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第45話  12本の薔薇

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 12月中頃、王宮ではクリスティーヌ王女の誕生日を祝うパーティーが行われた。
 今日は薔薇の日。王都のいたるところが薔薇の花で飾られている。

 薔薇の日は第三世界の女神『戦いの女神』が、『知識の女神』との戦いに勝利し、長い間続いた戦いが終わったことを記念して、『戦いの女神』が戦場となった荒れ地を魔法を使って薔薇の花畑に変えた…という伝説が元になっている。
 戦いが終わったことで、恋人の元に戻った兵士たちが一年である12か月にあやかって、12本の薔薇を恋人に送り、一年後も同じように薔薇の花を贈る。それまで喧嘩もせず、仲良く過ごそうというプロポーズに近い言葉を掛け、その恋人同士は末永く幸せに暮らしたという話があり、それが現在も語り継がれている習わしとなっている。
 最初は未婚者同士の恋人同士のイベントだった。それが次第に既婚者の間でも、伴侶に対して感謝の気持ちを伝えるイベントになっていき、このイベントを機に薔薇の花を売り上げを上げたい花屋が、それぞれ薔薇の花の色に花言葉に近い言葉を付け、国全体で行われるイベントとなった。
 最初は国全体で行われていたイベントだったが、『戦いの女神』が事あるごとに戦いを起こす為、被害にあう小さな村や街に住む人たちは、明日を生きることも困難になり、空腹を癒すことができない薔薇を送り合うイベントなど無意味だ!と思う様になり、今では富裕層だけで行われるイベントとなってしまった。
 王都ではクリスティーヌ王女の生誕祭と重なり、薔薇の日のイベントというよりも王女の誕生日を祝うイベントの方が強い。クリスティーヌ王女自身も薔薇の花が好きなため、王都では薔薇の日=クリスティーヌ王女の誕生を祝うお祭りと認識されている。

 王族たちの誕生日にはそれぞれ「○○の日」と付けられている。
 国王の誕生日は「ステラ王国の日」。この日は芸術祭と同じように身分を持たない者でも王宮に入ることを許されている。(入れる場所に制限はあるが)
 王妃の誕生日は「読書の日」。王妃自身が読書好きとあって、この日は家族同士や恋人、友達同士で本を贈り合う日になっている。
 第一王女は「宝石の日」(宝石商が年に一度の大セールを行う)、第二王女は「服の日」(服屋が年に一度の大セールを行う)、第一王子は「海の日」(国内の海水浴場が一斉にオープンする)、第二王子は「武術大会の日」(年に一度行われる武術大会。もちろん優勝者は第二王子になるように仕組まれている)、第三王女のクリスティーヌ王女は「薔薇の日」と付けられている。
 因みに第四王女のルイーズ王女は、まだ成人を迎えていないので「○○の日」というのはない。成人を迎えると国王と王妃、そして政を担う大臣たちが話し合い、王位継承者として認められた証として「○○の日」が制定される。
 そして第三王子のエテ王子には「○○の日」というものがない。成人を迎えた時、一度は制定されたがエテ王子本人が拒否した。エテ王子は孤児院などで暮らす子供や、職や住む場所がなく、明日をも生きていくのに困難な人たちを視察で見ており、その者たちにも恩赦があるのなら制定してもいいと国王に願い出た。第一王女や王位継承者たちの生母たちの浪費が国家予算を圧迫しており、そこまで手が回らないことを告げられると、税金を使っても国民全員が幸せにならないのならない方がいいと言い放った。一応、誕生日に王宮でパーティーは開くが、その規模は小さく、家族だけの催しとなっている。その代わり、自分の誕生日のパーティーで使われるはずだった予算は、生活困難者にわずかばかりの給付金として配られている。
 大臣や他の王位継承者の生母たちから反感は受けているが、エテ王子如く、
「俺のために使われる金を、俺がどう使おうが勝手だろ」
と言い放ち、大臣たちを黙らせている。

 その為か、コロリスとの結婚式も実は気が引けている。結婚式ともなれば大規模なイベントとなる。
 20年以上も行われていない王族の結婚式なので、近隣諸国も期待しているし、何よりもエテ王子は次期国王に一番近い人間だ。本人は結婚を機に王室から離れることになっているが、近隣諸国の王族にはそのことをまだ伝えていない。
 今後、国を挙げての大きな結婚式は望むことができないと大臣たちに泣きつかれ、何よりも王妃がノリノリで企画を進めている。ほぼ王妃や大臣たちに任せているので、どのような規模になるかも予想つかない。
 ましてやケインたちの住む村でも式を挙げる。これだけ盛大に挙げてしまっていいのだろうか…?と悩みどころだ。

「お兄様は気にしなくていいのです」
 クリスティーヌ王女はブチブチと文句を言うエテ王子にそう言葉をかけた。
「お前な~」
「お父様と王妃様にお聞きしました。お兄様の結婚式は今までお兄様が使わなかった貯蓄から行うそうで、その貯蓄額を基に計画されているから心配いりませんって」
「はぁ? 俺が使うはずだった金は国民に還元しているんだろ?」
「それでも他のお姉様やお兄様たちと同等の予算を立てているので、国民に還元されても余るそうです」
「……一人、どれだけの予算が立てられているんだ…?」
 第一王女や第一王子たちの浪費を考えると、相当な額が年間に支給されている事になる。それでも余るという事は国民にどれだけ還元されているのか気になる所だ。
「それに、国民から『いつも我々の為に貴重なお金を分けてくださっている王子様の結婚式ともなれば、我々への給付はいりませんので、どうか王子様の結婚式にお使いください』って、お父様に願い出る方が多いそうです。お兄様は本当に国民に慕われているんですね」
 クリスティーヌ王女から初めて聞かされた国民からの言葉に、エテ王子は驚いた。
 ただ国民たちが少しでも幸せになってくれればを思って行ってきたことが、こんな感動する言葉として戻ってくるとは思いもよらなかった。
 最も、エテ王子は生活困難な国民と会うことはあっても、王都の店などで買い物をする機会はなかった。その為【物価】というものを知らなかったのだ。一年間で国民がどれだけ稼ぐのか、どれだけ税金を納めているのかも知らず、普段自分が着ている服や食べている物がどれぐらいの値段で売られているのかも知らなかった。
 初めて【物価】に直面したのは、ケインの村に初めて行った時だ。市場で買い物をするとき、金貨を差し出していた。それを見た店の主は目を丸くして驚き、「これはお受け取りできません」を断わられていた。しかし金貨しか持っていなかったため、ヴァーグに相談したところ、そこで初めて国内で流通している【お金】という物を知った。
 市場で使われるのは鉄貨(てっか)や石貨(せっか)、銅貨が主だ。行商の商人が時たま銀貨を使うが、商人たちは村に来る前に銅貨に両替してからやってくる。両替を忘れた商人は村長に頼んで銅貨に変えてもらったり、逆に村から出る時は銀貨に両替して貰っている。
 石貨一枚で1エジル。国内で流通している一番下の貨幣だ。石の文字が使われているが、これは昔は小石を使っていた為、そう呼ばれているだけで、実際は銅貨と同じ素材の上から灰色の塗料を塗り、「1」という文字が描かれている。。
 鉄貨一枚で10エジル。これも昔は鉄を使っていた名残で、今は銅貨と同じ素材の上から青い塗料が塗られ「10」という文字が描かれている。
 銅貨一枚で100エジル。村の市場では100エジルが最安値だった。銅貨から上の貨幣には数字は描かれておらず、色で判別することになっている。
 石貨と鉄貨に数字が描かれているのは、万が一塗料が剥がれた時、銅貨と間違えない為、素材そのものに彫り込まれている。
 銀貨一枚で1000エジル。銅貨ばかりを持っているとジャラジャラと音がなって、却って盗賊などに狙われる可能性がある為、商人たちは村長に両替を願い出るのだ。
 金貨は一番高く10000エジル。ほぼ王侯貴族しかお目にかかれない物だ。以前、副村長がクリスタルを生む薔薇をエテ王子に売りつけた時、珍しいのに一本1000エジルと言っていたのは、金貨がある事を知らなかったから。そのため、自分が知っている一番上に貨幣を販売値として言っていたのだ。エテ王子も金貨を使わずに支払っているので、副村長は今でも金貨の存在を知らないのだろう。最も、今は牢屋で裁判待ちだが…。
 ケインの住む村を訪れて、今まで自分の知らない世界が存在することも新鮮だった。だからこそ、すべての国民が同じ生活を送ることを願っている。王室を離れることでどこまで出来るかはわからないが、ヴァーグが側にいれば不可能ではないと言う自信もある。


 クリスティーヌ王女の生誕祭とは名ばかりで、王女の生母が企画した王宮のパーティーは、王女の婿選びが主だった。いくら側室とはいえ、いずれ王位を継ぐ資格を持つクリスティーヌ王女の生母だ。王女が国王になれば国王の生みの親として相当な権力を持つことになる。だからだろうか、主役であるクリスティーヌ王女に声を掛ける人は余りおらず、若い貴族も貴族の娘も、その親たちも王女の生母のご機嫌取りばかりしている。

 主役にも関わらず、エテ王子とルイーズ王女以外誰も声をかけてこない事にクリスティーヌ王女は大きな溜息を吐いた。
 国王と王妃は招待されておらず、会場を見回しても知っている顔はいない。
 すぐ側にエテ王子とルイーズ王女がいてくれて淋しさはないが、エテ王子の婚約者であるコロリスや、リチャードとカトリーヌも招待されていないので、本当に誰の為のパーティーなのか分からなくなってきた。

「姉様、お部屋に戻りますか?」
 沈んだ顔をするクリスティーヌ王女はを心配してルイーズ王女が声を掛けた。
「それはできないわ。一応お母様の目の届くところに居なくちゃ」
「でも…」
「わたしは大丈夫。来週は王妃様主催のお茶会が開かれるんですもの。それまでの我慢!」
「どうしてカトリーヌ様やお兄様の婚約者のコロリス義姉様が招待されないの? 姉様ととても親しいのに」
「お母様がすべての権利を持っていますからね。お母様の得にならない方は呼ばなかったそうよ。お母様にとってはわたしは道具にすぎないの」
 大きな溜息を吐きながら、沢山の人に囲まれている母を見るクリスティーヌ王女。
 この中から自分の婿候補が決まるのか…と思うと、急にケインの顔が浮かんだ。
(な…なんでケインさんの顔が浮かぶの!?)
 数回しか会ったことないのに、鮮明に覚えているケインの顔がちらつき、クリスティーヌ王女は顔を真っ赤にした。
 何度も首を大きく振って「違う、違う」と独り言を言うクリスティーヌ王女を見て、エテ王子は「なにやっているんだ?」と挙動不審な動きをする彼女を心配した。
 ルイーズ王女はまったく気づいておらず、配膳される美味しそうな料理に目が奪われていた。


「クリスティーヌ」
 宴も終盤に差し掛かった頃、今日初めて母親から声を掛けられた。
「お母様」
 クリスティーヌ王女と同じ亜麻色の髪に、緑色の瞳を持つ彼女の生母ジュリエッタは、彼女に未だにお祝いの言葉を述べていない。やっとお祝いの言葉が聞けると思った王女だったが、
「ご紹介したい方々がいらっしゃるの。こちらにいらっしゃい」
と、全く見当違いな言葉が返ってきた。
「……はい……」
 自分の思い通りに物事が進まないとすぐに癇癪を起こすジュリエッタに逆らえないクリスティーヌ王女は、素直にその言葉に従った。
 ジュリエッタが連れてきたのは、今まで自分が多くの貴族に囲まれていた場所。
 そこには三人の若い貴族の青年が待っていた。
「こちら、わたくしが決めたあなたのお婿候補です。家柄も財力も地位もすべて完璧な殿方たちですわ」
 ジュリエッタは三人の青年を紹介し始めた。

 長く伸びた明るい茶髪を向かって右側の低い位置で一つに纏め、毛先を体の前に垂らしているのは、ウイリアムという名前の青年。先代の財務大臣の孫にあたる。先代の財務大臣はその任務を終えたにもかかわらず、今でも予算会議に口を挟むことで有名だ。きっとジュリエッタに支給されるお金を増やす為に、財政に権力のある後見人を持つ彼を婿候補に決めたのだろう。
「お目にかかれて光栄です、王女。どうぞビルとお呼びください」
 恭しくお辞儀をするウイリアム。見た目は好青年だが、実は異性との話題が尽きない。周囲は気づいているが親族たちが色々ともみ消している。

 次に紹介されたのは、レモンライム色の短い髪に、レモン色の瞳を持つレヴィアンという名前の青年。国王に仕える侍女長の孫だ。国王が小さい頃から侍女として仕えていた祖母を持つ彼は、今は執事の見習いをしているが、列記とした公爵の地位を持つ。王宮に仕える執事や侍女は家柄がはっきりした人物しか雇うことがない。国王の侍女長をしているのだから身分も家柄も申し分ないだろう。
「王女の婿候補にお選びいただき、誠にありがとうございます」
 執事見習いをしているだけあって、堅苦しい言葉と背筋が伸びたお辞儀に好印象は伺える。彼にはこれといったスキャンダルは聞いたことがない。今のところは。

 三人目はエリオという名前の青年。薄紫の髪を縛ることなく背中の真ん中まで伸びしており、綺麗に手入れされたその髪は艶やかだ。瞳も薄紫色でどこか神秘的な雰囲気がある。国の北側に広大な領地を持ち、隣国との貿易を監視する伯爵家の三男。北側の国はジュリエッタの大好物を生産している国なので、流通経路を確保するために伯爵家との関係を持とうと考えているようだ。
「お姿は何度か拝見しておりましたが、こうしてお声がけさせていただくのは初めてです。どうかよろしくお願いいたします、王女」
 爽やかな笑顔を見せ、好印象を与えようとしているエリオ。第一王子と仲がいい事が少し気になるが、好物を確保するためにはそこは目をつぶることにしたジュリエッタだった。


 三人ともクリスティーヌ王女の婿候補としてジュリエッタの公認となったわけだが、クリスティーヌ王女はどうも腑に落ちない。紹介された三人は一度も話したことがないのだ。そればかりか年が離れている。一番若いエリオでも7歳離れている。ウイリアムに関しては15も離れているのだ。
 年の差も気になるが、三人とも名前を呼んでくれない事に違和感を覚える。そして今日は誕生日なのに誰もお祝いの言葉を掛けてくれない。

 全然心が躍らない。

 ケインと話しているときはいつも心臓がドキドキ言っていた。なのにこの三人には何も感じない。
 母が選ぶ三人を受け入れなければ、また癇癪を起こす事を考えると、とりあえず形だけでも受け入れなくてはならない。
 クリスティーヌ王女は引きつった顔を一瞬見せたが、相手が嫌がらないように笑顔で
「よろしくお願いいたします」
と深く頭を下げた。
 自分が選んだ婿候補を受け入れたことにジュリエッタは満足気な笑みを見せた。


 わたしは母の道具。


 自分の望む道が閉ざされたことを実感したクリスティーヌ王女だった。




 王妃主催のお茶会に出席する為、マックスとメアリーは新しく衣装を新調した。
 ナンシーの両親が事情を聴き、わざわざ王都から駆けつけ、オーダーメイドの服を新調してくれたのだ。
「お代、高いのかしら?」
「俺に聞くな」
 助手が寸法を測ってくれている間、マックスもメアリーもお金のことしか頭になかった。
 ナンシーの両親は王宮からも信頼されているデザイナーだ。そんな凄い人に王妃の前でも恥ずかしくない衣装を作ってもらうのだから、値段は跳ね上がるだろう。
 不安な顔を見せるマックスとメアリーに、ナンシーの母親はクスクスと笑った。
「お代の事は気にしなくてよろしいですわ。王妃様から頂いていますから」
「お…王妃様から!?」
「王妃様からのプレゼントです。お気になさらないでください」
 ますます表情が固まるマックスとメアリーだった。


 一方、ケインはクリスティーヌ王女へのプレゼントをまだ悩んでいた。
「で、僕に相談しに来たんですか?」
 王都には戻らず、村で偶然見つけた【炎の結晶】と【水の結晶】、そして薔薇から生まれたクリスタルの研究の為、村に残ったリオの元に毎日のように相談に来ていた。
「だって……」
「なんでもいいんですよ。相手が喜んでくれれば」
「だから、その喜ぶ基準がわからないんです! だって、相手は王女ですよ!? こんな一般国民が考えるプレゼントと価値観が全く違いますって!!」
「自分が出来る精一杯のことをすればいいんです。クリス様はケインが思い描く王族とは違いますから」
「そうは言っても…」
 テーブルの端に顎を乗せ、ムスーッとした顔を見せるケイン。
 デイジーやナンシーの時はケーキを焼けば喜んでくれた。それは2人が料理をしないから出来た事。
 だがクリスティーヌ王女は違う。自分でお菓子を作ることができる。と、いう事はお菓子を作っていっても、自分より上手くできた物を貰って惨めになるはずだ。機嫌を損ねるかもしれない。
「クリス様は、母親の浪費癖を身近で見ていますので、高価な物は喜ばないと思います。自分独りの為に大金を使うことを好まないのです。エテ王子が自分の為に使うぐらいなら国民に還元しろと仰る人ですから、その影響を受けているのかもしれません」
「え? エテさんってそういう人なの?」
「はい。本来、王族の方には誕生日の日に記念日が制定され、盛大な誕生日パーティーが模様されます。もちろんその盛大なパーティーは国家予算から組み込まれていますので、元をたどれば国民からの税金になります。ですが王子は、国民から徴収したお金で自分の権力を見せつける行いを極端に嫌い、記念日の制定もお断りしています。少しでも生活困難者の助けになれば…と、年に何回か給付金を交付しているのです」
「王族だから好き勝手にお金が使えるのかと思った」
「たしかに側室や他の王子・王女は予算を超える浪費をしていますが、エテ王子は自分よりも国民を…という思いが強く、国王様や王妃様も倹約するタイプなので、次期国王に一番相応しい方だと太鼓判を押されています。今、この国は潤っているように見えますが、実は財政難に陥りそうなのです。そのうち、国民たちの税金の上がることでしょう」
「俺、税金っていうものを払っていないけど、それって大丈夫なの?」
「王都以外の村や街は教会がまとめて払っています。年に一度、村や街に住む人口を調査し、決まった額を教会が王都の財政府に支払うことになっているんです。ケインも教会に行くとお布施という形でいくらかお金を収めませんか?」
「うん? 俺は月に一度、神父の話を聞きに行くとき、来てくれたお礼として女神の姿が彫られたコインを一枚貰うだけだけど? その時、お気持ちで結構ですのでって言われて、少額のお金を神父に渡しているけど…」
「それがお布施の代わりなのでしょう。村や街によってやり方は違いますが、そうして集めたお金の中から税金を払っています」
「それが王族の生活資金になるってこと?」
「はい。ですので、王子は国民に還元すると仰っているのです。正直、結婚式も気が引けると仰っていました。豪華な結婚式を挙げるよりは、生活に困っている国民に渡してくれた方が国の為になると考えておられるのでしょう」
「たしかに王族の結婚式って、国を挙げての大きなイベントだもんな」
「ですが、王子によって還付や給付を受けている方が、『王子様の結婚式にお使いください』と返しに来られる方が急増しております。今まで助けていただいた恩返しなのでしょう」
「いい事をすると、自分に返ってくるんだ…」
「王子の人柄も関係していると思います。そんな王子の背中を見て育ったクリス様です。心がこもっていれば喜んで受け取って貰えます」
 そうはいうが、やはり何を渡していいのか悩むケイン。
 やはりお菓子を作ってあげた方がいいのだろうか…。何かを買うこともできるが、高価な物でなければ身に着けてはくれないだろうし、そんなお金はない。ゲンに頼んで何か作ってもらおうか……。

 ふとケインはある事に気付いた。
 薔薇から生まれたクリスタルを調べているリオの顔をジッと見つめた。
「な…なんですか?」
「リオさんって、ガラス細工が得意でしたよね?」
「ええ、まあ…。魔法玉に使うガラス玉を製作していますので」
「ちょっとお願いがあるんだけど…」
 ふと頭の中に浮かんだアイデアが実際に可能かどうかは分からないが、もし可能なら絶対に喜ぶだろうと確信した。
 ケインのアイデアを聞いたリオは「可能です」と即答した。
「ゲンさんの工房を貸していただければ製作は可能です」
「じゃ…じゃあ!!」
「お手伝いします。ケインは先にゲンさんに工房を貸していただけないか許可を得てください」
「わかった!!!」
 ケインはすぐにゲンの工房へと向かった。
 部屋を飛び出すケインを見送ったリオは、彼が提案したガラスを使ったアイデアに正直驚いていた。



 ゲンの鍛冶場までやってきたケインは、そこでゲンと話しているヴァーグとエミーの姿を見つけた。
「あら、ケイン」
 ケインに気付いたエミーが名前を呼ぶと、ヴァーグもゲンも同時にこちらを向いた。
「エミー姉さん、なんでここに?」
「ちょっとした頼まれものをされただけじゃ。ケインは何しに来た?」
「リオさんが工房を貸してほしいって頼まれたから来たんだけど…」
「なんじゃ? 魔法玉でも作るのか?」
「いや、俺が提案したガラスを使った製品を作ってくれるっていうから、それで…」
「ガラスを使った製品?」
「クリスティーヌ王女への誕生日プレゼントなんだけど……」
「おお、やっと決めたのか。で、何を作るんだ?」
「それはリオさんが来たら話す。で、工房を貸してくれる?」
「いいとも。夕方なら職人たちもいないから自由に使って構わない」
「ありがとう、ゲン祖父さん!!」
 そうお礼を言うと、再び宿屋に向かって走り去った。
 突然来て、あっという間に走り去っていくケインの後ろ姿をエミーはポカンとした表情で見つめていた。
「忙しい奴じゃな」
「ガラスを使った製品…か…」
 ケインの発言に何かを思いついたようなヴァーグは、顎に手を当て目を伏せた。
 ヴァーグはエミーから結婚式に使うアクセサリーを相談されていた。ナンシーの両親がウエディングドレスをデザインしてくれたのだが、純白のドレスを作ってくれるらしい。ブーケはビリーが作ってくれるが、それだけでは物足りなさがある。この世界では結婚式で指輪の交換はしないと言う。ヴァーグがいた前の世界ではお互いに指輪を交換し、結婚している証を身に着けるのだが、この世界ではそういう習慣がないようだ。
 花嫁は青い物を身に着けると幸せになれるという言い伝えはあるらしいので、それを基にアクセサリーを作ってもらおうとゲンの職人仲間に相談にきたヴァーグは、ケインの「ガラスを使った製品」という言葉に、なにかアイデアを考えたようだ。



 同じ頃、王妃主催のお茶会の準備をしていたクリスティーヌ王女は、必要以上に付きまとう婿候補のウイリアムとレヴィアンにうっとうしさを感じていた。
 部屋を一歩出れば廊下で待ち伏せしていたり、王妃に呼ばれ回廊を歩いていると、突然目の前に現れ道を塞いだり、毎日のように高価な贈り物を送ってきたりと、とにかく2人から離れたくて仕方なかった。
 いくら母が決めた婿候補と言っても、ここまでしつこく付きまとわられるとは思いもよらなかった。

 ただ、エリオだけは会えば挨拶はするが、2人みたいにしつこく付きまとうことはなかった。
 少し距離を置いているようにも感じ、世間話をしていても、どこか違う所を見ているようにも思えた。
 母が勝手に決めたこともあり、もしかしたらこの人は乗り気ではないのだろうか?
 候補者が一人いなくなることを喜んだクリスティーヌ王女。

 実はエリオには誰にも相談できないある悩みを抱えていたのだ。


              <つづく>
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