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第54話 信頼しているからこそ
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翌日、ケインたちは国王と時間をかけて話し合った。
エテ王子に仕えている者の再就職先、侍従や侍女たちの実家の事、新しい企業の立ち上げ、流通に関するシステムの事…。真剣に話すエテ王子やケインの、国王は深く頷きながら聞き続けた。
どれぐらい話し合っただろうか。
「わかった。わしも援助しよう」
国王がすべてを認めてくれた。ただ、給料に関しては、今と変わらず国から払ってほしいと願い出たが、それは財務大臣と話し合わないといけないと忠告した。
今の財務大臣は先代の大臣の言いなりで、例え国王が提案した事でも、先代の大臣が利益にならない事はすべて却下するそんな人だ。王宮を離れた人に給料を払う事を許可するとは思えない。実際、エテ王子にも王宮にいる間は今と変わらず予算を立てるが、王宮を出たら一切援助しないと豪語している。
「しかし、流通の話は興味がある。各国に倉庫を作れば色々な物が行き交うことになるな」
ヴァーグが考えた中継基地を作る物流の動きや、一つの会社が運送を担うことで縄張り争いが無くなる事など、今までの大臣との会議で出てこなかったアイデアに驚いている。
「それで、新しく四つの企業を立ち上げたいんだけど、親父も協力してくれないか?」
「四つの企業? さっき話した輸送とかの事か?」
「ああ。まず、土地の管理をする『不動産』という会社を立ち上げたい。この適任者がラングリージ伯爵が最適だと思う。息子も細かい作業が得意だし、親子で管理してはどうだろうか」
「その不動産とはどういう仕事なんだね?」
「親父から貰ったケインの土地を、居住区、商業施設、工場施設、娯楽施設に分けて、その土地で起業したい人、住みたい人に土地を売ったり貸したりする仕事らしい。他にも集合住宅の管理や家賃の回収なんかもするらしい」
「まあ、あの伯爵なら適任だな。実際に領地でも畑を分割して貸し出しているし、その実績はわしも認める」
「次に運送の会社を立ち上げたい。さっき話したように各地域に倉庫を建設して、その倉庫を繋ぐ流通経路を確保して、この国の特産物や近隣諸国の特産物を売買する。これは近隣諸国に顔が広く交渉事が得意なオーベルシュゼン男爵に頼みたい」
「おお、あの男か。あの男なら適任じゃ。よく海外から取り寄せてくれているからな。去年の夏も体調を崩した南の国の国王にゼリーなるものを贈ってくれた。それに彼は港を持っていたと思うが…?」
「男爵の奥方の実家が所有している港のことだろ? それを利用すれば海を渡る流通経路も確保できる。男爵の娘の嫁ぎ先は造船所を持っていると聞いたことがある」
「船は確保できるな。だが、男爵は陸の運送に関しては荷馬車などを持っていない。それはどうする?」
「牧場を経営しているシンリーナ子爵に頼んだらどうだろうか。子爵の牧場は馬を育て騎士団や商人に卸している。荷馬車の馬の確保は出来るはずだ。荷馬車に関しては子爵の知り合いに製造をしている人がいると聞いている。そこに頼めば荷馬車の確保もできる。運送を手助けする会社として立ち上げたい」
「オーベルシュゼン男爵とシンリーナ子爵は同じ騎士団出身だったな。しかも同期のはずだ。それなりに交流もあるだろし、手を組めば大きな会社になる」
国王とエテ王子の口から飛び出す貴族の名前は、ケインには全く分からないが、2人の言葉からそれなりに人物像が伺える。また2人の言葉から名前の挙がった貴族たちはエテ王子が信頼している人だとわかる。
「最後に『銀行』という場所を作りたい」
「『銀行』? なんだそれは?」
「国民のお金を預かり貸し出す場所……ってヴァーグ殿は説明してくれた」
「財務大臣が開いている取引所じゃダメなのか?」
「取引所は貴族しか使えないし、金を借りる時は物と交換するだろ? そうじゃなくて、自宅で管理できない金を銀行に預け、好きな時にその金を引き出せるシステムなんだ。もちろん引き出す金は自分が預けた物だから、物と交換しなくてもいい」
「そんなんでうまく回るのか?」
「自分が預けた金を自由に引き出せないなんて、それこそおかしいよ。なんで自分が預けた自分の金を物と交換して引き出さないといけないんだよ」
「それもそうだが……」
「最初は難しいと思う。ヴァーグ殿が言うには資金集めやどのように銀行に金を預ける資格を得るのかは、これから考えていかなければならないが、同じ銀行のシステムを各地方に作れば行商を行う商人が一番安全になるって言ってた。行商は大金を持ったまま各地を渡り歩いている。だから盗賊に狙われやすいって。各地方に銀行を作って、そこに預けたお金を他の土地でも引き出せるシステムを作れば、行商人も安心して旅を続けられるって」
「それはいい案だ。だが、銀行で預けた金をどうやって他の土地の銀行から引き出すんだ? 預ける人がいなければその銀行には貸し出す金がなくなるだろ」
「それも聞いた。例えばなんだけど、各地方の銀行に金を送り合ってはどうかって言っていた。一つの銀行に保管できる金を統一し、少ない銀行には多い所から金を移す。もし、一度に大金を引き出したい人が現れたら、各銀行に連絡をし、金を集める。その人は金を貰う日時を決めておけば準備できる時間も作れる。金の輸送は行商や作物などを運送する会社では安全面が欠けるので、騎士団が行ったらどうか…て。遠征訓練のついでとか、そういうのを利用すれば、新しく人を雇うことはないって」
「なるほど。面白いシステムだ。その銀行ではお金を預けたり、引き出すだけなのかね?」
「貸し付けも行えるようにするって。借りる人には借用書を書いてもらい、利子をつけて期限を決めて返してもらう。今、貴族に金を借りている人のような感じだ。だが、貴族は勝手に借用書を書き換えたりするから、返す利子は一定にし、借りた金を分割で返せるように月々定額の返済をするようにしたい」
「ほぉ…。返す時は毎月決まった金額を返せる……いいシステムだ」
「期間も選べるようにしたいって言ってた。例えば10万エジルを借りた時、毎月の返済を1万エジルとすると10ヶ月で返済できる。利子が付くからもうちょっと掛かるけど…。だけど月1万が無理な時は二年以内に返すようにすれば、一ヶ月の返済は約5000エジルになる。半分の金額で期間を二年に延長すれば、生活に支障は出なくなる」
「ふむふむ」
「ただし、この貸し付けは年齢制限を設ける。20歳以下は利用できない。金を預けるのは0歳から出来るが、貸し付けは返済能力がないと信用がないし、子供が大金を親に内緒で借りるわけにはいかない」
「そうだな。年齢制限を設けた方がいいだろう。して、なぜ0歳から預けることができるんだ?」
「預ける時に個人個人に番号を配布するんだって。その番号は個人個人に渡される自分専用の口座…っていう物で、その番号を照らし合わせて引き出せるかを調べるらしい。0歳からその番号を配布されるから、子供の将来の為に金を残したい親が貯金できるようにしたいらしい。子供が大人になった時、生活する資金があれば都会にも出れるし、起業する時の足しにもできる」
「なるほど、なるほど。実に興味をそそる企業だ。して、その銀行は誰に任せるんだね?」
「これは俺がやろうと思ってる。適任の貴族もいるにはいるけど、最初は俺がやった方が信頼はあると思う。それで、親父に頼みがある。王宮にいる間に支給される俺の金を使って、この銀行を立ち上げることを許可してほしい。クリスに聞いたんだが、俺の貯金額は結婚式を挙げても余るんだろ?」
「お前の貯金はそのまま残しておいた方がいい。銀行の立ち上げは国が援助する」
「だけど…」
「お前が国民に還元したい気持ちはわかる。だが、お前がいくら還元しても、それはお前の自己満足にすぎない。国民がお前の為にと収めてくれた税金を使って国の為に働いてくれることはいいことだが、貴族の中にはそれをよく思っていない人がいる」
「……」
「しかし、お前の貯金を王宮の金庫から、新しく建設する銀行に移すことは可能だ。いくつの銀行を作るかはわからないが、各店舗に分割して入れておけば、その金を基に国民は借りに来るだろう」
「それって…」
「銀行の企業はお前が第一責任者だ。だがその資金は表では国とする。事業が軌道に乗ったら、国は手を引く予定だ。あくまでも国が援助するのは何かあった時の保険だと思ってくれればいい」
「ありがとう、親父」
今まで国民を思ってやってきたエテ王子だからこそ、国王もこの企業に賛同したのだろう。
「だが、一つの建物に大金がある事が知れ渡れば、盗賊たちの餌食になるだろうな」
「それなんだけど、軍の育成学校に新たな学科を作ることは出来ないだろうか」
「新たな学科?」
「これはケインが提案した事なんだ」
「ほぉ!」
国王はケインの顔を見た。
突然話を振られたケインは、急にうろたえた。
「どういう学科なんだね? 話してくれたまえ」
「あ~……俺…あ、いえ、僕の提案っていうか……育成学校に銀行で働ける人を育てる学科があれなば…って呟いただけなので……」
「銀行で働ける人を育てる?」
「はい。軍の育成学科の方で、銀行を警備する人を育て、使用人育成の学科で、銀行業務が出来る人を育てられたらな……って。警備する人と業務する人が一緒だと人件費も抑えられるし…」
「なるほど。それはいいアイデアだ。よく思いついたな」
「実は、今レストランにミゼル侯爵家から料理人が一人、修行に来ているんです。その人、元々騎士団に所属していたんですが、環境に馴染めなくて辞めた後、リチャードさんが屋敷に招いたそうなんです。でもその人、料理のセンスがよくて、騎士団でも料理を担当していたって言ってました。もしかしたら騎士団の中には体を動かすよりも、計算するのが得意な人もいるんじゃないかな…って思って提案しただけで…」
「そうだったのか…。確かに育成学校を卒業すると就職先は決まっている。自分の意思と反した職では長続きしないな。よかろう、新しい学科を設立し、来年度から実施しよう。だが、新しく学科を設置しても育つまで時間が掛かる。その間はどうするんじゃ?」
「俺やコロリスに仕えている人を中心に業務を行う。他にもやりたい人がいれば随時募集する」
「よかろう。銀行については今後、詳しく話そう。残りの企業に関しては本人にわしから話を持ち掛けてみる」
すべての話を聞き終え、国王は満足気な表情を見せた。久々に未来のある話を聞けて満足のようだ。
その後、名前が挙げられた貴族を呼び、国王の口から会社の設立について話した。
最初は困惑していた。王宮を離れるエテ王子についていっても、もう出世は望めない。他の候補者に鞍替えしようと考えていた。
だが、国王が話された企業に興味が沸いた。出世うんぬんよりも、自分の家の繁栄が明確に見えたからだ。そして何よりも、この企業の発案者に国王のお気に入りである青みがかった銀髪に青い瞳の青年の名前がある。この青年は身分もない小さな村の青年にも拘らず、国王のお気に入りとなり、現在、王宮への出入りを唯一認められている一般市民だ。
この青年がこれだけ出世したということは、自分もいずれ出世するかもしれない。そんな希望が持てた。
それに、エテ王子が王室を離れた後、この国の未来を託せる王位継承者はいない。無理に継承者の機嫌を取るよりも、大出世した青年と、ずっと仕えてきたエテ王子にこのままついていった方がいいのかもしれない。
名前が挙げられた貴族は、すぐにエテ王子の元へと駆けつけた。
エテ王子の侍従や侍女、使用人たちにもこの話はすぐに耳に入った。
数日後、自分の私室に侍従や侍女、使用人たちを全員集め、コロリスの侍従たちと共に、今後の話をした。
「すでに国王から話を聞いていると思うが、コロリスとの婚礼の儀が終わり次第、俺たちは王室を離れる。本当はもっと早く話さなければいかなかったんだが、遅くなって申し訳ない」
王子自ら頭を下げることに、侍従たちはどう対応していいのか分からず、若い使用人たちはオロオロしていた。
長年仕えている侍従や侍女たちは内心は焦っているが、表面は落ち着いていた。如何なる時も動揺を見せてはいけないという訓練をされているからだろう。
「せめてもの償いに、君たちの就職先を斡旋してきた。ただ正式には決まっていないので、嫌ならやめていい。すでに見つかっている人は断ってくれてもいい」
「王子、我々はすべてに真実を受け入れる覚悟があります。どうぞ仰ってください」
侍従の中で一番長いヘンリーが言葉を発した。ヘンリーはラングリージ伯爵の息子だ。
ヘンリーの言葉に全員が頷いた。
「ありがとう、ヘンリー」
エテ王子は全員に再就職先を告げた。もちろんコロリスの侍従や侍女たちにも再就職を告げた。
新しく告げられた再就職先はとても魅力がある。どんな仕事なのか興味が沸く。だが、全員が全員、王宮を離れる仕事ばかりだ。実家で立ち上げる企業に就く者もいれば、東側の小さな村に移動になる者もいる。使用人たちは田舎に家族を残してきている者もいる為、王都を離れることに躊躇いを感じる。
だが、最後にエテ王子はこう付け加えた。
「君たちが再就職する場所は、俺とコロリスが移住する場所だ。その村に国王のお気に入りが住んでおり、そのお気に入りの師匠が全員を雇用させてくれると話してくれた。中には田舎に家族を残している者もいると思う。王都よりもさらに東に移ることに躊躇う者もいるはずだ。だが、その村に住む人は、家族全員の移住を認めてくれた」
「…え? じゃ…じゃあ、田舎にいる父や母、弟や妹たちも一緒にいいんですか?」
使用人で主に清掃をしていた青年が言葉を発した。使用人ごときが発言することがマナー違反だと感じたヘンリーは大きな咳払いをした。
「気にしなくていい、ヘンリー。今は発言を許す。俺たちしかいないんだから」
「失礼いたしました」
「向こうで住む場所を提供してくれる。小さい子供は学校に通わせ、職がない者も働けるようにしてくれる。ただ一つだけ言わなければならない事がある。今と同じ給金を支払う事が出来ない。国王に国から給金を支払えないかと頼んだが、それは財務大臣の許可が欲しいとの返事だった。ほぼ絶望的だろう」
「……」
「今の給金との差額は俺の貯蓄から支払おうと思っている。だが、それもいつまで続くかわからない。国王は援助すると言っているが、それもどれだけ保証できるか…」
給金の話は一番重要だろう。田舎から出てきた者にとっては仕送りをしなくてはならない。例え一緒に暮らしたとしても、自分だけの給料では全員を養う事が出来ない。
部屋の中に沈黙が訪れた。
その沈黙を破ったのは侍女長を務めるエテ王子の乳母だった。
「王子様、差額を払う必要はございません。むしろ、わたくしたちは他の王子様や王女様に仕える侍女たちよりも多くのお給料を貰っています」
「…え?」
「お噂では第一王女様の使用人は何か月もお給料を貰っていないと聞きます。そんな人に比べれば、今のお給料より下がることを恨むなんて、罰が当たりますわ」
「そうです、王子。我々はこの王宮内で一番待遇がいいのです。王子が謝ることもありませんし、差額を払うなんてもってのほか。お給金が減ったとしても、王子についていく覚悟はあります」
「それに、王子様はわたくしたちの再就職先を見つけてきてくれました。わたくしたちの特技を生かしたお仕事を見つけてくださり感謝しかありません」
「わたし達は王子に仕えてこんなに嬉しい事はありません」
ヘンリーは頭を深く下げると、それに続く様に全員が頭を下げた。
エテ王子を信頼しているから今までついてきた。自分で見つけなくてはいけない就職先も見つけてきてくれた。住む場所も見つけてくれた。これだけ尽してくれる王族は他にはいないだろう。
なによりも、話があると一つの部屋に集め、話し始めた時、エテ王子もコロリスも椅子に座っていない。自分たちと同じように立っていたのだ。他の王族なら何か話す時、話す人が座っているか、話す人が立っている場合は、聞く側は床に膝を着かなければならない。それなのにエテ王子はいついかなる時でも視線を合わせてくれる。王族と同じテーブルに着くことも禁じられているこの王宮内で、私室だから気にするなと同じテーブルに座り、お茶まで飲ませてくれる。それが使用人でも全く同じ待遇だ。
他の王族は仕事の出来で給金を決めている。いい月と悪い月があり、侍女長が話すように何か月も給金を貰えない人もいる。エテ王子は全員が毎月一律の給金を渡し、臨時でボーナスをくれることもある。珍しいお菓子が手に入ったからといって、全員に配り、家族の分まで渡してくれることもある。田舎の家族が倒れた時は旅費と御見舞金まで出してくれたり、この人を裏切る事などできなかった。より一層仕えようと頑張ってきた。
その結果、再就職を見つけてくれたり、実家の特徴を生かして仕事まで与えてくれた。
全員が思う。
この人が国王になられたら、この国はもっと豊かになる。
エテ王子は全員に交代で一週間の休暇を取るように告げた。新しく住む村に一度足を運んでもらいたいのだ。
ヘンリーや実家に会社を設立するように言われた者は、実家に戻り家族と話し合う時間も作らなければならない。婚礼の儀まで一年以上あり、それまでは全員がここに残るのだから、なんの不便のない。
侍従や侍女、使用人たちはエテ王子に感謝を述べ、交代で休暇を取り村へ足を運んだり、家族と話し合う時間を作った。
エテ王子に仕えていた者の再就職を聞き、他の王位継承者に仕えていた者が寝返ってくることもあった。それはエテ王子が丁重に断りを入れた。今さら寝返る意味が分からない。もしかしたらスパイかもしれないし、実際に王宮を離れるまで何をされるかわからない。
国王もエテ王子の婚礼の儀が終わるまで、他の継承者に手伝いなどで出入りすることを禁じた。
同じ頃、村のレストランでも新しい動きがあった。
「ポール、ヴァーグさんがお呼びだぞ~」
厨房で片づけをしていたポールを、ジャンが呼びに来た。
「え? ぼ…僕?」
「何かやらかしたか?」
「僕は何も……」
「まあ、ヴァーグさんは怒ることはないから、心配はいらないさ」
背中をバシッと強く叩かれたポールは、ヴァーグがいる住居スペースへと向かった。
ポールがヴァーグの部屋に就くと、そこにはケインと2人の女性がいた。
「あ、ポール君。待ってたわ」
笑顔を見せるヴァーグに、ポールはホッと胸を撫で下ろした。ジャンには心配ないと言われたが、やはり不安はあった。その不安も彼女の笑顔で消え去った。
「紹介しますね。こちらがミゼル侯爵家から修行に来ているポール君」
「はじめ…まして」
ポールがぺこりと頭を下げると、2人の女性が同時に頭を下げてきた。
「こちら、エテ王子の侍女長のアデリーヌ様と、侍女のリーレン様。王子の婚礼の儀が終わり次第、保育所で働くことになったの」
「アデリーヌと申します。こちらは娘のリーレンです」
「ポールです。料理人をしています」
「ヴァーグ様から色々とお伺いしていますわ」
「ねえ、ポール君。単刀直入に聞くけど喫茶店に興味ない?」
「きっさ…てん……ですか?」
初めて聞く言葉にポールは首を傾げた。
「この村に保育所があるんだけど、そこに併設して喫茶店を開いているの。軽い食事やお茶が出来るスペースなんだけど、保育所の子供たちのご飯も提供しているのよ」
「え…と……それが僕とどんな関係が……」
「この間、レストランに来た子供に特別な物を作ってあげたでしょ」
「え?」
「ご飯を食べたくないって泣き叫んでいた子供に、何か提供しなかった?」
少し考えたポールは「あ…!」とその時のことを思い出した。
新年が空けて三日後、レストランに親子が来店した。親が注文した料理を子供が食べたくないと泣き叫んでいたのだ。親はこれを食べないとデザートはないと叱っていたが、それでも子供は泣き叫んでいた。
そこでポールは大きなお皿に子供が好きなハンバーグやエビフライ、ケチャップで味付けしたご飯を猫の寝姿の形に盛り付け、その上に薄い卵焼きを掛けた。卵を掛けるアイデアを出したのはラインハルトだ。
ポールがそれを提供すると、子供は泣き止み、喜んで食べてくれた。
「あれは!! すみません! 許可もなく提供してしまって!!」
「いいのよ。あの後、そのご両親からお礼を言われたわ。いつもはご飯を食べるのを嫌うのに、見た目が変わるだけで美味しそうに食べたって。なんでも自分が食べたい料理を両親が食べた事が嫌だったみたい。自分だけの料理が出来て嬉しかったって」
「そ…そうなんですか?」
「よく思いついたわね」
「あれは、前にケインさんが侯爵家で作ってくれた夕飯をアレンジしただけなんです。もっと子供が喜ぶように盛り付けたら、子供たちは食べてくれるかな…って思って」
「まあ。ポールさんはお子様のお料理を考えるのが得意のかしら」
「得意って言うか…」
「ぜひ、保育所でも提供していただきたいです。お母様もそう思いますよね」
「ええ。王宮でもお子様の食事は色々と大変なんです。王宮では大人と同じ料理をお子様も召し上がりますので、子供だけの料理がある事を、先ほどヴァーグ様からお聞きしましたの」
「子供には楽しく食事を摂ってもらいたいからね。保育所は3月末から営業を再開する予定よ。それと同時に喫茶店も再開するの。再会と同時にポール君には喫茶店に移ってもらうけどいい?」
「ぼ…僕でいいんでしょうか?」
「最初はわたしやケインがフォローするから大丈夫」
初めて与えられた大役に、ポールは「わかりました!」と元気よく返事をした。
ヴァーグがポールに喫茶店を任せる理由は、彼の技術だけではない。ミゼル侯爵が王都にレストランを開くことを提案してきた事を実現しようと考えている。ポールはいずれ侯爵家に戻る。その時、ポールを中心とした喫茶店を開けば、公爵の願いは叶えられ、王都の人もここと同じ料理を口にすることができる。侯爵家の喫茶店という事で貴族向けにはなるだろうが、公爵の事だ。王都に住むすべての人が気軽に来店できるように、なにかしら考えてくれるだろう。
アデリーヌとリーレンは、エテ王子が公務などで長期間、王宮を離れる時に手伝いとして村の保育所に来ることになった。今は一週間の休暇を与えられているので観光を堪能するようだ。
数日後には、今度は庭師の親子がやってきた。枯れ果てた『春の草原』を下見した親子は、これだけ荒れた土地の再生に断るかと思ったが、息子がやる気満々だった。ヴァーグから『春の草原』の計画書を見せてもらうと、
「ここはこうしたらどうでしょうか?」
「ここに休憩場所があると回りやすくなります」
「すべてを花で埋め尽くすよりも、芝生広場を作ってみてはどうでしょうか?」
と、色々なアイデアを出してくれた。
出されたアイデアを、春の女王に相談したところ、すべてを任せる。必要ならば妖精たちの力も貸しましょうと、復興の主導権をヴァーグに託してくれた。
そして、リチャードとエミーの結婚式を二ヶ月後に控えた春の始まり頃、エテ王子が選んだ3人の貴族が新しい街の下見に訪れた。
<つづく>
エテ王子に仕えている者の再就職先、侍従や侍女たちの実家の事、新しい企業の立ち上げ、流通に関するシステムの事…。真剣に話すエテ王子やケインの、国王は深く頷きながら聞き続けた。
どれぐらい話し合っただろうか。
「わかった。わしも援助しよう」
国王がすべてを認めてくれた。ただ、給料に関しては、今と変わらず国から払ってほしいと願い出たが、それは財務大臣と話し合わないといけないと忠告した。
今の財務大臣は先代の大臣の言いなりで、例え国王が提案した事でも、先代の大臣が利益にならない事はすべて却下するそんな人だ。王宮を離れた人に給料を払う事を許可するとは思えない。実際、エテ王子にも王宮にいる間は今と変わらず予算を立てるが、王宮を出たら一切援助しないと豪語している。
「しかし、流通の話は興味がある。各国に倉庫を作れば色々な物が行き交うことになるな」
ヴァーグが考えた中継基地を作る物流の動きや、一つの会社が運送を担うことで縄張り争いが無くなる事など、今までの大臣との会議で出てこなかったアイデアに驚いている。
「それで、新しく四つの企業を立ち上げたいんだけど、親父も協力してくれないか?」
「四つの企業? さっき話した輸送とかの事か?」
「ああ。まず、土地の管理をする『不動産』という会社を立ち上げたい。この適任者がラングリージ伯爵が最適だと思う。息子も細かい作業が得意だし、親子で管理してはどうだろうか」
「その不動産とはどういう仕事なんだね?」
「親父から貰ったケインの土地を、居住区、商業施設、工場施設、娯楽施設に分けて、その土地で起業したい人、住みたい人に土地を売ったり貸したりする仕事らしい。他にも集合住宅の管理や家賃の回収なんかもするらしい」
「まあ、あの伯爵なら適任だな。実際に領地でも畑を分割して貸し出しているし、その実績はわしも認める」
「次に運送の会社を立ち上げたい。さっき話したように各地域に倉庫を建設して、その倉庫を繋ぐ流通経路を確保して、この国の特産物や近隣諸国の特産物を売買する。これは近隣諸国に顔が広く交渉事が得意なオーベルシュゼン男爵に頼みたい」
「おお、あの男か。あの男なら適任じゃ。よく海外から取り寄せてくれているからな。去年の夏も体調を崩した南の国の国王にゼリーなるものを贈ってくれた。それに彼は港を持っていたと思うが…?」
「男爵の奥方の実家が所有している港のことだろ? それを利用すれば海を渡る流通経路も確保できる。男爵の娘の嫁ぎ先は造船所を持っていると聞いたことがある」
「船は確保できるな。だが、男爵は陸の運送に関しては荷馬車などを持っていない。それはどうする?」
「牧場を経営しているシンリーナ子爵に頼んだらどうだろうか。子爵の牧場は馬を育て騎士団や商人に卸している。荷馬車の馬の確保は出来るはずだ。荷馬車に関しては子爵の知り合いに製造をしている人がいると聞いている。そこに頼めば荷馬車の確保もできる。運送を手助けする会社として立ち上げたい」
「オーベルシュゼン男爵とシンリーナ子爵は同じ騎士団出身だったな。しかも同期のはずだ。それなりに交流もあるだろし、手を組めば大きな会社になる」
国王とエテ王子の口から飛び出す貴族の名前は、ケインには全く分からないが、2人の言葉からそれなりに人物像が伺える。また2人の言葉から名前の挙がった貴族たちはエテ王子が信頼している人だとわかる。
「最後に『銀行』という場所を作りたい」
「『銀行』? なんだそれは?」
「国民のお金を預かり貸し出す場所……ってヴァーグ殿は説明してくれた」
「財務大臣が開いている取引所じゃダメなのか?」
「取引所は貴族しか使えないし、金を借りる時は物と交換するだろ? そうじゃなくて、自宅で管理できない金を銀行に預け、好きな時にその金を引き出せるシステムなんだ。もちろん引き出す金は自分が預けた物だから、物と交換しなくてもいい」
「そんなんでうまく回るのか?」
「自分が預けた金を自由に引き出せないなんて、それこそおかしいよ。なんで自分が預けた自分の金を物と交換して引き出さないといけないんだよ」
「それもそうだが……」
「最初は難しいと思う。ヴァーグ殿が言うには資金集めやどのように銀行に金を預ける資格を得るのかは、これから考えていかなければならないが、同じ銀行のシステムを各地方に作れば行商を行う商人が一番安全になるって言ってた。行商は大金を持ったまま各地を渡り歩いている。だから盗賊に狙われやすいって。各地方に銀行を作って、そこに預けたお金を他の土地でも引き出せるシステムを作れば、行商人も安心して旅を続けられるって」
「それはいい案だ。だが、銀行で預けた金をどうやって他の土地の銀行から引き出すんだ? 預ける人がいなければその銀行には貸し出す金がなくなるだろ」
「それも聞いた。例えばなんだけど、各地方の銀行に金を送り合ってはどうかって言っていた。一つの銀行に保管できる金を統一し、少ない銀行には多い所から金を移す。もし、一度に大金を引き出したい人が現れたら、各銀行に連絡をし、金を集める。その人は金を貰う日時を決めておけば準備できる時間も作れる。金の輸送は行商や作物などを運送する会社では安全面が欠けるので、騎士団が行ったらどうか…て。遠征訓練のついでとか、そういうのを利用すれば、新しく人を雇うことはないって」
「なるほど。面白いシステムだ。その銀行ではお金を預けたり、引き出すだけなのかね?」
「貸し付けも行えるようにするって。借りる人には借用書を書いてもらい、利子をつけて期限を決めて返してもらう。今、貴族に金を借りている人のような感じだ。だが、貴族は勝手に借用書を書き換えたりするから、返す利子は一定にし、借りた金を分割で返せるように月々定額の返済をするようにしたい」
「ほぉ…。返す時は毎月決まった金額を返せる……いいシステムだ」
「期間も選べるようにしたいって言ってた。例えば10万エジルを借りた時、毎月の返済を1万エジルとすると10ヶ月で返済できる。利子が付くからもうちょっと掛かるけど…。だけど月1万が無理な時は二年以内に返すようにすれば、一ヶ月の返済は約5000エジルになる。半分の金額で期間を二年に延長すれば、生活に支障は出なくなる」
「ふむふむ」
「ただし、この貸し付けは年齢制限を設ける。20歳以下は利用できない。金を預けるのは0歳から出来るが、貸し付けは返済能力がないと信用がないし、子供が大金を親に内緒で借りるわけにはいかない」
「そうだな。年齢制限を設けた方がいいだろう。して、なぜ0歳から預けることができるんだ?」
「預ける時に個人個人に番号を配布するんだって。その番号は個人個人に渡される自分専用の口座…っていう物で、その番号を照らし合わせて引き出せるかを調べるらしい。0歳からその番号を配布されるから、子供の将来の為に金を残したい親が貯金できるようにしたいらしい。子供が大人になった時、生活する資金があれば都会にも出れるし、起業する時の足しにもできる」
「なるほど、なるほど。実に興味をそそる企業だ。して、その銀行は誰に任せるんだね?」
「これは俺がやろうと思ってる。適任の貴族もいるにはいるけど、最初は俺がやった方が信頼はあると思う。それで、親父に頼みがある。王宮にいる間に支給される俺の金を使って、この銀行を立ち上げることを許可してほしい。クリスに聞いたんだが、俺の貯金額は結婚式を挙げても余るんだろ?」
「お前の貯金はそのまま残しておいた方がいい。銀行の立ち上げは国が援助する」
「だけど…」
「お前が国民に還元したい気持ちはわかる。だが、お前がいくら還元しても、それはお前の自己満足にすぎない。国民がお前の為にと収めてくれた税金を使って国の為に働いてくれることはいいことだが、貴族の中にはそれをよく思っていない人がいる」
「……」
「しかし、お前の貯金を王宮の金庫から、新しく建設する銀行に移すことは可能だ。いくつの銀行を作るかはわからないが、各店舗に分割して入れておけば、その金を基に国民は借りに来るだろう」
「それって…」
「銀行の企業はお前が第一責任者だ。だがその資金は表では国とする。事業が軌道に乗ったら、国は手を引く予定だ。あくまでも国が援助するのは何かあった時の保険だと思ってくれればいい」
「ありがとう、親父」
今まで国民を思ってやってきたエテ王子だからこそ、国王もこの企業に賛同したのだろう。
「だが、一つの建物に大金がある事が知れ渡れば、盗賊たちの餌食になるだろうな」
「それなんだけど、軍の育成学校に新たな学科を作ることは出来ないだろうか」
「新たな学科?」
「これはケインが提案した事なんだ」
「ほぉ!」
国王はケインの顔を見た。
突然話を振られたケインは、急にうろたえた。
「どういう学科なんだね? 話してくれたまえ」
「あ~……俺…あ、いえ、僕の提案っていうか……育成学校に銀行で働ける人を育てる学科があれなば…って呟いただけなので……」
「銀行で働ける人を育てる?」
「はい。軍の育成学科の方で、銀行を警備する人を育て、使用人育成の学科で、銀行業務が出来る人を育てられたらな……って。警備する人と業務する人が一緒だと人件費も抑えられるし…」
「なるほど。それはいいアイデアだ。よく思いついたな」
「実は、今レストランにミゼル侯爵家から料理人が一人、修行に来ているんです。その人、元々騎士団に所属していたんですが、環境に馴染めなくて辞めた後、リチャードさんが屋敷に招いたそうなんです。でもその人、料理のセンスがよくて、騎士団でも料理を担当していたって言ってました。もしかしたら騎士団の中には体を動かすよりも、計算するのが得意な人もいるんじゃないかな…って思って提案しただけで…」
「そうだったのか…。確かに育成学校を卒業すると就職先は決まっている。自分の意思と反した職では長続きしないな。よかろう、新しい学科を設立し、来年度から実施しよう。だが、新しく学科を設置しても育つまで時間が掛かる。その間はどうするんじゃ?」
「俺やコロリスに仕えている人を中心に業務を行う。他にもやりたい人がいれば随時募集する」
「よかろう。銀行については今後、詳しく話そう。残りの企業に関しては本人にわしから話を持ち掛けてみる」
すべての話を聞き終え、国王は満足気な表情を見せた。久々に未来のある話を聞けて満足のようだ。
その後、名前が挙げられた貴族を呼び、国王の口から会社の設立について話した。
最初は困惑していた。王宮を離れるエテ王子についていっても、もう出世は望めない。他の候補者に鞍替えしようと考えていた。
だが、国王が話された企業に興味が沸いた。出世うんぬんよりも、自分の家の繁栄が明確に見えたからだ。そして何よりも、この企業の発案者に国王のお気に入りである青みがかった銀髪に青い瞳の青年の名前がある。この青年は身分もない小さな村の青年にも拘らず、国王のお気に入りとなり、現在、王宮への出入りを唯一認められている一般市民だ。
この青年がこれだけ出世したということは、自分もいずれ出世するかもしれない。そんな希望が持てた。
それに、エテ王子が王室を離れた後、この国の未来を託せる王位継承者はいない。無理に継承者の機嫌を取るよりも、大出世した青年と、ずっと仕えてきたエテ王子にこのままついていった方がいいのかもしれない。
名前が挙げられた貴族は、すぐにエテ王子の元へと駆けつけた。
エテ王子の侍従や侍女、使用人たちにもこの話はすぐに耳に入った。
数日後、自分の私室に侍従や侍女、使用人たちを全員集め、コロリスの侍従たちと共に、今後の話をした。
「すでに国王から話を聞いていると思うが、コロリスとの婚礼の儀が終わり次第、俺たちは王室を離れる。本当はもっと早く話さなければいかなかったんだが、遅くなって申し訳ない」
王子自ら頭を下げることに、侍従たちはどう対応していいのか分からず、若い使用人たちはオロオロしていた。
長年仕えている侍従や侍女たちは内心は焦っているが、表面は落ち着いていた。如何なる時も動揺を見せてはいけないという訓練をされているからだろう。
「せめてもの償いに、君たちの就職先を斡旋してきた。ただ正式には決まっていないので、嫌ならやめていい。すでに見つかっている人は断ってくれてもいい」
「王子、我々はすべてに真実を受け入れる覚悟があります。どうぞ仰ってください」
侍従の中で一番長いヘンリーが言葉を発した。ヘンリーはラングリージ伯爵の息子だ。
ヘンリーの言葉に全員が頷いた。
「ありがとう、ヘンリー」
エテ王子は全員に再就職先を告げた。もちろんコロリスの侍従や侍女たちにも再就職を告げた。
新しく告げられた再就職先はとても魅力がある。どんな仕事なのか興味が沸く。だが、全員が全員、王宮を離れる仕事ばかりだ。実家で立ち上げる企業に就く者もいれば、東側の小さな村に移動になる者もいる。使用人たちは田舎に家族を残してきている者もいる為、王都を離れることに躊躇いを感じる。
だが、最後にエテ王子はこう付け加えた。
「君たちが再就職する場所は、俺とコロリスが移住する場所だ。その村に国王のお気に入りが住んでおり、そのお気に入りの師匠が全員を雇用させてくれると話してくれた。中には田舎に家族を残している者もいると思う。王都よりもさらに東に移ることに躊躇う者もいるはずだ。だが、その村に住む人は、家族全員の移住を認めてくれた」
「…え? じゃ…じゃあ、田舎にいる父や母、弟や妹たちも一緒にいいんですか?」
使用人で主に清掃をしていた青年が言葉を発した。使用人ごときが発言することがマナー違反だと感じたヘンリーは大きな咳払いをした。
「気にしなくていい、ヘンリー。今は発言を許す。俺たちしかいないんだから」
「失礼いたしました」
「向こうで住む場所を提供してくれる。小さい子供は学校に通わせ、職がない者も働けるようにしてくれる。ただ一つだけ言わなければならない事がある。今と同じ給金を支払う事が出来ない。国王に国から給金を支払えないかと頼んだが、それは財務大臣の許可が欲しいとの返事だった。ほぼ絶望的だろう」
「……」
「今の給金との差額は俺の貯蓄から支払おうと思っている。だが、それもいつまで続くかわからない。国王は援助すると言っているが、それもどれだけ保証できるか…」
給金の話は一番重要だろう。田舎から出てきた者にとっては仕送りをしなくてはならない。例え一緒に暮らしたとしても、自分だけの給料では全員を養う事が出来ない。
部屋の中に沈黙が訪れた。
その沈黙を破ったのは侍女長を務めるエテ王子の乳母だった。
「王子様、差額を払う必要はございません。むしろ、わたくしたちは他の王子様や王女様に仕える侍女たちよりも多くのお給料を貰っています」
「…え?」
「お噂では第一王女様の使用人は何か月もお給料を貰っていないと聞きます。そんな人に比べれば、今のお給料より下がることを恨むなんて、罰が当たりますわ」
「そうです、王子。我々はこの王宮内で一番待遇がいいのです。王子が謝ることもありませんし、差額を払うなんてもってのほか。お給金が減ったとしても、王子についていく覚悟はあります」
「それに、王子様はわたくしたちの再就職先を見つけてきてくれました。わたくしたちの特技を生かしたお仕事を見つけてくださり感謝しかありません」
「わたし達は王子に仕えてこんなに嬉しい事はありません」
ヘンリーは頭を深く下げると、それに続く様に全員が頭を下げた。
エテ王子を信頼しているから今までついてきた。自分で見つけなくてはいけない就職先も見つけてきてくれた。住む場所も見つけてくれた。これだけ尽してくれる王族は他にはいないだろう。
なによりも、話があると一つの部屋に集め、話し始めた時、エテ王子もコロリスも椅子に座っていない。自分たちと同じように立っていたのだ。他の王族なら何か話す時、話す人が座っているか、話す人が立っている場合は、聞く側は床に膝を着かなければならない。それなのにエテ王子はいついかなる時でも視線を合わせてくれる。王族と同じテーブルに着くことも禁じられているこの王宮内で、私室だから気にするなと同じテーブルに座り、お茶まで飲ませてくれる。それが使用人でも全く同じ待遇だ。
他の王族は仕事の出来で給金を決めている。いい月と悪い月があり、侍女長が話すように何か月も給金を貰えない人もいる。エテ王子は全員が毎月一律の給金を渡し、臨時でボーナスをくれることもある。珍しいお菓子が手に入ったからといって、全員に配り、家族の分まで渡してくれることもある。田舎の家族が倒れた時は旅費と御見舞金まで出してくれたり、この人を裏切る事などできなかった。より一層仕えようと頑張ってきた。
その結果、再就職を見つけてくれたり、実家の特徴を生かして仕事まで与えてくれた。
全員が思う。
この人が国王になられたら、この国はもっと豊かになる。
エテ王子は全員に交代で一週間の休暇を取るように告げた。新しく住む村に一度足を運んでもらいたいのだ。
ヘンリーや実家に会社を設立するように言われた者は、実家に戻り家族と話し合う時間も作らなければならない。婚礼の儀まで一年以上あり、それまでは全員がここに残るのだから、なんの不便のない。
侍従や侍女、使用人たちはエテ王子に感謝を述べ、交代で休暇を取り村へ足を運んだり、家族と話し合う時間を作った。
エテ王子に仕えていた者の再就職を聞き、他の王位継承者に仕えていた者が寝返ってくることもあった。それはエテ王子が丁重に断りを入れた。今さら寝返る意味が分からない。もしかしたらスパイかもしれないし、実際に王宮を離れるまで何をされるかわからない。
国王もエテ王子の婚礼の儀が終わるまで、他の継承者に手伝いなどで出入りすることを禁じた。
同じ頃、村のレストランでも新しい動きがあった。
「ポール、ヴァーグさんがお呼びだぞ~」
厨房で片づけをしていたポールを、ジャンが呼びに来た。
「え? ぼ…僕?」
「何かやらかしたか?」
「僕は何も……」
「まあ、ヴァーグさんは怒ることはないから、心配はいらないさ」
背中をバシッと強く叩かれたポールは、ヴァーグがいる住居スペースへと向かった。
ポールがヴァーグの部屋に就くと、そこにはケインと2人の女性がいた。
「あ、ポール君。待ってたわ」
笑顔を見せるヴァーグに、ポールはホッと胸を撫で下ろした。ジャンには心配ないと言われたが、やはり不安はあった。その不安も彼女の笑顔で消え去った。
「紹介しますね。こちらがミゼル侯爵家から修行に来ているポール君」
「はじめ…まして」
ポールがぺこりと頭を下げると、2人の女性が同時に頭を下げてきた。
「こちら、エテ王子の侍女長のアデリーヌ様と、侍女のリーレン様。王子の婚礼の儀が終わり次第、保育所で働くことになったの」
「アデリーヌと申します。こちらは娘のリーレンです」
「ポールです。料理人をしています」
「ヴァーグ様から色々とお伺いしていますわ」
「ねえ、ポール君。単刀直入に聞くけど喫茶店に興味ない?」
「きっさ…てん……ですか?」
初めて聞く言葉にポールは首を傾げた。
「この村に保育所があるんだけど、そこに併設して喫茶店を開いているの。軽い食事やお茶が出来るスペースなんだけど、保育所の子供たちのご飯も提供しているのよ」
「え…と……それが僕とどんな関係が……」
「この間、レストランに来た子供に特別な物を作ってあげたでしょ」
「え?」
「ご飯を食べたくないって泣き叫んでいた子供に、何か提供しなかった?」
少し考えたポールは「あ…!」とその時のことを思い出した。
新年が空けて三日後、レストランに親子が来店した。親が注文した料理を子供が食べたくないと泣き叫んでいたのだ。親はこれを食べないとデザートはないと叱っていたが、それでも子供は泣き叫んでいた。
そこでポールは大きなお皿に子供が好きなハンバーグやエビフライ、ケチャップで味付けしたご飯を猫の寝姿の形に盛り付け、その上に薄い卵焼きを掛けた。卵を掛けるアイデアを出したのはラインハルトだ。
ポールがそれを提供すると、子供は泣き止み、喜んで食べてくれた。
「あれは!! すみません! 許可もなく提供してしまって!!」
「いいのよ。あの後、そのご両親からお礼を言われたわ。いつもはご飯を食べるのを嫌うのに、見た目が変わるだけで美味しそうに食べたって。なんでも自分が食べたい料理を両親が食べた事が嫌だったみたい。自分だけの料理が出来て嬉しかったって」
「そ…そうなんですか?」
「よく思いついたわね」
「あれは、前にケインさんが侯爵家で作ってくれた夕飯をアレンジしただけなんです。もっと子供が喜ぶように盛り付けたら、子供たちは食べてくれるかな…って思って」
「まあ。ポールさんはお子様のお料理を考えるのが得意のかしら」
「得意って言うか…」
「ぜひ、保育所でも提供していただきたいです。お母様もそう思いますよね」
「ええ。王宮でもお子様の食事は色々と大変なんです。王宮では大人と同じ料理をお子様も召し上がりますので、子供だけの料理がある事を、先ほどヴァーグ様からお聞きしましたの」
「子供には楽しく食事を摂ってもらいたいからね。保育所は3月末から営業を再開する予定よ。それと同時に喫茶店も再開するの。再会と同時にポール君には喫茶店に移ってもらうけどいい?」
「ぼ…僕でいいんでしょうか?」
「最初はわたしやケインがフォローするから大丈夫」
初めて与えられた大役に、ポールは「わかりました!」と元気よく返事をした。
ヴァーグがポールに喫茶店を任せる理由は、彼の技術だけではない。ミゼル侯爵が王都にレストランを開くことを提案してきた事を実現しようと考えている。ポールはいずれ侯爵家に戻る。その時、ポールを中心とした喫茶店を開けば、公爵の願いは叶えられ、王都の人もここと同じ料理を口にすることができる。侯爵家の喫茶店という事で貴族向けにはなるだろうが、公爵の事だ。王都に住むすべての人が気軽に来店できるように、なにかしら考えてくれるだろう。
アデリーヌとリーレンは、エテ王子が公務などで長期間、王宮を離れる時に手伝いとして村の保育所に来ることになった。今は一週間の休暇を与えられているので観光を堪能するようだ。
数日後には、今度は庭師の親子がやってきた。枯れ果てた『春の草原』を下見した親子は、これだけ荒れた土地の再生に断るかと思ったが、息子がやる気満々だった。ヴァーグから『春の草原』の計画書を見せてもらうと、
「ここはこうしたらどうでしょうか?」
「ここに休憩場所があると回りやすくなります」
「すべてを花で埋め尽くすよりも、芝生広場を作ってみてはどうでしょうか?」
と、色々なアイデアを出してくれた。
出されたアイデアを、春の女王に相談したところ、すべてを任せる。必要ならば妖精たちの力も貸しましょうと、復興の主導権をヴァーグに託してくれた。
そして、リチャードとエミーの結婚式を二ヶ月後に控えた春の始まり頃、エテ王子が選んだ3人の貴族が新しい街の下見に訪れた。
<つづく>
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