選ばれた勇者は保育士になりました

EAU

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第23話  結界にはご注意を!

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 東屋で行われている子供たちのお茶会を見守りながら、もう一つのお茶会は恋愛話が盛りだくさんだった。
「え!? リチャード様はエミーさんにまだ想いを寄せているのですか!?」
 クリスティーヌ王女は驚いた。リチャードがまだエミーを追っかけていることに。
「明日のダンスパーティーにお誘いしたそうですわ。でもエミーさんからのお返事はいただけていないそうです」
「リチャード様の一方的な片思いってことですか?」
「どうなんでしょう? エミーさんに直接お聞きしないとわかりませんわ」
 エテ王子とコロリスの話から、リチャードの恋話へと変わった途端、クリスティーヌ王女とカトリーヌは話が止まらなくなってしまった。今まで恋愛話のなかったリチャードに想い人がいれば、話も弾むだろう。

 一方、自分の恋愛話から解放されたエテ王子はリオと見張りを交代していた。
 離宮の東屋周辺は一般市民は余り近づかない奥まったところにある。一応一般市民にも開放されているが、王宮に近いところにある事もあって、見張りの兵士たちが多く、それを恐れて近づかないようだ。
「王子」
 女性軍の恋愛話についていけなくなったリオが、エテ王子の所へやってきた。
「魔法玉の事で思い出したことがあるのですが…」
「思い出したこと?」
「雷の元となる結晶が採取できる場所の事なんですが、隣国のボルツール公国に年中雷が落ちる湖があると言う噂を聞いたことがあります。もしかしたらそこでなら採取できるのではないかと」
「ボルツール公国か…」
「なにか問題でも?」
「いや、特に大きな問題はない。両国とも良好な関係だ。だが…」
「やはり何かあるのですか?」
「俺、苦手なんだよね、ボルツール公の事」
「とても国民想いの優しい方だとお聞きしていますが?」
「表向きはな。俺は苦手だ。とにかく苦手だ」
 エテ王子の口から「苦手」という言葉しか出ないところを見ると、一癖あるように思える。国民に優しく、政も丁寧にしっかりとうあるという噂を聞いているリオはどんな人なんだろう?と、一度会ってみたい衝動に駆られた。

 その時、背後の草陰から物音が聞こえた。
 エテ王子は耳を澄まし、音の出所を確認した。
「王子?」
 急に黙り込んだエテ王子を心配してリオが声を掛けた。
 次の瞬間、草陰から光る何かが飛び出し、エテ王子に襲い掛かった。
 エテ王子は咄嗟に体を翻し、飛び出してきた光る何かを掴むと、それを持っていた人物の鳩尾にパンチをお見舞いした。
 飛び出してきたのはジャンだった。ジャンは右手に持っている黒い柄の短剣を離すことなく、その場に崩れ落ちた。
「黒い短剣!?」
 リオは上空を見上げた。この間と比べてかなり小さい黒い雲が上空で渦巻いており、魔族の武器だということが一目でわかる。
 エテ王子は刃の部分を素手で掴んでおり、赤い血が流れ始めていた。
「リオ、カトリーヌ殿とクリスに、子供たちを避難させるように言ってくれ」
「ですが…」
「早くしろ。ただし、子供たちに真実は伝えるな。クリスが何とかしてくれる」
「は…はい」
 リオはその場を走り去った。
 エテ王子はジャンの腕をひねり上げ、短剣を離そう試みるが、ジャンは一向に離そうとしない。
「……王族……我の敵……王族は滅びろ……」
 マイケルの時と同じように、濁声が聞こえてきた。
 鳩尾に衝撃を受けたジャンは一度はその場に崩れ落ちたが、カッと目を見開き、エテ王子を見上げた。
「我の敵……貴様は王族か?」
 濁声だけではない。表情もマイケルの時と同じだ。魔族の武器に操られている事は確かだ。
「私はこの国の第三王子だ」
「王子……王族……王族は死ね!!」
 エテ王子が掴んでいた短剣を、ジャンは勢いよく引き抜くと、エテ王子に向かって振り上げた。
 勢いよく抜かれた事で、彼の短剣を掴んでいたエテ王子の右手から赤い血が飛び散った。利き手を負傷し、携帯している剣を取り出せないエテ王子は、客にその場に崩れ落ちた。
 形勢逆転の立場となり、エテ王子の頭上には、ジャンが両手で握りしめた短剣の刃が光り輝いていた。

 すると、頭上から四本の矢が降ってきて、ジャンを囲むように地面に突き刺さった。そして、黄金の光がジャンの周りを包み込み、パン!という音と共に光が消えた。
 短剣を振り上げたジャンは、エテ王子に振り下ろそうとするが、自分の体の周りに見えない壁が出来、短剣が見えない壁に弾き飛ばされた。
「結界?」
 初めて見る結界に、エテ王子は何が起きたんだ…と矢が飛んできた上空を見上げた。
 そこには太陽を背にしたドラゴンに乗った青年のシルエットが浮かんでいた。
「エテさん! 大丈夫ですか!?」
「…ケイン?」
 声からしてケインだとわかった。
「ヴァーグさん、後はお願いします」
 矢を放った青年はドラゴンから勢いよく飛び降りた。
 そこまではかっこよかったが、着地に失敗し、エテ王子の前にうつぶせで倒れる姿は、何とも哀れな姿だった。
「お前、最後までかっこよく決めろよ」
「飛び降りたのが初めてだったもので…」
「まあ、いい。お蔭で助かった」
「マリーやミリーは?」
「カトリーヌ殿とクリスに避難させた。もうじきリオも戻ってくる」
「だ、そうです、ヴァーグさん。結界張るのはこの周りだけでいいようですよ」
 ケインは頭に付けたインカムで上空にいるヴァーグに伝えた。しばらくして「直径50mに結界を張る」とヴァーグの声がイヤホンを通して聞こえてきた。
「了解! エテさん、直径50mに結界を張るそうです」
「結界って、ヴァーグさんは魔法が使えるのか?」
「結界石を使っているんですよ。あの人、結界石を持ってて、ゲン祖父さんから欠片でも効果は得られるってアドバイスを貰ったので、それを実践してみました。確かに欠片でも効果ありますね」
 ケインは目の前で結界に閉じ込められているジャンを見た。
 ジャンは自分の周辺に見えない壁が突然出来たことにパニックになっており、短剣で見えない剣を切りつけていた。その努力も空しく、見えない壁はジャンの短剣を弾き飛ばすだけだった。
「王子!!」
 リオが戻ってきた。なぜかコロリスとグリフォンのヴァンを連れて。
「エテ様!」
「コロリス、なぜ避難しなかった」
「エテ様が怪我をされたとお聞きしました。手当てします」
「お前は避難しろ! ここは危険だ!」
「エテ様を放って逃げられません!」
 強い口調で逃げろと言うと、コロリスは負けじと更に強い口調で言い返した。
「王子、諦めてください。コロリス様は昔からこういう性格なんです」
 リオは幼馴染の立場として、エテ王子に助言した。
 エテ王子は小さな溜息を吐いて「勝手にしろ」と吐き捨てた。

 リオとコロリスが合流したのと同時に、辺りが金色に輝いた。そしてパァン!!と大きな音が鳴り響き、ケインのインカムにヴァーグの声が聞こえてきた。
『結界を張ったわ。結界の中では何をしても大丈夫。爆発が起きても周りに影響は何もない。ただ、結界の中は被害が出るから気を付けてね。特に魔法や矢の跳ね返りとか気を付けてね』
 上空からのヴァーグの言葉を的確に伝えたケインは、ジャンを見た。
 ジャンの短剣からは炎が噴き出し、結界を破ろうと振り回しているが、結界の中で壁に弾き飛ばされた炎が他の壁に弾き飛ばされ、更に他の壁に弾き飛ばされ、炎の威力が落ちるまで結界の中を走り回っていた。
『それから…』
 ヴァーグはリオと変わってほしいとケインに伝えた。
 ケインはリオにインカムを渡した。
『リオさん、私の声は聞こえるかしら?』
 イヤホンから聞こえてくるヴァーグの声に、驚いた表情でケインを見た。
 ケインも、エテ王子も小さく頷いた。
『リオさん、ある人からの伝言よ。【雲を浄化させなくても、『本人』を浄化させれば雲は消える。やり方は浄化の魔法玉を頭上で割ればいい】』
「…え?」
『ケインに材料を持たせているわ。今、魔法玉を作れるのはリオさんだけよ。今回は浄化の魔法玉を作って、ジャン君を元に戻して』
 ケインはリオの前にヴァーグから預かった籠を差し出した。その中には浄化に必要な材料がすべて揃っていた。
「ジャンは俺とエテさんで引きつけます、その間に作ってください」
「わかった」
 リオはインカムをケインに返し、籠を受け取った。そして自分の武器をエテ王子に渡した。
 少し離れた場所で魔法玉を作ることになったリオは、コロリスの手を借り完成を急いだ。

 ケインがインカムを再び装着したその時、背後でパリンという何かが割れる音がした。
 振り向くと、ジャンの足元に刺さっていた四本の矢が、横から飛んでくる別の矢によって地面から弾かれてしまったのだ。
「何者だ!」
 ケインが矢が飛んできた方向に、何本もの矢を飛ばしたが、手応えはなかった。
 だが
「結界を解かれたか」
 エテ王子が言う様に、ジャンを囲っていた結界は解かれていた。
 エテ王子は怪我をした右手ではなく、左手にリオから借りた剣を持ち、結界を破ったジャンの前で身構えた。
 結界の中で暴れていたジャンは肩で息をするほど疲れていたが、それでも目力だけは落ちていなかった。エテ王子を見る目は憎しみの炎に包まれていた。
 ケインは思わずジャンに向かって矢を放った。
 放たれた矢は、首を微かに傾けたジャンの横を通り抜け、遥か彼方へと飛んでいった。
「ケイン…」
 今まで百発百中だったケインが外したことに、エテ王子は呆れ顔を見せた。
「しかたないじゃないですか! 相手が動くことなんか予測できないんですから! 王子みたいになんでも完璧にできませんよ!」
 今まで止まっていた的しか射たことがないケインは必死に言い訳をしていた。
 そんな2人を余所に、ジャンはいきなりエテ王子に切りかかってきた。だが、エテ王子とケインは咄嗟に避け、ジャンは2人の間に倒れ込んだ。
「今は言い訳を聞いている時間はないようだな、ケイン」
「そのようです。決着がついたら言い訳を聞いてもらいますよ、王子」
 地面に倒れ込んで、肩で息をしていたジャンが、ケインの「王子」という単語に反応し、再びエテ王子に襲い掛かってきた。
 エテ王子は左手で握った剣でジャンの短剣を受け止めたが、ジャンの剣を押す力が強く、利き手ではない左手一本では押し返す力が弱く、一瞬でも力を抜けばジャンの刃を受けることになる。

 そこに、
「王子!!」
とリオが戻ってきた。手には透明な魔法玉が握られている。
 戻ってきたリオの「王子」という言葉に反応したジャンは、目をカッと見開き、更に剣を押す力を強めた。
(こいつ、「王子」という言葉に反応している?)
 思えばジャンが最初に切りかかってきた時、リオが「王子」と呼んだ。結界が解けれた後、ケインが二回「王子」という言葉を発した。そして今、リオが「王子」と呼んだ。
「我の敵……王族……王族は滅びろ……」
 ジャンの口からは王族を恨む言葉が出ている。
(これは正気に戻した後、詳しく聞く必要があるな)
 前に事件を起こしたマイケルは、未だに黙秘を続けている。黒幕の事など何も喋ろうとしない。ジャンからなら何か聞けるのではないか…エテ王子は自分がピンチに陥っているのに、何故か冷静だった。
 ジャンの短剣を弾き返したエテ王子は、ジャンに向けて剣を振り上げた。
 その時、
「エテ様! 伏せて!!」
とコロリスの声が響き渡った。
 その声に反応し、その場にしゃがみ込むと、ジャンが短剣を頭上高く掲げ、エテ王子に向けて振り下ろそうとした。
 が、どこからともなく一本の弓矢が、ジャンの正面から飛んできて、高く掲げた右肩の命中した。
 その矢は、先ほどケインが放った矢だった。
 真正面から飛んできた矢が右肩に命中したジャンは、その場に倒れ込みもがいた。
「リオ!」
 今がチャンスだと思ったエテ王子はリオを呼んだ。
 リオは倒れているジャンに向かって魔法玉を放り投げると、エテ王子はジャンの体の上に飛んできた魔法玉を剣で切り割った。
 魔法玉の中からキラキラと虹色に輝く液体が飛び出し、ジャンの体に降りかかった。
 苦しみに悶えていたジャンは、大きなうめき声をあげた直後、急に静かになった。
 エテ王子が近づいてジャンを確認した。
「王子…」
 リオが声を掛けると、エテ王子は
「気を失っているだけだ」
と答えた。
 リオが「王子」という言葉を発しても、ジャンは何も反応しなかった。
『上空の雲も消滅したわ。結界を解き次第、合流するわね』
 空にたヴァーグの声がケインのイヤホンに届いた。
 その事を告げながら、ケインはエテ王子の前に透明な長方形の箱を差し出した。
「この間の長剣と同じ結界石で守られた箱です。これで短剣の保護をお願いします」
「リオ、短剣をこの中に入れ、研究院で保護しろ」
「はい」
 エテ王子の代わりにケインから透明の箱を受け取ったリオは、地面に落ちていた黒い短剣を箱の中に収めた。
 それと同時に空からドラゴンに乗ったヴァーグが下りてきた。
「無事に回収したようね」
「ヴァーグさん、ジャンに命中した矢はヴァーグさんが放ったんですか?」
「違うわよ。ジャン君に向けてはなったケインの矢が、結界の壁のあちこちに当たって、跳ね返った先にジャン君がいただけよ」
「じゃあ、ただの偶然?」
「そうなるかしら? でも、私は最初に言ったはずよ。『魔法や矢の跳ね返りに気を付けてね』って。エテさんだって、コロリスさんの声がなければ、危うく矢の餌食になっていたわ」
 上空でケインのマイクが拾った言葉をすべて聞いていたヴァーグは、コロリスの向かってウインクを飛ばした。
「わ…私はエテ様を助けたい一心で…」
「愛の成せる業ね。あ~妬ける妬ける」
 顔を真っ赤にして俯くコロリスを、ヴァーグはからかい始めた。
「コロリス、なんで矢が飛んでくるのが分かったんだ?」
「それは、音がしたからです。結界と矢が当たる音が聞こえてきて、それで見上げたらエテ様目掛けて矢が飛んできて…」
「音?」
「コロリスさんは音に関しては聞き分けるスキルがあるのかもしれないわね。今度調べておくわ。その前に、ジャン君の手当てをしなくてはね」
 ヴァーグは気を失っているジャンに近づくと、まだ右肩に刺さっている矢に手を掛けた。が、かなり深く刺さっているのか、ヴァーグの力では抜けなかった。
 それを見たケインが、代わりに矢を抜いた。
 矢を抜く時、ジャンは小さなうめき声をあげたが、目を覚ますことはなかった。
 ヴァーグはショルダーバックの中から小さな小瓶を取り出すと、その中に入っていた液体をジャンの傷口に掛けた。するとジャンの傷があっという間に塞がった。
「ヴァーグ殿、それは…」
 興味津々にリオが訊ねてきた。
「【ドラゴンの涙】よ。どんな傷も治すことができるの。エテさんも傷を負っているみたいだけど……あらあら」
 ヴァーグがエテ王子の方を見ると、コロリスが彼の手当てをしていた。2人の周りには、誰も寄せ付けないバリアが張られているようで、グリフォンのヴァンですら、その場から離れている。
「コロリスさんって、尽すタイプなのね」
「昔から変わりませんね、コロリス様は」
 幼い頃から知っているリオにとっては、よく見慣れた光景。だが、ヴァーグとケインにはとても新鮮な光景だった。


 気を失ったジャンは、離宮のエテ王子の私室に運ばれた。
 リオは王立研究院に戻り、ヴァーグはジャンの恋人を連れてくるとオルシアの乗って、中央広場に戻った。
 私室に場所を移したケインは、エテ王子にジャンの事を話した。店が営業停止になった事、財産を没収された事、今は王都を離れて居る事、それらすべての原因が第一王女だということも包み隠さず全て。
 今回はヴァーグが結界を張ってくれたこと、上空の渦巻く雲に誰も気づいていなかったこともあり、大きな騒動にはならなかった。よって、ジャンの犯した罪はエテ王子の判断で処罰することができる。
 話を聞き終えたエテ王子は、腕を組んだまま俯いていた。
 その時、
「ジャンさんが目覚めました」
と、寝室からコロリスとジャンが姿を見せた。
 ジャンの姿が見えた途端、エテ王子は椅子から立ち上がり、彼の前に歩み寄った。
「この度は、姉の我儘でご迷惑をおかけしました。姉に変わってお詫びします」
 深く頭を下げるエテ王子に、ジャンはどうしていいのか分からず、オロオロしだした。最も、頭を下げた人物が何者かもわかっていない。
「こちらは第三王子のエテ様です。第一王女様の弟君ですよ」
 コロリスが紹介すると、ジャンは驚いた顔で土下座をした。
「こちらこそ大変申し訳ございませんでした!」
 自分でも状況がよく分かっていないが、王子の私室にいる事、王子が目の前で頭を下げている事にパニクり、このような行動に出たのだろう。
 お互いの謝り合戦が行われようとした時、窓ガラスがコツコツと音を立てた。
 バルコニーにオルシアに乗ったヴァーグと一人の女性の姿があった。
「ジャン!!」
 オルシアから降りた女性ーマリアは一目散にジャンに駆け寄り、彼に抱きついた。
「よかった…よかった…」
 大粒の涙を流しながらジャンに抱きつくマリア。
 ジャンはそんなマリアの背中を優しく撫でた。

 マリアが落ち着いたのを見計らって、エテ王子は2人をソファに座らせた。テーブルを挟んだ向かい側にエテ王子とコロリスが座り、二組と垂直になるようにケインとヴァーグが座った。
 オルシアは広場に戻ってもらった。
「王子様の前と知らず、みっともないところを見せてしまい申し訳ございませんでした」
 ヴァーグからエテ王子を紹介されたマリアは、恥ずかしさから顔を真っ赤にし、俯き加減で謝罪してきた。
「気にしなくていいですよ、マリア・サリュジ伯爵令嬢」
「わたくしをご存じなのですか?」
「姉上の取り巻きの一人、サリュジ伯爵の妹君ですよね。遠くからではありますがお見かけしたことがあります」
「取り巻き?」
 エテ王子の言葉に、ケインは遥か前に見かけた第一王女の取り巻き達を思い出していた。ドラゴンの鱗をオークションという形で王宮に売りに来たとき、王女とその取り巻きを見かけてことはあったが、その取り巻きのうちだれがマリアの兄かはわからない。
「黒髪の男性だ。ケインは見たことあるのか?」
「前に王宮に来たときにすれ違っています。後2人いたと思うんですが…」
「…ああ、あの三人組か。亜麻色の髪はマクシム侯爵、金髪はエルシラン伯爵だ。三人とも姉上の取り巻きトップ3で、姉上の為ならなんでもやる人たちだ。あの三人に刃向かう人もいない。だから姉上の我儘がひどくなっていく」
「申し訳ございません。兄がご迷惑をおかけしています」
「あなたが謝ることはない。だが、あなたはエルシラン伯爵と婚約していたと聞いていたのだが…」
「あれは兄と親が勝手に進めていただけです。わたくしが望んだ婚約ではありません! エルシラン伯爵はわたくしの家の財産目当てで婚約を申し込まれただけですわ」
「それで、婚約を嫌いジャン君と駆け落ちをした…?」
「無理に結婚して辛い毎日を過ごすのなら、王都を出ようと…」
 どこかで聞いた話ね…ヴァーグはコロリスをチラッと見た。
 エテ王子も心当たりがあるのかコロリスを見た。
 二人同時に見られたコロリスは「え?え?え?」と自分を見てきた2人を交互に見ながら、頭の上に?を飛ばしていた。
「でもさ、エミー姉さんから聞いた話だと、両親には修道院に入るって嘘をついて家を出たんだろ? 両親だけには本当の事を話した方がいいんじゃないの?」
 ケインが珍しくまともな事を言ってきた。
 確かに彼の言う通りだ。伯爵家の令嬢が嘘をついてまで王都を離れるのは、神に対しても侮辱行為だ。せめて王都を離れ、ジャンと一緒になる事を話した方が、世間的にもいいだろう。
「サリュジ伯爵夫妻を呼びましょう。ちゃんと話した方がいい」
 エテ王子の提案に、マリアはビクッと体を震わせた。
「それに、ジャンの処罰も考えなければならない」
 今度はジャンがビクッと体を震わせた。
 2人揃ってびくびくしている様子を見て、コロリスがクスッと笑った。
「大丈夫ですわ。エテ様は国民の味方です。重い処罰は考えていません」
 「ね?」と隣に座るエテ王子に同意を求めるコロリス。
「まあ、今回は大きな騒動にはなっていないから、もみ消すことはできる。だが、一応、親父には話しておく。最も、一番の原因が姉上だから、親父の怒りの矛先は姉上に行くだろうけど」
「そういえば、以前、勝手に人を裁かないようにと国王様から注意を受けたとお聞きしましたが…」
「新年祭の頃だから、間違いなくジャンのことだろうね。親父に話すと言っても、芸術祭が終わらないと何もできないから、しばらくは保留だな。話しても判決までに時間が掛かる。その間、どうしようか?」
「離宮に匿うこともできませんしね」
 エテ王子とコロリスは、二人同時に「う~~ん」と唸りだした。
「あの~~…」
 今まで静かに聞いていたケインが遠慮気味に口を挟んできた。
「どうした、ケイン」
「ジャンの事なんですけど、うちで雇う…っていうのはどうでしょうか?」
「……は?」
 思いもよらない提案に、エテ王子、コロリス、ジャン、マリアの四人は目を丸くしてケインを見た。ケインの横にいるヴァーグはニコニコと笑顔を絶やさなかった。
「新年祭の出来事が無罪になっても、王都には居づらいと思うんです。だったら、王都から離れた俺の村で暮らしたらどうですか? 村にはエテさんやリチャードさんがちょくちょく来るので、王都の情報も入ってくると思うんです。それに、ジャンはカフェを経営していたんですよね? 接客業をしてたのなら、温泉宿のレストラン従業員として来てくれたら助かるんですけど…」
「国王様にお話するにはエテさんですよね。今回は内密に処理したいと申し出れば、判決はエテさんに任されると思うんです。そこで、一時的な監視っていう口実で、王室からも信頼されているケインが働く温泉宿の従業員として雇用すれば、国王様も納得すると思うんです」
「確かにいい案だ」
「ですが、国王様が素直に任せてくれるでしょうか?」
「そこで持ち出すのが、エテさんとコロリスさんの結婚話です。ジャン君の監視役として、村の責任者はケインが、王都からの責任者としてエテさんが来れば、ジャン君は村に移住できるし、エテさんもコロリスさんと一緒に村に移り住むことができますよ」
「ヴァーグさん、私たちも移り住んでいいのですか?」
「最初からそのつもりでしょ? ただ、それだけだと監視期間が過ぎるとエテさんは王都に戻らないといけなくなります。一度、村に戻って気になることを調べたいので、その調査結果次第では、半永久的に住むことができると思います」
「調査?」
「国の軍事力が格段に上がる調査です。まあ、今回の調査は軍事力というよりは、生活水準が格段に上がるって言った方がいいのかもしれませんが」
「それって…」
「調査結果はすぐにお知らせします」
 にっこりと微笑むヴァーグを見て、エテ王子はハッとした。
 エテ王子は左手の親指と人差し指で丸い円を作り、ヴァーグに見せた。
「魔法玉関連?」
 その言葉に、ヴァーグは大きく頷いた。
「まずは、エテさんが国王様にすべてを話さないといけませんね」
「どうやって話を持ち出すか…だな」
 話の骨を折るのが得意な国王の相手は、エテ王子が一番嫌うことだ。素直に聞くにはどうしたらいいのだろうか…。
 何かいい案はないか…と考えていたら、今度はマリアが遠慮気味に口を開いた。
「あ…あの、明日の芸術祭のメインイベントに出場してみてはいかがでしょうか?」
「メインイベント?」
 そんなのがあるの?と、明日の芸術祭の内容を把握していないヴァーグとケインが同時に聞き返した。
「夕方からダンスパーティーが始まる前まで、国王様主催のイベントが行われます。そのイベント内容が、国王様を前に歌や芝居などを披露するのですが、優勝などを決める物ではなく、国王様に気に入られれば、望みの物を手にすることができるのです。国王様が気に入る出し物をすれば、お話は聞いてくれるのではないでしょうか?」
「そうか。その手があったか」
「飛び入り参加はOKなんですか?」
「ああ。だが、今から準備するには時間がなさすぎる」
「あら、準備なんていりませんよ。とっておきの物があるじゃないですか」
「え?」
 ヴァーグはにっこりと微笑みながらコロリスを見た。
 「あ!」と何かに気付いたエテ王子もコロリスを見た。
「……え?」
 再び状況が理解できていないコロリスは、エテ王子とヴァーグの顔を交互に見ては「何?何?」と頭上に?を飛ばし続けた。


 明日の芸術祭まで、ジャンとマリアの2人は、ヴァーグたちとリチャードの屋敷に泊まることになった。
 そこで意外な再会があった。
「マリア様!?」
 屋敷に戻ってきたナンシーが、マリアの姿を見て彼女の名前を口にした。
「ナンシー」
「お知り合い?」
「あ、はい。お祖母ちゃんが所有している土地の管理をしてもらっているんです。お祖母ちゃん、芸術祭で当時の王妃様にドレスを作ったところ、王妃様に気に入られちゃって、特別に土地を貰ったんです。衣装作りの木綿を育てるための大きな土地を。でも、水はけが悪くて、気候なども関係して何も育たなくて、管理できないからって、一帯を収めている領主様に渡してしまったんです」
「せっかく王妃様から授かったのだから、名義はナンシーのお祖母様のままにして、わたくしの家で管理だけしています」
「それって、川の上流にあるっていう土地?」
「はい。『秋の森』と川を挟んだ隣にあります。今はマリア様の家業に使っていただいています」
「マリアさんの家業って、何をしているの?」
「作物を育てて国外に輸出していたり、騎士団に納品しています。遠征で使うそうなので」
「騎士団に? それって何?」
「お米です。保存が利くので、遠征の時などに食料として使われるそうです」
「お米!? 本当にお米なの!?」
「は…はい」
「マリアさん! 芸術祭が終わったら商談をしたいのですが、いいでしょうか!?」
 ヴァーグはマリアの肩をがっしりと掴み、目を輝かせながら彼女の顔を覗き込んだ。
「は…はい…」
 思わぬところでコメの調達ができる事に、ヴァーグの喜びは最高潮になった。
「これでお米料理が大量に作れる!!」
 そう叫ぶヴァーグの声に、最初に反応したのはデイジーだった。
「じゃあ、オムライスがレストランのメニューに加わるんですか!?」
「もちろん!」
「やったーーーー!!」
 ヴァーグの作るチーズたっぷりのオムライスが大好物のデイジーは、ナンシーに飛びつきながら喜んでいた。コメの調達が難しく、頻繁に作れないとヴァーグに言われてから、毎月10日だけ特別に作ってもらっていた。それがレストランのメニューになることがよほど嬉しいのだろう。

 エントランスで「オムライスーーー!!」と叫ぶデイジーの声が響き渡る中、もう一つの再会があった。
 ラインハルトは目の前に立つジャンを睨み付けていた。
「あ…あの……久しぶり、ラインハルト」
 強い目力で睨み付けてくるラインハルトから目を離さずにジャンは再会の挨拶をした。
 ラインハルトは急に睨む目の力を弱めた。
「元気そうだな、ジャン。お前の店の事、何も知らなくてすまん」
「いや、あれは…」
「さっき、ヴァーグさんから聞いた。温泉宿のレストランで働くことになったんだってな。言っておくが、レストランではオレが先輩になるからな。覚悟しておけ」
「先輩って…」
「今年の春から家族全員で温泉宿の従業員として働いているんだ。ヴァーグさんが経営している温泉宿なんだけど、レストランの厨房はオレとケインが任されている。即戦力になるお前が入ってくれると助かる」
「じゃ…じゃあ、まだ料理人を続けていたのか?」
「ああ。明日の芸術祭でも、中央広場で店を出す。そうだ、明日、お前も店を手伝えよ。ヴァーグさん、いいよね?」
 ラインハルトはマリアから土地の事を聞いていたヴァーグに声を掛けた。
 ヴァーグは「ラインハルト君が決めていいよ」と簡単に返事をした。
「じゃ、決まりな! 明日はオレの手伝いをしてくれるだけでいいから」
「いいのか?」
「当たり前だろ! ただし、目が回るほどの忙しさだから覚悟しておけよ!」
 ニカッと笑うラインハルトは、ジャンの前に手を差し出した。
 ジャンも笑顔を見せるとラインハルトの手を握った。
 ジャンの方が4つほど年が上だ。だが2人は年齢に関わらない付き合いをしてきた。そしてこれからも【相棒】として付き合うことになるだろう。


 芸術祭は日の出と共に行われる。
 メインイベントが始まるまでは新年を祝う祭と何の変わりもない。
 新年を祝う祭の時よりも賑やかになることだろう。


                    <つづく>
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