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6. 以前とは違う関係の私達

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  それから殿下は本当に毎朝迎えに来るようになった。

「おはよう、フィオーラ嬢」

「おはようございます、レインヴァルト殿下」

  今朝も相変わらず、胡散臭い爽やかな笑顔でやって来た。
  そんな殿下を嬉しそうに迎えるお父様とお母様と侯爵家の使用人達。

「お嬢様!  殿下に愛されてますね!!  羨ましいです!!」

  マリアは毎朝、興奮して私にそう言ってくれる。
  その度に「違う」と言いたくてたまらないけれど、殿下のこのお迎えの目的が私にも分からないので、ひたすら笑って誤魔化している。





「放っておいてくださって構いませんのに……!」

  私は今朝も馬車の中で殿下に不満をぶつける。

「だから、止めねぇって言ってんだろ?  いい加減に分かれや」
「分かりたくもありません……!」
「お前なっ!」

  もうこのやり取りは何度目だろうか。
  もはや、習慣になりつつある。

  殿下の口調と態度のせいか、今世の殿下と私は今までになく気安い関係になっている気がした。
  最初の人生の時はクラスも違ったので、私達は学園で一緒に過ごす事など殆ど無く、婚約後から設けられている月に一度の交流会の日にようやく話が出来る程度だった。
  ……だからこそ、殿下と親しく話すメイリン男爵令嬢に嫉妬したのだけれど。


  入学式の日の様子と、この毎朝の一緒の登校で、周りには私と殿下は仲睦まじい婚約者として認識されてしまったようだった。
  まさかとは思うけれど、これも殿下の思惑通り……なのだろうか。

「仕方ねぇだろ?  お前が毎回毎回飽きもせず婚約解消とか言い出すから、外堀から埋めるしか無くなったんだっつーの」
「……ゔ!」

  まるで私の心を読んだかのように殿下が言う。

「その、婚約解消はー……」
「しねぇって言ってんだろ」

  殿下はピシャリと答える。
  取り付く島もない。

  言ってしまいたい!
  今、貴方はこんな事を言っているけれど、どうせ、2年後には貴方から私に婚約破棄を告げるのよ!

  と。

  本当に、今世の殿下は調子が狂う。
  私は静かにため息をついた。




****




  入学前に決意したように私は学園に入学してから、頻繁に図書室に通っては医学関係の本を読み漁っていた。
  ちなみに、授業はしっかり参加させられている。
  こっそり逃げようとしても毎度毎度、殿下に捕獲されてしまうから。
  同じクラスなのが憎い。こうする事を見越してクラス編成に口を出したとしか思えない。


「オックスタードさん、今日もですか?」

  通いすぎてすっかり顔馴染みになった司書の先生に声をかけられた。

「えぇ、空いた時間は無駄にしたくありませんから」

  私はにっこり笑って微笑みながら答える。

「そうですか。今日はどんな本を?」
「今日は、流行病について調べてみようかと思いまして」

  私がそう答えると、司書の先生は「それならば、ちょうどこちらの棚にまとめてありますよ」と案内してくれた。
  それは大変助かるけれど……何故、まとめられているのかしら?
  そんな疑問の表情を浮かべた私の心を読んだかのように先生は答える。

「数日前、レインヴァルト殿下も、同じ様な事を仰って、流行病に関する調べ物をされていたのですよ。だから、今は関連書籍がこちらにまとまっているんですよ」
「え!?」

  司書の先生の言葉に、私は目を丸くして驚いてしまった。

「レインヴァルト殿下が……?」
「はい、そうですね。真剣に調べておられましたねぇ。誰か知り合いが病にかかられたのかと思ってしまいましたよ」
「………………」

  別におかしな事ではないのだけれど。
  殿下は優秀な人だ。
  本性はあんな口調と態度だけれど、勉学も武術も人より優れている。
  だから、殿下が医学に興味を持ってもおかしくはない。むしろ、彼には必要な知識でもある。

  たまたま……よね。
  そう思いながら司書の先生に案内され、書籍のある棚に向かったのだけれど。

「……あっ!」

  そこに居たのは、紛れもなくレインヴァルト殿下本人だった。

「フィオーラ嬢?  どうしてここに?」
「よ、読みたい本がありまして……」

  そう言って殿下の持っている本に視線を移す。
  司書の先生の言っていた通り、殿下は医学関連……しかも流行病についての書物を読んでいる事は間違いないようだ。

「殿下。オックスタードさんも、そちらの本に興味があるようなんですよ」

  司書の先生がフォローするように殿下に説明をしてくれた。

「えっ!  き、君も……?」

  殿下はとても驚いている様子だった。
  声が上擦っているのがその証拠だと思う。

「はい……」
「そ、そうか……」


  せっかくなら、2人で勉強したらどうですか?
  と言う司書の先生の、言葉を断る事が出来ず、私と殿下は向かい合わせで座り、お互い正面から向き合う事になった。 

「…………」

「…………」

  お互い無言だ。全くもって目の前の本の文字が頭に入って来ない。
  とっても気まずい。
  まぁ、ここは図書室なので大きな声で喋る場所でもないので構わないかと思った時、殿下が口を開いた。

「何で、病に関する事を調べようと思ったんだ?」

  殿下の前にいるのが私だけだからだろう。口調は王子様モードでは無くなった。

「後学の為です」

  私は本から視線を上げずに答えた。
  王子に対する態度としてはかなり失礼にあたるけど、正直今更だと思うので敢えてもう気にしない。
  殿下も気にしていないようで、「そうか……」と小さく呟いていた。

「…………殿下はどうしてです?  先生が……その誰か知り合いが病にでも罹られたのかと思うくらい真剣に読まれていると仰っていましたが……?」

  私の言葉に殿下は驚き、目を大きく開いた。かなり驚かせてしまったようだ。
  そして、すぐにふっと自嘲するような微笑みを浮かべた。

「そうだ……な。知り合いが病に罹ったと言えば罹ったと言えるが……」
「…………悪いのですか?」

  何だか煮え切らない答えだったが、殿下の顔が辛そうだったので思わず聞いてしまった。

「…………あぁ。だから俺に出来る事はこれくらいしか無いんだ」
「そうですか……その方、良くなるといいですね」

  相当、その方の状態が良くないのか、殿下の顔はとても辛そうなままだ。
  もしかしたら、回復の見込みは少ないのかもしれない。

  殿下がそこまで大切に思う方って誰だろう?
  私の知らない所でそんな方がいたのね。

  そう思うと、何故か胸の奥がチクリと痛んだ気がした。

  殿下が私の言葉に対して無言だったので、チラリと顔を上げて殿下の方を見てみると、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
  私はギョッとする。

「で、殿下!?  申し訳ございません、私、勝手な事を……!」
「あ……いや、悪い……そうじゃないんだ……」

  私がてっきり不快になる事を言ってしまったのだと思い、謝罪をしたのだけれど、「違う、そうじゃない……」と殿下はブツブツ呟いていた。
  そして、私をじっと見つめてきた。
  さっきまでの泣き出しそうな表情は消えていて、真剣な表情だった。
 

  今度は、胸がドキンと跳ねた気がした。


「…………ただ、お前がそれを言うんだなと思っただけだ……」

「え?」

  意味が分からなかった。
  私が首を傾げていると、「何でもないから気にするな」と言われ、殿下も再び本に視線を戻した。
  殿下の言葉は気になったけれど、私は私で目的がある。
  今は、自分の事に集中すると決め、私も黙って本に目を通す事にした。


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