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最終章 人とあやかし

約束の日

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 それからまた、いつもどおりの日々が過ぎて、約束の日の早朝を迎えた。

「本日はくれぐれもよろしくお願いしますよ、化け物のみなさん」

 玄関先で仮面をつけた長谷さんが、馬鹿にしたような声とともに、軽く頭を下げた。

「 ぁ゛ ぅ 」

 隣にいる美代さんは、虚ろな濁った目でうめき声混じりに浅く息をしてる。相変わらず、苦しそうだ。あのとき、痛み止めを渡せていればよかったのに……。

「ふふ、長谷君は相変わらず、たかだか退治人崩れのわりに、見事ななまでに高圧的だね」

 そう言う玉葉様の微笑みも、そこそこ高圧的な気がする。

「おや、失礼いたしました。たとえ化け物相手だとしても、棲家にお邪魔するなら多少の礼儀は必要でしたかね」

「ま、構わないよ。誰だって家に入り込んでくる小蝿に、いちいち礼儀なんてもとめないだろ?」

 ……美代さんを助ける前に、深刻なイザコザが起こったりはしない、よね?

「長谷、少しは口を慎め」

「玉葉様、いちいち挑発に反応してないで、さっさとやること済ませますよ」

 いつもの黒装束を着た咬神さんと、白い作務衣を着て髪を一つに結んだ文車さんが、不穏な空気に割って入った。

「……ともかく、必ず成功させてくださいね」

「……別に君なんかに言われなくても、そのつもりだよ」

 しぶしぶ、といった感じだけれど、助け船のおかげで、不穏な空気がおさまっていく。これなら、すぐにイザコザが起こることはないはず。

「明、これから作業を始めるから、長谷君を客間に案内してあげて。一応は、お客さんから」

「わかりました、玉葉様」

「うん、ありがとう。あ、そうそう、お茶とかお茶菓子は出さなくて大丈夫だからね」

「えっと……」

 さすがに、それは失礼すぎるような……

「構いませんよ。化け物のもてなしを受けたいと思うほど、酔狂ではありませんから」

 ……こともなかったかも。

「そう言ってもらえると、助かるよ。これ以上、君らに手間をかけたくはないからね。じゃあ、咬神君は長谷君を見張っていてね」

「承知いたしました、山本様」

「うん、素直でよろしい。文車は予定通り、僕の手伝いをお願いね」

「はい、玉葉様。ほら、行くぞ」

「ぁ゛ ぃ゛ 」

 文車さんに促されて、美代さんがふらふらしながら履き物を脱ぐ。手を貸した方が、いいかな?

「ぁ゛ ぃ゛  ぉ゛ ぅ゛ぁ ぃ ぁ゛  ぉ゛」

 不意に、縫い目だらけの顔に、穏やかな微笑みが浮かんだ。大丈夫ありがとう、って聞こえた気がする。

「ふふ、この子の方が、主人よりも出来がいいみたいだね」

「ははっ、まったくですね。さ、私らに着いてきな」

「ぁ゛ ぃ゛」

 三人は振り返らずに、廊下の奥に消えていく。長谷さんの対応をするのは、少し気が重いけれど……。

「美代、どうか。今度こそ、今度こそ……」

 仮面の下から、震えた呟きが聞こえてくる。

「奥方様、私達も行きましょうか」

「そう、ですね。長谷さん、こちらへ」

「……はい」

 特に嫌味や皮肉もなく、仮面をつけた顔が軽く頭を下げた。

 今は私も、玉葉様たちの作業が上手くいくことだけを願ってよう。

※※※

「今日もねー、いい天気だねー」

「うん! いいお天気!」

「そう、ですね」

 長谷さんを案内してからは、化け襷さんと暴れ箒さんと一緒に、縁側で日向ぼっこをすることになった。玉葉様から、「今日は何があるから分からないから、休めるときは休んでいてね」と言われてるけど、少し落ち着かないかも。

 もうすぐお昼になるし、ご飯の支度をはじめようかな……

「明ー、駄目だよー、今日はねー、ゆっくりするのがねー、お仕事だよー。ご飯ならねー、文車がねー、お弁当をねー、鮎五郎にねー、頼んでたからねー、大丈夫だよー」

「うん! だから俺たちは日向ぼっこしてなきゃ!」

 ……と思ったら、釘を刺されてしまった。

「……なんで、分かったんですか?」

「なんだかねー、そわそわしたねー、顔をしてたからねー、カマをかけてねー、みただけだよー」

「明、分かりやすいから!」

「そう、でしたか……」

 二人とも、意外と鋭いところがあるよね……。

「すみません、なんだか、何かしてないと落ち着かなくて」

「まあねー、落ち着かないねー、気持ちもねー、わかるんだけどねー」

「そうだね、あの子、大丈夫かな?」

「安心しろお前ら、今は強い痛み止めで眠ってるが、術式は上手くいったから」

 不意に聞こえた声に振り返ると、いつの間にか文車さんの姿があった。

「お疲れ様でした。お茶をお持ちしましょうか?」

「いや、大丈夫だよ。ただちょっと疲れたから、私もここで休ませてくれ」

「はい、どうぞ」

「ありがとうな。よっと」

 掛け声とともに腰掛ける体が、少しフラフラしてる。

「大変な術、だったんですね」

「ん、まあな。なんつーか、滞ってた写し元血とかが巡るように、身体中の細部の細部にまで、細い管を張り巡らせるようなことをしてたから」

「それは……、凄まじいですね……」

「ああ……、向こう百年くらいは、やりたくねー術式だったよ。ただ、さっきも言ったとおり上手くいったから、夕方くらいには腐ってたところも回復して、痛みも取れるはずだ」

「一日で、そこまで回復するんですか?」

「まあ、本当はもっと時間がかかるんだけどな。今回は身体の素材に、回復力が高いあやかしの骸を使ってたみたいだから、大丈夫だろう」

「よかった……、これで美代さんは、楽になるんですね……」

「ああ……、そう、だな」

 相槌を打つ声が、どこか歯切れが悪い気がする。

 何か気にかかることが……

「少なくとも、痛みからくる苦しさ、楽になるはずだ」
 
 ……あるなんて、分かってたはずなのに。

 あの部屋の中で目を覚ますのは、いったい誰なんだろう?

「……なあ、明」

「……はい、なんでしょうか?」

「明は色んな理を捻じ曲げてまで、玉葉様とずっと一緒にいたいと思うか?」

「……」

 文車さんはすごく真剣な目で答えを待ってるのに、言葉がすぐに出てきてくれなかった。
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