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第32話 トモダチ
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『妖精の里』では、里に住む妖精たちが次々に倒れていく現象が起きた。
里の主である春の女王は、広場に集められ、治療を受ける妖精たちの姿を見て目に涙を浮かべていた。
「なぜ、こんなことに…」
広場には荒い息を続ける妖精たちが並べられ、治療を試みる妖精たちが休む間もなく動き回っている。その動き回っている妖精たちも、いずれは倒れてしまうのではないかと心配になってきた。
妖精たちが倒れた原因は分からない。
外を見回る警備の妖精たちの報告では、里の外も植物も枯れているようだ。
「王女様」
警備隊長をしているヒイラギの妖精が、王女の元へとやってきた。
王女は溢れ出しそうな涙を拭い、いつもの平常心な顔でヒイラギを見た。
「見回りご苦労。それで、どうでしたか?」
「それが……」
「なにかあったのですね」
「……」
ヒイラギは言葉を続けなかった。
その行動に、春の女王は大きな何かが起きたと予測できた。
「人間が原因ですね」
女王の口調が強くなった。
ヒイラギは思わず女王を見上げた。
「わかりました。あなたは冬の女王の元に戻り、この事を報告しなさい」
「…はっ」
ヒイラギは一礼をしてその場から走り去った。
ヒイラギは元々『冬の湖』と呼ばれる、この里から遠く離れた里に住んでいる。数日前に冬の女王からの伝言を伝えるために里にやってきたが、里の異変に気づき、自ら里周辺の偵察を申し出た。
「タイム」
女王はこの里の警備隊長を呼んだ。
緑色の軍服を着、弓を手にしたタイムの妖精がすぐに駆けてきた。
「タイム、すぐに里周辺の警備を固めるのです。この里に関係ない妖精はすべて追い出しなさい」
「里に逃れてきた妖精たちはいかがいたしましょうか?」
「すぐに追い出しなさい! ただいまより、この里は閉鎖します。里の者以外を追い出し、すぐに入り口を締めるのです」
「しかし、女王…」
「これは命令です!!」
力強く言い放った女王は、踵を翻して里の奥にある城へと戻っていった。
その場を動くことができないタイムに、同じ警備隊の妖精たちが動揺し始めた。
「皆、女王の命令に従うんだ。わたしは里の外を見回ってくる」
「隊長…」
「何かあったら報告するように」
その場の指揮を副隊長に任せたタイムは、里の外へと足を向けた。
里の入り口へ向かうタイムの顔色は青ざめていた。女王からの命令にショックを受けたのか、それとも先日までタイム自身も体調を崩していたことが原因なのか…。
里の入り口に一人の妖精がいた。
白いワンピースに、白い長い髪、腰に黄色いバンダナのような物を撒いているその妖精は、ある方角をずっと見つめていた。
「ここで何をしている」
タイムが声を掛けると、その妖精はビクッと肩を震わせて、ゆっくりと振り返った。
「あ…あの…」
「里の門を閉める。中に入るんだ」
「門を閉めるって……どうしてですか?」
「女王様の命令だ。この異変は人間の仕業らしい。外から来るものを全員追い出し、里を閉鎖することになった。これで外との関わりは一切なくなる」
「人間の仕業…って、何があったんですか?」
「まだ詳しい事は教えられない」
タイムは門の傍に居る見張りの警備兵たちに女王からの命令を告げ、門を閉める準備をするように命じた。
里の入り口を閉じられたら、里の外にいるスミレと会うことが出来なくなる。
このまま里に戻るとよくない気がした。二度とスミレに会えない気がした。
「わたし、行きたいところがあるので行ってきます!!」
「あ! どこに行く!!」
タイムが止めるのも聞かず、白い髪の妖精はどこかへと飛び去ってしまった。
後を追おうとしたが、急に力が抜け、その場に蹲ってしまった。心なしか息苦しくも感じる。
「隊長!」
蹲るタイムに、警備兵が駆け寄ってきた。
「大丈夫だ。ただの疲れだ。準備を進めておけ」
手を貸そうとした警備兵を振り払い、タイムは里の外へと歩みを進めた。
あそこに行こう。あそこに行けば力は戻る。
森の奥にある自分が安らげる場所を目指して、タイムは里を後にした。
白い髪の妖精はスミレを探すために『春の草原』へとやってきた。
いつもなら綺麗に花が咲き乱れ、蝶や鳥が飛び交う暖かな風が吹き続ける場所のはずなのに、今は辺り一面が枯れ果てている。風もとても冷たい。
「スミレ、どこにいるの?」
枯れ果てた草原を飛び続け、スミレを探す白い髪の妖精。
次第に羽根の力が抜けていき、地面に足をつけ歩み続けていたが、とうとう力尽きその場に倒れ込んでしまった。
このままスミレに会えないのかな…。
薄れゆく意識の中で、黒い影が覆いかぶさるのに気付いた。
あなたは…誰?
そこで白い髪の妖精は意識を失った。
市場に買い物にやってきたケインは、顔馴染みの店に来た。
実家が作った野菜を売ってくれる店の店主は、ケインが持ってきた新鮮な野菜に笑顔を見せた。
「今回も出来がいいじゃないか。ケイン、お前の家の野菜は最高だよ!」
品質改良をした野菜が、高値を付けても買う人が多くなり、店主の店は以前に比べ売り上げが倍増した。今までにない売上高に笑いが止まらなくなることもあるらしい。
「お礼はヴァーグさんに言って。彼女のお蔭でいい物が出来ているんだから」
「いやいや、それだけじゃないだろ。それを続ける努力をしているから、毎回いい野菜が出来るんだ。親父さんにも伝えてくれよ。わしが褒めていたって」
「伝えていくよ。じゃ、仕事があるから帰るね」
「ああ、ありがとうな」
「どういたしまして」と返事をしたケインは店先から離れようとした。
その時、野菜ば並べられた商品棚の端に、見かけたことのない緑色の葉っぱが大量に置かれているのに気づいた。よく見ると何種類かの違う形の葉っぱだった。
「おじさん、これは何?」
「あ? ああ、それか。副村長に息子が売り込んできたんだよ。珍しい葉っぱだから高値で買い取れって」
「これ、ハーブだよね?」
「そうなのか? わしはこういうのには疎いから、何もわからないんだが、そのハーブって何なんだ?」
「なんて説明したらいいのかな? いい匂いがする葉っぱ…って説明した方がいいかな? お茶とかお菓子、料理の匂い付けとかにも使うんだよ。で、副村長の息子はいくらで買い取ってほしいって言ってきた?」
「全部で1万エジルでいいって言ってきた。王都に遊びに行く金でも欲しくなったのかね。珍しいってことだし、1万ぐらいだったら別にいいかって、言い値で買い取ってやったよ」
「そうなんだ。じゃあ、それ全部買ってもいい? 春にしか摘めないタイムもあるみたいだし、ヴァーグさんに頼んで料理に使ってもらうよ」
「そうしてくれると助かるよ。いままで取り扱ったことがなくて、売る時にどう説明していいのか困っていたんだ」
店主は無造作に置かれた緑色の葉っぱを1つの袋の中に詰め込んだ。
本当にわかっていなかったんだ…。 ケインは料理をする過程で、いくつかのハーブを目にしているので見分けはつく。だが、店主は取り扱ったことがないと言っていただけのことはある。
一つの袋に詰められたハーブと買って、ケインは職場へと戻っていった。
「で、買ってきたの?」
保育所の喫茶店にやってきたケインは、袋に詰められたハーブをヴァーグに渡した。
「いや、あの、人助けというか…その……すみません」
怒られていると思ったケインは素直に謝った。
ヴァーグは別に怒っている訳ではなかった。ハーブ類はヴァーグが自分で育てている。だから買う必要はないのだが、春にしか摘めないハーブが手に入れた事は嬉しい。副村長の息子がどこでこのハーブを取ってきたのかが気になったのだ。
よく見るとハーブの種類は春が旬の物が多い。これから冬に向かうこの村周辺では手に入らない物ばかりだ。なぜこれだけ春のハーブばかりがあるのだろうか。
「ケイン」
「はいぃぃぃいい!?」
怒られると思ったケインは思わず声が裏返ってしまった。
「分けるの手伝って。種類ごとに分けないと使えないよ」
「今からですか?」
「今から」
たしかに買ってきたのは自分だけど、今からオルシアと土地の調査に出かけようと思っていただけに、予定もしなかった出来事に動揺している。
すると、
「何するの?」
「お手伝いする~」
「僕もやる僕もやる!!」
保育所に預けられた三人の子供たちが興味津々に集まってきた。
「ケイン、ちゃんと教えるのよ」
「お…俺が!?」
「わたしは仕事があるもの。子供たちが手伝ってくれるのならすぐに終わるわ。皆、ケインのいう事を聞いてちゃんとやるのよ?」
「「「はぁ~い!!」」」
元気よく返事をする三人の子供たちは、「何やるの? 何やるの?」とワクワクしながらケインを見た。
自分が持ち込んだ仕事だ…大きな溜息を吐いたケインは、テーブルの上に袋の入ったハーブを出し、子供たちに同じ形をした葉っぱを仕分けるように教えた。
「あ~、なんか楽しそうな事してるね~。わたしも混ぜて~~」
そこにスミレもやってきた。
「スミレちゃんも一緒にやろ!」
「同じ葉っぱの形を見つけるんだって」
「楽しいよ~~」
無邪気に笑う子供たちに誘われ、スミレも一緒に作業することになった。
テーブルの上に山盛りで置かれているハーブは、スミレが的確に指示を出して仕分け作業が進められた。
「それはバジル。これはローズマリー、ケインが左手に持っているのがタイムで、右手に持っているのがセージ」
「これは?」
「それはミント」
「これは?」
「オレガノよ」
「これはローズマリー?」
「そう。で、これがパセリ」
「パセリって、ハーブの仲間なの!?」
物知りなスミレのお蔭て、作業は順調に進んでいった。
「スミレちゃん、詳しいね!!」
「すごいね!!」
子供たちが褒め称えると、スミレは「それほどでもないよ~」と謙虚な言葉を発したが、仁王立ちで胸を張っている態度は謙虚という言葉からかけ離れている。
「なんで詳しいの?」
「同じ妖精に教えてもらったの」
「スミレちゃんのお友達?」
「『トモダチ』?」
初めて聞く言葉に、スミレは首を傾げた。
「違うの?」
「『トモダチ』ってなに? ご主人様、『トモダチ』ってなんですか?」
スミレの発言に、ケインは驚いた表情で彼女を見た。
子供たちも驚いた顔をしている。
カウンター内で子供たちのおやつを作っていたヴァーグは納得した顔を見せた。以前からスミレが発する『仲間』という言葉に疑問を抱いてた。『友達』という言葉を知らないのだから当然だ。
「『トモダチ』っていうのは、仲のいい人の事だよ。一緒にいて楽しい相手がいるだろ? お互いに信頼し、楽しいひと時を過ごす相手、それが友達だ」
「お互いに信頼し、楽しいひと時を過ごす相手…」
スミレはハーブの種類を教えてくれた妖精を思い出した。白い長い髪にレモン色の瞳、いつもニコニコと笑顔を絶やさないその妖精と一緒にいると、とても楽しかった。他の妖精から冷たい言葉を掛けられても、その妖精だけは庇ってくれた。
その妖精を助けたい。その思いは未だに消えていない。
「スミレちゃんのお友達ってどんな妖精なの?」
「スミレちゃんと同じ菫の妖精?」
「お友達も可愛い?」
子供たちはスミレに『友達』の事を聞き出した。
スミレはその『友達』のことを嬉しそうに話し始めた。
「凄く可愛いよ! 白い長い髪はサラサラで、瞳はレモンと同じ色をしているの。春の植物に詳しくて、ハーブは匂いだけで判別できるんだよ! それにね、占いが大好きで、恋占いが得意なんだって!」
『友達』の話をするスミレの顔は輝いていた。本当にその妖精の事が好きなんだろう。話をしているスミレを見ればよくわかる。
ヴァーグはスミレの話を聞きながら、パソコンで何かを調べていた。
「あらあら」
お目当ての物が見つかったのか、ヴァーグはパソコンの画面に噛り付く様に張り付いた。
「これは神のお導きかな?」
画面に書かれた言葉に、ヴァーグは微笑んだ。
スミレが話している妖精は、この植物の妖精の事だろう。だとすれば、スミレとは『親友』になれるはずだ。
子供たちの親が迎えに来たのは夕方だった。
この後の予約も入っていない為、ヴァーグとケインは閉店の準備を始めた。
その時、ドアのベルが来客を告げた。
「もうすぐ閉店になり……なんだ、エテさんとコロリスさんか」
店にやってきたのはエテ王子とコロリスの2人だった。
知っている人が来たことでケインは緊張を解いた。
「宿に行ったら、ケインがこっちにいるって聞いたから。忙しかったか?」
「仕事はだいぶ終わりましたので大丈夫ですよ。ヴァーグさんを呼びましょうか?」
「いや、ケインに用がある。コロリス、彼女を」
「あ、はい」
コロリスは両腕に抱えていた布の塊をケインに差し出した。
なにを持っているんだろう? ケインがコロリスの腕の中を覗き込むと、そこにはスミレより一回り小さい妖精が、青い布に包まれていた。青い布が妖精の白い髪をより強調させた。
「妖精…ですか?」
「ええ。ヴァンが見つけてくれたんです。だいぶ弱っていたのでケインさんなら助けてあげられると思って…」
「ケインは妖精を助けたんだろ? この妖精も助けることはできないか?」
「助けたって言っても、俺はヴァーグさんに力を借りただけだし……。ヴァーグさんを呼んできますね」
ケインは厨房の中で片づけをしているヴァーグを呼びに行った。
ヴァーグはすぐにやってきた。
「お久しぶりです、ヴァーグさん」
「こんな時間に申し訳ございません」
「別にかまわないわ。それで助けてほしい妖精っていうのは?」
「こちらです」
コロリスは布に包まれた妖精をヴァーグに差し出した。
白い長い髪の妖精を見て、ヴァーグは「もしかして…?」と何か心当たりがある素振りを見せた。
ふと自分の顔の隣にスミレがいることに気付いた。
「あなたの『トモダチ』ね、スミレ」
「……はい」
「じゃあ、助けなくちゃね。ここでは治療できないから、場所を移しましょう」
ヴァーグは青ざめた顔をしたスミレに「肩に乗っていいよ」と声をかけ、エテ王子たちをある場所へと案内した。
ヴァーグたちがやってきたのは、ケインの実家が所有する畑の一角。川沿いに建てられたビニールハウスだった。
外は暗くなり、ビニールハウスも明かりが点いていないため、ただの黒い建物にしか見えなかった。
だが、ヴァーグは扉を開け、一歩足を踏み入れた途端、目の前が突然明るくなった。電気がない世界なのに、ハウスの中に昼間と変わらない明るさになった。どういう仕組みかは企業秘密らしい。
「すげーーーー…」
初めて入るハウス内に、ケインは歓声を上げた。
中は沢山の花が咲き乱れ、外の気温とは比べ物にならないぐらい暖かかった。まだ川は作り途中だが、広いハウス内は『春の草原』を再現していた。
「ヴァーグさん、1人で作ったんですか!?」
「学校から雨の日でも遠足ができる場所を作ってほしいって頼まれて、試しに作ってみたの。コロリスさん、妖精さんをこちらに運んでくれますか?」
ヴァーグはハウス内にある池の畔にコロリスを案内した。
池の畔には煉瓦でつくられた花壇があり、その中に白い花が咲いていた。白い花の隣には煉瓦で区切られ、同じ花だと思われる二種類の色違いの花が咲いていた。
「その妖精さんを白い花の中に寝かせてください」
「は…はい」
コロリスは言われるがままに、白い髪の妖精を白い花の中に寝かせた。
ケインはハッとした。スミレの時と同じだ。弱ったスミレは菫の花の力で体力を回復させた。と、いう事は、この弱った白い髪の妖精も花の力を借りて体力を回復させようとしているのだとわかる。
「ヴァーグさん、そんなことしたら花が枯れてしまうのでは!?」
スミレの時は花が枯れてしまった。今回もそれを心配してたが、ヴァーグは「大丈夫」と自信満々に答えた。
白い花の中に寝かされた妖精の周りに、白い光が輝きだした。
「やっぱりこの花だったのね」
スミレが話す『トモダチ』の話だけでヴァーグはこの妖精の植物を当てた。
決め手になったのは「恋占い」のようだ。ヴァーグがいた前の世界でも、恋占いと言えばこの植物だと決められているほどポピュラーな物なのだ。
しばらくすると白い光は消えた。
周りの花は枯れなかった。
「なんで?」
スミレの時は枯れたのに、今回は全く枯れていない事に疑問を持つケイン。
「今回は自生している花を使ったから枯れないのよ。前回は切り花を使ったから枯れただけ」
そう説明してくれたが、ケインはその違いがまだ分かっていないようだった。
スミレはヴァーグの肩から降り、花の中で眠る『トモダチ』に近づいた。
里の入り口で出会ったとき、日に日に痩せていく『トモダチ』が心配になったが、今の『トモダチ』は花の栄養を沢山与えられ、初めて『春の草原』で出会った時と変わりなかった。
スミレは『トモダチ』の手を握った。
そしてヴァーグを見上げた。
ヴァーグは大きく頷いた。
「ありがとうございます」
スミレは『トモダチ』の手を握りしめながら、大粒の涙を流しながらヴァーグにお礼を言い続けた。
「ところで、エテさん、コロリスさん、気になったことあるんですけど聞いてもいいですか?」
「なんですか?」
「お2人は妖精が見えるんですか?」
妖精を見る能力がないと見る事が出来ない。2人には特殊な能力があるのか?とヴァーグは不思議になった。
2人はここに至るまでの話を簡単に話した。
国王がくだらない話を延々と続けたため、用事があるからと話を切り上げてグリフォンのヴァンに乗って王都を抜け出した。もうすぐ村に着くと言うときに、ヴァンが突然進路を変え、一面枯れ果てた土地に降り立ち、地面を突き始めた。
地面には何もなく、不思議に思っていると、ヴァンが嘴で2人の額を軽く突いた。すると地面に小さな人間が倒れている事に気付き、背中に羽根を持っていたことから、エテ王子が過去に呼んだことがある【空想の生き物】という教科書に載っていた妖精の姿と同じだったため保護した。リチャードの話でケインが妖精と契約したと聞いていた為、助けを求めた……という経緯のようだ。
「で、国王様のくだらない話はどんなお話だったんですか?」
そこに食いつく?という質問をするヴァーグ。
「自分の結婚式がいかに素晴らしかったか、その時に婚礼衣装を着た王妃がいかに美しかったかを、延々と聞かされました。俺たちが口を挟む隙は何処にもなかったです」
大きな溜息を同時に吐く2人から、それがどのような物だったのか安易に想像がつく。
「せっかく陛下にお会いできたのに…」
国王にどうしても頼みたい事があったコロリスは、次の機会がいつになるのか予想がつかず、がっかりしていた。
「まあ、また機会を作るから。心配するな」
「はい」
お互いに微笑みあうエテ王子とコロリス。そんな2人を見て心臓が異様なほどに跳ね上がるヴァーグは、2人が直視できなかった。
(ダメ……前の世界で追っかけしていたあの時のときめきが蘇ってくる!!!)
いつも冷静なヴァーグが、これほどまでに胸躍らせ、平常心を無くすほどなのだから、前の世界での追っかけはかなり本気だったのだろう。
しばらくして白い髪の妖精が目を覚ました。
「スミレ?」
レモン色の瞳がスミレを捕らえた。
スミレは白い髪の妖精に飛びつき抱きしめた。
「よかった…よかった……」
何度もよかったという言葉を口にし、白い髪の妖精を力時よく抱きしめたスミレは大粒の涙を流し続けた。
白い髪の妖精も、会いたかったスミレに会うことができ、彼女を力強く抱きしめた。
「これで安心ね」
「ヴァーグさん、ありがとうございます! ありがとうございます!!」
「お礼はまだ早いわ。白い髪の妖精さん、『妖精の里』で何かあったのね?」
「…え?」
「安心して。ヴァーグさんはわたし達の味方だよ」
「味方……」
「何があったのか、話してくれるかしら?」
「でも、詳しくはわからなくて…」
「わかる範囲でいいから」
「…はい。実は……」
白い髪の妖精は今『妖精の里』で起きている事を話した。
多くの妖精たちが急に倒れ、里の外でも同じように原因不明で倒れた妖精たちがいる事。
今回の原因が人間にあると睨んだ春の女王が里を封鎖すると命じた事。
里の門が閉じられる前に抜け出し、スミレに助けを求めに来た事まで話した。
話を聞き終えると、ヴァーグはある質問を投げかけた。
「原因不明で倒れた妖精たちって、もしかして春のハーブたちが多いかしら?」
「はい」
「春の花たちは?」
「わたしが見た限りでは、撫子、桃、鈴蘭、勿忘草、薔薇の妖精を見かけました」
「因みに、里の周辺にはそれらの植物は自生してる?」
「はい。女王様が管理されていますが、野生の花たちがあります。わたしたち妖精は体力が落ちたり、体調を崩すとそのエリアに行って、植物たちから栄養を分けてもらいます」
ヴァーグは「そういうことね」と、なにか結論を導き出したようだ。
「心当たりでも?」
納得したような顔を見せるヴァーグに気付いたエテ王子が訊ねた。
「解決策でも見つけたんですか?」
ケインはワクワクしていた。
ヴァーグはにっこりと微笑んで「ええ」と返事をした。
<つづく>
里の主である春の女王は、広場に集められ、治療を受ける妖精たちの姿を見て目に涙を浮かべていた。
「なぜ、こんなことに…」
広場には荒い息を続ける妖精たちが並べられ、治療を試みる妖精たちが休む間もなく動き回っている。その動き回っている妖精たちも、いずれは倒れてしまうのではないかと心配になってきた。
妖精たちが倒れた原因は分からない。
外を見回る警備の妖精たちの報告では、里の外も植物も枯れているようだ。
「王女様」
警備隊長をしているヒイラギの妖精が、王女の元へとやってきた。
王女は溢れ出しそうな涙を拭い、いつもの平常心な顔でヒイラギを見た。
「見回りご苦労。それで、どうでしたか?」
「それが……」
「なにかあったのですね」
「……」
ヒイラギは言葉を続けなかった。
その行動に、春の女王は大きな何かが起きたと予測できた。
「人間が原因ですね」
女王の口調が強くなった。
ヒイラギは思わず女王を見上げた。
「わかりました。あなたは冬の女王の元に戻り、この事を報告しなさい」
「…はっ」
ヒイラギは一礼をしてその場から走り去った。
ヒイラギは元々『冬の湖』と呼ばれる、この里から遠く離れた里に住んでいる。数日前に冬の女王からの伝言を伝えるために里にやってきたが、里の異変に気づき、自ら里周辺の偵察を申し出た。
「タイム」
女王はこの里の警備隊長を呼んだ。
緑色の軍服を着、弓を手にしたタイムの妖精がすぐに駆けてきた。
「タイム、すぐに里周辺の警備を固めるのです。この里に関係ない妖精はすべて追い出しなさい」
「里に逃れてきた妖精たちはいかがいたしましょうか?」
「すぐに追い出しなさい! ただいまより、この里は閉鎖します。里の者以外を追い出し、すぐに入り口を締めるのです」
「しかし、女王…」
「これは命令です!!」
力強く言い放った女王は、踵を翻して里の奥にある城へと戻っていった。
その場を動くことができないタイムに、同じ警備隊の妖精たちが動揺し始めた。
「皆、女王の命令に従うんだ。わたしは里の外を見回ってくる」
「隊長…」
「何かあったら報告するように」
その場の指揮を副隊長に任せたタイムは、里の外へと足を向けた。
里の入り口へ向かうタイムの顔色は青ざめていた。女王からの命令にショックを受けたのか、それとも先日までタイム自身も体調を崩していたことが原因なのか…。
里の入り口に一人の妖精がいた。
白いワンピースに、白い長い髪、腰に黄色いバンダナのような物を撒いているその妖精は、ある方角をずっと見つめていた。
「ここで何をしている」
タイムが声を掛けると、その妖精はビクッと肩を震わせて、ゆっくりと振り返った。
「あ…あの…」
「里の門を閉める。中に入るんだ」
「門を閉めるって……どうしてですか?」
「女王様の命令だ。この異変は人間の仕業らしい。外から来るものを全員追い出し、里を閉鎖することになった。これで外との関わりは一切なくなる」
「人間の仕業…って、何があったんですか?」
「まだ詳しい事は教えられない」
タイムは門の傍に居る見張りの警備兵たちに女王からの命令を告げ、門を閉める準備をするように命じた。
里の入り口を閉じられたら、里の外にいるスミレと会うことが出来なくなる。
このまま里に戻るとよくない気がした。二度とスミレに会えない気がした。
「わたし、行きたいところがあるので行ってきます!!」
「あ! どこに行く!!」
タイムが止めるのも聞かず、白い髪の妖精はどこかへと飛び去ってしまった。
後を追おうとしたが、急に力が抜け、その場に蹲ってしまった。心なしか息苦しくも感じる。
「隊長!」
蹲るタイムに、警備兵が駆け寄ってきた。
「大丈夫だ。ただの疲れだ。準備を進めておけ」
手を貸そうとした警備兵を振り払い、タイムは里の外へと歩みを進めた。
あそこに行こう。あそこに行けば力は戻る。
森の奥にある自分が安らげる場所を目指して、タイムは里を後にした。
白い髪の妖精はスミレを探すために『春の草原』へとやってきた。
いつもなら綺麗に花が咲き乱れ、蝶や鳥が飛び交う暖かな風が吹き続ける場所のはずなのに、今は辺り一面が枯れ果てている。風もとても冷たい。
「スミレ、どこにいるの?」
枯れ果てた草原を飛び続け、スミレを探す白い髪の妖精。
次第に羽根の力が抜けていき、地面に足をつけ歩み続けていたが、とうとう力尽きその場に倒れ込んでしまった。
このままスミレに会えないのかな…。
薄れゆく意識の中で、黒い影が覆いかぶさるのに気付いた。
あなたは…誰?
そこで白い髪の妖精は意識を失った。
市場に買い物にやってきたケインは、顔馴染みの店に来た。
実家が作った野菜を売ってくれる店の店主は、ケインが持ってきた新鮮な野菜に笑顔を見せた。
「今回も出来がいいじゃないか。ケイン、お前の家の野菜は最高だよ!」
品質改良をした野菜が、高値を付けても買う人が多くなり、店主の店は以前に比べ売り上げが倍増した。今までにない売上高に笑いが止まらなくなることもあるらしい。
「お礼はヴァーグさんに言って。彼女のお蔭でいい物が出来ているんだから」
「いやいや、それだけじゃないだろ。それを続ける努力をしているから、毎回いい野菜が出来るんだ。親父さんにも伝えてくれよ。わしが褒めていたって」
「伝えていくよ。じゃ、仕事があるから帰るね」
「ああ、ありがとうな」
「どういたしまして」と返事をしたケインは店先から離れようとした。
その時、野菜ば並べられた商品棚の端に、見かけたことのない緑色の葉っぱが大量に置かれているのに気づいた。よく見ると何種類かの違う形の葉っぱだった。
「おじさん、これは何?」
「あ? ああ、それか。副村長に息子が売り込んできたんだよ。珍しい葉っぱだから高値で買い取れって」
「これ、ハーブだよね?」
「そうなのか? わしはこういうのには疎いから、何もわからないんだが、そのハーブって何なんだ?」
「なんて説明したらいいのかな? いい匂いがする葉っぱ…って説明した方がいいかな? お茶とかお菓子、料理の匂い付けとかにも使うんだよ。で、副村長の息子はいくらで買い取ってほしいって言ってきた?」
「全部で1万エジルでいいって言ってきた。王都に遊びに行く金でも欲しくなったのかね。珍しいってことだし、1万ぐらいだったら別にいいかって、言い値で買い取ってやったよ」
「そうなんだ。じゃあ、それ全部買ってもいい? 春にしか摘めないタイムもあるみたいだし、ヴァーグさんに頼んで料理に使ってもらうよ」
「そうしてくれると助かるよ。いままで取り扱ったことがなくて、売る時にどう説明していいのか困っていたんだ」
店主は無造作に置かれた緑色の葉っぱを1つの袋の中に詰め込んだ。
本当にわかっていなかったんだ…。 ケインは料理をする過程で、いくつかのハーブを目にしているので見分けはつく。だが、店主は取り扱ったことがないと言っていただけのことはある。
一つの袋に詰められたハーブと買って、ケインは職場へと戻っていった。
「で、買ってきたの?」
保育所の喫茶店にやってきたケインは、袋に詰められたハーブをヴァーグに渡した。
「いや、あの、人助けというか…その……すみません」
怒られていると思ったケインは素直に謝った。
ヴァーグは別に怒っている訳ではなかった。ハーブ類はヴァーグが自分で育てている。だから買う必要はないのだが、春にしか摘めないハーブが手に入れた事は嬉しい。副村長の息子がどこでこのハーブを取ってきたのかが気になったのだ。
よく見るとハーブの種類は春が旬の物が多い。これから冬に向かうこの村周辺では手に入らない物ばかりだ。なぜこれだけ春のハーブばかりがあるのだろうか。
「ケイン」
「はいぃぃぃいい!?」
怒られると思ったケインは思わず声が裏返ってしまった。
「分けるの手伝って。種類ごとに分けないと使えないよ」
「今からですか?」
「今から」
たしかに買ってきたのは自分だけど、今からオルシアと土地の調査に出かけようと思っていただけに、予定もしなかった出来事に動揺している。
すると、
「何するの?」
「お手伝いする~」
「僕もやる僕もやる!!」
保育所に預けられた三人の子供たちが興味津々に集まってきた。
「ケイン、ちゃんと教えるのよ」
「お…俺が!?」
「わたしは仕事があるもの。子供たちが手伝ってくれるのならすぐに終わるわ。皆、ケインのいう事を聞いてちゃんとやるのよ?」
「「「はぁ~い!!」」」
元気よく返事をする三人の子供たちは、「何やるの? 何やるの?」とワクワクしながらケインを見た。
自分が持ち込んだ仕事だ…大きな溜息を吐いたケインは、テーブルの上に袋の入ったハーブを出し、子供たちに同じ形をした葉っぱを仕分けるように教えた。
「あ~、なんか楽しそうな事してるね~。わたしも混ぜて~~」
そこにスミレもやってきた。
「スミレちゃんも一緒にやろ!」
「同じ葉っぱの形を見つけるんだって」
「楽しいよ~~」
無邪気に笑う子供たちに誘われ、スミレも一緒に作業することになった。
テーブルの上に山盛りで置かれているハーブは、スミレが的確に指示を出して仕分け作業が進められた。
「それはバジル。これはローズマリー、ケインが左手に持っているのがタイムで、右手に持っているのがセージ」
「これは?」
「それはミント」
「これは?」
「オレガノよ」
「これはローズマリー?」
「そう。で、これがパセリ」
「パセリって、ハーブの仲間なの!?」
物知りなスミレのお蔭て、作業は順調に進んでいった。
「スミレちゃん、詳しいね!!」
「すごいね!!」
子供たちが褒め称えると、スミレは「それほどでもないよ~」と謙虚な言葉を発したが、仁王立ちで胸を張っている態度は謙虚という言葉からかけ離れている。
「なんで詳しいの?」
「同じ妖精に教えてもらったの」
「スミレちゃんのお友達?」
「『トモダチ』?」
初めて聞く言葉に、スミレは首を傾げた。
「違うの?」
「『トモダチ』ってなに? ご主人様、『トモダチ』ってなんですか?」
スミレの発言に、ケインは驚いた表情で彼女を見た。
子供たちも驚いた顔をしている。
カウンター内で子供たちのおやつを作っていたヴァーグは納得した顔を見せた。以前からスミレが発する『仲間』という言葉に疑問を抱いてた。『友達』という言葉を知らないのだから当然だ。
「『トモダチ』っていうのは、仲のいい人の事だよ。一緒にいて楽しい相手がいるだろ? お互いに信頼し、楽しいひと時を過ごす相手、それが友達だ」
「お互いに信頼し、楽しいひと時を過ごす相手…」
スミレはハーブの種類を教えてくれた妖精を思い出した。白い長い髪にレモン色の瞳、いつもニコニコと笑顔を絶やさないその妖精と一緒にいると、とても楽しかった。他の妖精から冷たい言葉を掛けられても、その妖精だけは庇ってくれた。
その妖精を助けたい。その思いは未だに消えていない。
「スミレちゃんのお友達ってどんな妖精なの?」
「スミレちゃんと同じ菫の妖精?」
「お友達も可愛い?」
子供たちはスミレに『友達』の事を聞き出した。
スミレはその『友達』のことを嬉しそうに話し始めた。
「凄く可愛いよ! 白い長い髪はサラサラで、瞳はレモンと同じ色をしているの。春の植物に詳しくて、ハーブは匂いだけで判別できるんだよ! それにね、占いが大好きで、恋占いが得意なんだって!」
『友達』の話をするスミレの顔は輝いていた。本当にその妖精の事が好きなんだろう。話をしているスミレを見ればよくわかる。
ヴァーグはスミレの話を聞きながら、パソコンで何かを調べていた。
「あらあら」
お目当ての物が見つかったのか、ヴァーグはパソコンの画面に噛り付く様に張り付いた。
「これは神のお導きかな?」
画面に書かれた言葉に、ヴァーグは微笑んだ。
スミレが話している妖精は、この植物の妖精の事だろう。だとすれば、スミレとは『親友』になれるはずだ。
子供たちの親が迎えに来たのは夕方だった。
この後の予約も入っていない為、ヴァーグとケインは閉店の準備を始めた。
その時、ドアのベルが来客を告げた。
「もうすぐ閉店になり……なんだ、エテさんとコロリスさんか」
店にやってきたのはエテ王子とコロリスの2人だった。
知っている人が来たことでケインは緊張を解いた。
「宿に行ったら、ケインがこっちにいるって聞いたから。忙しかったか?」
「仕事はだいぶ終わりましたので大丈夫ですよ。ヴァーグさんを呼びましょうか?」
「いや、ケインに用がある。コロリス、彼女を」
「あ、はい」
コロリスは両腕に抱えていた布の塊をケインに差し出した。
なにを持っているんだろう? ケインがコロリスの腕の中を覗き込むと、そこにはスミレより一回り小さい妖精が、青い布に包まれていた。青い布が妖精の白い髪をより強調させた。
「妖精…ですか?」
「ええ。ヴァンが見つけてくれたんです。だいぶ弱っていたのでケインさんなら助けてあげられると思って…」
「ケインは妖精を助けたんだろ? この妖精も助けることはできないか?」
「助けたって言っても、俺はヴァーグさんに力を借りただけだし……。ヴァーグさんを呼んできますね」
ケインは厨房の中で片づけをしているヴァーグを呼びに行った。
ヴァーグはすぐにやってきた。
「お久しぶりです、ヴァーグさん」
「こんな時間に申し訳ございません」
「別にかまわないわ。それで助けてほしい妖精っていうのは?」
「こちらです」
コロリスは布に包まれた妖精をヴァーグに差し出した。
白い長い髪の妖精を見て、ヴァーグは「もしかして…?」と何か心当たりがある素振りを見せた。
ふと自分の顔の隣にスミレがいることに気付いた。
「あなたの『トモダチ』ね、スミレ」
「……はい」
「じゃあ、助けなくちゃね。ここでは治療できないから、場所を移しましょう」
ヴァーグは青ざめた顔をしたスミレに「肩に乗っていいよ」と声をかけ、エテ王子たちをある場所へと案内した。
ヴァーグたちがやってきたのは、ケインの実家が所有する畑の一角。川沿いに建てられたビニールハウスだった。
外は暗くなり、ビニールハウスも明かりが点いていないため、ただの黒い建物にしか見えなかった。
だが、ヴァーグは扉を開け、一歩足を踏み入れた途端、目の前が突然明るくなった。電気がない世界なのに、ハウスの中に昼間と変わらない明るさになった。どういう仕組みかは企業秘密らしい。
「すげーーーー…」
初めて入るハウス内に、ケインは歓声を上げた。
中は沢山の花が咲き乱れ、外の気温とは比べ物にならないぐらい暖かかった。まだ川は作り途中だが、広いハウス内は『春の草原』を再現していた。
「ヴァーグさん、1人で作ったんですか!?」
「学校から雨の日でも遠足ができる場所を作ってほしいって頼まれて、試しに作ってみたの。コロリスさん、妖精さんをこちらに運んでくれますか?」
ヴァーグはハウス内にある池の畔にコロリスを案内した。
池の畔には煉瓦でつくられた花壇があり、その中に白い花が咲いていた。白い花の隣には煉瓦で区切られ、同じ花だと思われる二種類の色違いの花が咲いていた。
「その妖精さんを白い花の中に寝かせてください」
「は…はい」
コロリスは言われるがままに、白い髪の妖精を白い花の中に寝かせた。
ケインはハッとした。スミレの時と同じだ。弱ったスミレは菫の花の力で体力を回復させた。と、いう事は、この弱った白い髪の妖精も花の力を借りて体力を回復させようとしているのだとわかる。
「ヴァーグさん、そんなことしたら花が枯れてしまうのでは!?」
スミレの時は花が枯れてしまった。今回もそれを心配してたが、ヴァーグは「大丈夫」と自信満々に答えた。
白い花の中に寝かされた妖精の周りに、白い光が輝きだした。
「やっぱりこの花だったのね」
スミレが話す『トモダチ』の話だけでヴァーグはこの妖精の植物を当てた。
決め手になったのは「恋占い」のようだ。ヴァーグがいた前の世界でも、恋占いと言えばこの植物だと決められているほどポピュラーな物なのだ。
しばらくすると白い光は消えた。
周りの花は枯れなかった。
「なんで?」
スミレの時は枯れたのに、今回は全く枯れていない事に疑問を持つケイン。
「今回は自生している花を使ったから枯れないのよ。前回は切り花を使ったから枯れただけ」
そう説明してくれたが、ケインはその違いがまだ分かっていないようだった。
スミレはヴァーグの肩から降り、花の中で眠る『トモダチ』に近づいた。
里の入り口で出会ったとき、日に日に痩せていく『トモダチ』が心配になったが、今の『トモダチ』は花の栄養を沢山与えられ、初めて『春の草原』で出会った時と変わりなかった。
スミレは『トモダチ』の手を握った。
そしてヴァーグを見上げた。
ヴァーグは大きく頷いた。
「ありがとうございます」
スミレは『トモダチ』の手を握りしめながら、大粒の涙を流しながらヴァーグにお礼を言い続けた。
「ところで、エテさん、コロリスさん、気になったことあるんですけど聞いてもいいですか?」
「なんですか?」
「お2人は妖精が見えるんですか?」
妖精を見る能力がないと見る事が出来ない。2人には特殊な能力があるのか?とヴァーグは不思議になった。
2人はここに至るまでの話を簡単に話した。
国王がくだらない話を延々と続けたため、用事があるからと話を切り上げてグリフォンのヴァンに乗って王都を抜け出した。もうすぐ村に着くと言うときに、ヴァンが突然進路を変え、一面枯れ果てた土地に降り立ち、地面を突き始めた。
地面には何もなく、不思議に思っていると、ヴァンが嘴で2人の額を軽く突いた。すると地面に小さな人間が倒れている事に気付き、背中に羽根を持っていたことから、エテ王子が過去に呼んだことがある【空想の生き物】という教科書に載っていた妖精の姿と同じだったため保護した。リチャードの話でケインが妖精と契約したと聞いていた為、助けを求めた……という経緯のようだ。
「で、国王様のくだらない話はどんなお話だったんですか?」
そこに食いつく?という質問をするヴァーグ。
「自分の結婚式がいかに素晴らしかったか、その時に婚礼衣装を着た王妃がいかに美しかったかを、延々と聞かされました。俺たちが口を挟む隙は何処にもなかったです」
大きな溜息を同時に吐く2人から、それがどのような物だったのか安易に想像がつく。
「せっかく陛下にお会いできたのに…」
国王にどうしても頼みたい事があったコロリスは、次の機会がいつになるのか予想がつかず、がっかりしていた。
「まあ、また機会を作るから。心配するな」
「はい」
お互いに微笑みあうエテ王子とコロリス。そんな2人を見て心臓が異様なほどに跳ね上がるヴァーグは、2人が直視できなかった。
(ダメ……前の世界で追っかけしていたあの時のときめきが蘇ってくる!!!)
いつも冷静なヴァーグが、これほどまでに胸躍らせ、平常心を無くすほどなのだから、前の世界での追っかけはかなり本気だったのだろう。
しばらくして白い髪の妖精が目を覚ました。
「スミレ?」
レモン色の瞳がスミレを捕らえた。
スミレは白い髪の妖精に飛びつき抱きしめた。
「よかった…よかった……」
何度もよかったという言葉を口にし、白い髪の妖精を力時よく抱きしめたスミレは大粒の涙を流し続けた。
白い髪の妖精も、会いたかったスミレに会うことができ、彼女を力強く抱きしめた。
「これで安心ね」
「ヴァーグさん、ありがとうございます! ありがとうございます!!」
「お礼はまだ早いわ。白い髪の妖精さん、『妖精の里』で何かあったのね?」
「…え?」
「安心して。ヴァーグさんはわたし達の味方だよ」
「味方……」
「何があったのか、話してくれるかしら?」
「でも、詳しくはわからなくて…」
「わかる範囲でいいから」
「…はい。実は……」
白い髪の妖精は今『妖精の里』で起きている事を話した。
多くの妖精たちが急に倒れ、里の外でも同じように原因不明で倒れた妖精たちがいる事。
今回の原因が人間にあると睨んだ春の女王が里を封鎖すると命じた事。
里の門が閉じられる前に抜け出し、スミレに助けを求めに来た事まで話した。
話を聞き終えると、ヴァーグはある質問を投げかけた。
「原因不明で倒れた妖精たちって、もしかして春のハーブたちが多いかしら?」
「はい」
「春の花たちは?」
「わたしが見た限りでは、撫子、桃、鈴蘭、勿忘草、薔薇の妖精を見かけました」
「因みに、里の周辺にはそれらの植物は自生してる?」
「はい。女王様が管理されていますが、野生の花たちがあります。わたしたち妖精は体力が落ちたり、体調を崩すとそのエリアに行って、植物たちから栄養を分けてもらいます」
ヴァーグは「そういうことね」と、なにか結論を導き出したようだ。
「心当たりでも?」
納得したような顔を見せるヴァーグに気付いたエテ王子が訊ねた。
「解決策でも見つけたんですか?」
ケインはワクワクしていた。
ヴァーグはにっこりと微笑んで「ええ」と返事をした。
<つづく>
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