黒柳悦郎は走ったり走らなかったりする

織姫ゆん

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16章 十六日目 テスト勉強

16-1 いつもより少し暑い朝

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いつものように朝が来た。
窓の外では朝早くからセミが鳴き、枕元ではスマホがピピピピと俺に起床を促している。

「あつ……」

寝ている間に上昇した室温が、許容範囲ギリギリになっていた。
カーテンを開けると窓からギラギラした陽の光が差し込んできて、さらに部屋が暑くなっていくような錯覚を覚える。

「そろそろ寝るときにもエアコンつけるかなあ」

ぼやきながらパジャマ代わりのジャージを脱ぎ、軽く汗を拭いてからTシャツに着替える。
エアコンの前に、寝るときの格好の衣替えの方が早そうな気もした。

「コンコンコン。起きてるー?」

ノックの声真似のあと、咲が俺の起床を確認してきた。

「起きてるぞー」

扉の向こうの咲に気をつけながら、部屋の扉を開ける。
廊下からの風が、わずかに部屋の中に涼気を運び込んでくれた。

「今日は暑いねー」
「まあ夏だしな」

そんなことを話しながら、咲とともに階段を降りる。

「朝食の準備しておくから、シャワー浴びるならパパっとお願いね」
「あー、朝シャワーか。どうするかな」

リビングのところで咲と別れ、俺は洗面所へと向かう。
顔を洗って口をゆすぎ、濡らしたタオルを固く絞って汗を拭う。

「シャワー浴びると微妙に疲れるんだよな。確かにさっぱりはするけど、今日はまだいいだろ」

夏はまだ入り口。
避暑的行動フルコースを繰り出すには、少し早すぎるだろう。

「おはよー」

洗面所と違ってエアコンがバッチリ効いたリビングでは、美沙さんがくつろいでいた。

「あー、悦郎おはよー」
「おはようございます美沙さん。朝のトレーニングのあとでしょうからだらしない格好してるのは別にいいんですけど、ちょっと見えてますよ」
「おっと。こりゃまた失礼」

ソファに寝そべったまま、服装の乱れを直す美沙さん。

「悦郎、今日から部活ないんだっけ?」

俺より一足先に朝食を食べ終えたかーちゃんが俺に尋ねてくる。

「あー、そういえばそうだったっけ」

忘れていた……というよりも頭が意識することを本能的に避けていた気もするが、今日からテスト前の部活動休止期間だ。
期末テストまであと一週間。
試験勉強に専念するために、部活はしないで早く帰りなさいという学校側の配慮だ。

「ってことは帰り早いのか? 咲ちゃんも」

形としては俺に尋ねているが、たぶんかーちゃんが知りたいのは咲の情報だろう。
なにしろ、俺が早かろうが遅かろうが別に何も変わりはしないからだ。

「どうなんだ咲。また勉強会みたいのするのか? 部室で」
「んー、私は聞いてないよ。たぶんちーちゃん次第だと思う」
「あー、まあな」

俺たちの中で一番成績のいい緑青。
その緑青に勉強を教えてもらうのが、俺たちのいう勉強会の真の姿だ。
麗美もなかなか頭はいいみたいだから、これからは先生役に麗美も加わってくれるだろう。
たぶん。

「まあいいや。こっちのスケジュールは変わらないから、早くなるみたいなら連絡してくれよな」
「はい」

俺ではなく、咲が返事をする。
試合や遠征がないとき、かーちゃんは寮の方のトレーニング施設にいることが多い。
なので自宅の方は施錠されている。
もちろん俺も咲も鍵は持っているが、警備会社の関係もあってかーちゃんに連絡して解除してもらってから解錠したほうがいろいろと都合がいい。
まあ、面倒くさくて俺はほぼ咲に任せきりだが。

「あ、時間やばい。咲、ごはん」
「んもう、準備できてるってば」
「いただきまーす」

しゃべっている間にいつの間にか時間が過ぎてしまっていた。
とはいえ朝飯を食べねば力が出ない。
俺は可能な限りの最大限の時間をかけて、咲の作ってくれた朝食を今日も感謝をしつつ漬物まで残すことなくすべて平らげた。


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