黒柳悦郎は走ったり走らなかったりする

織姫ゆん

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10章 十日目 調理実習

10-6 いつもとは違うひとりの放課後

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放課後。
俺はいつものようにオカルト研究部に顔を出す予定だったが、突然の呼び出しでそちらはキャンセルすることになった。
まあ、うちの部は自由参加だから出ても出なくてもどっちでもいい感じなんだけどな。
俺ですら一度も顔を合わせたことのない男の先輩とかもいるし。
洋子先輩によると、授業中に部室にくるとたまに会えるらしい。
っていうか、そういう部室の使い方の方が生徒会にバレたらやばい気がする。
まあ、聞かなかったことにしておくか。

それはともかくとして、俺は咲たちよりひと足早く下校して、いつもとは違う駅で下車して、いつもとは違う場所へと向かっていた。
その場所とは……。

「このビルに来るのも……しばらくぶりだな」

いつ建てられたのかわからないくらいの古い雑居ビル。
かといってレトロだったりアンティークだったりといったような、趣は一切ない。
ただ単に古いだけ。
5階建てなのにエレベータもなく各部屋にトイレもついていない。
そんな不便なビルの5階に、俺の目的地はあった。

「うへぇ……たった5階とはいえ、階段だけで上がるのはけっこう疲れるんだよなあ」

ようやくたどり着いた5階の事務所。中を見通すことのできない曇りガラスには、『多和泉探偵事務所』というプレートが掛けられている。

「こんちわー。呼ばれたので来ましたー」

鍵もかかっていない建てつけの悪いドアを開け、俺は中に足を踏み入れる。
いろいろな資料なのかそれとも単なる紙ゴミなのかわからないようなものが雑然と積み上げられた机の向こうに、俺を呼び出した人物がいる。

「待ってたぞ、助手」
「いやいや、助手はあなたでしょ。たんぽぽさん。っていうか所長はまだ戻らないんですか?」
「ちょっと! その呼び方やめてって言ってるでしょ!」

机の向こうでプリプリと怒り出した女性こそが、俺を呼び出した人物。
時々俺がバイト……というか小遣い稼ぎをさせてもらっている『多和泉探偵事務所』の、朝倉たんぽぽさんだ。

「いい名前だと思うけどなあ、たんぽぽって」
「でも私は嫌なの。仕事のときは、ちゃんと名刺に吸ってある名前で呼んで」
「はいはい。利音(たんぽぽ)さんね」
「なんか……妙な含みを感じる」
「気のせいですよ、利音(たんぽぽ)さん」
「むぅ……」
「で、所長は?」

所長の椅子にたんぽぽさんが座っていることからその不在はほぼ推測できるが、とりあえず尋ねてみる。

「まだ塀の中」
「先月までじゃなかったんですか?」
「もうしばらくかかるって連絡があった」
「大丈夫なんですか? 利音(たんぽぽ)さん一人じゃお仕事回らないんじゃ」
「だから呼び出したんじゃない。素人の悦郎くんでも、いないよりマシかなって」
「あー、帰ろうかなー」
「待って待って。ごめんごめん。ちゃんといつも役立ってくれてるから」

帰りかけた俺をダッシュで捕まえ拝み倒してくるたんぽぽさん。
まあ、もとから帰るつもりなんてないんだけどね。

「で、俺に用って?」
「うん。依頼の手伝い」
「今日のターゲットは?」
「ターゲットはね、この写真の子」
「ほうほうほう」

俺はたんぽぽさんと入念な打ち合わせをしてから、探偵事務所を出た。

    *    *    *

数時間後、依頼は無事達成される。
迷子のボルゾイ犬は、川沿いにある材木店に保護されていた。
高そうな犬がウロウロしてるから、一応保護しておいたとは、材木店店主の刈谷さんの談である。
助かりました。
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