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42. 乗り越えて知った新たな事実

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「今日はどうだ?」
「ええ、食事もだいぶ摂れるようになりましたし、ベッドから起き上がって部屋の中もウロウロ出来るくらいにはなりました。もう少ししたら、軽い散歩くらいは許可が降りそうです」
「そうか!  その時は一緒に散歩しよう」

  私の言葉にレインヴァルト様が優しく微笑んだ。

  私が意識を戻してから、彼は時間が空くと、必ずこうして私の様子を見に来てくれる。
  レインヴァルト様曰く、こうして自分の目で様子を確かめないと安心出来ず、公務に支障をきたすらしい。
  そのせいで、レインヴァルト様の側近であるショーン様に、
「いっそ、フィオーラ様には殿下の執務室で療養してもらいたいくらいですよ」
  と言われるほど。

「……調子が悪くないなら、今日の夜、時間とれるか?」
「今日の、夜ですか?」
「話さなくちゃならねぇ事がたくさんあるからな……今日の夜なら俺の手も空きそうなんだ」
「分かりました。大丈夫です」

  私が微笑みながら答えると、レインヴァルト様も安心したように笑って「では、夜に」と言って公務に戻って行った。

  あの日ハリクス様に斬られてから目を覚ますまでの事を私はまだしっかりと聞いていなかった。
  きっとその話をするのだろう。


****


「悪ぃ、遅くなった」
「いえ、大丈夫です」

  夜、約束通り公務を終えたレインヴァルト様が私の部屋に訪ねて来た。
  侍女も下がらせたので2人きり。
  ちょっと夜に部屋で2人きりの状況にドキッとしたけれど、違う違う。
  変な目的じゃないもの。話をするのだから!
  ドアは少し開けてあるし、隣室には護衛も侍女も待機しているので、問題は無い……はず。
  内心でちょっと色々考えていたら、レインヴァルト様が話を開始したので、慌ててそちらに耳を向ける。
  しっかり話を聞かなくてはいけない。

「どこから、話すかな……。やっぱりハリクス達の事からか」
「……お願いします」
「おそらく、フィオーラも予測がついてると思うが、会場にハリクスを侵入させたのはラルゴだ」
「はい」
「ハリクスとラルゴはロイと同様に俺を恨んでた。俺のせいでメイリンと会えなくなったからだと……だが」

  そこで言葉を切ったレインヴァルト様は、その続きをあまり言いたくなさそうだった。

「…………ハリクスは、元々俺ではなくフィオーラを狙うように言われていたらしい。……メイリンから」
「……」

  やっぱり当初の予定通りってそういう意味だったらしい。
  
「ハリクスは俺への恨みから勝手に標的を変更したが、結局、フィオーラを傷つける事になってしまったんだ。…………俺のせいだ……」
「違います!  レインヴァルト様のせいではありません!  私があの時逃げられなかったせいです」
「いや、あの状況でハリクス相手に……無理だろ……俺が不甲斐なかったからお前をこんな目に合わせてしまったんだ……」

  レインヴァルト様の表情は後悔でいっぱいという顔だった。
  
「なぁ、フィオーラ、お前があの時に言いかけていた、夢を見たって話はこの事だったのか?」
「……はい」

  今更ながらもっと早く話しておかなかった事を悔やんだ。
  そうすれば会場の警備を増やす措置だってとれたはず。
  何故か監視の隙をつく事ができた彼らには意味など無かったかもしれないけれど、それでも私だけでなく参加者を守る意味でも必要な事だった。

「ですが、その夢と今回はどこか違う所もありまして……」
「違う所?」

  レインヴァルト様に私の感じた夢と違う所を説明する。
  すると、最後に彼は小さく呟いた。

「……あの女が自分勝手に望んだ世界の内の一つ……の夢の話だったのかもしれないな」

  私もそう思った。
  それを現実にしようと彼女は……

「そこまでして私を殺したかったのですね」
「……フィオーラがハリクスに斬られて命を落とす。それが、あの時メイリンが言いかけていた死の予言の1つだったと俺は思っている」

  その言葉には私も全面同意なので、静かに頷く。
  私を取り巻く死の運命の数々。
  あの状況や彼らの供述からもハリクス様による暗殺もその1つだと考える方が自然だ。


「だが、フィオーラ。お前が意識を取り戻した日……いつか分かるか?」
「?」
「あの日、お前は容態が急変し本当に危なかったんだ。奇跡が起きなければ、おそらく……死んでいた」
「…………」
「その日、その時間はな?  かつての人生でフィオーラが命を落とした日と時間だったんだ」
「…………え?」

  レインヴァルト様の言葉に、私は驚く。

  あの日が……過去の私が死んだ日、死んだ時間だった?
  それは予想でも何でもなくて、間違いなく、
  今回の事件こそが私の死の運命だったと言っているようなもので……

「ですが今、私は生きている……生きていますよ、ね?」
「あぁ。フィオーラはここに、俺の所に戻って来てくれた」
「……死ななかった?  もしかして私、運命を……変えた?  今度こそ変えられたのでしょうか?」
「俺は、そう思ってる」

  レインヴァルト様は力強く頷いた。
  その言葉を聞いて、私の目からは涙が溢れる。

  その時、思い出した。あの時の何かが割れる音……あれは──……

  レインヴァルト様が、その涙を優しく拭いながらさらに続ける。

「突然、部屋が光って金色の粒子が降ってきたんだ。その後、フィオーラの意識が戻った」
「……!  待ってください!!  それは私も経験しました!  眩しい光に金色の粒子!」

  それは、私があの白いモヤの空間で経験したのと同じだ。
  確かにあの金色の粒子が空から降ってきて、それに触れた後、私はここで目覚めた。
  その事をレインヴァルト様に伝えると、レインヴァルト様はさらに表情を引き締めた。

「……フィオーラ。俺はあの金色の粒子を知っている」
「え?」
「時戻しの魔法を発動させた時に降ってくるものと同じだった」
「……魔法を?」
「あぁ。でも、知っての通り俺はもう魔法は使えない」
「そうですよね……」

  それにたとえ使えたとしてもレインヴァルト様が使える力は、時を戻す力。
  私が目を覚ました時、時は戻ってなどいなかった。だから違う。彼の力じゃない。

「なぁ、フィオーラ、これは俺の推測なんだが……」
「?」
「俺は、あれがお前の“力”だと思っている」
「私の?」
「フィオーラ、もしかしたらお前も魔法の力を宿してるんじゃないか?  それも俺と同じ大魔法使いの力を」
「!?」


  ───私が、魔法の力を宿してる?  それも大魔法使いの力を?


  にわかには信じられないその言葉に、私は驚きを隠せない。

「だって、そんなはずは!  その力は大魔法使いの末裔である王族のものですよね?」
「……何も大魔法使いの末裔は王族だけじゃないさ。ただ、力を持っていても王族以外の者が発動出来なかっただけだ」
「え?」
「力を使える条件だ。大魔法使いの力を使えるのは“次世代を統べる定めの者”って言っただろ?」
「…………」
「俺は、その条件を即位前の王位継承権1位の王子の事だとばかり思っていたが……もしかしたらその妃になる者も当てはまるんじゃねぇか?  未来の王妃なんだから」
「え、いや、だって……」

  突然、そんな事を言われても理解が追いつかない。

「で、でも私は時を戻していません!」
「大魔法使いの力は何も時を戻すだけじゃねぇよ。王家に引き継がれてるのがその力だったってだけだ。フィオーラの持ってる力は別物なんだろう」

  まさか、そんな事が有り得るのだろうか?

「フィオーラの力が何なのかは、正直、俺もよく分からねぇけど、あの場……その白いモヤの空間で何か……それも強く願わなかったか?」
「…………願いました」
「それは何だった?」
「レインヴァルト様、あなたの所に戻りたい!  と」
「……その瞬間、光が?」
「はい」
「そこで力が発動したんじゃないか?  そして、フィオーラは俺の所に戻ってきたわけだ」

  レインヴァルト様は納得しているようだけれど、私は全く納得がいかない。
  自分に力がある事も。
  そしてそれを発動させたって事も。

「納得いってないみたいだが、フィオーラが力を持っていればずっと疑問だった事の謎が解けるんだ」
「……何をですか?」

  私の言葉に、レインヴァルト様は切なげに微笑んだ。

「俺の、時戻しの力の中でフィオーラが記憶を保持してた理由だよ」
「あっ!」
「何でだろうなってずっと思ってた。単純に俺の想いの影響かとも思ってたが、恐らくは、“俺と同じ条件を持っているフィオーラ” には記憶の消去が効かなかったって事だろうな」
「同じ条件……?」
「大魔法使いの末裔でその身に力を宿し、次世代を統べる定めの者」

  思わず息を呑む。
  大魔法使いの末裔は、探せば国内にはまだまだ居るのかもしれない。
  普通の魔法使いの末裔だっているはずだ。
  だけど、大魔法使いの力を使える条件である、次世代を統べる定めの者に当てはまるのは──王太子と王太子妃のみ。そう言いたいらしい。

「俺の隣に立つのはフィオーラしかいねぇって事だな」

  レインヴァルト様がニヤリと笑いながら言う。
  その声はどこか嬉しそうだった。

「で、でも、私はまだ王太子妃ではありません!」

  私は必死に首を横に振る。
  まだ、レインヴァルト様と私は結婚していないのだから、あくまでも私は王太子妃候補。条件に当てはまっているとは言えない。

「……厳密にはそうだが、俺の心は既に決まってるしな。誰がなんと言おうと、俺の妃になるのはフィオーラだ。何より俺は絶対にお前を逃さないから」
「……!」

  シレッとした顔でレインヴァルト様はそんな事を言う。


  もし、本当に私が何らかの“力”を持っているのなら、その力は何なのだろう。
  
  あの時の私の願いは、
  “レインヴァルト様の所に戻りたい”

  私があの場にいた時は、危篤状態だったと言う。
  ……ならばあの白いモヤの空間は生と死の狭間のような場所だったのではないだろうか。そこから私はレインヴァルト様の元に戻った……戻る事が出来た。

  そんな事を頭の中で考えながらウンウンと唸っていたらレインヴァルト様は更に真剣な顔をしていた。

「フィオーラ。ようやく辿り着いたこの先は俺もお前も知らない未来だ」
「……そうですね」

  そうだった。私は目を覚ました日から今日という日を今、初めて生きている。

「これからどんな事が待ち受けているかは分からないが、それでも俺と生きてくれるか?」
「もちろんです」

  私は笑顔で即答する。

  やっと掴んだあの先の未来へ。
  私は今、1歩を踏み出している。

「フィオーラ」

  レインヴァルト様が背中に気を使いながら優しく私を抱き寄せたと思ったら顔を近付けてくる。
   私がそっと目を閉じたと同時に唇が重なり、そのまま優しいキスが続いた。
  レインヴァルト様のキスは全然止まる気配がなく、
  私も私で彼の首に腕を回してそのキスに応え続けた。

「愛してるよ…………俺の所に……戻って来てくれて本当に…………ありがとう」
「私も……愛してます」

  キスの合間に囁かれたその言葉に胸が締め付けられる。
  私は強くレインヴァルト様を抱き締め返した。
  背中の痛みなんてちっとも気にならなかった。


  そして、痺れを切らしたショーン様に「いい加減に就寝時間が過ぎてますよ!  自重して下さい!」と、部屋に乗り込まれ怒られるまで私達はずっと離れなかった。


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