黒柳悦郎は走ったり走らなかったりする

織姫ゆん

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6章  六日目 ろくしょう

6-2 いつもどおりなわけがない通学

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「いってきまーす」
「いってきます」
「はい行ってらっしゃい。車に気をつけるんだよ」

かーちゃんに見送られながら、緑青と2人家を出る。
いつもそこにある咲の顔がなく、少し視線を下げた位置に緑青の顔がある。
いつもどおりのようで、いつもどおりではない朝だった。

「まだもうちょっとゆっくりできたんじゃないか?」

いつもの通学路をテクテク歩きながら、俺は緑青に軽い文句のようなものを言った。
いつもならまだゆっくりしている時間だったのに、緑青に急かされるように出かけさせられたからだ。

「私の歩く速度、2人より少し遅いから」

言われてふと気づく。
確かに緑青の歩く速度は歩幅も関係しているのか、俺や咲よりもほんの少し遅い。
それも、普段の俺や咲と比べてだ。
朝の俺と咲の歩く速度は、それよりもさらに早い。
ほぼ早足と言っていいくらいの勢いで、俺たちはいつも駅に向かって歩いている。
まあ、それでも間に合わなさそうで走ることも多かったが。

「いつもの電車に間に合うようにするには、あの時間に出る必要があった」
「なるほど。まあ、たまにはいいか」

そうして今日は、俺は緑青と2人でゆっくりと駅に向かって歩いた。
途中コンビニから出てくる若竹とすれ違ったけれども、深夜シフトだったのか疲れた顔をしながらも、妙にギラギラとした目をしているのが印象的だった。
カフェイン強めの飲み物でも飲んで、強引に眠気を追いやっていたのかもしれない。
アイドルをやるようなヤツがそれでいいのか、という気もしないでもなかったが。

「ほら、いつもの時間に着いた」

テクテクと歩くことおよそ12~3分。
俺と緑青は、最寄り駅へと到着した。
考えてみれば、緑青の家は俺と咲の家からはこの駅を挟んで反対側だ。
いくら咲からヘルプが入ったとはいえ、わざわざそんなとこから俺の家まで朝の支度をしに来てくれたなんて、正直頭が下がる。
まあ、朝からホルモンはちょっと衝撃的だったけれども。
ともあれ俺はその感謝の気持ちを示そうと、電車を待つ間に緑青に飲み物をおごってやる。
もちろんそれは、緑青の好物であるグアバジュースのエナドリ割りだ。
混ぜなければいけない関係上、2本買ってその残りは俺が飲むことになるのだが……まあよかろう。

「緑青、朝からグイッといっとくか」
「ん」

無言で受け取り、腰に手を当てながらゴキュゴキュとそれを飲み干していく緑青。
その隣で俺も同じようなポーズを取り、その甘ったるい飲み物を一気に喉へと流し込んだ。

「ぷはーっ。甘すぎるっ!」
「それがいいのに」
「お前のそのセンスがよくわからん」
「ぐふふふふ」

ちっさい見た目なのに意外と大食らいで肉好きな緑青。
しかもそのうえ甘いものも大好きと来ている。

「っていうか、お前ってよく太らないよな。食べ物の好みはそっち系なのに」
「そっち系……どっち系?」
「甘いものとか肉とか。ああ、激辛も好きなんだっけ」
「まあ、嫌いじゃない」
「食べる割には育たないよな。親父さんはあの巨体なのに」
「ゴリラっていうとまた吊るされるよ?」
「言ってねーよ」
「あれ、悦郎じゃなかったっけ」
「俺は止めたほうだ。あれは名前も知らない通りすがりのウェーイ兄ちゃんだ」
「そうだったかもしれない」

ろくしょうミートの親父さん……つまり緑青の親父さんは、娘とはまったく似ていない巨体のゴリラっぽい人だ。身長198センチで体重が110キロ。スポーツとか格闘技とかやってたのかと聞くと、ニヤリと笑って答えてくれない。というか、無口であまりしゃべっている声を聞いたことがない。そのへんは、緑青とキャラが似ているのかもしれないな。

「電車来た。今日は遅れてない模様」
「そうだな。これなら学校は余裕で間に合う」
「早く出た甲斐があった」
「うむ」

いつもは3人で乗る電車に、今日は2人で乗る。
ラッシュはいつもどおりな感じだったが、それでも気分的にちょっと空いているような気がした。

そして俺と緑青は、いつもより少し早めに教室に到着する。
当然のことながら、俺の右隣の席は授業が始まっても空席のままだった。

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