黒柳悦郎は走ったり走らなかったりする

織姫ゆん

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18章 十八日目

18-1 戻ってきたいつもどおりの朝

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いつものように朝が来た。
じっとりと額に浮かんだ汗が、部屋の暑さを俺に知らせる。
半ば寝ぼけたままベッドの中から手を伸ばし、エアコンのスイッチを入れる。
部屋の空気が動き始め、その風の流れだけでも多少の涼しさを感じる。
窓の外からは、うるさいほどに鳴くセミの声が聞こえてきた。
この辺に森なんかないのにいったいどこで羽化したセミなのだろうか。
そんなことを考えながら俺は枕元のスマホに目をやり、アラームが鳴り始める直前にその設定をオフにした。

「あつ……」

エアコンが本気を出すまでまだしばらくかかる。
俺はノロノロと起き上がり、ベッドに腰掛けたまま汗で湿ったTシャツを脱いだ。

「あ゛~」

ちょうどそのタイミングで冷たい風が俺の肌に届いてきた。
火照った身体が冷やされ、汗がスーッと引いていく。

「生き返る~。別に死んでないけど」

あまり風に当たりすぎると身体が冷えてしまうため、ほどほどにしてタンスから取り出した新しいTシャツに着替える。

「トントントン、起きてる~」
「起きたとこー」

ドア越しに聞こえてくるノックの口真似と咲の起床確認。
それに答えながら、俺はエアコンを止めて窓とカーテンを開けた。
外から暑くて湿った空気が流れ込んでくるが、それでも部屋の中のこもった空気よりは新鮮な感じがする。
エアコンなしで過ごせるほどの快適さはないが、部屋にいない間に換気をする程度には問題はなさそうだ。

「おわ」

そうして部屋を出ようとドアを開けると、今日はまだそこに咲がいた。

「洗濯物もらおうと思って」
「おう。いつも悪いな」

俺は脱いだTシャツと汗を拭いたタオル、手早く外した枕カバーを渡した。

「シーツは週末ね。晴れればだけど」
「わかった」

そうして俺は咲と2人で階段を降りてリビングに向かう。
こころなしか咲の足取りも軽い。
なぜなら俺たち2人、ようやく試験の重圧から開放されたからだ。

「朝ごはんの支度できてるから、自分でよそって食べてね。私、洗濯してくる」

俺はキッチンへ、咲は洗濯機のある脱衣所へと向かう。

「今日の朝ごはんは納豆か。お、スイカが切ってある。これも食べていいんだよな」

手を洗って口をゆすぎ、ご飯をよそってテーブルに着く。

「いただきます」

パンと両手を合わせて小さくつぶやく。
かーちゃんと美沙さんは朝トレがまだ終わっていないのか、リビングにもキッチンにもその姿はなかった。

「お、悦郎おはよう」

と思ったタイミングで、美沙さんがキッチンに入ってきた。

「おはよう美沙さん……って、暑そー」
「がははっ。まあな、走ってきたところだからな」

朝トレの締めにどれだけ走ってきたのか、キッチンに入ってきた美沙さんは滝のような汗を流していた。

「でもまあ、この状態での1杯がものすごく美味いんだよ」

そう言いながら専用のカップを使って、美沙さんはプロテインの準備をしていく。
規定量をカップに入れ、常温の水で溶かしてそれをシェイクする。
そして若干ドロっとしたそれを、美味そうにごくごくと飲み干した。

「ぷはー、美味いっ。筋肉に染み渡る~」

シャカシャカと納豆をかき混ぜながら、俺は美沙さんのそんな様子を見ていた。

「なんだ悦郎。お前も飲むか?」
「いや、俺は朝飯中だから」
「そうかそうか。ま、欲しくなったら言えよ」
「うん」

そう言い残して美沙さんは、タオル片手にバスルームへと消えていった。

だからシャワーは寮の方で浴びてくれって何度も言ってるんだけどな。
まあ、向こうは向こうで他の練習生の人が使ってるんだろうけど。

「よし、このくらいでいいな」

俺は納豆はタレを入れる前にかき混ぜる派だ。
ほどよい粘りの出た納豆に、タレを入れて混ざりすぎない程度に再度かき混ぜる。

「準備完了っと」

それを温かいごはんに掛けて、切るように混ぜていく。
ここで混ぜすぎないのがポイントだ。
あまりぐちゃぐちゃにしてしまうと、納豆のつぶの感じが失われてしまう。
そしてご飯と納豆が3:7になるくらいの量を口の中に書き込む。
そして咀嚼。

「もぐもぐもぐもぐもぐ。うん。うまい」

今日もご飯が超絶美味い。
きっとこれも、テストが全部終わったおかげだな。

……まあ、たぶん赤点で補習が待っているけれども。

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