46 / 171
6章 六日目 ろくしょう
6-1 いつもどおりじゃなかった朝
しおりを挟む
いつものように朝が来た。
が、窓の外ではチチチと小鳥が鳴いていない。
それでも枕元ではスマホがピピピピとアラームを鳴らしていて、俺に覚醒を促している。
「はいはい、起きてます起きてます」
スムーズに眠りの中から浮き上がることのできた俺は、ベッドに身体を起こしながらスマホを手に取り、画面をタップしてアラームを止めた。
今朝はやけにスッキリと目覚めることができた。
こういう日は一日中調子が良かったり……することはそんなにない。
いつもは平気な午前中あたりに猛烈に眠くなったり、そうじゃなければお昼を食べたあとの眠気が我慢できないくらいのものだったりしたりするものだ。
「何事もバランスってことなのかもな」
早く目覚めることができた理由もわからなければ、いつもと違うタイミングで眠くなる理由もわからない。
厳密にいろいろ調べたりすれば、睡眠リズムの影響だったり、もしくは前日の行動パターンのせいだったり、そうじゃなければ食べたものが身体の中で吸収されるタイミングやらなんやらだったり、もっともっとオカルト的に考えたら惑星配列からの微重力の影響だったりするのかもしれない。
まあ、そんなのはどうでもいいんだけれども。
「よっと」
少し勢いをつけてベッドから立ち上がり、窓に歩み寄ってカーテンを開く。
途端に溢れ出す朝の光。
窓の外から差し込んでくるその明るさを味わいながら、俺はふとした違和感に気づいた。
「あれ? 今日はまだ起きてないのか?」
うちの隣にあるのは、勝手知ったる咲の家。
窓同士が向かい合うような位置にあるのが、その咲の部屋だ。
うちの朝食の準備やなんかをやってくれている咲は、いつもなら俺よりも早く起きていて、当然のように部屋のカーテンも開け放たれているのがおなじみの朝の光景になっていた。
しかしながら今日は……。
「珍しく俺の方が早起きだったのか?」
あんまり見ていてちょうど開ける瞬間やなんかに目があったりすると、あとでいろいろ言われたりする。
着替えのタイミングに遭遇してしまったことも一度か二度ほどあったが、それがラッキーだとは思えなかった。
それよりも、あとでいろいろチクチク言われることの方が面倒くさかったから。
まあ、緑青あたりに言わせるとそんな俺の考えた方は贅沢すぎるということらしいのだが……。
「まあいいや。それならそれで、たまには朝の支度を俺の方でチャッチャとやっておいてやろう」
地方巡業から戻ってきているかーちゃんもたぶん起きてはいると思うが、おそらくほぼ100%の確率で、かーちゃんは朝のトレーニング中だ。
朝食の準備やなんかで期待することはできない。
一度だけ弁当を用意してくれたことがあったが、あのときは開いた口が塞がらなかった。
よくある一般的なのり弁当などではなく、鳥のささ身とゆで卵、その隙間を埋めるようにビッシリとレンジでチンしたブロッコリー。ご飯やパンは存在せずに、代わりに食後に飲むためのプロテインがそっと同梱されていた。
おそらくかーちゃんたちの中では、あれは一般的なお弁当なのだろう。たぶん。きっと。
しかしながら、ごく普通の学生である俺にとっては少々攻めすぎたお弁当のメニューだった。
もっとも、柔道部の奴らにはバカウケだったが。
「ん?」
コンコンコンと部屋の扉がノックされた。
それは、俺にとっては完全に予想外だった。
なにしろ、そうして俺を起こしに来るであろう咲はまだ寝ているっぽかったから。
一体誰だろうと思っていると、その答えはすぐに扉の向こうから声という形で俺に届けられた。
「悦郎、起きてる? 起きてなくてもしらないけど、起きてたほうがいいと思うよ。二度寝してたら、容赦なく置いていくから」
それは緑青だった。
なんで朝から俺のうちに緑青が? という疑問はあったが、それを考えているほどの余裕は朝にはない。
ともかく俺は着替えて、緑青がいるであろう階下へと向かった。
ちなみにかーちゃんは当然のように、朝のトレーニングでせっせと汗を流していた。
* * *
「おはよう悦郎。朝ごはんできてる」
「おはよう緑青。ってか、なんでお前が?」
ちびっこい姿に、ちょっと大きめのエプロン。
咲よりも背の低い緑青には、咲がいつも使っているエプロンは少し大きすぎるようだった。
「咲、風邪だって。悦郎のことお願いって、朝連絡来たから」
「そうか。それは悪かったな。咲のやつ、そんなに悪いのか?」
「ちょっと熱が出ちゃってるみたい。起きるとフラフラするって」
「そうか。昨夜はそんな感じ全然なかったけどな」
「その話はおいといて、とりあえず食べちゃって。うちの朝の残りだけど」
「おう。すまんな……って」
テーブルの上のものを見て、俺はしばし固まる。
確かにそれは、緑青の家の朝の残りなのかもしれない。
しかし緑青、朝からホルモンはないだろ。
「大丈夫。美味しいから」
「いやそれはわかってるけれども」
「栄養満点。パワー出るよ」
かーちゃんみたいなこと言ってやがる。
「お! 朝から肉かい! いいねえ!」
なんてこと考えてたら、そのかーちゃんがトレーニングを終えてリビングに入ってきた。
「ちょっとシャワー浴びてくるから、私の分も頼むよ!」
「りょーかいです」
ピッと敬礼でかーちゃんに返事をする緑青。
この2人は変わり者同士、けっこう気が合う。
というか、どんな相手でも合わせてしまうのが緑青とかーちゃんのような気もするが。
「あ、それから咲から伝言」
「ん?」
「お見舞いとかいいからちゃんと遅刻しないで学校行ってだって」
「そりゃ遅刻はしないようにするけど、お見舞い来る
なってことか?」
「そう」
「なんで」
「なんでって、そんなの考えないでもわかるでしょ」
「は?」
「とにかく、とっとと食べて。時間になったら私は出かけるから。悦郎が間に合わなくても知らないよ」
「うーっす」
俺はモグモグと朝からホルモンを口の中で何度も咀嚼する。
別に嫌いではないし、どちらかといえば好きな方ではあるけれども、朝からというのはなんかちょっと違うような気もした。
そうして口の中で噛み切れないホルモンを味わいながら、俺は片手でスマホを操作する。
『ちゃんと学校行くから心配すんな。そっちこそ早く治れよ』
そうしていつもどおりになりそうのない一日が、今日もはじまった。
が、窓の外ではチチチと小鳥が鳴いていない。
それでも枕元ではスマホがピピピピとアラームを鳴らしていて、俺に覚醒を促している。
「はいはい、起きてます起きてます」
スムーズに眠りの中から浮き上がることのできた俺は、ベッドに身体を起こしながらスマホを手に取り、画面をタップしてアラームを止めた。
今朝はやけにスッキリと目覚めることができた。
こういう日は一日中調子が良かったり……することはそんなにない。
いつもは平気な午前中あたりに猛烈に眠くなったり、そうじゃなければお昼を食べたあとの眠気が我慢できないくらいのものだったりしたりするものだ。
「何事もバランスってことなのかもな」
早く目覚めることができた理由もわからなければ、いつもと違うタイミングで眠くなる理由もわからない。
厳密にいろいろ調べたりすれば、睡眠リズムの影響だったり、もしくは前日の行動パターンのせいだったり、そうじゃなければ食べたものが身体の中で吸収されるタイミングやらなんやらだったり、もっともっとオカルト的に考えたら惑星配列からの微重力の影響だったりするのかもしれない。
まあ、そんなのはどうでもいいんだけれども。
「よっと」
少し勢いをつけてベッドから立ち上がり、窓に歩み寄ってカーテンを開く。
途端に溢れ出す朝の光。
窓の外から差し込んでくるその明るさを味わいながら、俺はふとした違和感に気づいた。
「あれ? 今日はまだ起きてないのか?」
うちの隣にあるのは、勝手知ったる咲の家。
窓同士が向かい合うような位置にあるのが、その咲の部屋だ。
うちの朝食の準備やなんかをやってくれている咲は、いつもなら俺よりも早く起きていて、当然のように部屋のカーテンも開け放たれているのがおなじみの朝の光景になっていた。
しかしながら今日は……。
「珍しく俺の方が早起きだったのか?」
あんまり見ていてちょうど開ける瞬間やなんかに目があったりすると、あとでいろいろ言われたりする。
着替えのタイミングに遭遇してしまったことも一度か二度ほどあったが、それがラッキーだとは思えなかった。
それよりも、あとでいろいろチクチク言われることの方が面倒くさかったから。
まあ、緑青あたりに言わせるとそんな俺の考えた方は贅沢すぎるということらしいのだが……。
「まあいいや。それならそれで、たまには朝の支度を俺の方でチャッチャとやっておいてやろう」
地方巡業から戻ってきているかーちゃんもたぶん起きてはいると思うが、おそらくほぼ100%の確率で、かーちゃんは朝のトレーニング中だ。
朝食の準備やなんかで期待することはできない。
一度だけ弁当を用意してくれたことがあったが、あのときは開いた口が塞がらなかった。
よくある一般的なのり弁当などではなく、鳥のささ身とゆで卵、その隙間を埋めるようにビッシリとレンジでチンしたブロッコリー。ご飯やパンは存在せずに、代わりに食後に飲むためのプロテインがそっと同梱されていた。
おそらくかーちゃんたちの中では、あれは一般的なお弁当なのだろう。たぶん。きっと。
しかしながら、ごく普通の学生である俺にとっては少々攻めすぎたお弁当のメニューだった。
もっとも、柔道部の奴らにはバカウケだったが。
「ん?」
コンコンコンと部屋の扉がノックされた。
それは、俺にとっては完全に予想外だった。
なにしろ、そうして俺を起こしに来るであろう咲はまだ寝ているっぽかったから。
一体誰だろうと思っていると、その答えはすぐに扉の向こうから声という形で俺に届けられた。
「悦郎、起きてる? 起きてなくてもしらないけど、起きてたほうがいいと思うよ。二度寝してたら、容赦なく置いていくから」
それは緑青だった。
なんで朝から俺のうちに緑青が? という疑問はあったが、それを考えているほどの余裕は朝にはない。
ともかく俺は着替えて、緑青がいるであろう階下へと向かった。
ちなみにかーちゃんは当然のように、朝のトレーニングでせっせと汗を流していた。
* * *
「おはよう悦郎。朝ごはんできてる」
「おはよう緑青。ってか、なんでお前が?」
ちびっこい姿に、ちょっと大きめのエプロン。
咲よりも背の低い緑青には、咲がいつも使っているエプロンは少し大きすぎるようだった。
「咲、風邪だって。悦郎のことお願いって、朝連絡来たから」
「そうか。それは悪かったな。咲のやつ、そんなに悪いのか?」
「ちょっと熱が出ちゃってるみたい。起きるとフラフラするって」
「そうか。昨夜はそんな感じ全然なかったけどな」
「その話はおいといて、とりあえず食べちゃって。うちの朝の残りだけど」
「おう。すまんな……って」
テーブルの上のものを見て、俺はしばし固まる。
確かにそれは、緑青の家の朝の残りなのかもしれない。
しかし緑青、朝からホルモンはないだろ。
「大丈夫。美味しいから」
「いやそれはわかってるけれども」
「栄養満点。パワー出るよ」
かーちゃんみたいなこと言ってやがる。
「お! 朝から肉かい! いいねえ!」
なんてこと考えてたら、そのかーちゃんがトレーニングを終えてリビングに入ってきた。
「ちょっとシャワー浴びてくるから、私の分も頼むよ!」
「りょーかいです」
ピッと敬礼でかーちゃんに返事をする緑青。
この2人は変わり者同士、けっこう気が合う。
というか、どんな相手でも合わせてしまうのが緑青とかーちゃんのような気もするが。
「あ、それから咲から伝言」
「ん?」
「お見舞いとかいいからちゃんと遅刻しないで学校行ってだって」
「そりゃ遅刻はしないようにするけど、お見舞い来る
なってことか?」
「そう」
「なんで」
「なんでって、そんなの考えないでもわかるでしょ」
「は?」
「とにかく、とっとと食べて。時間になったら私は出かけるから。悦郎が間に合わなくても知らないよ」
「うーっす」
俺はモグモグと朝からホルモンを口の中で何度も咀嚼する。
別に嫌いではないし、どちらかといえば好きな方ではあるけれども、朝からというのはなんかちょっと違うような気もした。
そうして口の中で噛み切れないホルモンを味わいながら、俺は片手でスマホを操作する。
『ちゃんと学校行くから心配すんな。そっちこそ早く治れよ』
そうしていつもどおりになりそうのない一日が、今日もはじまった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
失恋中なのに隣の幼馴染が僕をかまってきてウザいんですけど?
さいとう みさき
青春
雄太(ゆうた)は勇気を振り絞ってその思いを彼女に告げる。
しかしあっさりと玉砕。
クールビューティーで知られる彼女は皆が憧れる存在だった。
しかしそんな雄太が落ち込んでいる所を、幼馴染たちが寄ってたかってからかってくる。
そんな幼馴染の三大女神と呼ばれる彼女たちに今日も翻弄される雄太だったのだが……
病み上がりなんで、こんなのです。
プロット無し、山なし、谷なし、落ちもなしです。
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる