厳しいのではないか?と不安になった。
「それは大丈夫。強力な助っ人が見つかったから」
「強力な助っ人?」
従業員一同が不思議そうに首をかしげていると、突然宿の入り口が勢いよく開いた。
そして、
「ヴァーグ殿! 職人を集めてきたぞい!!」
と、元気よくゲンが飛び込んできた。
「ゲン祖父さん!?」
「わしの弟子たちを集めてきた。大いに使ってくれ!」
ゲンが宿の外を指すと、そこにはゲンの鍛冶場で働いていた弟子たちの姿があった。中には村を出た職人もおり、鍛冶場が最盛期だったころと変わらない人数が集まっていた。
「ゲンさんに、家具職人や食器を作れる人がいないか頼んでみたの。ゲンさんの鍛冶場って、刃物だけを取り扱っているかと思ったら、家具職人やガラス工芸が得意な人、食器作りは得意な人、アクセサリー作りが得意な人など、沢山の職人がいたっていうんだもの。これは絶好のチャンスだと思ったわ」
「ヴァーグ殿に、芸術祭の手伝いを申し込まれてな、わしとしては無償で手伝ってやってもよかったのじゃが、ヴァーグ殿が素晴らしい提案をしてくれたんじゃ」
「素晴らしい提案?」
「わしたちが作った物を、広場で売っていいと販売を許可してくれたのじゃ!」
「広場に並べるテーブルや椅子、食器などを職人に作ってもらって、お客様に実際に使ってもらう。気に入ったらゲンさんたちのお店で買ってもらうようにするって話したら、皆ノリノリで賛成してくれたの」
「しかも売り上げすべてを貰っていいというのじゃよ。太っ腹じゃの!」
かっかっかっ!と豪快に笑うゲンは、すでにやる気満々だった。
それもそのはずだろう。ついこの間、王都にいるリチャードから騎士団に使う武器の大量注文が舞い込んできたのだ。しかもゲンしか作り方を知らない魔法玉を装備できる武器の注文だった。「わししか作れん!」と意気込むゲンが現役復帰を宣言したばかりなのだ。
そして魔法玉はリオが作り方を知っているようで、王立研究院で大量生産できないか研究が開始された。
「つまり、新年祭の時に、飲み物を試飲してもらってから購入したように、お試しで使ってもらうってことですか?」
メアリーは新年を祝う祭りの事を思い出していた。あの時も飲み物を無料で配り、その後購入してもらうシステムをヴァーグが提案していた。
「そういうこと。その代わり、私たちが出すお店は品数を増やさないといけないわ。今回は調理器具を大量に持って行けるから、色々と売ろうと思っているの。皆も協力してね」
今回、品数を増やす理由は、ただ多くの料理を提供して村の認知度を上げるだけではない。
(だって、貯金が底を着いちゃったんだもん。お金、溜めなきゃ)
個人的な理由もあるようだ。
芸術祭の出店に向けて本格的に動き出した。
まず、ヴァーグたちの店は前回好評だったたこ焼きとたい焼きを今回も出店する。
「オレ、たこ焼きやりたい!!」
ラインハルトがたこ焼き担当を名乗り出た。ラインハルトの腕前はかなり上達し、応用で作るホットケーキの生地を使った球体のホットケーキは大好評だ。
「たこ焼きはラインハルト君に頼む予定よ。メアリーさんは前回と一緒で飲み物をお願いしてもいいかしら?」
「ええ」
「マリーも!」
「ミリーも!!」
小さい体で大きく跳ねながら双子も手を挙げた。
「もちろんマリーちゃんとミリーちゃんもお母さんと一緒に飲み物を頼むわ」
「「うん!!」」
「エルザさんとローズさんも簡単な調理をお願いしてもいいかしら?」
「私たちも?」
「サンドイッチを販売してほしいの。パンに具材を挟むだけだから簡単にできるわ。サリナスさんもフォローに入ってもらっていいかしら?」
「ええ」
「エミーさんは色々な個所のフォローをお願いしてもいいかしら?」
「はい、わかりました」
「マックスさんには温泉の管理をお願いしたいの」
「温泉の管理?」
まさか自分だけ留守番!?と不安になったが、ヴァーグは広場の一角に足湯を作りたいを言ってきた。
「足湯?」
「温泉に足だけ浸かる設備のことよ。歩き疲れた癒しに足湯に入ってもらおうと思うの。専用の浴槽は職人さんにお願いしたわ。その足湯の管理をお願いしたいの」
「なんだ、わたしはてっきり留守番かと思った」
「そんなことしないわよ。で、マックスさんにはもう一つお願いしたいの」
にっこりと微笑むヴァーグは、お昼になったらレストランに来てねとマックスに伝えた。
お昼、レストランにやってきたマックスは、ヴァーグに一つの機械の説明を受けていた。
銀色の四角い機械で、上部には材料を入れる投入口がある。ほぼ真ん中にはレバーが三つ並んでおり、左から白、赤、青の三色に塗られていた。何かを作る機械だと言うことはわかったが、それが何なのか想像がつかなかった。
「マックスさんにはこれでソフトクリームを作ってもらいます!」
「ソフトクリーム?」
見学に来ていたケインもラインハルトも聞いたことがない名前に首を傾げた。
「試しに作ってみるね」
ヴァーグは三角錐の形をした茶色い物を手に取ると、白いレバーを握り、そのレバーの下に三角錐の形をした茶色い物を添えた。レバーを下に引っ張ると、白いヌルヌルしたような物が垂れ下がってきて、茶色い物の中に入っていった。そして器用に茶色い物を円を描く様に小さく回しながら、綺麗にとぐろを巻いていった。ある程度の高さになると、先端を高く伸ばし、レバーを元にも戻した。
「我ながら上手くいった!」
出来栄えに自画自賛するヴァーグは、マックスの前にそれを差し出した。
「食べ物…ですか?」
「ええ。食べてみて。ケインとラインハルト君の分も作るね」
ヴァーグは新たに茶色い物を手にし、2人の分を作り始めた。
食べる物かどうか不安を抱きながら、マックスは手にしたソフトクリームと呼ばれるものをマジマジと観察した。白いとぐろを巻いたものは、時間が経つにつれ溶け始めていた。
これは早く食べなくてはいけない物なのか?
マックスは思い切って先端を口に含んだ。
なんだこれは!
口に入れた途端、溶けてなくなってしまった。
それにとても冷たい!
口の中に消えた途端、ミルクの濃厚さが口に中に広がる。
なんという食べ物だ…。
その味に感動していると、2人分のソフトクリームを作り終えたヴァーグは、テーブルの上にジャムやカラフルな小さな丸いふりかけのような物を並べた。
「そのままでも美味しいけど、ジャムを乗っけても美味しいよ。私のお気に入りは、このカラーチョコスプレー!」
ヴァーグは試しに食べてみてと、マックスのソフトクリームの上にカラフルな小さい丸いふりかけのような物を軽く掛けた。
カラーチョコスプレーと呼ばれるものを掛けた場所を口に含むと、また違った食感が生まれた。白い部分はすぐに溶けてなくなるが、チョコは少し間をあけて口に中で溶ける。味が口の中で変わったのだ。
「マックスさんにはこれをマスターしてほしいの。私が前にいた場所では、足湯に浸かりながらソフトクリームを食べるのが、最高の贅沢だったんですよ。お客さんが自分でトッピングをすれば、自分だけのソフトクリームが出来上がって、楽しめると思うんですよね」
「ヴァーグさん、スゲー旨い! これ、期間限定でレストランで売りましょうよ!」
「温泉上がりで食べたらまた格別ですね」
「あ、そうか。温泉から上がった人に提供するのもいいかもね。今売っているアイスとも違う食感だし、子供たちは喜ぶわね。それにマックスさんの練習にもなるし」
「因みに、この器は食べられるんですか? 手で触ったら壊れてしまったんですが」
「ええ、食べられるわ。ちゃんとした食品だから安心して。これはコーンと言ってソフトクリームには欠かせない物なの。私はカップに入れた方が好きだけどね」
「すぐに溶けることを考えると、カップもいいですね」
「両方用意して、お客様に選んでもらいましょうか。それにね、アイスコーヒーやオレンジジュースの上に乗せて食べる方法もあるのよ。今日の夕飯で試作を作ってみるね」
1つの食べ物なのに色々な料理が生まれる。ヴァーグが考える料理は魔法みたいだ。マックスはヴァーグの発想に感動してばかりだった。
マックスはすぐにソフトクリーム作りに取り掛かった。
上手く巻けないこともあるが、何回か繰り返していくうちにコツを掴んだのか、どれぐらい巻いたらいいのか、どのスピードで動かしたらいいのか、考えながら繰り返すうちにたった二日で習得してしまった。
「お父さん、凄~い!」
「ミリーも食べた~い!」
学校から帰ってくるなり、双子はマックスにソフトクリームをおねだりしていた。
マックスも練習台にと双子に作ってあげると、綺麗に巻かれたソフトクリームを見た温泉に入りに来たお客たちが自分たちにも作ってくれと頼んできた。
ソフトクリームの販売を、お土産物やコーヒー牛乳などを置いてあるフロント横で行ったのが宣伝になったのか、連日ソフトクリームには行列が出来た。マックスは嬉しそうにお客に提供していた。
「あのマックスが…」
「人は変わる物なのね」
温泉に入りに来たケインの父ルイスと母ドロシーは、楽しそうに仕事をするマックスの姿を見て驚いていた。彼らの目には昔のマックスの姿はなかった。この村に来てから変わったマックスに2人は驚いてばかりだった。
「これもヴァーグさんのお蔭ね」
ドロシーはヴァーグが村に来てから劇的に変わりつつ村に感謝していた。
今では移住希望者も増え、村を出た若者たちも戻りつつある。
ゲンの鍛冶場は活気を取り戻し、朝から晩まで鉄を打つ音が鳴り響いていた。
市場も賑やかになり、なによりも子供たちの笑い声をよく聞くようになった。
村は、かつての賑やかさを取り戻しつつあった。
芸術祭まで残り一週間となり、ヴァーグたちの店は出店に向け佳境に入った。
ケインはたい焼きを作ることになり、久しぶりに作るたい焼きの練習を続けた。
ヴァーグはオーブンを何台か持ち込み、一口サイズのケーキを販売することになり、いくつかの試作品を作っていた。
そんな時、王都からリチャードがやってきた。
「お久しぶりです、皆さん」
騎士団の制服に身を包んだリチャードの手には大量の赤い薔薇の花が抱えられていた。
「リチャードさん、どうしたんですか?」
出迎えたヴァーグは両手に抱えられた赤い薔薇に目が行ってしまった。
「出店の準備の様子を伺いにまいりました。順調のようですね」
「ええ。それだけを確認しに来たんですか?」
「いいえ、今日は大切な用事で参りました。エミー嬢はいらっしゃいますか?」
「今、お呼びしますね」
あの薔薇はエミーさんに渡すのか…。リチャードの行動はバレバレだ。
レストランから降りてきたエミーの目に、リチャードは片膝をつき、バラの花束を差し出した。
「エミー嬢、芸術祭の夜に行われるダンスパーティーのお相手になっていただけませんか?」
挨拶もなしに要件を話すリチャードに、エミーはキョトンとしてしまった。
「あ…あの…ダンスパーティー…ですか?」
「はい。ぜひお願いします」
「で…でも…あの……わたし、踊ったことがなくて…」
「心配いりません。わたしがリードします」
「ドレスもなくて……」
「こちらで用意します」
「華やかな席は……お店もありますし……」
なんとか断ろうとするが、リチャードはお構いなしにすべて打開策を言い続けた。
エミーが困り果てていると、メアリーが姿を見せた。
「いいじゃないの、エミー。お店の事は気にしなくていいよ。わたしたちで何とかするから」
「お母さん」
「あんた、いつも言っていたじゃないの。王宮に一度でいいから言ってみたいって。リチャードさん、そのパーティーは王宮で行われるんでしょ?」
「はい。王宮の大広間で行われます。この日だけは貴族でない人も招待されれば王宮に出入りできます」
「行っておいで」
「でも……」
「お返事は当日までお待ちします。わたしは諦めませんから」
力強く宣言するリチャードに、エミーは困惑していた。
まだエミーの心の中ではリチャードはお友達の位置にいる。彼が真剣にアプローチしても、どう対応していいのかわからないのだ。
「それから、ヴァーグ殿にお手紙です」
そういうことは最初に渡しなさい!と怒りたかったヴァーグだったが、リチャードの本当の目的がエミーであることは十分承知の上。手紙はついでに持ってきたのだろう。
手紙はエテ王子からだった。手紙にはコロリスとのことが書かれており、近いうちに正式に婚約することが報告されていた。まだ王室を出るのか、コロリスの子爵家を継ぐのか、それとも王都を出るのか、国王との話し合いがあるようで、結婚までは期間を要するらしい。それでも無事に巡り合えた運命の人と幸せな日々を送っているようだ。
そして王立研究院では魔法玉の作り方を唯一知っているリオの先導で、生産にこぎつけたらしい。材料が材料なのでまたヴァーグに知恵を借りるかもしれないと書かれてあった。
それからもう一つ…。
「『ルイーズと双子の事について』?」
相談という前置きで書かれた内容は、ルイーズ王女と双子に本当の事を話すのはどうかということだった。芸術祭ではルイーズ王女は王女として出席する。本当の姿を見た時、双子が混乱しないか心配しているようだ。
「たしかに芸術祭までには片付けたい問題ね」
「何かいい方法はありませんか?」
「う~~ん……本人の口から話すのが最適なんだけど、それをどうやってやるかが問題よね」
「お茶会に招待すると言うのはどうでしょうか?」
「それはどうかと…。王宮で開くのでしょ? かえって逆効果だと思うわ」
「では離宮を使うのはどうでしょうか? 王宮のすぐ側にありますが、入り口は違いますし、一般市民たちも出入りしていますから貴族の娘として開くことができます。ただ…」
「ただ?」
「現在、離宮にはエテが部屋を移しています。また王妃もエテの婚約者の為に部屋を用意しているので、王妃の出入りがあるかもしれません」
「そうなったら切り抜けるまでよ。ルイーズ王女に手紙を届けて。すぐにお返事が欲しいからアクアに乗っていくといいわ」
「助かります。すぐに戻ります」
ヴァーグはすぐにルイーズ王女に手紙を書き、リチャードはそれを持って王都に一度戻った。
ヴァーグからの手紙を受け取ったルイーズ王女は芸術祭前日にお茶会を開くことを決めた。場所は離宮の一室。その場ですべてを話すと王女の決意も書き、リチャードに配達を頼んだ。
再び村に戻ったリチャードから手紙を受け取ったヴァーグは双子にルイーズ王女が遊びに来てほしい事を伝えた。
双子は大いに喜び、ルイーズ王女と会えることを楽しみにしていた。
だが、困惑したのはマックスとメアリーだ。
ヴァーグは夕食後に2人を自室に呼んで、ルイーズ王女の手紙と一緒に持ってきた王妃からの手紙を2人に見せた。
「ルイーズちゃんが……王女様?」
「第四王女様です。本人は王女であることを隠しています。初めて出来た親友たちに、自分が王女であることを話してしまうと距離が置かれるかもしれないと不安になっているそうです。ですが、王女自ら本当の事を話すことになりました。芸術祭前日、王女がお茶会を開催します。その席ですべてを話されるようです」
「もし、あの子たちがルイーズちゃん…いいえルイーズ王女と距離を置くようなことになったら…」
「その時はその時です。でも、私は大丈夫だと思います。マリーちゃんもミリーちゃんもいい方向へと運んでくれるはずです」
「私たちは何も知らない振りをしていればいいのですね?」
「はい」
貴族の娘だということは気づいていた。それが王女だと言うことは気づけなかった。
せっかく築いた三人の友情がどういう形になるのか。未来は誰もわからなかった。
もうすぐ日が昇ろうとしている頃、王立研究院の一室には明かりが灯っていた。
「そうですか。【女神の武器】はまだあの方がお持ちでしたか」
明るくなりつつある空を窓越しに見上げながら、男は報告を受けていた。
この部屋の主であるリオは、窓辺に佇む金髪の男性に「王子からの報告です」と付け加えた。
「そろそろわたしも、その村に行かなくてはいけないようですね。8年ぶりの再会を果たしましょうか」
「ご存じなのですか、不思議な力を持つ女性の事を」
「ええ。知っていますとも。わたしは彼女の料理の大ファンなんですよ。そして、彼女に【女神の武器】を渡したのは、このわたしです」
「どういうことですか?」
「運命の出会いをしてしまったのですよ。わたしも、彼女も。リオ、あなたは研究を続けてください。魔族の武器はまだ存在するはずです。そのありかを突き止めるのです」
「かしこまりました」
「魔族の武器は【女神の武器】と同じ数だけ存在しますからね」
振り向いた男は、リオに視線を移した。
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<つづく>
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