選ばれた勇者は保育士になりました

EAU

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第33話  女王の薔薇

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「え? 副村長の息子が売ったもの?」
 翌日、ケインは同級生のビリーを訪ねた。
 市場での販売は母親が担当しており、ビリーは実家の店で出荷する花の梱包をしていた。
「そう。ここ数日の間に持ち込んだ物はない?」
「あの息子は色々と持ち込むからな……ここ数日だと、あそこのプランターに植えてある花ぐらいかな?」
「プランター?」
 ビリーは店先に置かれている三つのプランターを指した。一つのプランターに一種類の花が植えられていた。
「これは?」
「白い花は鈴蘭、ピンクは撫子、青い花は勿忘草っていう花だよ。『春の草原』が枯れる二日前だったかな。副村長の息子がこの三種類の花を1万エジルで売ってくれって、大量に持ってきたんだ。どこから持ってきたんだ?って聞いたら『俺だけの秘密だから教えない』って怒られた」
「また1万エジルかよ」
「他でも売っていたの?」
「市場でハーブが売られていた。やっぱり1万エジル欲しいから売ってくれって、大量に持ち込んだそうだ」
「王都に行くお金でも稼いでたんじゃないの?」
「おじさんもそう言ってた。新年祭に向けての金稼ぎかな?」
「悔しかったんだと思うよ。この間の芸術祭で副村長の息子も店を手伝いたいって言っていたけど、副村長が村をむやみに開発する余所者と関わるなって叱ったらしく、王都に来れなかったらしいんだ。だから自力で王都に行こうとお金を稼いでいるんじゃないかなって、僕は思う」
 そういえば副村長は芸術祭の出店についてグチグチと文句を言っていた事をケインは思い出した。村の名産を売ると言っても、余所者が作ったものだから村の名産ではないとか、王家からの推薦状も偽物だとか、とにかく芸術祭に出店することを最後まで拒んでいた。
 村長はヴァーグが持つ知識と技術は心から受け入れている。それに対して副村長は頑なに拒む。その理由はただ一つ。次期村長は自分だと思い込んでいる副村長は、村人たちの生活を劇的に変えているヴァーグが気に入らないのだ。
「だけど…」
 ビリーは何か気になることがあるようだ。
「どうした?」
「芸術祭以降、副村長の息子が持ってくるものが、すべて春の花なんだ。これから冬に向かうこの村周辺では春の花は咲いていない。それなのに蕾の状態の物も含めて春の植物しか売りに来ないんだ。どこから持ってきているんだろう」
 それはヴァーグも指摘していた。ケインが大量に持ってきたハーブは、旬が春で冬では手に入らないと。
 そして、昨日の夜、ヴァーグは『妖精の里』で起きている異常に解決策があると話した。だが、まだ原因が解明されていないので調査が必要だと続けた。その調査の為に、ケインはビリーの花屋にやってきたのだ。

 ケインはビリーの店に置かれた三種類の花が植えられたプランターを貰ってきた。
 寄せ植えにしようとしても、これから本格的な冬がやってくるため、育てるのには難しいらしい。ヴァーグならビニールハウスを持っているので枯らすことなく育ててくれると信じて、三種類の花を託した。



 ビリーの店で三つのプランターを貰い、台車で実家のビニールハウスまで運んでいる途中、ケインは村を散策していたエテ王子とコロリスを見かけた。2人は誰かと話しているようだった。
 近づいて確かめてみると、2人と話していたのは副村長だった。
 なにかを押し付けているのか、エテ王子もコロリスも困り果てた顔をしていた。
「エテさん、コロリスさん、こんなところで何しているんですか?」
 助け船が入ったことで、エテ王子もコロリスも安心した顔を見せた。
「ケイン、知り合いなのか?」
 副村長は邪魔が入ったことに不機嫌な顔を見せた。
 だが、ケインはその表情よりも、副村長に手に握られた赤い薔薇と白い薔薇の束に目が行った。
「俺の温泉宿のお客様だよ。しばらく村に滞在するんだ」
「だったら、ぜひ購入してください。この村どころか、世界でも珍しい薔薇ですから」
(なにが「だったら」だよ。ほぼ押し売りじゃん)いつから商売を始めたのか、副村長は両手に抱えた薔薇を2人に押し売りしている。きっと2人が金持ちに見えたのだろう。この客になら高値で売れると確信したようだ。
「副村長、その薔薇、どこで仕入れたの?」
「お前には関係ない!」
「お宅の息子がどっかから摘んできた?」
「うるさい!」
「お宅の息子、凄いよね。もうすぐ冬になるのに、春が旬のハーブとか花を売っているんだってね」
「だからなんだ。わしの息子が秘密の場所から摘んできたんだ。その辺の地面に生えていたんだから摘んでも支障ないだろ」
「その薔薇も秘密の場所から?」
「お前は消えろ! 邪魔だ!!」
 ケインが質問することに喧嘩腰で返答する副村長。
 その副村長の言動が気になったエテ王子は、ケインの顔を見た。
 ケインは副村長に見つからないように台車に乗せたプランターを指さした。
「…鈴蘭…撫子……勿忘草と…薔薇?」
 エテ王子はハッとした。昨日、助けた妖精が『妖精の里』で起きた出来事で、春の植物の妖精たちが弱っていると言っていた。その時、鈴蘭、撫子、勿忘草、薔薇という花の名前を口にした。
「副村長、その薔薇はどのように珍しいんですか?」
 エテ王子はまだケインにグチグチと言っている副村長に訊ねた。やっと話に乗ってくれたことに喜んだ副村長は、気持ち悪いほどの笑顔を見せて説明してきた。
「この薔薇は、花の中心にクリスタルを持っているんですよ! 1つだけかと思ったら、すべての花の中心からクリスタルが出てくるんです! しかも一つの花から複数見つかるんです!」
 「ほら!」と一本の赤い薔薇の花の中心をかき分けた副村長は、中にクリスタルがある事をエテ王子に見せた。
 後から仕込んだ?とも思えるが、副村長が言う様に花の奥にも小さなクリスタルが入り込んでいる。仕込むにしてもこれだけの量のクリスタルを用意するにはかなりの財産が必要だろう。
「で、全部でいくら?」
「買ってくださるんですか!? ここに20本ありますので、1つ1000エジルでよろしいですよ!」
「2万エジルってことですか?」
「これでも安い方ですよ!」
 クリスタルを自分で用意して仕込むには、値段が安すぎる。クリスタルと言っているが、ガラスの可能性もある。だが、今迄数多くの宝石を見てきたエテ王子の目利きは優れている。とてもガラスには見えない。
 それに、王立研究院に出入りしていた時、クリスタルを生む薔薇の話を聞いたことがあった。
「わかった。全部買おう。もし、他にあるのなら全部買い取りたい」
「いいんですか!?」
「王都にもない物だ。家族にも見せたい」
「すぐに持ってきます! 温泉宿にお泊りなんですよね! お届けします!」
 手にしていた薔薇の束をエテ王子に押し付けると、副村長はどこかへと走り去ってしまった。自宅に在庫があるのだろう。それを取りに行ったのかもしれない。
「エテさん、値段、よかったんですか?」
「これも調査の為の出費だ。後で王立研究院に請求する」
「なんで研究院に?」
「それは宿に戻ってから話す。コロリス、市場に行くのは中止だ。緊急事態が起きた」
「え? あ……はい……」
 市場に行くことを楽しみにしていたコロリスはがっくりと肩を落とした。

 宿屋に大量の薔薇と、三種類の花が植えられた三つのプランターを持って戻ってきたケインとエテ王子を出迎えたエミーとカトリーヌは驚いた表情をしていた。
「どうされたんですか、その薔薇は」
「副村長が売ってきた。まだ在庫があるらしく、後から持ってくるようだ」
「エテさん如く『緊急事態』なんだって」
「『緊急事態』?」
「リオとヴァーグさんは?」
「ビニールハウスへ出かけるって言ってましたわ。スミレ様と白い髪の妖精さんもご一緒ですわ」
「じゃあ副村長が残りを届けたら、我々も向かうか」
「その間にレストランに顔を出しておきます。ついでに食料も調達した来ますね」
 ケインは二階のレストランへと向かった。エミーがロビーにいるという事はそんなに混んでいないと予測できる。芸術祭以降、サンドイッチや飲み物はホールを担当しているエルザやローズも作れるようになった事で、厨房の負担が軽減された。また、カフェで調理場も兼任していたジャンが、ある程度のレシピを作れるようになり、ケインは忙しい時だけ手伝う様になり、手が空いたときは保育所で子供たちの手伝いをするようになった。

 その後、すぐに副村長が大量の薔薇を持ってきた。赤や白の他にもオレンジや黄色、マーブル模様の薔薇もあり、全部で100本を超える量だった。
 その薔薇全部を一本1000エジルで売ってきた副村長は、値引きは出来ないと頑なに値下げを断った。
「別にいいですよ。貴重な物ですから、それぐらいの値はするでしょうし」
 エテ王子は値下げ交渉は一切しなかった。
 すべて現金で受け取った副村長の顔はニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべていた。
「また3日後に採りに行きますので、ご希望の色がありましたらお教えください」
 不気味な笑いを続ける副村長の眼が鋭く光った。
「3日後…ね」
 エテ王子は副村長の一言に眼を光らせた。


 ビニールハウスでは、ヴァーグが川作りの作業を進めていた。
 そのヴァーグに纏わりつくカモや蝶たちの相手をスミレと白い髪の妖精が担ってくれているお蔭で、作業は順調に進んでいた。今日中には水を流すことができるだろう。
 リオは桜の花に釘付けになっていた。この国はもちろん、近隣諸国でも見かけることがない植物の為、興味津々のようだ。
 そこに大量の薔薇を抱えてケインとエテ王子がやってきた。
「ヴァーグさん、ちょっといいですか?」
 ケインは薔薇の他にも台車に乗せたプランターと、大きなバスケットも持っていた。レストランでお昼用の食事を簡単に作ってきたようだ。
「ご主人様、どうしたんですか!? その大量の薔薇!!」
「副村長が売っていたんですよ。で、エテさんが何か気になる事があるみたいで、ここまで運んできました」
「気になる事?」
「これ見てもらいたいんです。リオ、お前も来てくれ」
 エテ王子は桜の子の下にいたリオを呼んだ。
 そのリオの近くにいたスミレと白い髪の妖精は、何か大変な事でも起きたのかと、リオの後を追った。

 副村長から買った薔薇は、赤、白、黄色、オレンジ、赤と白のマーブル模様、ピンク、紫の7種類。各色にばらつきはあるが、1種類10本以上はあった。そして、副村長が自慢していたように、すべての薔薇の内側にクリスタルが入っていた。
「一本、薔薇を解体したところ、このクリスタルは薔薇の中心部に自然とできているみたいなんです。奥に行けば行くほど、小さい欠片が出てきて、どうやら薔薇の花の中で大きく育っているようなんです」
 エテ王子は一本の赤い薔薇を解体しながら説明してきた。確かに彼が言う様に、花を解体していくと、中心部分から大きさの違うクリスタルが何個も出てきた。中に行けば行くほど小さな欠片が出てくるが、その小さな欠片が成長しているのかは、今の段階では不明だ。ただのエテ王子の憶測に過ぎなかった。
 そのエテ王子の憶測を確信に変えたのは、白い髪の妖精の一言だった。
「それ……女王様の薔薇……」
「「女王様の薔薇?」」
 白い妖精の言葉に、ケインとエテ王子が同時に聞き返した。
「わたしたちの里に咲く女王様の薔薇です。昔、人間と仲が良かった春の女王様と冬の女王様が、人間とお別れする時に人間からクリスタルの欠片を頂いたんです。それをそれぞれの里に植えた所、人間が好きだった薔薇が咲いたんです。冬の里は気候が合わなかったのか一回咲いただけで、それからは育たなかったんですが、春の里は毎年花を付け、次第に色々な色の薔薇が咲き始めたんです。その薔薇が咲いてから、花の中にクリスタルが育つようになり、それと同時に里の周辺は一年中春の気候が続く様になった……って、里に言い伝えられているんです」
 白い髪の妖精の話に、リオは「そういえば…」と何か思い当たるような素振りを見せた。
「リオ、研究所に『クリスタルを生む薔薇』の文献が残っていたよな?」
 エテ王子も何か思い当たる事があるようだ。
「はい。どれぐらい前の文献かは分からないんですが、1人の人間が冬を司る精霊と契約を結んでいたそうです。その人間は冬の精霊の他にも、春、夏、秋の精霊たちとも仲が良く、この国に豊かな農作物を与えてくださいました。でも、人間は限りある命。人間の命が尽きる時、人間は4人の精霊に自分が所有していた宝石を渡しました。その宝石がクリスタルだったかは詳しく書かれていなかったので、分からないのですが、春の精霊はその宝石を薔薇に変え、夏の精霊は夜空に輝く月に変え、秋の精霊は冬の訪れを告げる風に変え、冬の精霊は湖に沈めたと文献に書かれています。薔薇はクリスタルを生み、月は水晶を作り、風は実を成熟させると書かれてあり、湖に関しては記述はなかったです。そして、春、夏、秋、冬の精霊たちが住む場所は、人間たちが足を踏み入れてはならない自然保護区域に指定されました。そのうちの一つ、秋の精霊が住む場所は現在『秋の森』と呼ばれ、周辺は足を踏み入れる事は出来ますが、中心部は立ち入り禁止になっています」
「じゃあ、これがその女王様の薔薇ってこと?」
「この薔薇が咲いている所が解れば、確定できるんですが……」
「副村長はどこで採ってきたか言ってた?」
「いえ、秘密の場所としか言ってませんでした」
「もしかしたら、『春の草原』が枯れたのは、この薔薇を大量に摘んでしまったのが原因なのかも…」
 白い髪の妖精が言う様に、里周辺が一年中春の気候が続くのが、この薔薇が要因だとすると、辻褄は合う。『春の草原』は妖精たちの里がある森と隣接している。里の気候が『春の草原』まで影響していれば、一年中春の気候が続くのも頷ける。そして里が危機に陥ったと同時期に『春の草原』が枯れてしまった。
 里の危機と『春の草原』が枯れた原因が、春の気候を作り出していた薔薇が一度に大量に摘まれたのであれば、何もかもが一致する。
「ただ、問題はこの薔薇がどこに生息していたかなのよね」
「ヴァーグさん、地図って出せますか?」
 ケインはパソコンをいつも携帯しているヴァーグに訊ねた。
 ヴァーグは「あっ!!」と、今迄パソコンの存在を忘れており、急いでウエストポーチからパソコンを取り出し地図を画面に映し出した。

 ヴァーグが画面に出したのは、村周辺の地図。
 芸術祭のご褒美として国王から譲り受けた土地もすでに反映されており、『秋の森』や『春の草原』の地名も確認できる。
「ここです。ここが『妖精の里』になります」
 白い髪の妖精が指した所は、森の中に薔薇の絵が描かれており、マウスポインタを合わせると「??? 冒険者レベル50以上で新しい目的地に追加」と書かれてあった。
「どういう意味ですか?」
 書かれた文字の意味が解らないケインは、ヴァーグの顔を覗き込んだ。
「この地図は、わたしが訪れた事のある場所しか地名が載らないの。まだ『妖精の里』に訪れたことがないから反映されていないだけ。もちろん行ったことないから詳細の地図はわからない」
「じゃあ、ヴァーグさん自身が行かないと、里の状況は分からないのか…」
 それが問題なのよね…ヴァーグは自分が行かないと地図が書き換えられない事に不満があった。せっかく国王から土地を貰っても、偵察に行くのはケインのみ。自分が行かないとどんな土地なのか分からないので、学校作りも難航している。

 その時、パソコンに1通のメールが入った。女神アイコンが点滅しているので、久しぶりに女神が手助けしてくれるようだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
|お困りの様なのでお助けしますわ!         |
|以前、こちらで用意したカメラ付きの名札を活用すれば|
|それを付けた人が行く場所も、地図に反映できるように|
|ヴァージョンアップしました!           |
|(´ぅω・`)ネムイデスワ                   |
|妖精さんたちにカメラ付きの名札を付けてもらって、 |
|里まで行ってもらえれば、実際に行かなくても地図に |
|残せます。                    |
|名札だとあれなので、小さなブローチを用意しました!|
|ついでに妖精さん専用のインカムも作っちゃいました!|
|(*´▽`*)アタクシテンサイ!!               |
|外からも指示できますので、活用してください。   |
|                         |
|あ、今回はプレゼントいたしますわ♪        |
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 読み終わると、メール画面の中央に「PUSH!!」という文字が浮かんだ。マウスでその文字をクリックすると、目の前に小さな段ボールが飛び出した。
「ななななななんですか、それ!?」
 何もない所に突然現れた箱の存在に、ケインはびっくりした。
 びっくりしているケインを無視し、ヴァーグは箱を開けた。中からは紫色のインカムと、白いインカム、そして黄色い丸い宝石が付いた小さなブローチが入っていた。
「ねえ、ちょっとした作戦を考えたんだけど、聞いてもらってもいい?」
 ヴァーグは目をキラキラと輝かせながら、これからの作戦を話した。

 まず、スミレと白い髪の妖精に女神がくれたブローチとインカムを使って『妖精の里』に偵察に行ってもらう。ブローチに付けられたカメラ(宝石)を通してパソコンに映像が送られてくるので、人間たちは離れた所から観察できる。
 万が一、スミレたちに何かあった場合は、ヴァーグたちが駆けつけるという作戦だった。

「里には妖精しか近づけないから、2人にしか頼めないの。それに、あなたは里の周りを知っているから、女王の薔薇が咲いている場所を見つけてほしいの」
 ヴァーグは2つの小さなインカムを渡しながら、スミレと白い髪の妖精に頼んだ。
「で…でも……」
 白い髪の妖精は大役を引き受ける自信がなかった。
「大丈夫。スミレが側に居てくれる。それに、これはあなたにしかできない仕事なの」
「……」
 白い髪の妖精は不安な顔でスミレを見た。
 スミレは自信満々な顔で大きく頷いた。
「わかりました。やってみます」
 白い髪の妖精は、ヴァーグの手からインカムを受け取った。
「それで、いつ実行しますか? 万が一を考えて僕の部隊をこちらに呼びましょうか?」
「なるべく早い方がいいわね。偵察だけなら明日の朝から実行できるけど、万が一の事を考えると少し待った方がいいかしら」
 実行する日をどうしようか…と新たな悩みを生んだ。
 すると、
「……3日後……」
と、エテ王子がつぶやいた。
「3日後?」
「副村長が3日後に薔薇を摘みに行くと言っていた。『妖精の里』を調べるついでに、副村長の行動も見張ったほうがいいかもしれない。もし、副村長が採取する薔薇が女王の薔薇だとすると、王室が動かなくてはいけない」
「どうして王室が…」
「『春の草原』の奥は国で管理する自然保護区域で、人間の立ち入りを禁止している。今回、ケインに渡した土地は自然保護区域を避けているはずだ。もし、副村長が採取している場所が自然保護区域なら、国として罰しなければならない」
「王子、やはり小隊を派遣したほうがよろしいのではないでしょうか?」
「この村に軍を派遣したら怪しまれる。できれば少人数がいいのだが……」
「僕の小隊は最低でも30人ほどいます。リチャード殿もそのぐらいではないかと」
 軍を配置するにもその人数の多さが悩みの種だ。
 再びどうしようかと悩み始めてしまった。
「う~ん……10人ぐらいなら宿に泊められるんだけどね」
 ヴァーグはパソコンの画面に宿泊状況を映し出した。現在、空いている部屋は個室が3個、二人部屋が1個、4人部屋が2個だけだ。あとは予約などで塞がっている。
「だったら、リチャードさんと、リオさんと、カトリーヌさんの信頼できる部下を数人ずづ呼んだらどうですか? それも観光客として」
 突然ケインが提案してきた。
「え?」
「観光客としてこの村にきて、万が一の時は出動してもらえれば、怪しまれることはないと思うんです。あ、でも、そうすると連絡方法が難しいですよね」
「そこは何とかするわ。エテさん、リオさん、どうですか? もし交通手段がないようでしたらアクアをお貸しします」
「……そうだな、それがいいかもしれない」
「では、僕は一度王都に戻ります。リチャード様にこの案を提案してきます」
「俺も戻る。一応オヤジに話しておかないといけないから。ヴァーグさん、明日の朝までには戻りますので、コロリスのことを頼みます」
「わかりました」
「リオ、行くぞ」
「はい」
 エテ王子は副村長から買った赤い薔薇と白い薔薇を数本手にすると、リオと共にビニールハウスを出た。
「さてと、私たちも動かなくちゃね」
「何から始めますか!?」
「そうね~……最初は……コロリスさんの機嫌直しかな?」
「……へ?」
 もっと大きなことを始めると思ったのに、そこにコロリスの名前が出たことに違和感を感じた。


 だが、たしかにコロリスの機嫌直しが最初だった。
 楽しみにしていた市場での買い物も中止になり、エテ王子も用事があるといって、王都に戻ってしまった。
「仕方ありません。お仕事ですから」
 そう言うコロリスの顔は寂しそうだった。
 カトリーヌとエミーとお茶を楽しんでいたが、会話はあまり弾まなかったようだ。
 そこでヴァーグはレストランに駆け込み、夕食の仕込みをしていたラインハルトとジャンの邪魔にならないように、スポンジケーキを何枚か焼き始めた。
 そして焼きあがったスポンジケーキと、生クリーム、イチゴやブルーベリーのソース、いろいろな果物と共に、ホールケーキを作るときの道具を持って、3人のところへと戻ってきた。
「これはなんですの?」
 何も飾り付けられていないスポンジケーキに、カトリーヌは目をぱちぱちと瞬かせた。
「今から皆さんでケーキのデコレーションをしてみませんか?」
「デコレーション?」
「自分だけのケーキを作るんです。作ったら冷蔵庫で保管しますので、男性軍に食べてもらいましょ。お仕事お疲れさまですっていう感謝の気持ちを込めて」
「まぁ、素敵ですわ!」
「でも、わたしの場合は相手がいませんけど…」
 エミーはここにリチャードがいないことを指摘した。
「リチャードさんもこちらにいらっしゃいますよ」
「あら」
 エミーは微かに頬を染めた。
「疲れた時は甘い物が一番です。しかも恋人の作るケーキだとなお嬉しいと思います」
 ヴァーグの提案に、3人の女性はきゃっきゃと声を弾ませながら3つのケーキを作り始めた。
 気分が落ち込んでいたコロリスも機嫌を取り戻し、嬉しそうにデコレーションをしていた。
 スポンジケーキは直径15cmほどで、ヴァーグが店で出している物よりも小ぶりだ。3人が楽しそうに作っている光景を見たマリーとミリーもやりたいと駄々をこねた。余分に作っていたスポンジケーキを渡すと、双子も楽しそうにデコレーションしていった。
 そんな光景を見ていたヴァーグは、年内一杯で一度閉じる保育所のイベントを思いついた。一応保育所は来年も続けることにはなったが、年末年始は閉鎖することにした。今年最後の営業日に、親子でケーキ作りをしたらどうかと考えたのだ。
 ヴァーグがいた前の世界では、年末になるとクリスマスを祝う。そのクリスマスで手作りケーキを作る家庭もあった。この世界ではクリスマスはないが、一年の最後に子供の成長を見れて、さらに思い出を作るイベント。そのイベントに親子でケーキ作りをやろうと考えた。


 エテ王子とリオは意外と早く王都から戻ってきた。
 リチャードと10人ほどの騎士団の団員も一緒にやってきたが、リチャードたちは軍服ではなく、私服を着ていた。エテ王子から観光客として村に来てほしいと頼まれ、それぞれ休暇を楽しむ観光客という設定で村にやってきた。
「リチャード様、いらっしゃいませ」
 エミーが出迎えると、リチャードはいつものように彼女に飛びつくと思いきや、
「王都のお土産です。お世話になります」
と、冷静だった。どうやら正式に婚約したことで、今までの必死なアピールもいらなくなったようで、普通にエミーと接することができるようになったようだ。
 だが、エミーがデコレーションしたケーキを出されると、その冷静な態度もどこへやら。子供のようにはしゃぎまくっていた。
 その為、同じレストランでお互いに食べさせあっているカトリーヌとリオの姿も目に入らなかったようだ。

 エテ王子とコロリスはケーキよりも甘いひと時を過ごしているようなので、お邪魔しないようにここは退散しよう。


                <つづく>
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