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18. メンタルの強い男爵令嬢
しおりを挟むメイリン男爵令嬢は、相当メンタルが強い令嬢なのだとこの数日で実感する事になった。
「……あ、レインヴァルト殿下、フィオーラ様、偶然ですね、おはようございます!」
彼女は今日も笑顔で私達の前に現れる。
“偶然”を装って。
そして、彼女が現れるその度にレインヴァルト様からは黒いオーラが発せられる。
(……惹かれていくというより、引かれていくの方が正しい気がする……)
そんなレインヴァルト様の様子に安堵してしまう自分の醜い心も嫌だ。
こんな醜い心はどうしても最初の人生を思い出しそうになるから。
けれど、メイリン男爵令嬢は私が覚えている過去の彼女とはどこか印象が違うようにも感じた。
それに、レインヴァルト様を取られるかもしれない……という心配だけでなく、何処か彼女は不気味だ。得体が知れないとも思う。
それにどうして彼女はレインヴァルト様の好みを知っていたの?
(まさか……彼女も……)
嫌な予感が頭の中を駆け巡る。
そんなはずは無いと必死に頭の中でそれを打ち消す。
本当に本当にこの4度目の人生は、どの過去とも違いすぎている。
そんなメイリン男爵令嬢は今日も絶好調だ。
「今日は良い天気ですね! あ、そうです。せっかくなら外でお昼ご飯を一緒にどうですか? 私、お昼に外でご飯を食べるの憧れていたんですよ!」
そう笑顔でレインヴァルト様に声をかけるメイリン男爵令嬢。
どうしてかその顔は、相変わらず断られるとは微塵も思っていなさそうな様子なので私は驚く。
(その自信満々な表情は、どうしてなのかしら……)
そんな事をぐるぐる考えていたら、レインヴァルト様が王子様モードの笑顔で口を開いた。
「うーん、申し訳ないけど、それは遠慮させてもらうよ。そんなに外で食事をしたいのなら私達ではなく友人とすればいいんじゃないかな。ーーーー行くぞ」
最後の言葉は小声で私に向けて言った。
メイリン男爵令嬢の話を一刀両断したレインヴァルト様はその場からさっさと離れて行こうとするので、私は慌てて追いかける。
「………………おかしいわ。どうしてなの?」
その場にポツンと残されたメイリン男爵令嬢が、小さくそう呟いた声が聞こえた気がした。
レインヴァルト様の歩く速度がいつもより早い。
これは機嫌の悪い証拠だ。
「レ、レインヴァルト……様……!」
「あ、あぁ……悪い。あの女のせいでイライラしていた」
私が息を切らして追いかけている事が分かったからなのか、レインヴァルト様はようやく歩く速度を緩めてくれた。
「あの女って、さすがにその言い方はよくありません」
「あんな女、呼び方なんてそれで充分だろ……それに俺は基本お前以外の女はどうでも良いと思ってるからな」
「え?」
私はその言葉にびっくりして顔を上げてレインヴァルト様を見つめてしまう。
ばっちり目が合ってしまった。
「何をそんなに驚いてんだ?」
「え、いえ? あの……」
だって、その言い方だとまるで……
いや、違う! 勘違いなどしてはいけない。
私はブンブンと首を横に振る。
それでも、油断すると頬が緩みそうになるのを必死で堪える。
まぁ、顔は赤くなっていると思うけれど、そこは仕方ないと思って欲しいわ。
「…………この反応。少しは意識して貰えてるのか?」
レインヴァルト様が小さく呟いた気がしたけれど、よく聞こえなかった。
「今、何か?」
「いや、何でもない。教室に行くぞ」
「は、はい」
そこから私達は教室に向かって並んでゆっくり歩き出した。
その後も、メイリン男爵令嬢はとどまることを知らなかった。
幾度となく私達の前に現れては、あの手この手でレインヴァルト様にお誘いをかけていく。
その度に、レインヴァルト様の機嫌は日々、急降下していくのだけどメイリン男爵令嬢はそれに気付いているのかいないのか。
持ち前の明るさで、全くめげる様子が無い。
そんなある日、メイリン男爵令嬢は不思議そうな顔をしながら、ある疑問を口にした。
「そう言えば、ずっと気になっていたんですけど、どうして殿下の側に側近のロイ・フェンディ様がいらっしゃらないんですか?」
「え?」
思わず言葉を返したのは私だ。
「ロイ様だけじゃありませんよ。ハリクス様もいらっしゃらないですよね? 何かあったのですか?」
ハリクスとは、ハリクス・ソンフォード。伯爵家の令息で騎士団長の息子だ。
ロイ様と同じく、今までの人生では殿下の側近候補として護衛も兼ねて傍にいた人物だった。
……そう言えば、彼も私の断罪の場に居たわね。
とても蔑んだ目で見られていた事を思い出す。
あの断罪の場で私を取り押さえていたのは彼だった。
だから、ロイ様に続いてあまり思い出したくない人物ではあったのだけど、まさかここで彼女の口からその名前が出るとは。
「……ロイ様もハリクス様も、レインヴァルト様の側近候補になっていませんよ、メイリン様」
「えぇ!? そんなはず……!!」
私の言葉にメイリン男爵令嬢は、心の底から驚いているようだった。
しかし、彼女は何故、この2人が側近として傍にいると思っていたのか。
確かにあの2人が側近候補として名前が上がっていたのは間違いないし、かつての人生ではそうだった。
だけど、今世のレインヴァルト様は側近候補を誰も置いていない。
メイリン男爵令嬢は、私の顔を知っていた理由を伝手があって情報に詳しいと言っていたけれど、やはりそれには違和感を覚える。
だって本当に彼女が、様々な事情や情報に詳しいのなら、むしろレインヴァルト様が誰も側近候補を置かなかった事こそ知っていただろうに。
(いったいどこからの情報なの……?)
「もういいかな? ヒューロニア男爵令嬢。君の戯言で私とフィオーラの時間を邪魔しないでくれないかい?」
レインヴァルト様が王子様モードのスマイルで追い払おうとしている。
そして、言葉にちょっと本音がダダ漏れてしまっているわ。
……戯言って、その顔で使う言葉ではないと思うの……
でも、そんな事は気にせず、更に怯まないのがこのメイリン男爵令嬢だ。
彼女は一瞬驚いた表情を見せた後すぐに元の顔に戻り、何かを思い出したかのような素振りで口を開いた。
「どうしてレインヴァルト殿下はそんなにフィオーラ様の事を大切に扱われるのですか?」
「……? 婚約者だからね。大切に扱うのは当然だろう?」
あぁ、レインヴァルト様の目が『何言ってんだこいつ』って目をしている……。
お願いですから、それは口にしないで下さいね?
と、内心ハラハラして見守っていたら、メイリン男爵令嬢は私にとって聞きたくもない発言を繰り出した。
「ですが、フィオーラ様と殿下は、愛情なんてない政略結婚のための婚約者同士ではありませんか!!」
「!!」
こんなに不快な言葉は無いと思う。
言われなくても、私自身が一番分かっているのに。
それに、“今”では無いとはいえ、かつてレインヴァルト様の心を手に入れた事のあるメイリン男爵令嬢に言われるなんて……!
私の足元がクラリと歪んだ気がした。
もはや、立っているだけで精一杯。
そんな私を横からレインヴァルト様が腰に手を回し支えてくれた。
「ヒューロニア男爵令嬢。私とフィオーラの婚約が政略的なものだろうと愛情によるものだろうと君には一切全く関係の無い事だろう。口出しは控えて貰おうか」
「なっ!!」
さすがのメイリン男爵令嬢も、レインヴァルト様が怒っている事は伝わったらしい。
「で、ですが! 殿下には……私と………………っ!」
まだ何か言いたそうだったけれど、レインヴァルト様にジロリと睨まれメイリン男爵令嬢もそれ以上の言葉は謹んだようだ。
悔しそうな顔で唇を噛んでいる。
「フィオーラ、歩けるかい?」
「…………」
私の足はまだ震えている。私は無言で首を横に振る。
今はレインヴァルト様に支えられて立っているのもやっと、という感じだ。
思い出したくなかった人物や、レインヴァルト様との関係を指摘されて私は少し参ってしまったらしい。
「……無理そうか。なら、失礼するよ」
そう言って、レインヴァルト様は私の膝裏に腕を回し私を持ち上げた。
「!?」
横抱き……いわゆるお姫様抱っこの格好だ。
私は理解が追いつかず呆然としていて、レインヴァルト様のなすがままだった。
「フィオーラ、君を絶対に落とす事は無いけれど危ないから、私の首に手を回して」
レインヴァルト様が優しい王子様モードの声で言う。
私は何が何だか分からないまま無言でコクコクと首を縦に振り、レインヴァルト様の首に手を回した。
「良い子だ」
チュッ
そう言って私の額にキスを落とした。
「!?」
私が突然の事に声も出せず驚いていると、野次馬で集まっていた人達もきゃーーーー! と悲鳴をあげていた。
恥ずかしさと照れくささとで、顔を真っ赤にして顔を俯ける私の視界に入ったのは、
唖然とも呆然ともしながら、私に対して憎しみのような怒りのような目を向けるメイリン男爵令嬢の姿だった。
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