黒柳悦郎は走ったり走らなかったりする

織姫ゆん

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16章 十六日目 テスト勉強

16-5 いつもどおりの学年主任の匂わせ

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午後。
テスト前ということで、どの授業でもだいたいがその話になる。
みどり先生の元担任で学年主任でもある原田先生の数学の授業でも当然ながらそうだった。

「まだチャイムまで5分ありますが、今日はここまでにします。なにか質問のある人、いますか?」

いつもより少し早めに授業を切り上げ、質問を募集する。
成績のいい連中がパラパラと手を挙げ、先生はそれに対応した。

「えー、来週から期末テストがはじまりますが、数学の範囲は今日やったところまでです。いいですか、今日やったところまで、ですよ?」

妙なところを強調して言う学年主任。
1年のころはその意味がわからなかったが、今ではみんながそれの意味するところを知っている。

(あ、そうか)

俺は隣の席の麗美に耳打ちした。

「これ、今日のところは確実に試験に出るってことだから」
「え? そうなんですか?」
「なんか知らないけど、先生はそういうやり方をしてるみたい。昔から」
「お優しいのですね」
「優しい……のか?」

確かにその方が平均点は上がるだろうし、その分カバーしなければいけないテスト範囲が狭まって、より試験の対策がしやくなるとは思うが……優しさとは違くないか?

俺がそんなことを考えていると、学年主任はプリントを配り始めた。

「今回の試験の対策用のまとめプリントだ。少なくともこれをやっておけば、平均点くらいはとれるはず。しっかり復習しておくように」

わら半紙に印刷された数学のまとめプリントが、前から順番に回ってくる。
俺は一枚取り、後ろの砂川に渡した。

「これ、あると便利だよね。他の授業でも作ってくれればいいのに」
「それはそうかもしれんが、みどり先生にできると思うか?」
「あー……無理か」

全員にプリントが渡ったタイミングで、ちょうどチャイムが鳴る。

「きりーつ」

ガタガタと椅子を軽く引きずる音が教室のそこかしこから響いてくる。
全員が立ち上がり、号令に合わせて頭を下げる。

「きをつけー、れい」

同時に俺たちに向かって礼をする学年主任。
みどり先生と違って、すでに教卓の上は片付けられている。

「なにか聞きたいことがあれば、いつでも受け付けてますから。放課後でもいいので、私のところまで遠慮せずに来て下さい。それじゃあ次の授業でまた会いましょう」

ピンと背筋を伸ばし、きれいな歩き方で教室を出ていく学年主任。
その姿は、まったく年齢を感じさせない。

「っていうか学年主任って、いくつなんだろうな」
「え?」
「みどり先生の担任もしてたってことは、もうけっこういい歳だよなあ」
「そう言われてみればそうか」

聞きたいことがあればいつでもどうぞとは言っていたが、たぶんこの手の質問は受け付けてはいないだろう。
とはいえ、聞けば教えてくれそうな気もするが、わざわざ聞きに行くほどでもない。
というか、こういうのは想像している段階が一番楽しいのだ。

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