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15章 十五日目 健康診断
15-2 いつもどおりの恒例行事
しおりを挟む俺、黒柳悦郎は走っていた。
と言っても、いつものように自分の足でではない。
今日の俺は、バスに乗ってどこかに連れ去られようとしていた。
「お腹へったー」
「昼まで我慢する。仕方ないだろ」
「ちぇーっ」
どうやら朝を抜かれているのは俺だけではないようで、ワーワー騒ぐ美沙さんがかーちゃんに叱られていた。
「っていうか、ホントどこ行くの?」
「え? 聞いてないの?」
バス(といっても公共交通機関のものではなく、かーちゃんのとこの団体が地方遠征用に持っているもの)の左側の一番前の座席に隔離されるように座っている俺と咲。
美沙さんたち団体のおねえさま方は、最後尾付近でワーワーとカラオケをしたりトランプをしたりと、いろいろ楽しそうにしている。
空腹を紛らわすために別のことに集中しているという説もあったが。
「聞いてないよ。ってか、かーちゃんたちいつ帰ってきたんだ?」
「今朝だよ。それでそのまま出てきたの」
「もしかして咲、知ってた?」
「うん。だってカレンダーに書いてあったじゃない。見てないの?」
「見てない」
「んもー。家族のスケジュールくらい把握しててよね」
「いやあ、咲に聞けばだいたいわかるから、ついな」
「甘えないの」
「りょーかい」
なんてことを話しているうちに、バスは隣町にあるとあるビルの前に到着した。
「ここは?」
「去年も来たでしょ?」
「へ? そうか?」
「おりゃー、とっとと終わらせて飯くうぞー」
「おー」
いまだに事態を理解していない俺をそのままに、美沙さんを先頭にした団体の姉さんたちがドタドタとバスから降りていく。
そしてそのままビルの入口に消えていった。
「あれ……今の光景、たしかに見覚えがある」
「でしょ? 毎年この時期に来てるじゃない。鉄子さんたちが海外遠征から戻ってくるタイミングで」
「ああ! 定期検診!」
「そうそう」
「そうか……そんな時期だったか」
それはかーちゃんの所属する団体で行っている定期健康診断。
身体が資本のかーちゃんたちプロレスラーにとって、身体のケアというのは必須事項だ。
もちろん普段から気をつけてはいるらしいが、それだけではカバーできない部分もある。
今日はそんなカバーしきれない部分を調べるための、年に一度の精密検査の日だ。
そしてなぜか俺も、その日に便乗して健康診断を受けることになっていた。
いくつのときからそうなったのかは覚えていなかったが、本当に小さなころからの習慣だったのは覚えている。
そして咲も、そんな俺に付き合って毎年健診を受けていた。
「ああいう商売してるだけあって、かーちゃんは健康には人一倍気を使うからな」
「当然です。体調崩したら試合に出れないだけじゃなくて、毎日のトレーニングもできなくなりますから」
「あ、鈴木さん。ってかそうか。鈴木さんも今日健診か」
「はい。私ははじめてです」
「ふふふ。じゃあ私が案内してあげるね」
「よろしくおねがいします」
去年までは俺と咲だけが特別コース(といっても俺と咲の受けているのが一般の健診で、かーちゃんたちのが本当は特別)だったが、今年からはそこに鈴木さんも加わった。
もっとも、それも来年か再来年までで、そのあとは向こう側に行ってしまうだろうが。
「じゃ、またあとでな」
「うん」
入り口を入ったところで俺は咲たちと別れる。
ここからは男女別々。
俺はエレベーターで、男性専用のフロアへと向かった。
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