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第24話 それぞれの夜
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日が落ちてしばらくして、カトリーヌが一人で屋敷に戻ってきた。双子のマリーとミリーの姿はなかった。
「マリーちゃんとミリーちゃんは離宮に泊まることになりました」
そう告げられると、母親のメアリーが目を丸くして驚いた。
「離宮に…って、どういうことですか!?」
「ご心配はいりませんわ。ルイーズ様たってのご希望ですの。久しぶりに三人で夜を過ごしたい…と。お話が尽きなかったようで、もっともっとお話がしたいとルイーズ様が一晩泊まっていってほしいと懇願されましたの」
「まぁ!!!」
「ルイーズ様は淋しかったのですわ。村ではマリーちゃんとミリーちゃんと三人でベッドに入っていたのに、王都に戻ってきたら一人で夜を過ごすことになりましたからね。警備も心配ありませんわ。すぐ近くにエテ様のお部屋もございますし、心配だからとクリス様も離宮にお泊りになることになりましたの。僭越ながら、わたくしの部下も何名か警備に就いていただきましたわ」
「何から何までありがとうございます」
「それで、もし、皆さんがよろしければルイーズ様も、明日の販売に混ぜていただけないでしょうか?」
「え!?」
「マリーちゃんとミリーちゃんが、明日販売のお手伝いをすると話した所、ルイーズ様もやりたいと仰いまして。ご迷惑でなければお願いいたします」
「迷惑だなんて…。でも、王女様がよろしいのですか?」
「国王様と王妃様の許可を得ております。夕方のメインイベントまでに王宮に戻ると言う条件ですが」
明日の販売は大変なことになる。メアリーはルイーズ王女をどうやって持て成せばいいのかわからず、うろたえ始めた。
そんなメアリーを見てカトリーヌは、
「双子ちゃんのお友達として接してくださいとの王妃様からの伝言ですわ。王女という身分は忘れてくださいとのことです」
と、王妃からの伝言を伝えた。
その伝言に、ますますパニックになっていくメアリーだった。
未だにリチャードからのダンスパーティーの誘いに返事を出せないエミーは、中庭でマリアに相談していた。
「まぁ! とても素晴らしい事じゃないの! ぜひお受けした方がいいわ」
マリアは、今迄、男性との噂がなかったエミーを心配しており、誘いを受けた方がいいと返事した。
「でも、わたしはただの温泉宿の従業員よ。貴族の身分のリチャード様とは釣り合わないわ」
「そんなことないわ。身分は関係ない。一番大切なのは相手を思いやる気持ちよ」
「思いやる気持ちって言われても…。わたし、リチャード様のお気持ちにどう答えた方がいいのか…」
「エミーはリチャード様と一緒にいてどういう気持ちなの? リチャード様からお誘いを受けてどう思ったの? わたしはジャンと一緒にいるととても楽しいわ。ジャンと一緒なら他に何もいらない。伯爵という身分を捨ててもいいと思っているの」
「そんな気持ち、わたしにはないわ」
「エミーは昔から異性に対する心が疎かったわね。でも、だからこそ、リチャード様はエミーの事を気に入ったんじゃないのかしら? エミー、1人を好きになったら、浮気とかしなさそうだもの」
「だって、人を好きになる気持ちがどんなことなのかわからないんだもの」
かなり恋愛に対して大きな鉄の壁を持っているエミーは、どうしたらいいのか分からなくなってきた。
友達が結婚しても、マリアのように惚気話を聞かされても、羨ましいとか、自分もという気持ちは全く沸き起こってこない。ただ、このまま独身でいると両親が心配するだけで、自分はこの先、伴侶がいなくても別にかまわないと思っている。
そんなエミーに、マリアは大きな溜息を吐いた。
「あなたが恋愛を渋るのは、もしかして双子ちゃんが影響している?」
「…え?」
「双子ちゃんが成人するまで、傍に居なくちゃって思ってる? お母様のお手伝いをしなくては…って思ってる?」
「そ…それは……」
マリアの言うことは、実は当たっている。
ラインハルトの時は何も感じなかったが、マリーとミリーは年が離れている分、母親の子育ての大変さを間近で見てきている。二人同時に子育てをする母を少しでも楽にしたいと言う気持ちがあり、学生時代、優秀な成績を収めていたエミーは、就職も役所や大きな会社から誘いがきていたが、自由な時間が欲しいという理由だけですべて断っていた。雑貨屋で働いていたのも、酒場で働く母と交代で家の事が出来るからだ。
「リチャード様は、そういう優しいところがお気に召したのね。エミーはリチャード様から想いを伝えられて率直にどう思った? 嬉しかった?」
「…うん…。同時に、なんでわたしなんだろうって思ったわ。リチャード様なら、もっと相応しい人がいるはずなのに」
「リチャード様からしたら、エミーが相応しい相手なのよ」
「……でも……」
「まだ何か引っかかることがあるの?」
「……もし……もし、わたしがリチャード様のお気持ちを受けて、付き合い始めて、もし、結婚とかになったら、わたし……侯爵家に嫁ぐの?」
「……え?」
「リチャード様は侯爵家の跡取りでしょ? もしそうなったら、わたし……」
エミーはかなり先の話まで考えて悩んでいたようだ。
そんな先まで考えていることにマリアは逆に呆れてしまった。
「それはその時に考えた方がいいと思うよ、エミー」
「…だよね」
「先を考えるのも大切だけど、今は明日の事を考えなくちゃ。朝一でお返事した方がいいわよ。でなければ、お仕事に差し支えるもの」
「…そうだね……」
昼間は血相を変えて飛び込んできたマリアからは想像がつかない、にこやかな和らいだ笑顔に、マリアの悩みが消えたようにエミーには見えた。それにジャンの話をするときの表情は、今迄、結婚した友達と同じように輝いていた。
自分もこんな風に輝いているのだろうか?
離宮のルイーズ王女の私室では、双子が大きな天蓋付きのベッドを前に、ポカーンと口を開けていた。
「マリーちゃんとミリーちゃんからしたら、豪華すぎるよね」
自分では当たり前のベッド。でも双子から見てみたら、やはり王女という身分に相応しい豪華な物だった。
ただ、1人で寝るのには大きすぎる。カトリーヌのベッドも大きかったが、ルイーズ王女のベッドはそれよりも一回り大きかった。まだ10歳にならないルイーズ王女には広すぎる。
「わたしね、マリーちゃんとミリーちゃんが羨ましい」
「「羨ましい?」」
「だって、マリーちゃんもミリーちゃんも会いたいときに父様や母様と会えるでしょ? 食事も一緒に取れるし、お出かけも一緒。一緒に寝る時もあるんだよね?」
「うん。特にミリーは雷が怖いから、お母さんのベッドに潜り込んでいるよ」
「マリー!!」
「本当の事じゃん」
「いいな~。わたしなんか、雷が鳴ってもいつも一人だよ。『雷に怖がるようでは国王の地位に付けませんよ!』って母様に怒られるの。その母様とも父様の許可がないと会えないし」
「同じ宮殿に住んでいるのに?」
「うん。エテ兄様やクリス姉様は会いたいときに会えるけど、他の姉様や兄様は用事がないと会ってくれないの。父様は謁見を申し出ないと会えないし、どこに行くにも侍女長と一緒。何をやるにも護衛が着いてて、エテ兄様と一緒じゃないと、お邪魔虫は着いたままなの。そのエテ兄様も王室を離れるって噂で聞いているし…」
「ルイーズちゃん…」
「だからね、明日、マリーちゃんとミリーちゃんと一緒に、お店の手伝いができる事が嬉しいの! エテ兄様もお手伝いするって聞いているから、お邪魔虫はいないし、王女として振る舞わなくてもいいなんて、最高だよ!」
「辛い? 今の生活」
「どちらかと言えばね。クリス姉様は母親の反対を押し切って、厨房に出入りしているけど、姉様は成人しているから、父様も王妃様も特別に許可を出している。でも、わたしは子供だからって理由で何もさせてくれない。成人するまで待てって言われる」
成人前の王子と王女はなにかと行動が制限される。そのほとんどが「子供だから」という言葉で片づけられる。
エテ王子も外の学校に行くことを反対されていたが、王妃の甥ということ、そして王宮の講師全員の推薦状があったため、特別に許可された。
今のルイーズ王女にはエテ王子のような才能もなければ、クリスティーヌ王女のようなやりたい事がない。
「子供にしかできないこともあるよ」
「うん」
マリーとミリーは、ごく普通に答えを出した。
「子供は学校に行くのが仕事だって、ヴァーグお姉ちゃんが言っていたよ」
「学校でお勉強して、お友達といっぱい遊ぶのがお仕事なんだって」
「学校って言っても、王女は学校に通えないよ」
「留学は?」
「留学?」
初めて聞く言葉に、ルイーズ王女は首を傾げた。
「ヴァーグお姉ちゃんが教えてくれたんだけど、今住んでいる場所とは違う場所に住んで、そこの学校に通うことなんだって」
「そんな方法があるんだ……」
ルイーズ王女は「よし!」と気合を入れた。
どうやら何かいい考えがあるようだ。だが、これは一度兄であるエテ王子に相談してみようと考えた。成人していて、国王の代わりに行政を行うことがあるエテ王子を味方につけた方が、スムーズに進むかもしれないと、ルイーズ王女は大人の力を借りることにしたのだ。
離宮のエテ王子の私室では、珍しい人物が訪問していた。
「王妃」
侍女も付けづに、王妃は一人で部屋にやってきた。
「少しお話したいのですが、よろしいですか?」
「あ、はい」
エテ王子はソファの上に散らかっていた書物を片付けると、王妃に座るように促した。
相変わらずの散らかりぶりに、王妃は彼に与えた仕事が多い事に心配になりつつ、他の王子や王女の無能さに呆れ返ってしまった。
「コロリスさんは?」
「部屋に戻っています。お呼びしますか?」
「いえ、大丈夫です。あなただけにお話ししたい事ですから」
「わたしだけに…?」
「ここからは王妃と王子としてではなく、伯母と甥という立場で話を進めますね。昼間、弟が見えました。そしてこう申されたのです。『侯爵家の跡取りが見つかった。跡継ぎの事は気にしなくていい。だからといって、エテとの養子縁組を解くつもりはない』だそうですよ」
「それは…」
「弟のお嫁さんの遠縁に両親を亡くされた方がいます。その子を跡取りとして養子縁組を組むことになったそうです。まだ8歳の子供ですが、近々王都に迎え、教育をしていくそうです。よって、あなたは無理に王宮にいる必要もなくなり、侯爵家を継ぐ必要もなくなりました」
「……」
「芸術祭終了後、正式に弟より通達があるはずです。どうか誤解はなさらないでください。弟はあなたが必要ないと判断したのではありません。わたくしたちは……わたくしたちファンダリア侯爵家一同は、あなたの新しい旅立ちを心から喜んでいるのです」
「……王妃、わたしは…」
「今は伯母と甥です」
「……」
まだ「伯母」と呼ばれない王妃は大きな溜息を吐いた。
最初に「伯母と甥という立場」という言葉を使ったにもかかわらず、2人きりでもエテ王子は決して「伯母」と呼ぼうとしない。
「あなたにとって、血の繋がりのないわたくしは、伯母になることはできないのですね」
「そんなことはありません。ただ…」
王妃は侍女を連れずにやってきた。王妃の関係者は誰一人としていないが、エテ王子の側近でもあるダイスは外で控えているはずだ。いくらファンダリア侯爵家から派遣された側近でも、王妃を「伯母」と呼ぶことに対して、どう思っているのかわからない。
側近のダイスはいつでもエテ王子の味方。そのような心配はいらないはずだ。
「明日の芸術祭、あなたは中央広場でお手伝いをするそうですね」
王妃は話を変えた。黙り込んだエテ王子が生み出した沈黙に耐えられなくなったのだ。
「あ、はい。メインイベントまでには戻ります」
「では、一つお願いしてもいいかしら? 以前口にした食べ物…え~と…なんていったかしら? お魚の形をした食べ物で、中にクリームが入っている…」
「『たい焼き』ですか?」
「そう! その『たい焼き』を買ってきていただきたいの。国王様もわたくしも、貴賓のお相手で外に出る事が出来ません。夕方、王宮に戻ってくるときに買ってきていただけると嬉しいわ」
「その時まで残っていたら買ってきましょう」
「国王様はあの食べ物がお気に召されたの。きっと召し上がったら、あなたのお話も聞いてくださると思いますわ」
「わかりました。必ずお持ちします」
「夜遅くにごめんなさいね」
王妃はスッと立ち上がると、エテ王子の額に軽くキスをした。
ファンダリア侯爵家では、子供たちが寝る前の挨拶をしにくると、いい夢が見れるように願いを込めて、額に軽く口づける。一種のおまじないのようなものだ。
エテ王子も小さい頃は王妃から同じおまじないを受けていた。育成学校に通う様になってからは、就寝時間が違うこともあり、この風習はなくなってしまった。今夜は10年以上ぶりにおまじないを受けた。
部屋を出ようとした王妃の背中に向かって、エテ王子は軽く頭を下げた。
「おやすみなさい、伯母上」
という言葉を掛けながら。
後ろから聞こえてきたその言葉に、王妃は一瞬立ち止まった。
(だめ! 今、顔がニヤけてる!)
冷静を抑えられない王妃は「おやすみなさい」と一言返事をして部屋を出た。
扉を閉めて、ニヤける顔を両手で覆った王妃の横に人の気配がした。
扉の前に控えていたエテ王子の側近ダイスが、深く頭を下げていたのだ。
「ダイス」
名前を呼ばれたダイスは、頭をあげた。掛けられた眼鏡の奥の瞳が微笑んでいた。
「ようございましたね、王妃様」
「聞いていたのですか!?」
「聞こえてきました」
「もう! 国王様には内緒ですよ。恥ずかしくてこんな顔をお見せできませんわ」
「承知いたしております。では、わたくしも王妃様が喜んでいただけるお言葉を掛けさせていただきます。エテ様に大きな愛情をありがとうございました、アンリューナ・ファンダリアお嬢様」
久しぶりに自分の名前を呼ばれた王妃は、ダイスに向けてにっこりと微笑んだ。
その昔、5歳上のダイスが執事見習いとして侯爵家に来たとき、王妃は眼鏡の奥に潜む冷たい目に恐怖を感じた。だが、意外にも子供や動物には優しい眼差しを向けるダイスが気になってしまい、初めての恋をした。
だが、当時の王太子(今の国王)に見初められ、初恋は実らなかったが、その後も何度か王妃を助けてくれた。そしてエテ王子が生まれた時も、王妃との連絡係を買って出たり、不審な事件が続いた時も、何も言わずに調査してくれた。元々、騎士団の情報部にいたダイスの情報収集力は長け、王妃が欲しがる国外の情報もどうやって手に入れたのか、詳しい情報を掴んできた。エテ王子が王宮で暮らすことが決まると、教育係りに立候補し、エテ王子の教育係兼側近として今まで尽くしてくれた。
そんなダイスは未だに独身だ。今後も伴侶を得ることはないと宣言し、その理由を「初恋が実らなく、恋愛に臆病になっている」としている。
王妃を見つめる眼差しがすべてを語っているようにも見えるのだが…。
夜空に浮かぶ二つの月は、王都を明るく照らしていた。
明日は芸術祭当日。
どんなドラマが生まれるのだろう。
<つづく>
「マリーちゃんとミリーちゃんは離宮に泊まることになりました」
そう告げられると、母親のメアリーが目を丸くして驚いた。
「離宮に…って、どういうことですか!?」
「ご心配はいりませんわ。ルイーズ様たってのご希望ですの。久しぶりに三人で夜を過ごしたい…と。お話が尽きなかったようで、もっともっとお話がしたいとルイーズ様が一晩泊まっていってほしいと懇願されましたの」
「まぁ!!!」
「ルイーズ様は淋しかったのですわ。村ではマリーちゃんとミリーちゃんと三人でベッドに入っていたのに、王都に戻ってきたら一人で夜を過ごすことになりましたからね。警備も心配ありませんわ。すぐ近くにエテ様のお部屋もございますし、心配だからとクリス様も離宮にお泊りになることになりましたの。僭越ながら、わたくしの部下も何名か警備に就いていただきましたわ」
「何から何までありがとうございます」
「それで、もし、皆さんがよろしければルイーズ様も、明日の販売に混ぜていただけないでしょうか?」
「え!?」
「マリーちゃんとミリーちゃんが、明日販売のお手伝いをすると話した所、ルイーズ様もやりたいと仰いまして。ご迷惑でなければお願いいたします」
「迷惑だなんて…。でも、王女様がよろしいのですか?」
「国王様と王妃様の許可を得ております。夕方のメインイベントまでに王宮に戻ると言う条件ですが」
明日の販売は大変なことになる。メアリーはルイーズ王女をどうやって持て成せばいいのかわからず、うろたえ始めた。
そんなメアリーを見てカトリーヌは、
「双子ちゃんのお友達として接してくださいとの王妃様からの伝言ですわ。王女という身分は忘れてくださいとのことです」
と、王妃からの伝言を伝えた。
その伝言に、ますますパニックになっていくメアリーだった。
未だにリチャードからのダンスパーティーの誘いに返事を出せないエミーは、中庭でマリアに相談していた。
「まぁ! とても素晴らしい事じゃないの! ぜひお受けした方がいいわ」
マリアは、今迄、男性との噂がなかったエミーを心配しており、誘いを受けた方がいいと返事した。
「でも、わたしはただの温泉宿の従業員よ。貴族の身分のリチャード様とは釣り合わないわ」
「そんなことないわ。身分は関係ない。一番大切なのは相手を思いやる気持ちよ」
「思いやる気持ちって言われても…。わたし、リチャード様のお気持ちにどう答えた方がいいのか…」
「エミーはリチャード様と一緒にいてどういう気持ちなの? リチャード様からお誘いを受けてどう思ったの? わたしはジャンと一緒にいるととても楽しいわ。ジャンと一緒なら他に何もいらない。伯爵という身分を捨ててもいいと思っているの」
「そんな気持ち、わたしにはないわ」
「エミーは昔から異性に対する心が疎かったわね。でも、だからこそ、リチャード様はエミーの事を気に入ったんじゃないのかしら? エミー、1人を好きになったら、浮気とかしなさそうだもの」
「だって、人を好きになる気持ちがどんなことなのかわからないんだもの」
かなり恋愛に対して大きな鉄の壁を持っているエミーは、どうしたらいいのか分からなくなってきた。
友達が結婚しても、マリアのように惚気話を聞かされても、羨ましいとか、自分もという気持ちは全く沸き起こってこない。ただ、このまま独身でいると両親が心配するだけで、自分はこの先、伴侶がいなくても別にかまわないと思っている。
そんなエミーに、マリアは大きな溜息を吐いた。
「あなたが恋愛を渋るのは、もしかして双子ちゃんが影響している?」
「…え?」
「双子ちゃんが成人するまで、傍に居なくちゃって思ってる? お母様のお手伝いをしなくては…って思ってる?」
「そ…それは……」
マリアの言うことは、実は当たっている。
ラインハルトの時は何も感じなかったが、マリーとミリーは年が離れている分、母親の子育ての大変さを間近で見てきている。二人同時に子育てをする母を少しでも楽にしたいと言う気持ちがあり、学生時代、優秀な成績を収めていたエミーは、就職も役所や大きな会社から誘いがきていたが、自由な時間が欲しいという理由だけですべて断っていた。雑貨屋で働いていたのも、酒場で働く母と交代で家の事が出来るからだ。
「リチャード様は、そういう優しいところがお気に召したのね。エミーはリチャード様から想いを伝えられて率直にどう思った? 嬉しかった?」
「…うん…。同時に、なんでわたしなんだろうって思ったわ。リチャード様なら、もっと相応しい人がいるはずなのに」
「リチャード様からしたら、エミーが相応しい相手なのよ」
「……でも……」
「まだ何か引っかかることがあるの?」
「……もし……もし、わたしがリチャード様のお気持ちを受けて、付き合い始めて、もし、結婚とかになったら、わたし……侯爵家に嫁ぐの?」
「……え?」
「リチャード様は侯爵家の跡取りでしょ? もしそうなったら、わたし……」
エミーはかなり先の話まで考えて悩んでいたようだ。
そんな先まで考えていることにマリアは逆に呆れてしまった。
「それはその時に考えた方がいいと思うよ、エミー」
「…だよね」
「先を考えるのも大切だけど、今は明日の事を考えなくちゃ。朝一でお返事した方がいいわよ。でなければ、お仕事に差し支えるもの」
「…そうだね……」
昼間は血相を変えて飛び込んできたマリアからは想像がつかない、にこやかな和らいだ笑顔に、マリアの悩みが消えたようにエミーには見えた。それにジャンの話をするときの表情は、今迄、結婚した友達と同じように輝いていた。
自分もこんな風に輝いているのだろうか?
離宮のルイーズ王女の私室では、双子が大きな天蓋付きのベッドを前に、ポカーンと口を開けていた。
「マリーちゃんとミリーちゃんからしたら、豪華すぎるよね」
自分では当たり前のベッド。でも双子から見てみたら、やはり王女という身分に相応しい豪華な物だった。
ただ、1人で寝るのには大きすぎる。カトリーヌのベッドも大きかったが、ルイーズ王女のベッドはそれよりも一回り大きかった。まだ10歳にならないルイーズ王女には広すぎる。
「わたしね、マリーちゃんとミリーちゃんが羨ましい」
「「羨ましい?」」
「だって、マリーちゃんもミリーちゃんも会いたいときに父様や母様と会えるでしょ? 食事も一緒に取れるし、お出かけも一緒。一緒に寝る時もあるんだよね?」
「うん。特にミリーは雷が怖いから、お母さんのベッドに潜り込んでいるよ」
「マリー!!」
「本当の事じゃん」
「いいな~。わたしなんか、雷が鳴ってもいつも一人だよ。『雷に怖がるようでは国王の地位に付けませんよ!』って母様に怒られるの。その母様とも父様の許可がないと会えないし」
「同じ宮殿に住んでいるのに?」
「うん。エテ兄様やクリス姉様は会いたいときに会えるけど、他の姉様や兄様は用事がないと会ってくれないの。父様は謁見を申し出ないと会えないし、どこに行くにも侍女長と一緒。何をやるにも護衛が着いてて、エテ兄様と一緒じゃないと、お邪魔虫は着いたままなの。そのエテ兄様も王室を離れるって噂で聞いているし…」
「ルイーズちゃん…」
「だからね、明日、マリーちゃんとミリーちゃんと一緒に、お店の手伝いができる事が嬉しいの! エテ兄様もお手伝いするって聞いているから、お邪魔虫はいないし、王女として振る舞わなくてもいいなんて、最高だよ!」
「辛い? 今の生活」
「どちらかと言えばね。クリス姉様は母親の反対を押し切って、厨房に出入りしているけど、姉様は成人しているから、父様も王妃様も特別に許可を出している。でも、わたしは子供だからって理由で何もさせてくれない。成人するまで待てって言われる」
成人前の王子と王女はなにかと行動が制限される。そのほとんどが「子供だから」という言葉で片づけられる。
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今のルイーズ王女にはエテ王子のような才能もなければ、クリスティーヌ王女のようなやりたい事がない。
「子供にしかできないこともあるよ」
「うん」
マリーとミリーは、ごく普通に答えを出した。
「子供は学校に行くのが仕事だって、ヴァーグお姉ちゃんが言っていたよ」
「学校でお勉強して、お友達といっぱい遊ぶのがお仕事なんだって」
「学校って言っても、王女は学校に通えないよ」
「留学は?」
「留学?」
初めて聞く言葉に、ルイーズ王女は首を傾げた。
「ヴァーグお姉ちゃんが教えてくれたんだけど、今住んでいる場所とは違う場所に住んで、そこの学校に通うことなんだって」
「そんな方法があるんだ……」
ルイーズ王女は「よし!」と気合を入れた。
どうやら何かいい考えがあるようだ。だが、これは一度兄であるエテ王子に相談してみようと考えた。成人していて、国王の代わりに行政を行うことがあるエテ王子を味方につけた方が、スムーズに進むかもしれないと、ルイーズ王女は大人の力を借りることにしたのだ。
離宮のエテ王子の私室では、珍しい人物が訪問していた。
「王妃」
侍女も付けづに、王妃は一人で部屋にやってきた。
「少しお話したいのですが、よろしいですか?」
「あ、はい」
エテ王子はソファの上に散らかっていた書物を片付けると、王妃に座るように促した。
相変わらずの散らかりぶりに、王妃は彼に与えた仕事が多い事に心配になりつつ、他の王子や王女の無能さに呆れ返ってしまった。
「コロリスさんは?」
「部屋に戻っています。お呼びしますか?」
「いえ、大丈夫です。あなただけにお話ししたい事ですから」
「わたしだけに…?」
「ここからは王妃と王子としてではなく、伯母と甥という立場で話を進めますね。昼間、弟が見えました。そしてこう申されたのです。『侯爵家の跡取りが見つかった。跡継ぎの事は気にしなくていい。だからといって、エテとの養子縁組を解くつもりはない』だそうですよ」
「それは…」
「弟のお嫁さんの遠縁に両親を亡くされた方がいます。その子を跡取りとして養子縁組を組むことになったそうです。まだ8歳の子供ですが、近々王都に迎え、教育をしていくそうです。よって、あなたは無理に王宮にいる必要もなくなり、侯爵家を継ぐ必要もなくなりました」
「……」
「芸術祭終了後、正式に弟より通達があるはずです。どうか誤解はなさらないでください。弟はあなたが必要ないと判断したのではありません。わたくしたちは……わたくしたちファンダリア侯爵家一同は、あなたの新しい旅立ちを心から喜んでいるのです」
「……王妃、わたしは…」
「今は伯母と甥です」
「……」
まだ「伯母」と呼ばれない王妃は大きな溜息を吐いた。
最初に「伯母と甥という立場」という言葉を使ったにもかかわらず、2人きりでもエテ王子は決して「伯母」と呼ぼうとしない。
「あなたにとって、血の繋がりのないわたくしは、伯母になることはできないのですね」
「そんなことはありません。ただ…」
王妃は侍女を連れずにやってきた。王妃の関係者は誰一人としていないが、エテ王子の側近でもあるダイスは外で控えているはずだ。いくらファンダリア侯爵家から派遣された側近でも、王妃を「伯母」と呼ぶことに対して、どう思っているのかわからない。
側近のダイスはいつでもエテ王子の味方。そのような心配はいらないはずだ。
「明日の芸術祭、あなたは中央広場でお手伝いをするそうですね」
王妃は話を変えた。黙り込んだエテ王子が生み出した沈黙に耐えられなくなったのだ。
「あ、はい。メインイベントまでには戻ります」
「では、一つお願いしてもいいかしら? 以前口にした食べ物…え~と…なんていったかしら? お魚の形をした食べ物で、中にクリームが入っている…」
「『たい焼き』ですか?」
「そう! その『たい焼き』を買ってきていただきたいの。国王様もわたくしも、貴賓のお相手で外に出る事が出来ません。夕方、王宮に戻ってくるときに買ってきていただけると嬉しいわ」
「その時まで残っていたら買ってきましょう」
「国王様はあの食べ物がお気に召されたの。きっと召し上がったら、あなたのお話も聞いてくださると思いますわ」
「わかりました。必ずお持ちします」
「夜遅くにごめんなさいね」
王妃はスッと立ち上がると、エテ王子の額に軽くキスをした。
ファンダリア侯爵家では、子供たちが寝る前の挨拶をしにくると、いい夢が見れるように願いを込めて、額に軽く口づける。一種のおまじないのようなものだ。
エテ王子も小さい頃は王妃から同じおまじないを受けていた。育成学校に通う様になってからは、就寝時間が違うこともあり、この風習はなくなってしまった。今夜は10年以上ぶりにおまじないを受けた。
部屋を出ようとした王妃の背中に向かって、エテ王子は軽く頭を下げた。
「おやすみなさい、伯母上」
という言葉を掛けながら。
後ろから聞こえてきたその言葉に、王妃は一瞬立ち止まった。
(だめ! 今、顔がニヤけてる!)
冷静を抑えられない王妃は「おやすみなさい」と一言返事をして部屋を出た。
扉を閉めて、ニヤける顔を両手で覆った王妃の横に人の気配がした。
扉の前に控えていたエテ王子の側近ダイスが、深く頭を下げていたのだ。
「ダイス」
名前を呼ばれたダイスは、頭をあげた。掛けられた眼鏡の奥の瞳が微笑んでいた。
「ようございましたね、王妃様」
「聞いていたのですか!?」
「聞こえてきました」
「もう! 国王様には内緒ですよ。恥ずかしくてこんな顔をお見せできませんわ」
「承知いたしております。では、わたくしも王妃様が喜んでいただけるお言葉を掛けさせていただきます。エテ様に大きな愛情をありがとうございました、アンリューナ・ファンダリアお嬢様」
久しぶりに自分の名前を呼ばれた王妃は、ダイスに向けてにっこりと微笑んだ。
その昔、5歳上のダイスが執事見習いとして侯爵家に来たとき、王妃は眼鏡の奥に潜む冷たい目に恐怖を感じた。だが、意外にも子供や動物には優しい眼差しを向けるダイスが気になってしまい、初めての恋をした。
だが、当時の王太子(今の国王)に見初められ、初恋は実らなかったが、その後も何度か王妃を助けてくれた。そしてエテ王子が生まれた時も、王妃との連絡係を買って出たり、不審な事件が続いた時も、何も言わずに調査してくれた。元々、騎士団の情報部にいたダイスの情報収集力は長け、王妃が欲しがる国外の情報もどうやって手に入れたのか、詳しい情報を掴んできた。エテ王子が王宮で暮らすことが決まると、教育係りに立候補し、エテ王子の教育係兼側近として今まで尽くしてくれた。
そんなダイスは未だに独身だ。今後も伴侶を得ることはないと宣言し、その理由を「初恋が実らなく、恋愛に臆病になっている」としている。
王妃を見つめる眼差しがすべてを語っているようにも見えるのだが…。
夜空に浮かぶ二つの月は、王都を明るく照らしていた。
明日は芸術祭当日。
どんなドラマが生まれるのだろう。
<つづく>
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