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2章 二日目 カレーは別腹
2ー9 いつもどおりに戻る就寝前
しおりを挟む「そういえばアレ美味かったな。なんて料理なんだ?」
「えーっとね、サルミって言うんだって。あれ、ブドウの葉なんだよ?」
「はー。そりゃまた変わった食材だな」
「あははー。まさか私もいつものスーパーで手に入ると思わなかったよ」
「なにげにすごいな、あそこのスーパー」
「うん」
かーちゃんが留守で麗美と緑青がいて、いつもと少し違う夕食の団らんから、俺はいつもどおりの就寝前の行動へと移行していた。
「明日レポートの提出期限だけど、ちゃんとやった?」
「レポート? 何の話だ?」
「古文のレポートだよ。島崎先生の」
「……記憶にない」
「ちょっ……」
いつものように通話アプリで咲とつながったまま、俺は夜の時間を過ごしていた。
アプリの向こうから聞こえていた、咲のペンの音が止まっている。
たぶん、さっきまではそのレポートとやらをやっていたのだろう。
「平気? 休み時間に写すとかじゃたぶん無理だよ?」
「うーん……そもそも何のレポートなのかすら覚えてない」
「あのねえ……」
カチャカチャと筆記用具を片付け、教科書を閉じたりレポート用紙をまとめたりする音が聞こえてくる。
このあとの咲の行動はなんとなくわかる。
たぶん、レポートのことを一切忘れていた俺の面倒を見てくれるのだろう。
正直、すまんかった。
てか、もうちょい早い時間に思い出させて欲しかった。
まあ、全部俺自身のせいなんだけれども。
「これから行くから。一緒にがんば――」
「お風呂いただきました。悦郎さんもどうぞ」
「え?」
通話アプリの向こうにいる咲の言葉が、部屋の扉の開く音、そしてそれに続く麗美の言葉で遮られた。
「はあ!?」
通話アプリからだけでなく、窓の向こうの実際の咲の部屋からも大きな声が聞こえてきた。
そして、普段はこの時間ピッタリと閉じられているカーテンが大きく開け放たれる。
現れる咲の姿。
そして咲の部屋のサッシがガラガラと勢いよく開かれた。
「ちょっと!」
俺は窓を開けることなく、それまでどおりに通話アプリを通して咲と話す。
「どうした。レポート教えてくれるんじゃなかったのか?」
窓の向こうでは、咲が固まったままこちらを睨みつけている。
そして窓のこちら側では、事態が飲み込めないといった風に麗美がキョトンとしている。
「そのまま、動かないで」
それまでとは打って変わって、咲の声色が落ち着いた冷静なものになる。
そしてまるでドラマかなにかのようなセリフを残したあと、咲は部屋から姿を消した。
ちなみに、部屋の電気はつけっぱなしだった。
* * *
「さあ説明してもらおうかしら」
俺の部屋に来た咲は、仁王立ちで俺に説明を求める。
「レポートは?」
「そんなの知らないわ。自分でなんとかして」
「そう来たか……」
「で、なんで麗美さんがいるの? さっき私達と一緒に解散したよね?」
「いやそれなんだけどよ……」
話がめんどくさくなるので、麗美には席を外してもらっていた。
というか、正直なところ俺の方も被害者なような気もしていたのだ。
そもそも、俺は反対したんだし。
「確かに、一度麗美は帰ったんだよ。それはお前も知っての通りだ」
* * *
食事の後、ボードゲームなどをしたりしながら俺たちは少しの時間を過ごした。
そしてあまり遅くなる前にと、それなりの時間できちんと解散をした。
咲、緑青、麗美の三人が帰り、俺はリビングの片付けをして洗ったあとの食器を食器棚に戻したりした。
そして風呂の用意。
今夜は家に1人だから別にいいかとも思ったけど、バレるときっと明日咲になにか言われるだろうと思ってちゃんと入ることにした。
まあ、風呂も嫌いじゃなかったし。
で、その風呂の用意をしているときに……・
「こんばんはー、おじゃましまーす」
と、なぜか麗美が戻ってきた。
そしてそのあとをゾロゾロと黒服たちがついてくる。
「は? なにごと?」
俺は半ば混乱しながらも、一応麗美たちを出迎えた。
そして、再びの来訪の理由を尋ねる。
「帰って今日のことをばあやに話したら、それなら私が悦郎さんのお世話をするべきだと言われまして」
「え?」
言っている内容は理解できたが、その内容の意味が理解できなかった。
「お世話って言われても……もうあとは風呂入って寝るだけだぞ?」
「たぶん、その……」
そこまで言って麗美は頬を赤らめてうつむいてしまう。
黒服連中も、珍しく困ったような表情を浮かべていた。
(ああ、なるほど……)
俺はなんとなく事情を察する。
おそらく、そのばあやという人がこっちでの麗美に関する全権を握っているのだろう。
麗美自身ですら、その指示には逆らいづらいくらいに。
「えっとだな……このまま帰るわけにはいかないんだよな?」
「はい。もし帰ると、今度はばあやもこちらに……」
申し訳なさそうにする麗美。
黒服連中も、力なくうなだれている。
「うーん、それじゃあかーちゃんの関係の人が来たときに泊まる部屋があるから、そこでいいか? そっちなら、たぶん黒服の人たちも入れると思うから」
「はい、ありがとうございますっ」
丸く収まったと思ったのだが、なぜか黒服連中がぶんぶんと首を振っていた。
「え? なんかマズい?」
決まったときしか発言しちゃいけないルールでもあるのか、黒服の人たちはジェスチャーで俺に言わんとすることを伝えてくる。
「えーっと……自分たち、麗美、置いといて……箱……じゃない、んー……部屋? おー、部屋な。部屋、寝る……×……」
7人の黒服がジェスチャーで伝えてきた情報を、頭の中で統合していく。
「んー……自分たち、麗美、部屋、寝る、×……もしかして、麗美と……主人の寝る部屋に自分たちがいるわけにはいかない、的なことか?」
黒服たちが全員揃ってブンブンと首を縦に振ってくる。
(なんか、白雪姫と七人の小人に思えてきた)
麗美に仕える、七人の黒服。
是枝さん以外は名前を知らないけど、なんだか妙な親しみが湧いてきた。
「わかった。じゃあ、黒服さんたちはこのリビングでいいか? 布団ならいっぱいあるから」
グッと真ん中にいる是枝さん(たぶん)がサムズアップしてくる。
っていうか夜でもみんなサングラスなのは、なにか理由があるんだろうか。
「ご迷惑をおかけします、悦郎さん」
「いやなに、そっちにも都合があるんだろうし、俺のほうでどうにかできることならどうにかするよ。なにしろ、俺は麗美の許嫁なんだろ?」
「はいっ!」
ニコニコ笑顔の麗美。
将来のことなんかはまだ考えるつもりはなかったが、それでも麗美に喜んでもらえるのはそれなりに嬉しかった。
「んじゃあもうまあまあな時間だし、麗美風呂入っちゃいなよ」
「え、よろしいんですか?」
「俺のあとよりいいだろ?」
「私は別に……一緒でも……」
ゴニョゴニョと小さな声になっていく麗美の言葉。
聞き取れないわけではなかったけれども、俺は聞こえなかったことにした。
そして、黒服の人たちに指示を出す。
「んじゃあ麗美のことはよろしくね、風呂の場所わかる? 俺部屋にいるから、なんかあったら呼んでね」
再びグッとサムズアップをする是枝さん(たぶん)。
そして時間は、現在に戻る。
* * *
「と、いうことがあってな」
「むー。ならさっさと私に相談してくれればよかったのに」
「え?」
俺はわけがわからないと言った風な表情で、咲の顔を見る。
「私の部屋に泊めればいいでしょ、麗美さん」
「おー、その手があったか」
俺は一つポンと手を打った。
確かに、それが一番丸く収まる解決策だったかもしれない。
「じゃあ私、麗美さん連れてうちに戻るから。黒服の人たちのことはよろしくね」
「え、アイツらはうちに残るの?」
「当たり前でしょ? うちは鉄子さんのとこみたいな寮とかもないんだから。急に男に人何人も泊められないわよ」
「まあ、そうだな」
「じゃ、そういうことで」
「おう」
俺の部屋を出ていく咲。
しばらくして、窓の向こうの咲の部屋に2人の姿が現れた。
そして麗美が小さく俺に向かって手を振り、咲がいつものようにカーテンをしっかりと閉める。
そして、うっすらと漏れていた部屋の電気が消えた。
「俺もそろそろ寝るか」
咲とつながっていた通話アプリは、いつのまにか切れていた。
まあ今日は部屋に麗美がいるんだしな、いつものようにはいかないだろ。
布団に入り目を閉じる。
そして俺は、一つのことを思い出した。
「あ゛、古文のレポート」
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