勇敢へいたるキッカケ~この僕がクビ?スキル「怯み無効」のありがたさが分からない奴らなんて、こっちから願い下げです!……って思ってました。

鯨井イルカ

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第一章

こんなの聞いてない

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 背後からガチャリという鍵のかかる音が聞こえた。

「フォルテさん、こちらの施錠は完了しました」

「あ、はい。分かりました」

 いよいよ、王女様の部屋に入るのか。
 女性の部屋に入るのは、これがはじめてだ。仕事といっても、やっぱりドキドキするな。
 きっと、可愛いぬいぐるみなんかが沢山かざってあって、良い匂いがして――


「うぐっ!?」


 ――そんな幻想は、扉を開けてすぐに打ち砕かれた。
 なんなんだ!? この臭いは!
 まるで、血と、汚物と、腐敗臭と、薬品臭と、安物の香水をぐちゃぐちゃにまぜたみたいだ。しかも、壁にも床にも黒い汚れがベッタリとついてる。家具や照明は豪華なものばかりだけど……、これが本当に、王女様の部屋なのか?

「あら、だぁれ?」

 不意に、部屋の奥にある天蓋の閉じたベッドから、眠たげな声が聞こえた。

「あ、あの、お休み中に失礼いたします。僕は、魔術師のフォルテです」

「ふぅん、そう。それで、あたしに、なんのようなの?」

「あ、あの、王様から、遊び相手になるようにと言われまして……」

「あら、それは嬉しいわ。さいきん、べるむがきてくれないから、たいくつしていたの」

 ……本当に、ベルムさんと王女様は関係があったのか。

「それじゃあ、いっしょにあそびましょうか」

 その言葉と共に、天蓋が開いて王女様が姿を現した。緑色のロングヘアーに、赤い瞳の大きな目、紫色のネグリジェからのぞく華奢な手足。なぜだろう、すごく可愛らしいのに、鳥肌と吐き気が止まらない。

「ああ、おもいだしたわ。きのう、おとうさまから、あたらしいこがあそびあいてになてくれるって、きいていたんだったわ」

「そう、でしたか」

「あなた、たしか、おもしろいこゆうすきるをもってるのよね?」

「はい。『怯み無効』といって、魔術の詠唱中はどんな攻撃を受けても、痛み感じることがありません」

「そうそう、そうだったわ。ひるみむこう、おもしろそうだから、ちょっとみせてよ」

 王女様はそう言うと、微笑みながら首をかしげた。

「え? ここで、ですか?」

「ええ。あのかべにむかって、まほうをうってみて」

「でも、万が一壁を壊してしまったら……」

「だいじょうぶよ。このへやは、うちがわからのこうげきでは、ぜったいこわれないようになってるから」

 内側からの攻撃に強い部屋?
 防犯ということなら、外からの攻撃に強くないといけないんじゃ……。

「ねえ、はやくして。ほんとうはべるむがよかったのに、あなたでがまんしてあげてるんだから」

 ……さすが、王女様相手だから言い返せないけど、気に障る言い方だ。そこまで言うなら、お望みどおりにしてやろうじゃないか。固有スキルを試すと言ったって、どうせ詠唱中に叩いたり、つねったりするだけだろうし。

「東をつかさどるものよ……」
「そうそう、はやくみせて。えーと、あれはたしか……」
 
 不意に、王女様が鏡台の前まで移動した。
 
「あらゆるものを引き寄せ、また引き離すものよ……」
「あった、あった。たぶん、これだわ」

 それから、香水瓶を片手に戻ってくる。

「散漫と不安定もたらすものよ……」
「えい」

 王女様は僕の袖に、香水を吹きかけた。
 一体、何のつもりなんだ……え? 服が、溶けてる?

「英知と倫理を授けるものよ……」
「うん。よかった、あっていたわ」

 何が、よかった、なんだ?
 服だけじゃなくて、腕までただれてきた……。

「今ここにきたりて……」
「へー、ほんとうに、いたみをかんじないのね」
 
 固有スキルを見てみたいっていっても、これはやりすぎじゃ……、うわっ骨まで見えてきた。

「我が望みを叶えたまえ」
「べるむだって、このおくすりだけは、ないていやがったのに」

 ……え?

「我が前にそびえるものを……」
「あのときのべるむは、すごくかわいかったなぁ」

 ベルムさんに、この薬を使った?

「切り裂き……、粉砕し……」
「からだじゅうがぼろぼろになって、きれいなかおをぐちゃぐちゃにしてないて」

 うっとりした表情で、なんてことを言ってるんだ、この人は。
 それじゃあ、ベルムさんが勤めていた、遊び相手っていうのは……。

「かの者の一切をなぎ払いたまえ……」
「かんぜんかいふくやくをつかうのが、いやになるくらいだったなぁ」

 ……人のことを心配してる場合じゃない。だって、もう詠唱が終わってしまう……。


「だから、あなたも、かわいいかおをみせてね」
 

「破壊の風……、ぎゃぁぁぁぁぁぁ!?」


 腕が、腕が、腕が。


「ほら、こんなにつよいまほうをつかっても、かべはすこしもこわれてないでしょ」

 そんなこと、どうでもいい。

「だいじょうぶよ、もうすこしほうっておいても、しなないから」

 死ぬ、死なないの問題じゃない。

「それにしても、ほんとうにえいしょうちゅうはいたみをかんじないのね。なかなかおもしろいわ」

 分かったなら、早く、完全回復薬を。

「かんぜんかいふくやくをつかったら、つぎはなにをしようかな」

 つ、次?

「つめをめくったり、おなかのなかみをひきだしたり、あしをすりおろしたり……」

 なんて、ことを、言うんだ。
 
「じかんはたっぷりあるから、ゆっくりたのしみましょう?」

 そう言う王女様は、心の底から楽しそうな笑顔を浮かべていた。
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