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3章 三日目 特になにもない日
3-8 いつもどおりだった帰宅後の団らん
しおりを挟む「ただいまー」
「おじゃましまーす」
自宅につくと、すでに扉の鍵は開いていた。
どうやら、咲の方が先に着いていたらしい。
「あ、おかえりなさい。麗美さんもいらっしゃい」
制服の上にエプロンをつけた咲が、手を拭きながら玄関先まで俺たちを出迎えに来る。
麗美は咲に例のものが入ったコンビニ袋を差し出した。
「お土産です。食事の後に、デザートでいただきましょう」
「なに? アイス? スイーツ?」
「んー、アイスのようなスイーツのような……」
俺はコンビニの袋を開けようとした咲の手を途中で遮った。
「まあ、あとのお楽しみってことで」
「ふーん。ま、いいか」
ちょっとした思いつきから、俺は咲にコンビニ袋の中身を知らないでいて欲しかった。
そして特に追求することなく、咲は俺に従ってくれた。
「ご飯もうすぐできるからね。先に着替えてきちゃって」
「うーっす」
「あ、私なにか手伝います」
「うん。じゃあ、麗美さんはお皿お願い」
「はーい」
女子2人と男子1人。キッチン方面と二階へ向かう階段とで一旦別れる。
そして数分後――
「おー、今日はザ・家庭料理って感じだな」
「昨日は少し変わり種だったからね。今日はオーソドックスにしてみました」
「すごいです。咲さんのお料理、和風レストランみたいです」
それがどのくらいの褒め言葉なのかは俺にはよくわからなかったが、きっと海外出身の麗美にとってはものすごく褒め言葉なんだろうというのはなんとなくわかった。
そして咲も、テレテレと嬉しそうにしている。
「じゃあ食べるか」
「はい」
俺と麗美と咲。三人でテーブルを囲み、食事の挨拶をする。
「いただきます」
「「いただきます」」
すっかり我が家のスタイルが伝染してきた麗美。
まるでずっとこうしていたかのように、俺たち三人の空気は馴染んでいた。
「これ、どういうお料理ですか? 天ぷら?」
「んー、ちょっと違うかな。これはナスのはさみ揚げ。えーっと、ナスって英語でなんだっけ。っていうか、麗美さん英語でいいんだっけ?」
「あー、大丈夫です。なす、わかります。紫の」
「そうそう」
俺にとってはごく普通の料理。
しかし麗美にとっては、異国の珍しい料理。
ちょっとした文化の違いを感じながら、俺はいつもどおりの咲の美味い夕食を楽しんだ。
そして、食後のあの時間がやってくる。
「ふっふっふー。ついにこのときが来たか」
若干の演出をはさみながら、俺は麗美の買ってきた例のブツが入ったコンビニ袋をキッチンからリビングへと運んでくる。
リビングで待っていた2人の女子。麗美と咲は、対象的な表情を浮かべていた。
「うふふ。楽しみです。私それ、食べられないと諦めてたんです」
「運がよかったな。先週発売の限定商品だと、もう手に入らないことが多いしな」
「はい」
「んんん? やっぱり何かのスイーツか何か? 冷凍庫に入れてなかったからアイスではないんだよね?」
商品名を明かされていない咲には、まだこれが何なのかがわからない。
そして俺は、それを最後まで明かさないつもりだった。
「まあまあ。お前は何も知らない状態で食べてみてくれ。俺は、素直な感想が聞いてみたいんだ」
「えー、どういうこと? なんか怖いんだけど」
「大丈夫ですよ咲さん。絶対に美味しいですから」
「そうかあ?」「そうなの?」
偶然のように、俺と咲の言葉が重なった。
「ん?」
俺のそのセリフに、咲が引っかかる。
「ちょっと待って。もしかして、麗美さんしか食べたことないの?」
「私もないです」
「は?」
咲の表情がさらに固くなる。
「どういうこと?」
「どういうこともそういうこともないんだけどよ」
仕方なく俺は、例の商品名だけは伏せてことのあらましを咲に説明した。
「ってわけで、若竹のとこで新発売の商品を買ってきたんだよ。先週のだけど」
「で、それの味見をみんなでしようと」
「そういうこと」
「うふふ。絶対に美味しいはずです」
「まあ、それはいいんだけど」
不審がるように、咲が俺の顔を見てくる。
「で、なんで頑なに商品名は伏せようとするの?」
「それなんだけどな」
俺はその組み合わせが、どうしても合うように思えないことから、その組み合わせ自体を知らないままで食べてみて欲しいのだと説明した。
「うん。なんとなくわかった。まあ、したいことは理解したわ」
「じゃあこれを頼む」
俺は冷やしドリアンたい焼きの袋を破る。
とりあえず、ニオイやなんかは美味しそうな感じだ。
そしてそれを、商品名を伏せたままで咲に渡す。
「どんな味なんでしょう。ものすごく楽しみです」
味がわからないままでも美味しいと言い切る麗美のコンビニへの信頼は、いったいどこから来るのだろうと思いつつ、俺の分と麗美の分も冷やしたい焼きの袋を開けた。
「それじゃあ全員一緒に行くぞ」
「うん」「はい」
「じゃあせーの」
「「「いただきます」」」
パクっと三人同時に、冷やしドリアンたい焼きにかぶりついた。
そして……。
「なんだ、これ……めちゃくちゃ美味い」
「おいし~い」
「ん……なんだかよくわからないけど、とにかく美味しい」
そもそもドリアンの味を知らないから、これをドリアンたい焼きと呼んでいいものかどうかはわからなかった。
それでも、これはちゃんと美味い。
麗美のように、俺の中にもコンビニへの謎の信頼感が育ってしまいそうだった。
「で、これなんなの? 美味しかったけど、何のたい焼き?」
俺は咲に冷やしドリアンたい焼きの袋を見せる。
あまりにも意外な名前に、咲はそこに何が書いてあるのか一瞬理解できないようだった。
そしてそれを理解すると……。
「ああ、なるほど」
頷いて、もう一度パクリとドリアンたい焼きを食べる。
「これがドリアンなのかどうかは知らないけど、ちゃんと美味しいね」
「ああ。日本のコンビニさすがだ」
「ふふふっ。やっぱり美味しかったです。ね? 言った通りだったでしょ?」
「ああ」
そんな感じで、この日も夜が更けていった。
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