上 下
29 / 45
第二章

今日から本格的に

しおりを挟む
 虫除けのペンダントを装備して、改めて魔術を実践してみると、リグレは難なく薪を燃やすことができた。
 火属性以外の魔法も危なげなく使いこなしたし、魔術師としての素質は充分すぎるくらいだ。
 夕食のときにそのことをカリダスさんとエタレオさんに報告したら、二人ともすごく喜んだ。

 そんなこんなで、一夜が明けて……。

「おはよう! フォルテちゃん!」

 今日も、リグレに起こされ……。

「おう! おはよう! フォルテ先生!」
「フォルテ先生! 朝ご飯ができてるよ!」

 四人で朝食を食べ……。

「それじゃあ、行ってくるぜ! フォルテ先生、リグレのこと、よろしくな!」
「行ってきます! リグレ、いい子にしてるんだよ!」

「はーい! お父ちゃん、お母ちゃん、行ってらっしゃい!」

「お二人とも、行ってらっしゃい」

 仕事へ向かうカリダスさんとエタレオさんを見送り……。

「じゃあ、フォルテちゃん、魔法の練習だね!」

「そうだね」

 ……魔術の授業が始まってしまった。
 いや、別に、リグレに魔術を教えることが、嫌なわけじゃない。
 
 ただ――

「まずは、かけっこで体力作りなんだよね?」

「……うん」

 ――今日から本格的にランニングが始まってしまうのが、ものすごく気が重い。

 リグレにはあんまり飛ばしすぎないように言ったけど、分かってくれただろうか?
 昨日みたいなスピードで走られたら、今日こそ肺が爆発するかもしれないんだから……。

「フォルテちゃん、どうしたの?」
 
「……いや、何でもないよ。だた、ちょっとだけ、不安になったっていうか……」

「分かった! じゃあ、かけっこして不安を吹き飛ばそう! いっくよー!」

「だからっ! ちょっと待ってって!」

 僕の声を気にすることなく、リグレは猛スピードで家を出ていった。
 ……どうやら、肺が爆発する可能性は、かなり高いみたいだ。

 それから、なんとかリグレを捕まえ、適度なペースでのランニングを始めた――

「フォルテちゃーん! はやくはやくー!」

「ほ……、んとうに、ちょっ……、まっ……、て」

 ――はずだった。

 でも、気がついたらリグレが足踏みをしながら、はるか前の方で僕を待つという状況になっている。小さい子の体力って、なんでこんなに無限大なんだろう……。

「フォルテちゃーん! あとちょっとだから、がんばってー!」

 ゴールに設定したヤシの木の前で、リグレがピョンピョン跳ねながら手招きをする。 
 ……ひとまず、あともう少しだけ頑張ろうか。

 死に物狂いでたどり着くと、リグレは楽しそうに笑った。

「フォルテちゃんも、ゴール! やったね!」

「それは、どうも……」

「ちょっと、お休みする?」

「うん……、ちょっとだけ……」

「分かった! お休みが終わったら、お家に戻って魔法の練習?」

「そうだね……、しばらくはそんなスケジュールになるかな……」

「ふむふむ! あ、砂浜でかけっこはしなくて平気!?」

「……へ? 砂浜で、かけっこ?」

 ……というと、足腰とか体幹のトレーニングになるあれか。

「まあ、今のところそこまでは、しなくていいんじゃないかな」

「そうなの?」

「うん。あれはどちらかというと、物理攻撃職がするトレーニングだから。双剣使いとか、弓術師とかの」

「そうなんだ! じゃあ、あそこにいるお兄ちゃんは、そーけんつかいさんか、きゅーじゅちゅしさんなんだね!」

「は? あそこにいる……、お兄ちゃん?」

「うん! ほら、あそこ!」

 リグレがそう言いながら指さす方向へ、顔を向けると――

  ザッザッザッザ

「……」

  ザッザッザッザ

 ――険しい表情で砂浜を駆けるルクスさんの姿が目に入った。

 絶対に会いたくない人に、こうも簡単に遭遇するなんて……。

「ねーねー、フォルテちゃん、あのお兄ちゃん、そーけんつかいさんかな? きゅーじゅちゅしさんかな?」

「あー、うん、どっちだろうね」

「砂浜で転ばないでかけっこできるなんて、すごいねー」

「そうだね。じゃあ、頑張ってる人の邪魔しちゃったら悪いから、僕たちは帰ろうか」

「うん! そうだね!」

 よかった、そんなにルクスさんに興味を持ってないみたいだ。

 これで、気づかれないうちにこの場を離れられ――

  ザッザッザッザッ……ガッ!

「うわっ!?」

  ズシャッ!!

「あ!? たいへん! お兄ちゃーん大丈夫ー!?」

 ――ると思ったのに。

 ルクスさんが顔面から砂浜に転んで、リグレがあわてて駆け寄っていった。これって、どうあがいても、顔を合わせることになるやつだよな……、でも、隠れてればどうにかなるかも……。
 よし、ヤシの木陰に隠れて、様子を見ることにしよう。

 突然近寄ってきたリグレに、ルクスさんは驚いた表情を向けた。
 それから、立ち上がって服についた砂を払い、リグレに軽く頭を下げた。
 そして、バンソウコウを差し出すリグレに向かって首を横に振って、また軽く頭を下げた。
 リグレはそんなルクスさんに向かって、ニコリと笑った。

 ……このまま、話がまとまって、リグレが戻って来てくれればいいんだけど。

 不意に、ルクスさんがリグレに向かって首を傾げた。
 すると、リグレはニコリと笑ってこっちを指さした。
 
 当然、ルクスさんはこっちに顔を向けて、僕と目が合い――


「あー、えーと……、先日はどうも……」


 ――僕は聞こえてるかも分からない声で、ルクスさんに気まずい挨拶をすることになった。

 ルクスさんも困惑した顔で会釈をしてから、リグレと一緒にこっちに向かってきた。

「フォルテちゃーん! お兄ちゃんケガしてないってー!」

「わー、それはよかったねー」

 あんまりの事態に、棒読みで返事をするのがやっとだ。

 新生活が始まってまだ二日目だっていうのに、なんでこうなるかな……。
しおりを挟む

処理中です...