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15章 十五日目 健康診断
15-3 いつもとは違う検査メニュー
しおりを挟むチーンというベルのような音とともに、エレベーターの扉が開く。
「うわぁ……」
何度来てもこのクリニックの内装は豪華だ。
うちの近所の町医者とは比べるまでもない。
医療機関は白が基本なんて固定観念すら、ここでは通用しない。
壁の色は落ち着いたブラウン。
床もリノリウムとかではなく、毛足の短いカーペットが敷き詰められている。
おそらく毎週のように業者が来てクリーニングをしているのだろう。
そこには、シミひとつ見当たらなかった。
「またボーッとしてあたり見回して。悦郎くん、うち来るといつもそうよね」
背後からかけられた声に振り向く。
するとそこには、メガネをかけた美人さんがいた。
背の高さは俺よりも少し低いくらい。
パリッとスーツを着こなす、大人な雰囲気の女性だ。
彼女は青丹美月さん。
このクリニックの男性専用フロアの受付をしている。
「おはようございます青丹さん。今年もお世話になります」
「おはよう悦郎くん。まずは受付済ませちゃおうか」
「はい」
促され、受付カウンター前のソファに腰掛ける。
ふんわりと俺を受け止めてくれるソファの柔らかさが、その高級さと高額さを示していた。
「問診票と同意書ね。いつもどおりだから、書き方わかるよね」
「はい」
俺の健康状態はここ何年も変わってはいない。
罹患歴も無ければ手術歴もない。
というわけで、問診票に書き込む内容は去年までとまったく同じだ。
ほとんど躊躇なく、数枚の紙のチェックボックスを埋めていく。
すると、去年まで見たことのなかったはじめての紙が俺の目の前に登場した。
「え?」
「あ、それ? 今年からメニューが追加になったのよ」
「へー、そうなんですか」
「やることの説明書いてあるから、最後までちゃんと読んで同意書にサインしてね。別に怪しい契約とかじゃないから、怖がらなくても平気よ」
そう言ってふふふと笑う青丹さん。
たぶん彼女目当てでこのクリニックに検査を受けに来る男たちも多いんじゃんかろうか。
まあ、今日のとこはかーちゃんたちが貸し切りにしてる関係で男は俺しかいないんだけれども。
「え? 胃内視鏡検査? これなに?」
「胃カメラよ。受けたことない?」
「いやいやいやいや、ないってば。それってあれだよね? なんか太い管飲み込むやつだよね」
思わずビビって後ずさってしまう。
もちろんその後退は、高そうなソファがすべて受け止めてくれる。
「ふふっ。大丈夫よ。みんなやってることだし、それに今は昔と比べたらずっと細くなったのよ?」
「いやでもさ、やったことのない俺にとっては昔の太さとか関係ないし」
「それもそうか」
「これ、キャンセルしちゃダメなの?」
「んー、別にいいけどお母さんにあとで何か言われるわよ?」
「うっ……」
確かに言われてみればそうだ。
別にこれは俺が自分の意志で受けている検査ではない。
かーちゃんたちが集団検診のついでに、俺も一緒に受けさせているのだ。
それはつまり、かーちゃんからの検査を受けてこいという指示と一緒なわけで……。
「覚悟するしかない……ってわけか」
「だから大丈夫だってば。はじめての人にはちゃんと説明するし、鎮静剤だって用意してあるんだから」
「苦しくてギブアップした人とかは?」
「んー、私は聞いたことないわね」
「そう、ですか」
俺は諦め、同意書にサインをする。
青丹さんはニコニコ笑顔でそれを受け取り、トントンと書類をまとめるとブリーフケースに入れて立ち上がった。
「じゃあこれでオーケーね。何か質問とかある?」
「ないっす」
「ふふふ。それじゃあ更衣室にご案内しまーす。女性の着替えを覗いたりしないでね」
「階が違うから無理っす」
「ふふっ。正解」
ある意味常連の俺をからかいながら、楽しそうにしている青丹さん。
いつもどおりだと思っていた日曜は、こうしていつもとはまったく違う日曜になってしまった。
いや、ある意味例年(いつも)どおりとも言えるのだが。
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