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第25話 芸術祭開幕!
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朝日が昇ると当時に、王宮の裏手からいくつかの花火が上がった。
芸術祭の開幕である。
王都の芸術祭は、メインイベントが夕方から行われる。
それまでは広場に出展された店で買い物をしたり、一般開放された離宮で行われる王宮所属の音楽団の演奏会や、王立歌劇団の演目などを楽しむ。
芸術祭というだけあって、広場などに出展された店も、新年の祭りとは違い、食べ物屋よりも工芸品などを売る店の方が多い。手作りの服や髪飾り、小物やインテリアなど、普段は工房にこもっている芸術家たちも、周りに負けじと自分の特技を披露している。
広い公園ではサーカス小屋が建てられたり、小動物と触れ合える場所があったりする。
そんな中、やはり中央広場にはたくさんの人たちが詰めかけた。
「こちらでは衣装を貸し出しています!」
デイジーは自慢の大声で呼び込みをしている。
ナンシーの両親が衣装を提供している事もあり、若い女性が集まっていた。ナンシーの両親が手掛ける服は、王都の若い女性に絶大な人気を誇っている。王室御用達ということもあって、値段が高く買うことはできないが、今日だけは無料で着る事が出来る。記念にポラロイドカメラで写真を撮ってくれるサービスがあり、写真三枚で100エジルという低価格で購入できる。
肖像画とは違う写真という珍しい物に食いつく人も現れ、写真を入れるフレームを作る職人のところも多くの人が並んでいた。
「新婚さんなんですか? じゃあ、これはいかがですか?」
訪れるお客に色々と聞き、その人たちにあった衣装を提供するのはナンシー。今は、つい先日結婚したばかりのカップルの接客をしているようだ。
ナンシーが選んだのは純白のドレスと、白いタキシードだった。ヴァーグから、結婚式は白いウエディングドレスが主流だと聞いた。もちろん、その理由も。
「白いドレスは、花嫁さんの必需品なんですよ。どうしてかわかりますか?」
「華やかに見えるから?」
「それもあるんですが、白いドレスは『あなたの色に染まります』っていう意味があるんですよ」
「まぁ!」
「それに青い小物を身に着けると幸せになれるっていう言い伝えもあるんです。お隣の花屋でブーケも選べますので、幸せな未来を願って記念にどうですか?」
最初は渋っていた男性も、ナンシーの解説に耳を傾け「記念になるのなら」と承諾していた。女性は嬉しさのあまり男性に飛びついた。
「花婿さんと花嫁さん、入りま~す!」
ナンシーが奥に向かって叫ぶと、奥から2人の女性が現れた。ナンシーの両親の店で働くスタイリストだ。2人の女性はカップルを奥へ案内すると、ナンシーに何組が準備中で、あと何組受け入られるかを伝えた。
デイジーの呼び込みに、ナンシーの聞きやすい説明は、広場を訪れた人たちの興味を誘っていた。
花屋のビリーは、あまり喋るタイプではないのでブーケを作ることしかできない。呼び込みは隣のデイジーが引き受けてくれているため、ビリーの母親が接客をしていた。
店先で注文の入ったブーケを黙々と作り続けていると、テーブルを挟んだ目の前に小さな女の子が2人、ビリーの事をジッと見ていた。色々な花が一纏まりになり、綺麗な半円を描いたブーケが出来上がると、女の子はパチパチと手を叩いて歓声を上げた。
なんとなく恥ずかしくなったビリーは、女の子2人を手招きすると、試作で作った小ぶりのブーケを2人に手渡した。
「内緒であげる」
「いいの!?」
「試作だから」
「ありがとう! お兄ちゃん!!」
大きな声でお礼を言い、走り去っていく女の子たちをビリーは小さく手を振って見送った。
その様子を見ていた母親は、ビリーが嬉しそうに笑みを浮かべていることに嬉しくなった。その母親と目が合ったビリーは、恥ずかしそうに頭を掻くと、またブーケ作りに没頭した。
ラインハルトはジャンを相棒にたこ焼き作りに専念した。ラインハルトが鉄板で作り、ジャンがソースや鰹節などをトッピングする。そして背後に大きな保温機能が着いた冷蔵庫のような物を置き、そこで保管する。そして、それを売るのはマリアだった。
「わたくしもお手伝いします!」
朝の準備の段階でラインハルトが作るたこ焼きを試食させてもらい、ジャンと2人で手伝うことを宣言した。マリアは今まで販売経験はないが、エミーが隣でたい焼きを売ることになったので、彼女の手を借りながら販売に挑戦することにした。
最初は計算や受け渡しに戸惑っていたが、慣れてくるとエミーも驚くほど頭の回転が速くなった。
元々、同じ学校に通っていたエミーとマリア。貴族の娘にも拘らず、エミーにはフレンドリーに接してくれた。貴族の娘も多く通う学校だったこともあり、周りでいくつかの派閥が生まれて、成績優秀なエミーをグループに入れたがる人も多かったが、マリアがいつもエミーの傍に居てくれた。その為、学校の中で女王様的存在だった何人かの貴族の娘たちとの争いにも巻き込まれず、学校を卒業した。
卒業後も、王都の雑貨屋で働き始めたエミーの所へ、マリアが足を運びことがあり、マリアが行方をくらませるまでは長い付き合いをしていた。
「エミー、すごく楽しいね! わたくし、ジャンと一緒にあなたの村に移り住んだら、エミーと一緒に働きたいわ」
ニコニコと笑顔を絶やさないマリア。ジャンは村に移り住むことが決まったが、マリアの事に関してはまだ何も決まっていない。それでもヴァーグがいい方向に行くように導いてくれるらしい。すべては芸術祭が終わったら解決するとヴァーグも言っていた。
時折、ジャンが心配してマリアに声を掛けるが、「大丈夫!」と力強く返事をし、2人は笑顔を見せあっていた。
そんな2人を見て、エミーは自分がリチャードの前で見せている笑顔が営業用だと言うことに気付いた。自分もあんな風に自然に笑いたい。でも、その相手がリチャードでいいのだろうか。身分も違うのにそんなことしていいのだろうか。エミーの心はまだ決断できなかった。
「リチャード様のお誘い、受けていいのかしら?」
心の中で唱えたはずの言葉が、自然と口から出ていた。
「エミー姉さん、本音が漏れてる」
「え!?」
「リチャードさん、今日は警備で忙しいんだよね? 返事はどうするの?」
ケインはまだリチャードにダンスパーティーの返事をしていないエミーを心配していた。
実はマックスとメアリーもエミーがなかなか返事をしないことを心配している。このまま娘は男性に興味がないまま一生を送るのではないだろうか。周りの友達はどんどん結婚していく。村の若い娘たちは子供がいる人もいる。マックスもメアリーも相手が誰であろうと、娘を貰ってくれる人が現れないか、いつも神にお祈りしているほどだった。
返事をしないエミーに苛立ったケインは、ビリーに向かって大声を出した。
「ビリー! デイジーを呼んでくれ!」
突然呼ばれたビリーは、声の発信元を探して、ケインが呼んでいることに気付いた。すぐ隣にいたデイジーにケインが呼んでいる事を伝えてくれた。
呼び込みをしていたデイジーは、渋々たい焼きを販売している場所にやってきた。
「も~! なによ!!」
「エミー姉さんに何か衣装を貸してやってくれないか?」
「それは別にかまわないわ。でもどうして?」
「エミー姉さん、今夜のダンスパーティーの誘いを受けているのに、相手に返事しないんだよ。行かせる準備をしてほしい」
「え!? エミーお姉さん、ダンスパーティーに呼ばれているの!? 凄い!凄い!! とっておきのお姫様に変身させてあげる!!」
デイジーは屋台からエミーを連れ出すと、そのままナンシーの所へ引っ張っていった。
「ヴァーグさん! エミーお姉さんは休憩に入りま~す!!」
デザートを販売している場所でタルトを作っていたヴァーグに向かってデイジーが大声をあげた。
その声に振り向くと、エミーを引っ張るデイジーの姿が人混みの中に消えていった。
「たい焼きの売り子がいなくなっちゃったね」
今、たい焼きはケインが作りながら販売している。マリアも手伝うが、たこ焼きもかなり売れているため、追いつかないようだ。
「クリスティーヌさん、たい焼きの所に移ってもらってもいいですか?」
「ここは大丈夫ですか?」
「双子ちゃんとルイーズちゃんが販売のお手伝いをしているから大丈夫よ。それに大量にストックしてあるし」
「わかりました」
ケーキの調理補助をしていたクリスティーヌ王女は、ヴァーグに言われてたい焼きを売る屋台へと移動した。
ヴァーグが言う様に、マリー、ミリー、ルイーズ王女の三人はデザート売り場と隣の飲み物売り場の前でお客の案内をしてくれていた。一口サイズのケーキやタルトを、お客自らトレイに取ってもらうスタイルが、行列の緩和となり、飲み物売り場と接している関係で、メアリーやサリナス、エルザやローズたちがテキパキと会計を済ませてくれている。エルザとローズが担当するサンドイッチもあらかじめ多くのストックを用意しており、このサンドイッチも一口サイズの大きさを何種類かまとめて売っている事も効して、お客自ら選んで会計場所に持ってきてもらう様にしたため、このエリアは余り混雑していなかった。
逆にたこ焼きとたい焼きは直接手渡すので、行列が途切れることがなかった。
たい焼きの売り場に移動してきたクリスティーヌ王女は、その熱さに一瞬顔をしかめた。
「熱いですよね。でもすぐに慣れますよ」
ケインは軽く販売方法を説明した。
今日のたい焼きは三種類用意された。前回も好評だったカスタードクリームのほかに、チョコレートが入った物と、リチャードの屋敷に保管されていた小豆を使った粒あんの合計三種類。外からは見分けがつかないので、チョコレート入りの生地にもチョコレートを加え、見た目を変えた。粒あん入りはあんを大量に入れているため、薄い生地からも中が透けて見える。
また、それぞれを包む紙の色も変えていた。粒あん入りは茶色い紙を、クリーム入りは白い紙を、チョコレート入りは赤い紙で包まれていた。
最初は作っているケインが紙に包んで、クリスティーヌ王女の前にある保温機能付きの透明なケースに入れていたが、
「仰ってくだされば、こちらで紙で包みます」
とクリスティーヌ王女が伝えると、ケインは出来上がったたい焼きを銀色のバットに入れ、「粒あん出来たよ」と声を掛けるようにした。
時間が経つにつれ、2人の息は合っていき、隣で見ていたジャンとマリアも負けじと販売に精を出した。
マックスが管理する足湯も好評だった。どこから手に入れたのか、香りのいいヒノキを使った浴槽からは湯気が絶え間なく立ち上り、歩き疲れた人たちが癒されていた。
それと同時にソフトクリームも売れ行きが好評で、子供たちはマックスの作るソフトクリームを食い入るように見つめ、完成すると「おおーーーー!!」と歓声が上がった。
その足湯の隣には大きなテントが張られ、臨時の保育所が開設していた。
子供たちを預かるのはエテ王子とコロリス、そして、以前、エテ王子と一緒に村へ出かけたことがあるシスター・マルガリーテの三人だった。
エテ王子はグリフォンのヴァンに子供を乗せて空と飛びまわっていた。
オルシアたちドラゴン親子も子供たちに好かれており、色々と見て回りたい親たちも預かり料金を見て子供たちを預けていった。臨時保育所の利用料金は子供たちの食事代だけだった。子供たちにお小遣いを渡してくれれば、こちらで面倒を見るという趣旨の為、多くの親たちが預けていった。
今日一日の保育所であり、屋台で一日の売り上げに利益が出る事、エテ王子とコロリスが手伝うお礼は、たこ焼きやたい焼きでいいという申し出があったため、急遽、料金設定を変えたのだ。元々は、一回の預りで3000エジルにしようと考えていたようだ。
お小遣いを握りしめた子供たちはシスター・マルガリーテと共に屋台に出向き、買い物をするやり方を教えてもらっていた。まだ4~5歳の子供たちは、1人で買い物をしたことがない。初めて握りしめたお金を持って、何を食べようか、ワクワクしながら店先に並んだ。
中には迷子で臨時保育所にやってきた子供もいる。お小遣いがないので物が買えず、泣き出しそうになるが、そういう時はシスター・マルガリーテが立て替えてくれる。ヴァーグの店は子供でも買える値段に設定されていた。一口大の大きさにした関係で、ケーキやタルトは高くて90エジル、飲み物に関してはオレンジジュースやリンゴジュースなど、子供が好む物は80~100エジルほどだった。
「こんなに安くしていいんですか?」
値段設定に疑問を抱いたメアリーとサリナスが訊ねると、
「わたしが前にいた場所では、コーヒー一杯100エジルで買えたんですよ」
と驚きの回答が帰ってきた。今、コーヒーは300エジルで販売している。
子供たちはお目当ての物を買うと、テントに戻ってきてそこで食べることになる。
テントの中は地面からの冷却を防ぐため、厚手のカーペットが敷かれ、大きなクッションやふかふかのソファ、ダイニングテーブルのような背の低いテーブルや椅子が置かれてある。これらの家具はすべて村の職人たちの手作り。
テントの奥にはカーテンで仕切られた空間があり、ここでは乳幼児の授乳スペースとなっている。エミーやマリアから、乳幼児がいる女性は外に出たくても、授乳出来る場所がないため、外出を諦めてしまう人が多いと聞いた。そこでテントの中に仕切りを作り、外からの視線を防ぐ場所をヴァーグが作った。
元々、授乳スペースは作っていなかった。だが、朝早く、1人の迷子がやってきて、迎えに来た親が乳幼児を連れていた。迷子になった子は目を離した隙に家を飛び出したようだ。そこでヴァーグはテントの奥にカーテンを引き、家具職人に使っていないソファはないかと訊ねた。すると職人は簡易ではあるが、二人掛けの小さな背もたれ付きの木のベンチを作ってくれた。そこにクッションなどを引き詰めて座りやすくしてくれたのだ。
その木のベンチを奥に置き、急ごしらえの授乳スペースを作り上げた。
「ここでゆっくりしていってください」
とコロリスに促され、外でも人目を気にせず授乳できる場所がある事に驚いた親が、同じ年頃を持つママ友たちに宣伝してくれたお蔭で、臨時保育所も賑わっていた。
広い中央広場に多くのテーブル席やベンチが置かれていることもあり、一休みする人や、次にどこに行こうかと食事を取りながら相談するカップルなど、多くの人たちがくつろいでいた。
新年を祝う祭りの時のように、長時間行列に並ぶこともなく物が買え、尚且つ、新しい食べ物を提供するヴァーグの店や、記念写真を撮ってくれるデイジーとナンシーの店、丁寧にブーケを作ってくれるビリー、それぞれの特技を生かした職人たちなど、村人たちも楽しんでいた。中には貴族から家具の受注が入った職人もいるらしく、商談をしている光景を目にした。
そしてデイジーに無理やり連れられたエミーは、ナンシーの母親が作った薄紫のドレスを身に纏い、デイジーたちの店の呼び込みに参加していた。
ナンシーの母親如く、
「モデル並みの体形で、姿勢もいいから、お店で一番高いドレスを着せてみました!!」
と、かなりのハイテンションでエミーの着付けをしてくれた。
薄紫の生地で作られたドレスには、キラキラと輝くビーズで模様が作られており、その模様は薔薇の花を象っていた。スカートは数枚ものパニエでボリュームがあり、一番上には白いレースが覆いかぶさっていた。背中には黄色い布で大きなリボンが飾られており、背中は大きく開いていた。
ナンシーの母親が言う様に、エミーはスラっとした体形で、背筋も伸びて、モデル顔負けのプロポーションだった。
「エミーお姉さんが呼び込みをしてからお客さんが増えたよ!」
「ありがとう!!」
デイジーとナンシーからお礼を言われるが、エミーは苦笑いを浮かべるだけだった。
本当はたい焼きを売りたかったんだけどな…物を売っている方が性に合っているエミーは、今の状況に馴染めなかった。
そこに、
「まぁ!! エミーさん!! お似合いですわ!!」
とカトリーヌが、リチャードとミゼル侯爵夫人と共に広場にやってきた。
カトリーヌとリチャードは仕事の最中なのか、軍服を着用していた。
「とても素敵ですわ、エミーさん。リチャード、あなたもそう思うでしょ?」
何気なくミゼル侯爵夫人はリチャードに話を振った。
リチャードは綺麗に着飾ったエミーを前に、ぽーっとなっており、ミゼル侯爵夫人の声が届いていなかった。
「兄上様!!」
カトリーヌが耳元で叫ぶと、リチャードはやっとハッと我に返った。
「え!? あ…え…と……」
「兄上様、エミーさんに声を掛けられたらいかがですの? こんな素敵なエミーさん、他の方に取られちゃいますよ」
いつもの勢いはどこへやら。着飾ったエミーを前に言葉が出てこない。
2人してモジモジとしていると、エミーの背中を何かが突いてきた。後ろを振り向くと、そこにはシエルが立っていた。
シエルは首を降ろして、自分の背中を顎で示した。どうやら背中に乗れっと言っているようだ。
それに気づいたリチャードは、エミーを横抱きに抱え上げると、そのままシエルの背中に飛び乗った。
シエルは2人が乗ったことを確認すると、空高くへと飛び上がった。
「いってらっしゃ~い!!」
地上からはカトリーヌが手を大きく振り続けた。
「さて、次の行動へと移しましょうか。いきますわよ、カトリーヌ」
「はい! お母様!」
この後、どういう展開になるのか予想が着くミゼル侯爵夫人とカトリーヌは、広場の一角で飲み物を売っているメアリーの元へと急いだ。
空へと飛び上がったシエルの背中では、ドラゴンに乗り慣れているリチャードとは対照的にエミーは落ちないようにリチャードにしがみついていた。
「大丈夫ですよ、エミー嬢」
リチャードが優しく声を掛けるが、エミーは固く目をつぶり、リチャードにしがみつく手に力を入れていた。
「前を見てください。素晴らしい景色が広がっていますよ」
もう一度リチャードは声を掛けた。
恐る恐る目を開け、リチャードの顔を下から覗き込むと、彼はゆっくりと頷いた。
エミーが前方に視線を移すと、そこには遥か彼方に太陽の日を浴びて輝く海が見えた。海へと続く大きな街道の両脇には所々に小さな村が点在し、もうすぐ収穫が始まる麦が、風に揺れて黄金色の波を作っていた。
「これがわたしたちの国です。わたしたち騎士団は、入団後、必ず上司から『この国を守るように』と言われます。どの騎士団でも言われます。わたしたち騎士団はまず第一に国を守る。それが当たり前だと思っていました。ですが、今、わたしには国よりも先に守りたい物があります」
「…国よりも…?」
「はい。エミー嬢、わたしはあなたを守りたいです。騎士団隊長としてではなく、一人の男として」
今までとは違う告白に、エミーは思わずリチャードの顔を見上げた。
リチャードはエミーの顔を見ることなく、真っすぐと前だけを見つめていた。
「……私の様な女性は星の数ほどいると思います」
「いいえ、わたしが守りたい人はあなただけです」
「私のどこがお気に召したのですか?」
「最初はあなたの働く姿に惹かれました。何に対しても一生懸命に働くあなたが輝いて見えました。その後、あなたの笑顔に惹かれました。あなたの笑顔を見て、この笑顔を守りたいと思う様になりました」
「私の笑顔は仕事用ですよ?」
「そんなことありません。あなたは気づいていませんが、時折見せる笑顔はとても輝いています。それは仕事用ではありません。双子に見せる笑顔も、市場で買い物をするときに見せる笑顔も、自然に見せている笑顔です」
「……」
「エミー嬢、どうかこれからは、その笑顔をわたしだけに見せていただけませんか?」
「…それは…」
「このような所で申し訳ないのですが、エミー嬢、どうかわたしの妻になっていただきたい」
キリっとした目でエミーを見るリチャードが、とても冗談を言っているようには見えない。
真剣な眼差しで告白するリチャードに、今度はエミーが素直になる番だ。
だが、どうしてもエミーには気になることがある。
「あの、リチャード様。わたしは侯爵家に嫁ぐことになるのですよね? わたし、貴族の娘ではないので、侯爵家のしきたりとか、そういうのには…」
「気にしなくていいですよ。我が家は確かに侯爵家ですが、当主は単身赴任中、長女は男勝りな騎士団隊長、自分の事は自分でやる一家です。使用人たちも好き勝手やっていますから、しきたりなどないに等しいです」
「うまくやっていけるでしょうか?」
「そこはわたしも協力します。2人なら怖い物はありませんからね」
「それもそうですね」
エミーはやっと笑顔を見せた。
「では、改めて。エミー嬢、わたしの妻になってくださいますか?」
「……はい、喜んで」
待ち望んでいた返事に、リチャードはエミーを力強く抱きしめた。
その拍子にシエルから落ちそうになったが、何とかして踏みとどまった。
そして、お互いに顔を見合わせると少し笑いあい、どちらからともなく唇を重ねた。
一部始終を見ていたシエルは、太陽に向かって細かい霧を口から噴き出した。その霧に反射した太陽の光が大きな大きな虹を空の端から端まで掛けた。
地上から空を見上げた人たちは空に掛かった虹に歓声を上げた。
シエルは飲み物を販売しているエリアの空いているスペースに降りてきた。
出迎えたマックスは、リチャードの手を借りてシエルから降りる娘の表情が変わったことに気付いた。
「…そうか……」
何かを悟ったマックスは、娘たちの所へ歩み寄った。
出迎えたのが父親だと言うことに気付いたエミーは、急に怖気づいた。
「お父さん」
エミーの声が震えていた。
リチャードはエミーより先にマックスの前に一歩踏み出し、マックスに向かって深く頭を下げた。
「突然で申し訳ございません。断られる覚悟で申し上げます。お嬢さんをわたしにください!」
急な結婚宣言に、周りにいた人たちが驚いた。ざわついていた広場が、一瞬で静かになるほどだ。
マックスはエミーを見た。エミーも深く頭を下げた。
「あなた」
メアリーが駆け寄って、マックスの肩を軽く叩いた。メアリーはこうなるかもしれないと、事前にミゼル侯爵夫人から聞いていたので、気持ちは決まっていた。
マックスはすうっと息を吸い込むと、
「娘を宜しくお願いします」
と震える声で答えを出しながら、深く頭を下げた。
マックスの返事から一拍置いて、広場に歓喜が沸き起こった。あちらこちらから「おめでとう!」という祝福の声が上がった。
「エミー! おめでとう!!」
屋台から飛び出してきたマリアがエミーに飛びついてきた。
「これからはお義姉様と呼ばさせていただきますわ!」
反対側からカトリーヌが飛びついてきた。
リチャードはマックスと固い握手を交わしており、ミゼル侯爵夫人はメアリーと喜びの笑みを見せあっていた。
「なに!? 息子に嫁がくるだと!?」
王宮で国王や王妃と談笑していたリチャードの父ミゼル侯爵は、吉報を伝えに来た部下から広場で起きたことを耳にした。
ミゼル侯爵は、つい先ほど勤務先である隣国との国境から戻ってきたばかり。帰郷の報告をしに王宮に来ていたところに飛び込んできた息子の結婚話に、こうしちゃいられないと、国王の前から走り去った。
「ミゼル侯爵の息子というと…」
「王宮警備騎士団の第一部隊隊長ですわ。どんな方をお迎えになられたのかしら」
王妃はチラリと横に仕えていたエテ王子の側近ダイスに視線を配った。
ダイスは深く一礼をすると、すぐにその場を離れた。走り去るミゼル侯爵を追う様に、ダイスも広場へと向かった。が、彼は決して走ることなく【速足】で王宮を出ていった。その【速足】はどう見ても小走りに見える…。
「そういえば、王妃様。第三王子様もご結婚が決まったと伺いましたわ」
「王族の結婚式は国王様と王妃様以来ですわね」
「いまからとても楽しみですわ」
王妃の周りにいた貴婦人たちは、エテ王子の結婚話で盛り上がっていた。
そのエテ王子の結婚話を、国王と談笑していた一人の貴族が反応した。
「なに? エテも結婚するのですか?」
国王に確認したのは、隣国のボルツール公国の君主ボルツール公爵だった。王妃の父方の遠い親戚にあたる。青い髪と青い瞳、そして時折見せる目を細めて笑う顔はエテ王子に似ている。
「近々、正式に婚約発表をする予定ですわ」
国王の代わりに王妃が答えた。
「それでお相手は?」
「それも近々ご紹介しますね」
「で、当の本人はどこに?」
「中央広場でお友達が出店しているので、そのお手伝いに出向いていますの。クリスティーヌとルイーズも一緒に出掛けましたのよ」
「ほぉ」
王子と王女が王宮で訪問客の相手をするよりも、もっと重要な手伝いなんだろうと、ボルツール公爵は広場に行きたい衝動に駆られた。
ソワソワしているボルツール公爵を見て、王妃はクスクス笑いながら、
「夕方には戻りますから、その時にご紹介しますわ」
と、彼が広場へ行くことを阻止した。
ここで公爵を止めておかなければ、それに便乗した国王が王宮を飛び出して行きそうだからだ。
「さあ、もうすぐメインイベントを開催しますわ。裏庭の野外劇場へお越しください」
王妃は間もなく始まるメインイベントの会場へ、来客たちを案内し始めた。メインイベントの開始までまだ時間はあるが、裏庭の野外劇場までの道に、王宮に仕える装飾品を作る職人がおり、それを見ながらの移動なので、ある程度の余裕が欲しかったのだ。
大広間から移動を始めると、王妃に一人の男性が声をかけてきた。
「お久しぶりでございます、王妃様」
声をかけてきたのは、全身黒の宮廷服に身を包んだ背の高い、40代ぐらいの黒髪に黒い瞳の男性だった。その傍らには、同じように黒いシンプルなドレスに身を包んだ可愛らしい少女の姿もあった。
「まぁ、ノアル・ファルコン伯爵。ご無沙汰しておりますわ。お体を壊していたとお聞きしましたが、もうよろしいのですか?」
「はい。慣れない気候の変化にようやく慣れました」
「国は大丈夫でしたか? ここ最近、気候の変動が激しいとお伺いしましたわ。今年の夏はとても気温が高かったとお聞きしております」
「まだ国は混乱しておりますが、研究者たちが知恵を出し合って解決に向かいつつありますので、ご心配はいりません。何よりも、王妃様からお送りいただいた『ぜりー』なる食べ物が、食欲の落ちた我が国の国王夫妻がお気に召しまして、そのお礼を我が国の国王夫妻に変わりまして申し上げに参りました」
「国王様方にお気に召していただけてよかったですわ」
「どこで見つけたのですか、あのような食べ物を」
「わたくしに知り合いが作ってくださいましたの。その方は、見たこともないお菓子や食事を生み出す天才なんですの。今回の芸術祭でも、中央広場でお店を開いているんですよ」
「中央広場に? たしか、そこは国王様の推薦状がないとお店は出せないのでは?」
「ええ。新年祭で一度ご招待しまして、国王様がお気に召されて、今回も出店をお願いしましたの」
「ほぉ、国王様がお気に召されるとは大したお店ですね。ぜひ、わたしも食したいものです」
「夕方には届くと思いますわ。さあ、ファルコン伯爵も野外劇場へどうぞ」
「ありがとうございます。テオ、王妃様にご挨拶しなさい」
テオと呼ばれた少女は腰を落として貴婦人の挨拶をした。そのしなやかな動きに、王妃は釘付けになった。
この国では珍しい黒髪の少女からは気高い気品が漂っている。上半身は体のラインを強調する作りになっている
が、後方にゆるやかに流れるドレスのラインや、胸元を飾る小ぶりなピンクダイヤモンドが可愛らしさを演出していた。そして結い上げた黒髪は等間隔に付けられた真珠の髪飾りが、より黒髪の美しさを際立させていた。
「こちらのお嬢さまは?」
「わたしの妻です。この年で初めて妻を娶るのはお恥ずかしい事ですが、やはり伯爵家を存続させるには、そうは言ってられませんね」
「可愛らしい奥様ですね。今日の芸術祭を楽しんでいってくださいね」
王妃の問いかけに、少女は小さな声で「はい」と答えただけで、視線は王妃を捕らえることはなかった。
俯き加減で視線を床に落とすテオという少女は、年はクリスティーヌ王女と変わらないようだが、どこか大人びているように見える。
「ファルコン伯爵…か」
王妃とファルコン伯爵の会話の様子を見ていたボルツール公爵。何か疑いを持つような眼差しを向けていた。
その視線に気付いたテオは、視線が飛んできた方角を見た。が、そこには誰もいなかった。
急に顔をあげたテオに、王妃が心配して声を掛けた。
「どうかなさいました?」
「あ…いえ……」
また俯き加減に視線を落とすテオ。
王妃は彼女のある部分に違和感を感じた。
(これはエテに知らせなければならないかしら?)
その違和感のある部分は、エテ王子やリチャードに話せば、必ず食いついてくるだろうと、王妃は予測している。
王妃が気付いたテオと名乗る少女の違和感とは……?
<つづく>
芸術祭の開幕である。
王都の芸術祭は、メインイベントが夕方から行われる。
それまでは広場に出展された店で買い物をしたり、一般開放された離宮で行われる王宮所属の音楽団の演奏会や、王立歌劇団の演目などを楽しむ。
芸術祭というだけあって、広場などに出展された店も、新年の祭りとは違い、食べ物屋よりも工芸品などを売る店の方が多い。手作りの服や髪飾り、小物やインテリアなど、普段は工房にこもっている芸術家たちも、周りに負けじと自分の特技を披露している。
広い公園ではサーカス小屋が建てられたり、小動物と触れ合える場所があったりする。
そんな中、やはり中央広場にはたくさんの人たちが詰めかけた。
「こちらでは衣装を貸し出しています!」
デイジーは自慢の大声で呼び込みをしている。
ナンシーの両親が衣装を提供している事もあり、若い女性が集まっていた。ナンシーの両親が手掛ける服は、王都の若い女性に絶大な人気を誇っている。王室御用達ということもあって、値段が高く買うことはできないが、今日だけは無料で着る事が出来る。記念にポラロイドカメラで写真を撮ってくれるサービスがあり、写真三枚で100エジルという低価格で購入できる。
肖像画とは違う写真という珍しい物に食いつく人も現れ、写真を入れるフレームを作る職人のところも多くの人が並んでいた。
「新婚さんなんですか? じゃあ、これはいかがですか?」
訪れるお客に色々と聞き、その人たちにあった衣装を提供するのはナンシー。今は、つい先日結婚したばかりのカップルの接客をしているようだ。
ナンシーが選んだのは純白のドレスと、白いタキシードだった。ヴァーグから、結婚式は白いウエディングドレスが主流だと聞いた。もちろん、その理由も。
「白いドレスは、花嫁さんの必需品なんですよ。どうしてかわかりますか?」
「華やかに見えるから?」
「それもあるんですが、白いドレスは『あなたの色に染まります』っていう意味があるんですよ」
「まぁ!」
「それに青い小物を身に着けると幸せになれるっていう言い伝えもあるんです。お隣の花屋でブーケも選べますので、幸せな未来を願って記念にどうですか?」
最初は渋っていた男性も、ナンシーの解説に耳を傾け「記念になるのなら」と承諾していた。女性は嬉しさのあまり男性に飛びついた。
「花婿さんと花嫁さん、入りま~す!」
ナンシーが奥に向かって叫ぶと、奥から2人の女性が現れた。ナンシーの両親の店で働くスタイリストだ。2人の女性はカップルを奥へ案内すると、ナンシーに何組が準備中で、あと何組受け入られるかを伝えた。
デイジーの呼び込みに、ナンシーの聞きやすい説明は、広場を訪れた人たちの興味を誘っていた。
花屋のビリーは、あまり喋るタイプではないのでブーケを作ることしかできない。呼び込みは隣のデイジーが引き受けてくれているため、ビリーの母親が接客をしていた。
店先で注文の入ったブーケを黙々と作り続けていると、テーブルを挟んだ目の前に小さな女の子が2人、ビリーの事をジッと見ていた。色々な花が一纏まりになり、綺麗な半円を描いたブーケが出来上がると、女の子はパチパチと手を叩いて歓声を上げた。
なんとなく恥ずかしくなったビリーは、女の子2人を手招きすると、試作で作った小ぶりのブーケを2人に手渡した。
「内緒であげる」
「いいの!?」
「試作だから」
「ありがとう! お兄ちゃん!!」
大きな声でお礼を言い、走り去っていく女の子たちをビリーは小さく手を振って見送った。
その様子を見ていた母親は、ビリーが嬉しそうに笑みを浮かべていることに嬉しくなった。その母親と目が合ったビリーは、恥ずかしそうに頭を掻くと、またブーケ作りに没頭した。
ラインハルトはジャンを相棒にたこ焼き作りに専念した。ラインハルトが鉄板で作り、ジャンがソースや鰹節などをトッピングする。そして背後に大きな保温機能が着いた冷蔵庫のような物を置き、そこで保管する。そして、それを売るのはマリアだった。
「わたくしもお手伝いします!」
朝の準備の段階でラインハルトが作るたこ焼きを試食させてもらい、ジャンと2人で手伝うことを宣言した。マリアは今まで販売経験はないが、エミーが隣でたい焼きを売ることになったので、彼女の手を借りながら販売に挑戦することにした。
最初は計算や受け渡しに戸惑っていたが、慣れてくるとエミーも驚くほど頭の回転が速くなった。
元々、同じ学校に通っていたエミーとマリア。貴族の娘にも拘らず、エミーにはフレンドリーに接してくれた。貴族の娘も多く通う学校だったこともあり、周りでいくつかの派閥が生まれて、成績優秀なエミーをグループに入れたがる人も多かったが、マリアがいつもエミーの傍に居てくれた。その為、学校の中で女王様的存在だった何人かの貴族の娘たちとの争いにも巻き込まれず、学校を卒業した。
卒業後も、王都の雑貨屋で働き始めたエミーの所へ、マリアが足を運びことがあり、マリアが行方をくらませるまでは長い付き合いをしていた。
「エミー、すごく楽しいね! わたくし、ジャンと一緒にあなたの村に移り住んだら、エミーと一緒に働きたいわ」
ニコニコと笑顔を絶やさないマリア。ジャンは村に移り住むことが決まったが、マリアの事に関してはまだ何も決まっていない。それでもヴァーグがいい方向に行くように導いてくれるらしい。すべては芸術祭が終わったら解決するとヴァーグも言っていた。
時折、ジャンが心配してマリアに声を掛けるが、「大丈夫!」と力強く返事をし、2人は笑顔を見せあっていた。
そんな2人を見て、エミーは自分がリチャードの前で見せている笑顔が営業用だと言うことに気付いた。自分もあんな風に自然に笑いたい。でも、その相手がリチャードでいいのだろうか。身分も違うのにそんなことしていいのだろうか。エミーの心はまだ決断できなかった。
「リチャード様のお誘い、受けていいのかしら?」
心の中で唱えたはずの言葉が、自然と口から出ていた。
「エミー姉さん、本音が漏れてる」
「え!?」
「リチャードさん、今日は警備で忙しいんだよね? 返事はどうするの?」
ケインはまだリチャードにダンスパーティーの返事をしていないエミーを心配していた。
実はマックスとメアリーもエミーがなかなか返事をしないことを心配している。このまま娘は男性に興味がないまま一生を送るのではないだろうか。周りの友達はどんどん結婚していく。村の若い娘たちは子供がいる人もいる。マックスもメアリーも相手が誰であろうと、娘を貰ってくれる人が現れないか、いつも神にお祈りしているほどだった。
返事をしないエミーに苛立ったケインは、ビリーに向かって大声を出した。
「ビリー! デイジーを呼んでくれ!」
突然呼ばれたビリーは、声の発信元を探して、ケインが呼んでいることに気付いた。すぐ隣にいたデイジーにケインが呼んでいる事を伝えてくれた。
呼び込みをしていたデイジーは、渋々たい焼きを販売している場所にやってきた。
「も~! なによ!!」
「エミー姉さんに何か衣装を貸してやってくれないか?」
「それは別にかまわないわ。でもどうして?」
「エミー姉さん、今夜のダンスパーティーの誘いを受けているのに、相手に返事しないんだよ。行かせる準備をしてほしい」
「え!? エミーお姉さん、ダンスパーティーに呼ばれているの!? 凄い!凄い!! とっておきのお姫様に変身させてあげる!!」
デイジーは屋台からエミーを連れ出すと、そのままナンシーの所へ引っ張っていった。
「ヴァーグさん! エミーお姉さんは休憩に入りま~す!!」
デザートを販売している場所でタルトを作っていたヴァーグに向かってデイジーが大声をあげた。
その声に振り向くと、エミーを引っ張るデイジーの姿が人混みの中に消えていった。
「たい焼きの売り子がいなくなっちゃったね」
今、たい焼きはケインが作りながら販売している。マリアも手伝うが、たこ焼きもかなり売れているため、追いつかないようだ。
「クリスティーヌさん、たい焼きの所に移ってもらってもいいですか?」
「ここは大丈夫ですか?」
「双子ちゃんとルイーズちゃんが販売のお手伝いをしているから大丈夫よ。それに大量にストックしてあるし」
「わかりました」
ケーキの調理補助をしていたクリスティーヌ王女は、ヴァーグに言われてたい焼きを売る屋台へと移動した。
ヴァーグが言う様に、マリー、ミリー、ルイーズ王女の三人はデザート売り場と隣の飲み物売り場の前でお客の案内をしてくれていた。一口サイズのケーキやタルトを、お客自らトレイに取ってもらうスタイルが、行列の緩和となり、飲み物売り場と接している関係で、メアリーやサリナス、エルザやローズたちがテキパキと会計を済ませてくれている。エルザとローズが担当するサンドイッチもあらかじめ多くのストックを用意しており、このサンドイッチも一口サイズの大きさを何種類かまとめて売っている事も効して、お客自ら選んで会計場所に持ってきてもらう様にしたため、このエリアは余り混雑していなかった。
逆にたこ焼きとたい焼きは直接手渡すので、行列が途切れることがなかった。
たい焼きの売り場に移動してきたクリスティーヌ王女は、その熱さに一瞬顔をしかめた。
「熱いですよね。でもすぐに慣れますよ」
ケインは軽く販売方法を説明した。
今日のたい焼きは三種類用意された。前回も好評だったカスタードクリームのほかに、チョコレートが入った物と、リチャードの屋敷に保管されていた小豆を使った粒あんの合計三種類。外からは見分けがつかないので、チョコレート入りの生地にもチョコレートを加え、見た目を変えた。粒あん入りはあんを大量に入れているため、薄い生地からも中が透けて見える。
また、それぞれを包む紙の色も変えていた。粒あん入りは茶色い紙を、クリーム入りは白い紙を、チョコレート入りは赤い紙で包まれていた。
最初は作っているケインが紙に包んで、クリスティーヌ王女の前にある保温機能付きの透明なケースに入れていたが、
「仰ってくだされば、こちらで紙で包みます」
とクリスティーヌ王女が伝えると、ケインは出来上がったたい焼きを銀色のバットに入れ、「粒あん出来たよ」と声を掛けるようにした。
時間が経つにつれ、2人の息は合っていき、隣で見ていたジャンとマリアも負けじと販売に精を出した。
マックスが管理する足湯も好評だった。どこから手に入れたのか、香りのいいヒノキを使った浴槽からは湯気が絶え間なく立ち上り、歩き疲れた人たちが癒されていた。
それと同時にソフトクリームも売れ行きが好評で、子供たちはマックスの作るソフトクリームを食い入るように見つめ、完成すると「おおーーーー!!」と歓声が上がった。
その足湯の隣には大きなテントが張られ、臨時の保育所が開設していた。
子供たちを預かるのはエテ王子とコロリス、そして、以前、エテ王子と一緒に村へ出かけたことがあるシスター・マルガリーテの三人だった。
エテ王子はグリフォンのヴァンに子供を乗せて空と飛びまわっていた。
オルシアたちドラゴン親子も子供たちに好かれており、色々と見て回りたい親たちも預かり料金を見て子供たちを預けていった。臨時保育所の利用料金は子供たちの食事代だけだった。子供たちにお小遣いを渡してくれれば、こちらで面倒を見るという趣旨の為、多くの親たちが預けていった。
今日一日の保育所であり、屋台で一日の売り上げに利益が出る事、エテ王子とコロリスが手伝うお礼は、たこ焼きやたい焼きでいいという申し出があったため、急遽、料金設定を変えたのだ。元々は、一回の預りで3000エジルにしようと考えていたようだ。
お小遣いを握りしめた子供たちはシスター・マルガリーテと共に屋台に出向き、買い物をするやり方を教えてもらっていた。まだ4~5歳の子供たちは、1人で買い物をしたことがない。初めて握りしめたお金を持って、何を食べようか、ワクワクしながら店先に並んだ。
中には迷子で臨時保育所にやってきた子供もいる。お小遣いがないので物が買えず、泣き出しそうになるが、そういう時はシスター・マルガリーテが立て替えてくれる。ヴァーグの店は子供でも買える値段に設定されていた。一口大の大きさにした関係で、ケーキやタルトは高くて90エジル、飲み物に関してはオレンジジュースやリンゴジュースなど、子供が好む物は80~100エジルほどだった。
「こんなに安くしていいんですか?」
値段設定に疑問を抱いたメアリーとサリナスが訊ねると、
「わたしが前にいた場所では、コーヒー一杯100エジルで買えたんですよ」
と驚きの回答が帰ってきた。今、コーヒーは300エジルで販売している。
子供たちはお目当ての物を買うと、テントに戻ってきてそこで食べることになる。
テントの中は地面からの冷却を防ぐため、厚手のカーペットが敷かれ、大きなクッションやふかふかのソファ、ダイニングテーブルのような背の低いテーブルや椅子が置かれてある。これらの家具はすべて村の職人たちの手作り。
テントの奥にはカーテンで仕切られた空間があり、ここでは乳幼児の授乳スペースとなっている。エミーやマリアから、乳幼児がいる女性は外に出たくても、授乳出来る場所がないため、外出を諦めてしまう人が多いと聞いた。そこでテントの中に仕切りを作り、外からの視線を防ぐ場所をヴァーグが作った。
元々、授乳スペースは作っていなかった。だが、朝早く、1人の迷子がやってきて、迎えに来た親が乳幼児を連れていた。迷子になった子は目を離した隙に家を飛び出したようだ。そこでヴァーグはテントの奥にカーテンを引き、家具職人に使っていないソファはないかと訊ねた。すると職人は簡易ではあるが、二人掛けの小さな背もたれ付きの木のベンチを作ってくれた。そこにクッションなどを引き詰めて座りやすくしてくれたのだ。
その木のベンチを奥に置き、急ごしらえの授乳スペースを作り上げた。
「ここでゆっくりしていってください」
とコロリスに促され、外でも人目を気にせず授乳できる場所がある事に驚いた親が、同じ年頃を持つママ友たちに宣伝してくれたお蔭で、臨時保育所も賑わっていた。
広い中央広場に多くのテーブル席やベンチが置かれていることもあり、一休みする人や、次にどこに行こうかと食事を取りながら相談するカップルなど、多くの人たちがくつろいでいた。
新年を祝う祭りの時のように、長時間行列に並ぶこともなく物が買え、尚且つ、新しい食べ物を提供するヴァーグの店や、記念写真を撮ってくれるデイジーとナンシーの店、丁寧にブーケを作ってくれるビリー、それぞれの特技を生かした職人たちなど、村人たちも楽しんでいた。中には貴族から家具の受注が入った職人もいるらしく、商談をしている光景を目にした。
そしてデイジーに無理やり連れられたエミーは、ナンシーの母親が作った薄紫のドレスを身に纏い、デイジーたちの店の呼び込みに参加していた。
ナンシーの母親如く、
「モデル並みの体形で、姿勢もいいから、お店で一番高いドレスを着せてみました!!」
と、かなりのハイテンションでエミーの着付けをしてくれた。
薄紫の生地で作られたドレスには、キラキラと輝くビーズで模様が作られており、その模様は薔薇の花を象っていた。スカートは数枚ものパニエでボリュームがあり、一番上には白いレースが覆いかぶさっていた。背中には黄色い布で大きなリボンが飾られており、背中は大きく開いていた。
ナンシーの母親が言う様に、エミーはスラっとした体形で、背筋も伸びて、モデル顔負けのプロポーションだった。
「エミーお姉さんが呼び込みをしてからお客さんが増えたよ!」
「ありがとう!!」
デイジーとナンシーからお礼を言われるが、エミーは苦笑いを浮かべるだけだった。
本当はたい焼きを売りたかったんだけどな…物を売っている方が性に合っているエミーは、今の状況に馴染めなかった。
そこに、
「まぁ!! エミーさん!! お似合いですわ!!」
とカトリーヌが、リチャードとミゼル侯爵夫人と共に広場にやってきた。
カトリーヌとリチャードは仕事の最中なのか、軍服を着用していた。
「とても素敵ですわ、エミーさん。リチャード、あなたもそう思うでしょ?」
何気なくミゼル侯爵夫人はリチャードに話を振った。
リチャードは綺麗に着飾ったエミーを前に、ぽーっとなっており、ミゼル侯爵夫人の声が届いていなかった。
「兄上様!!」
カトリーヌが耳元で叫ぶと、リチャードはやっとハッと我に返った。
「え!? あ…え…と……」
「兄上様、エミーさんに声を掛けられたらいかがですの? こんな素敵なエミーさん、他の方に取られちゃいますよ」
いつもの勢いはどこへやら。着飾ったエミーを前に言葉が出てこない。
2人してモジモジとしていると、エミーの背中を何かが突いてきた。後ろを振り向くと、そこにはシエルが立っていた。
シエルは首を降ろして、自分の背中を顎で示した。どうやら背中に乗れっと言っているようだ。
それに気づいたリチャードは、エミーを横抱きに抱え上げると、そのままシエルの背中に飛び乗った。
シエルは2人が乗ったことを確認すると、空高くへと飛び上がった。
「いってらっしゃ~い!!」
地上からはカトリーヌが手を大きく振り続けた。
「さて、次の行動へと移しましょうか。いきますわよ、カトリーヌ」
「はい! お母様!」
この後、どういう展開になるのか予想が着くミゼル侯爵夫人とカトリーヌは、広場の一角で飲み物を売っているメアリーの元へと急いだ。
空へと飛び上がったシエルの背中では、ドラゴンに乗り慣れているリチャードとは対照的にエミーは落ちないようにリチャードにしがみついていた。
「大丈夫ですよ、エミー嬢」
リチャードが優しく声を掛けるが、エミーは固く目をつぶり、リチャードにしがみつく手に力を入れていた。
「前を見てください。素晴らしい景色が広がっていますよ」
もう一度リチャードは声を掛けた。
恐る恐る目を開け、リチャードの顔を下から覗き込むと、彼はゆっくりと頷いた。
エミーが前方に視線を移すと、そこには遥か彼方に太陽の日を浴びて輝く海が見えた。海へと続く大きな街道の両脇には所々に小さな村が点在し、もうすぐ収穫が始まる麦が、風に揺れて黄金色の波を作っていた。
「これがわたしたちの国です。わたしたち騎士団は、入団後、必ず上司から『この国を守るように』と言われます。どの騎士団でも言われます。わたしたち騎士団はまず第一に国を守る。それが当たり前だと思っていました。ですが、今、わたしには国よりも先に守りたい物があります」
「…国よりも…?」
「はい。エミー嬢、わたしはあなたを守りたいです。騎士団隊長としてではなく、一人の男として」
今までとは違う告白に、エミーは思わずリチャードの顔を見上げた。
リチャードはエミーの顔を見ることなく、真っすぐと前だけを見つめていた。
「……私の様な女性は星の数ほどいると思います」
「いいえ、わたしが守りたい人はあなただけです」
「私のどこがお気に召したのですか?」
「最初はあなたの働く姿に惹かれました。何に対しても一生懸命に働くあなたが輝いて見えました。その後、あなたの笑顔に惹かれました。あなたの笑顔を見て、この笑顔を守りたいと思う様になりました」
「私の笑顔は仕事用ですよ?」
「そんなことありません。あなたは気づいていませんが、時折見せる笑顔はとても輝いています。それは仕事用ではありません。双子に見せる笑顔も、市場で買い物をするときに見せる笑顔も、自然に見せている笑顔です」
「……」
「エミー嬢、どうかこれからは、その笑顔をわたしだけに見せていただけませんか?」
「…それは…」
「このような所で申し訳ないのですが、エミー嬢、どうかわたしの妻になっていただきたい」
キリっとした目でエミーを見るリチャードが、とても冗談を言っているようには見えない。
真剣な眼差しで告白するリチャードに、今度はエミーが素直になる番だ。
だが、どうしてもエミーには気になることがある。
「あの、リチャード様。わたしは侯爵家に嫁ぐことになるのですよね? わたし、貴族の娘ではないので、侯爵家のしきたりとか、そういうのには…」
「気にしなくていいですよ。我が家は確かに侯爵家ですが、当主は単身赴任中、長女は男勝りな騎士団隊長、自分の事は自分でやる一家です。使用人たちも好き勝手やっていますから、しきたりなどないに等しいです」
「うまくやっていけるでしょうか?」
「そこはわたしも協力します。2人なら怖い物はありませんからね」
「それもそうですね」
エミーはやっと笑顔を見せた。
「では、改めて。エミー嬢、わたしの妻になってくださいますか?」
「……はい、喜んで」
待ち望んでいた返事に、リチャードはエミーを力強く抱きしめた。
その拍子にシエルから落ちそうになったが、何とかして踏みとどまった。
そして、お互いに顔を見合わせると少し笑いあい、どちらからともなく唇を重ねた。
一部始終を見ていたシエルは、太陽に向かって細かい霧を口から噴き出した。その霧に反射した太陽の光が大きな大きな虹を空の端から端まで掛けた。
地上から空を見上げた人たちは空に掛かった虹に歓声を上げた。
シエルは飲み物を販売しているエリアの空いているスペースに降りてきた。
出迎えたマックスは、リチャードの手を借りてシエルから降りる娘の表情が変わったことに気付いた。
「…そうか……」
何かを悟ったマックスは、娘たちの所へ歩み寄った。
出迎えたのが父親だと言うことに気付いたエミーは、急に怖気づいた。
「お父さん」
エミーの声が震えていた。
リチャードはエミーより先にマックスの前に一歩踏み出し、マックスに向かって深く頭を下げた。
「突然で申し訳ございません。断られる覚悟で申し上げます。お嬢さんをわたしにください!」
急な結婚宣言に、周りにいた人たちが驚いた。ざわついていた広場が、一瞬で静かになるほどだ。
マックスはエミーを見た。エミーも深く頭を下げた。
「あなた」
メアリーが駆け寄って、マックスの肩を軽く叩いた。メアリーはこうなるかもしれないと、事前にミゼル侯爵夫人から聞いていたので、気持ちは決まっていた。
マックスはすうっと息を吸い込むと、
「娘を宜しくお願いします」
と震える声で答えを出しながら、深く頭を下げた。
マックスの返事から一拍置いて、広場に歓喜が沸き起こった。あちらこちらから「おめでとう!」という祝福の声が上がった。
「エミー! おめでとう!!」
屋台から飛び出してきたマリアがエミーに飛びついてきた。
「これからはお義姉様と呼ばさせていただきますわ!」
反対側からカトリーヌが飛びついてきた。
リチャードはマックスと固い握手を交わしており、ミゼル侯爵夫人はメアリーと喜びの笑みを見せあっていた。
「なに!? 息子に嫁がくるだと!?」
王宮で国王や王妃と談笑していたリチャードの父ミゼル侯爵は、吉報を伝えに来た部下から広場で起きたことを耳にした。
ミゼル侯爵は、つい先ほど勤務先である隣国との国境から戻ってきたばかり。帰郷の報告をしに王宮に来ていたところに飛び込んできた息子の結婚話に、こうしちゃいられないと、国王の前から走り去った。
「ミゼル侯爵の息子というと…」
「王宮警備騎士団の第一部隊隊長ですわ。どんな方をお迎えになられたのかしら」
王妃はチラリと横に仕えていたエテ王子の側近ダイスに視線を配った。
ダイスは深く一礼をすると、すぐにその場を離れた。走り去るミゼル侯爵を追う様に、ダイスも広場へと向かった。が、彼は決して走ることなく【速足】で王宮を出ていった。その【速足】はどう見ても小走りに見える…。
「そういえば、王妃様。第三王子様もご結婚が決まったと伺いましたわ」
「王族の結婚式は国王様と王妃様以来ですわね」
「いまからとても楽しみですわ」
王妃の周りにいた貴婦人たちは、エテ王子の結婚話で盛り上がっていた。
そのエテ王子の結婚話を、国王と談笑していた一人の貴族が反応した。
「なに? エテも結婚するのですか?」
国王に確認したのは、隣国のボルツール公国の君主ボルツール公爵だった。王妃の父方の遠い親戚にあたる。青い髪と青い瞳、そして時折見せる目を細めて笑う顔はエテ王子に似ている。
「近々、正式に婚約発表をする予定ですわ」
国王の代わりに王妃が答えた。
「それでお相手は?」
「それも近々ご紹介しますね」
「で、当の本人はどこに?」
「中央広場でお友達が出店しているので、そのお手伝いに出向いていますの。クリスティーヌとルイーズも一緒に出掛けましたのよ」
「ほぉ」
王子と王女が王宮で訪問客の相手をするよりも、もっと重要な手伝いなんだろうと、ボルツール公爵は広場に行きたい衝動に駆られた。
ソワソワしているボルツール公爵を見て、王妃はクスクス笑いながら、
「夕方には戻りますから、その時にご紹介しますわ」
と、彼が広場へ行くことを阻止した。
ここで公爵を止めておかなければ、それに便乗した国王が王宮を飛び出して行きそうだからだ。
「さあ、もうすぐメインイベントを開催しますわ。裏庭の野外劇場へお越しください」
王妃は間もなく始まるメインイベントの会場へ、来客たちを案内し始めた。メインイベントの開始までまだ時間はあるが、裏庭の野外劇場までの道に、王宮に仕える装飾品を作る職人がおり、それを見ながらの移動なので、ある程度の余裕が欲しかったのだ。
大広間から移動を始めると、王妃に一人の男性が声をかけてきた。
「お久しぶりでございます、王妃様」
声をかけてきたのは、全身黒の宮廷服に身を包んだ背の高い、40代ぐらいの黒髪に黒い瞳の男性だった。その傍らには、同じように黒いシンプルなドレスに身を包んだ可愛らしい少女の姿もあった。
「まぁ、ノアル・ファルコン伯爵。ご無沙汰しておりますわ。お体を壊していたとお聞きしましたが、もうよろしいのですか?」
「はい。慣れない気候の変化にようやく慣れました」
「国は大丈夫でしたか? ここ最近、気候の変動が激しいとお伺いしましたわ。今年の夏はとても気温が高かったとお聞きしております」
「まだ国は混乱しておりますが、研究者たちが知恵を出し合って解決に向かいつつありますので、ご心配はいりません。何よりも、王妃様からお送りいただいた『ぜりー』なる食べ物が、食欲の落ちた我が国の国王夫妻がお気に召しまして、そのお礼を我が国の国王夫妻に変わりまして申し上げに参りました」
「国王様方にお気に召していただけてよかったですわ」
「どこで見つけたのですか、あのような食べ物を」
「わたくしに知り合いが作ってくださいましたの。その方は、見たこともないお菓子や食事を生み出す天才なんですの。今回の芸術祭でも、中央広場でお店を開いているんですよ」
「中央広場に? たしか、そこは国王様の推薦状がないとお店は出せないのでは?」
「ええ。新年祭で一度ご招待しまして、国王様がお気に召されて、今回も出店をお願いしましたの」
「ほぉ、国王様がお気に召されるとは大したお店ですね。ぜひ、わたしも食したいものです」
「夕方には届くと思いますわ。さあ、ファルコン伯爵も野外劇場へどうぞ」
「ありがとうございます。テオ、王妃様にご挨拶しなさい」
テオと呼ばれた少女は腰を落として貴婦人の挨拶をした。そのしなやかな動きに、王妃は釘付けになった。
この国では珍しい黒髪の少女からは気高い気品が漂っている。上半身は体のラインを強調する作りになっている
が、後方にゆるやかに流れるドレスのラインや、胸元を飾る小ぶりなピンクダイヤモンドが可愛らしさを演出していた。そして結い上げた黒髪は等間隔に付けられた真珠の髪飾りが、より黒髪の美しさを際立させていた。
「こちらのお嬢さまは?」
「わたしの妻です。この年で初めて妻を娶るのはお恥ずかしい事ですが、やはり伯爵家を存続させるには、そうは言ってられませんね」
「可愛らしい奥様ですね。今日の芸術祭を楽しんでいってくださいね」
王妃の問いかけに、少女は小さな声で「はい」と答えただけで、視線は王妃を捕らえることはなかった。
俯き加減で視線を床に落とすテオという少女は、年はクリスティーヌ王女と変わらないようだが、どこか大人びているように見える。
「ファルコン伯爵…か」
王妃とファルコン伯爵の会話の様子を見ていたボルツール公爵。何か疑いを持つような眼差しを向けていた。
その視線に気付いたテオは、視線が飛んできた方角を見た。が、そこには誰もいなかった。
急に顔をあげたテオに、王妃が心配して声を掛けた。
「どうかなさいました?」
「あ…いえ……」
また俯き加減に視線を落とすテオ。
王妃は彼女のある部分に違和感を感じた。
(これはエテに知らせなければならないかしら?)
その違和感のある部分は、エテ王子やリチャードに話せば、必ず食いついてくるだろうと、王妃は予測している。
王妃が気付いたテオと名乗る少女の違和感とは……?
<つづく>
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