選ばれた勇者は保育士になりました

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第34話  冬の女王の物語

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 春の女王が管理する『妖精の里』から戻ってきたヒイラギは、冬の女王に現状報告した。
 報告を受けた冬の女王は言葉を失った。
「一度里を出て、協力できることはないかと相談しに戻ったところ、里の入り口が閉ざされました。里の住民以外は入ることができないそうです」
「……そうですか…」
「これからいかがいたしましょうか。もう一度、里へ向かった方がよろしいでしょうか?」
 ヒイラギの報告を受け、冬の女王は首を横に振った。
「里の入り口を閉ざされてしまっては、我々は何もできません。ヒイラギ、報告ありがとうございます。ご苦労様でした」
 冬の女王はヒイラギを労うと、その場から離れた。


 冬の女王が管理する里は、春の女王の里と違って何か所かある。冬の女王が管理する里がある国は、隣国のボルツール公国にあり、この国は一年を通して四季がある。夏の間は万年雪が残る山の頂に拠点を移し、冬になると麓まで下りてくる。
 他の四季の女王は人間と関わることを極力避けているが、冬の女王は違っていた。先代女王が人間と契約していたこともあって、ボルツール公国の国民たちと共に暮らしている。何故かボルツール公国の国民は全員が妖精や精霊を見る事が出来る。他国からやってきた人たちも、この国に足を踏みいれた途端に妖精の姿を見る事が出来るので、国の土地に何かしらの力が働いているようだ。

 ヒイラギの報告を受けた冬の女王は公国の中心部にある城へとやってきた。
 大きな湖の畔に建つ白い壁に青い屋根の城には、ボルツール公国の主ボルツール公爵が住んでいる。
「珍しいね、あなたが謁見を申し出るなんて」
 城にやってきた冬の女王を出迎えたのはボルツール公爵の息子リヴァージュ。
「そろそろ冬がやってまいります。里を移す時期になりましたのでご挨拶に伺いました」
「いつも丁寧にありがとうございます。では、来年の降雪祭もご協力いただけるのですね?」
「はい。里の者も楽しみにしております」
 にっこりと微笑む冬の女王。
 リヴァージュは目の前に立つ冬の女王を見つめ「似ているな~」と小さな声で呟いた。
 その声は彼女にも届いた。
「似ている…ですか?」
「ああ、失礼。先日、隣国の芸術祭に行ってきまして、そこで不思議な青年を見かけたのです。国王陛下のお気に入りのようなんですが、その青年の容姿があなたにそっくりなんです」
「わたくしに…ですか?」
「ええ。その青年も青みがかった髪に透き通った青い瞳をしていました」
「まぁ、人間では珍しいですね。どこに住んでいる方かしら?」
「『春の草原』に隣接する村に住んでいるそうです。本人はただの料理人と言っていましたが、王都から離れた村の青年が国王陛下お気に入りの料理人なんて、ますます珍しいですよね?」
「……『春の草原』……?」
 リヴァージュの口から『春の草原』という言葉が出ると、冬の女王は顔をしかめた。
「いかがなさいましたか?」
「…い…いえ、何でもありませんわ」
「お顔の色がすぐれませんね。里までお送りしましょうか?」
「大丈夫です。また改めてご挨拶に参りますね。失礼します」
 冬の女王はリヴァージュに向かって、深く頭を下げるとその場から走り去った。
 珍しく頭を下げて挨拶してきた女王を見て、リヴァージュはポカーンとした表情でその場に立ち尽くしていた。


 里まで戻ってきた冬の女王は、自室に駆け込んだ。
「あ…あの、女王様…」
 お付きの妖精たちは、いつもの冷静を無くした女王に不安になった。
「全員下がりなさい。わたくしが声を掛けるまで、誰もここに来てはいけません!」
「は…はい!」
 大声を上げる女王に驚いた妖精たちは、すぐに部屋から飛び出したいった。
 全員の姿がない事を確認した女王は、壁に飾られた姿見の前に立った。

 青みがかった銀髪。
 透き通った青い瞳。
 この二つは『冬の女王』として選ばれた者しか持たない容姿。

 冬の女王は元々は冬に咲く花の妖精だった。先代女王の側に仕え、先代女王が唯一、悩みを打ちあけられる大切な妖精だった。
 ある日、先代女王が人間と契約をした。その人間は、この世界から争い事を無くすために戦いを続けていたが、ボルツール公国での戦いの時、謝って妖精の里を襲撃してしまった。女王を始め妖精たちに被害はなかったが、再建には長い年月を必要とした。また里を襲撃された影響で女王の力が衰え始め、このままでは冬の妖精の里は壊滅してしまう。人間は契約を結べば女王の力が元に戻ると告げ、先代女王と契約を結んだのだ。
 その後、里はあっという間に再建した。
 襲撃前と同じ生活に戻れた妖精たちは、人間を快く受け入れた。

 だが、女王の力は徐々に失いつつあった。
 先代女王は妖精の世界でタブーとされている過ちを犯した。
 契約していた人間に恋してしまったのだ。冬の女王を始め、四季の女王は人間に恋してはならない掟にあった。
 先代女王は、いつも側に仕えてくれた今の女王に残っていた能力を分け与え、新しい女王に任命してから里を去り、人間の後を追った。
 元々、赤い髪にピンクの瞳を持っていた今の女王は、先代女王から力を分け与えられると同時に、青みがかった銀髪に透き通った青い瞳に容姿が変わった。冬の女王として認められた証拠だ。

 先代女王が里を出てしばらくして他の四季の女王から集まるように声がかかった。
 きっと女王交代の真相を聞き出そうと、緊急召集をかけられたのだろう、そう思ったが違っていた。
 『春の草原』近くに里を構える春の女王と、『秋の森』に里を構える秋の女王から、先代女王と契約していた人間の死期が近いという知らせだったのだ。その人間は春と秋の女王が住む里の近く村で暮らしていた。そこに先代女王によく似た女性が現れ、2人は夫婦となり、子供も生まれていた。
 女性は子供の誕生と引き換えに命を落とし、人間は子供が生まれたばかりだというのに戦場で大きな傷を負い、それが原因で死期が近いと言う。
 人間は四季の女王たちに形見分けとして、妻と出会ったときに見つけた大きなクリスタルを細かくし、女王たちに渡した。
「あなた方の大切な女王を奪ってしまい、申し訳ありません」
と、女王たちに謝罪し息を引き取った。
 その後、冬の女王は四季の女王と疎遠になっていた。妖精たちは頻繁に里を行き来するが、その妖精たちから情報を聞くだけで、女王自ら交流することはなかった。


 改めて鏡に映る自分の姿を見た冬の女王は、リヴァージュが言っていた「青みがかった銀髪に青い瞳を持つ青年」に会いたい衝動が起きた。
 先代女王と人間の間に生まれた子供は、何故か青みがかった銀髪と青く透き通った瞳を持っていた。女王の力はすべて受け継いだため、先代女王には力がなかった。それなのに容姿は受け継いだ。

 もしかしたら…。

 冬の女王は、リヴァージュが言っていた青年は先代女王の子孫ではないかと考えた。
「確かめなくては…」
 モヤモヤした気持ちを晴らしたい冬の女王は、春の女王を訪ねる名目で、「青みがかった銀髪に青い瞳を持つ青年」に会いに行こうと決意した。



 王都に戻ったリオは、王立研究院の中にある自室で、大量の書物に埋もれていた。
 ヴァーグから「なんでも中に入るわよ♪」と貸して貰ったアイテムボックス機能付きのカバンに、必要となる書物を入れていると、開けっ放しにしていた入り口に一人の男が立った。
「何やっているんだ?」
 その男は、部屋の中で一心不乱にカバンに書物を詰め込むリオに声を掛けたが、リオからの返事はなかった。
 全く気付かないリオに、男は呆れ顔を見せた。
「リオ!!」
「はいぃぃぃいいぃ!?」
 突然聞こえた大声に、リオは直立不動で立ち上がった。
「さっきから声をかけているのに気付かないとは、何を焦っているんだ?」
 リオと同じ灰褐色の長い髪を1つに縛り、眼鏡を掛けたその男は、足の踏み場もない部屋を見て大きな溜息を吐いていた。眼鏡の奥の冷たい灰褐色の瞳は呆れている。
 溜息を吐いたのは、王立研究院分院の歴史・考古学研究所の責任者をしているリオの兄ジーヴルだった。
「あ…兄上…」
「休暇中のお前が、王子と共にグリフォンに乗って戻ってきたと教えてもらって来てみたら、なんなんだ、この有様は」
「緊急事態の為、急いでおります。小言なら後で聞きます」
「魔法玉について何かわかったのか?」
「それは調査中です。それに結びつくであろう事を調べています」
「もしかして、冬の女王と契約を結んでいた人間の事か?」
「どうしてそれを!? まだ父上にも話していないのに!!」
「お前、わたしを誰だと思ってる。歴史・考古学研究所の職員だぞ。お前が『春の草原』の近くにある村に休暇で出かけたと聞いて、てっきり魔法玉の核となる水晶を探し当てたと思った」
「核の水晶…ですか?」
「それも分からなかったのか?」
「兄上は水晶の事を知っているんですか!?」
「わたしは歴史として知っているだけだ。母上なら詳しく知っているだろう。昔、その研究をしていたと聞いたことがある」
「母上が!?」
 今までそんな話を聞いた事がなかったリオは驚いた。
 それよりも気になったのはジーヴルの『歴史として知っている』という言葉だった。
「兄上、歴史として魔法玉を知っているということは、史実とは違うのですか?」
「歴史ってものは、何故か話を盛る系統にあるんだよ。歴代の国王がいかに偉大だったかを強調する為、残された書物は話が盛りすぎている。例えるなら、歴代国王の中に、同じ王妃と三回の結婚式を挙げたと伝わっているが、側近が残した書物には【三年連続、計5回】の結婚式を挙げたと書かれてある。他の貴族が残した日記にも書かれてあるし、ある貴族の会計係が残した帳簿には5回の結婚式のご祝儀もしっかりと残されていた。当時の王室の財政を考えるとかなり圧迫されていたことが分かるが、結婚式を挙げてばかりで、政を疎かにしていると思われたくなく、三回に訂正して、ちゃんと国政を行っていたとアピールしたんだろ」
「じゃあ、魔法玉の作り方も…」
「核となる結晶が取れるところは、騎士団の上層部しか知らないはずだ。しかも文字にも地図にも残していない。それなのに書物として残されている。口頭で伝えた事を誰かが書き残したが、それが暗号じみていたか、正式な場所を知られたくなくてひねって書き込んだか…それを解読するのが我々分院の仕事だ」
 歴史・考古学研究所の責任者をしているだけあって、ジーヴルの言葉は何処か重みがある。
 ジーヴルは小さい頃から親の仕事を見てきた。母親が歴史関連の仕事を主にしていたことで、歴史には興味があり、15歳の時、王立研究院の職員となった。最初は母親の助手をしていたが、独学で古代文字を解読し、更に研究院に埋もれていた大量の書物を読み解く能力があり、18歳の時に分院の誕生と共に責任者に任命された。
「あら、ジーヴルも来ていたの?」
 そこに2人の母親であるマレがやってきた。
 栗色の髪を肩まで切り揃え、眼鏡の奥には緑色の瞳が見えた。知的な顔をしている。
「母上」
「エテ王子がリオを呼びに来たけど……なにかお取込み中かしら?」
「いえ、すぐに参ります。母上、兄上から聞いたのですが、魔法玉の核の水晶を研究していたというのは本当ですか?」
「ええ、本当よ」
 即答で返すマレは、「何を今さら」と呆れた顔を見せた。その顔は先ほど見せたジーヴルにそっくりだった。
「リオは今、『春の草原』に隣接する村に休暇を利用して出かけているのよね?」
「は…はい」
「休暇で出かけているはずなのにここに戻ってきて、書物を漁っているということは、これが必要になったのかしら?」
 マレはピンク色の表紙の本をさっと差し出した。
「これは?」
「史実を元に書かれた恋愛小説よ」
「恋愛小説?」
 お堅い研究ばかりしている母親からは想像つかない『恋愛小説』という言葉に、リオもジーヴルも同時に同じ方向に首を傾げた。
「人間と契約を結んだ精霊が主人公なの。数ある歴史所の中で、1人の女性が書き残した日記が一番史実とあっていたから、わかりやすくするために恋愛小説に置き換えたの」
「「誰が??」」
「日記の著者はわからなかったわ」
「「違う違う。誰が恋愛小説に置き換えたんですか??」」
 兄弟だけあって声のトーンも話すタイミングも揃うリオとジーヴル。
 その二人にマレはニヤッと意味ありげな笑みを浮かべた。
「この小説はわたくしの最高傑作でーーーす!!」
 ドドーンと効果音が付きそうな勢いで、兄弟の目の前に本を突きつけるマレ。その顔は自信満々の笑みに満ちていた。
「母上が書いたんですか!?」
「日記をそのまま解読するよりも、著者を主人公にして時系列通りに物語としてまとめた方が読みやすいかな…って、遊び半分で書いていたら、かなりの傑作になってしまったの。日記をもとに書いているから史実そのものよ」
「……母上にそんな趣味があったんですね……」
 意外な一面を見てしまったジーヴルは、眼鏡がずり落ちている事にも気づかないほど呆けてしまった。
「お父様には内緒よ」
 口元に人差し指を付け、ウインクを飛ばしながら「ね♪」とお願いしてくる母親は、兄弟の知る母親ではなかった。初めて見る姿だ。
 そんなマレも、研究院の入り口に迎えに来ていたエテ王子とリチャードの前では、いつものお堅い顔に戻っており、リオもジーヴルも、先ほど見た母親の顔は幻ではないだろうかと思っていた。



 同じ頃、ケインの祖母はマリーとミリーに、昔から伝わるお伽噺を聞かせていた。
「勇者と共に旅をした四人の女神は、勇者から旅の思い出にとクリスタルを貰いました。そのクリスタルを、春の女神さまは薔薇に変え、勇者の住む村の近くで咲き続けました。夏の女神さまは夜空に輝く月に変え、夜でも困らないように勇者を照らし続けました。秋の女神さまは勇者が食べ物に困らないように秋の風に変え、豊かな実りを与え続けました。ところが冬の女神さまはクリスタルを大事に大事に取っていました。冬の女神さまは勇者に恋をしていたのです。このクリスタルを何かに変えてしまったら、勇者との思い出は無くなってしまう。そう思った冬の女神さまはクリスタルに願いました。『勇者様の側に居させてください』と。するとどうでしょう。冬の女神さまはみるみる人間の姿に変わっていきました。人間に姿を変えた冬の女神さまは勇者と結婚し、幸せに暮らしました」
「アンお祖母ちゃん、このお話は本当にあったお話なの?」
「どうだろうね。どうしてマリーちゃんはそんな風に思ったんだい?」
「だって、夜空のお月さまは二つあるよ」
「きっと、このお話を作った人が、目に見える物を参考に作ったんだろうね。このお話を作った人はきっと、ロマンチストだったんだよ」
 アンは膝の上に置かれた色あせた絵本をゆっくりと閉じた。そして絵本の裏表紙の目立たないところに書かれた文字を優しく撫でた。

                  <つづく>

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