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19. 告げられた殿下の気持ち
しおりを挟む私を抱き抱えたレインヴァルト様は、医務室ではなく空き教室に私を連れて行った。
「え? あの、どうして?」
「医務室の方が良かったのか?」
「いえ、そうではありませんが……」
「医務室でアレコレ聞かれるのが嫌だろうと思ってな」
どうやら、気を遣われたらしい。
私自身も、身体が震えている理由を問いただされても答えようが無いのでこの配慮は有難かった。
そっと、私の身体を降ろし座らせると、レインヴァルト様もすぐ隣の椅子に腰をかけた。
「しかし、あの女、どういうつもりなんだ……?」
「レインヴァルト様?」
「ロイ・フェンディだけでなく、ハリクス・ソンフォードの名まで挙げてくるとは」
やはり、レインヴァルト様もそこが気になるらしい。
「はっきり言ってあそこまでだと気味が悪い」
「……」
同感だった。私は静かに頷いた。
「……まだ少し震えているな、大丈夫か?」
そっと優しく手を握られる。
トクンッと心臓が思いっきり跳ねた。
「だ、だ、大丈夫です……」
動揺しているから、どもってしまった。これでは全然大丈夫には見えないだろう。
そんな私の様子にクスリと笑う気配があって、次の瞬間には私はレインヴァルト様の胸の中に抱き込まれていた。
「レインヴァルト様!?」
「こうしてないとお前が何処かに行ってしまいそうだ」
「そ、そんな事……」
「ある。こんな風に無理矢理にでも繋ぎ止めて置かないと、お前は俺の手の届かない所に行ってしまう。それは、それだけは絶対に嫌なんだ」
そう言ってさらにギュッと強く抱き締められる。
どうしてか、私よりもレインヴァルト様の方が震えているみたいだった。
「……フィオーラ。お前は俺を憎み、恨んでいるんだろうな……」
「え?」
「婚約解消を願い出たお前の申し出を却下し、無理矢理俺の隣にいる事を押し付けている。お前の自由を奪ってしまっている自覚はあるんだ」
「…………」
「それでもだ。それでもここに……俺の隣にいて欲しい」
────何だろう?
レインヴァルト様も私と同じで何かを恐れている? そう感じた。
だけど、私は聞かずにはいられない。
メイリン男爵令嬢にも言われてしまったから。
「……レインヴァルト様が、私との婚約解消を頑なに了承しなかったのは我が家と王家の結び付きが重要だからなんですよね?」
「はぁ!? 何だって!?」
私の言葉にレインヴァルト様はガバッと身体を離して、目を大きく見開いて驚愕の表情をしていた。
「…………まさか、お前……いや、フィオーラ、ずっとそう思っていたのか?」
「違うのですか?」
今度は私が驚く番だった。
「違う! 確かにオックスタード侯爵家との縁談の始まりは政略的な思惑が絡んではいるが……そうじゃない! 俺がお前が何度も申し出ていた婚約解消を了承しなかったのは…………違う」
お父様はこの縁談は、レインヴァルト様に一目惚れした私が強く望んだ事からゴリ押ししたとも言っていた。
そこにうまく王家の望む政略的な思惑も一致して結ばれた婚約だから、解消する事に簡単に頷いて貰えないのだと思っていた。
……実際そんな感じの事も言っていたはずなのに、どうしてレインヴァルト様は今になって、こんなに必死に否定しているのかしら。
私が不思議に思って首を傾げていると、レインヴァルト様は表情を引き締めて真剣な顔つきになった。それはどこか緊張しているようにも見えた。
「……王家と侯爵家の関係なんてどうでもいい! 俺自身が望んでるんだ……フィオーラ、お前自身を」
「…………え?」
私は言われた言葉が理解出来ず、ポカンとしてしまう。
「あぁ、くそっ! 俺は……本当はこんな事を言う資格は無いんだ!」
そう言ってレインヴァルト様を頭をブンブンと振った後、じっと私を見つめた。
ドキンッ!
そんなレインヴァルト様の真剣な顔に思わず胸が高鳴ってしまい、私は思わず目を逸らそうとしたけど、続いて発せられた言葉に驚いて動けなくなった。
「好きだ」
「………………え?」
「俺はフィオーラの事が…………好きなんだよ」
「私を…………好き?」
私は耳がおかしくなってしまったのだろうか?
だって、レインヴァルト様が私の事を好きだと言っている。
「あぁ、好きだ……フィオーラの事がずっと好きだった」
聞き間違いじゃなかった。私はレインヴァルト様に好きだと言われている。
これは夢? 今、私は夢を見ているの?
……違うわ。夢じゃない。
夢の中などではなく、現実だと実感してジワジワと胸の中に広がるこの気持ちは、もちろん“嬉しい”だ。
「あの、レインヴァルト様……私は」
私もレインヴァルト様の事が好きです。
そう言いたいのに、なぜか私の口をレインヴァルト様の指が塞いでしまう。
「!?」
「お前の気持ちは言わなくていい。俺にはそれを聞く資格も応えて貰う資格もないんだ。フィオーラはただ、俺の気持ちを知っていてくれるだけでいい」
「!?」
どうしてなのか。そうだ。さっきもこんな事を言う資格は無いって言っていた……
資格って何?
そう訴えたかったけど、レインヴァルト様がとても辛そうな顔をしていたので、何も言えなくなってしまった。
──この人はいったい何を抱えているのだろう?
分からないけど、好きだと言いながらも私の気持ちを聞こうとしないなんて……
「……狡いです」
私がそう呟くと、レインヴァルト様は泣きそうな顔で「そう。俺は狡い奴なんだよ」と小声で呟いた。
正直納得いかなかったけれど、レインヴァルト様は絶対に聞く耳を持たないだろう。
「……もう大丈夫ですので、私は先に教室に戻りますね」
私はレインヴァルト様から離れてそう言った。
今は一緒にいるとますます頭の中が混乱しそうだったから独りになりたかった。
レインヴァルト様も静かに頷いてくれたので、同じ気持ちだったのかもしれない。
教室を出る時の私は、レインヴァルト様に背を向けていたから、彼がどんな表情で私を見つめているのかは分からなかった。
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