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16. 愛しい人の温もりで

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  結局、その後はそれ以上の情報は得られず、お父様も黙りを続けるせいで完全に手詰まりとなってしまった。
  そして、困った事にお父様は閉じ込めていた部屋からは出してくれたものの、屋敷の外に出る事は許してくれなかった。

  そして私は──……今日も仕事から戻ったお父様を廊下で捕まえては説得を試みる。

「お父様!  学院に行かせて下さい」
「ならん!  行けばディギュムの息子と逢い引きをするのだろう?」

  お父様ガジロリと私を睨む。

「で、ですが、私はかれこれもう二週間も学院を休んでいます!」

  こんなの心配どころの話では無い。
  さすがに周りもおかしいと思うはず──……そう思ったのに。

「あぁ。安心しろ。学院には“病気を患い、療養のためしばらく休む”と伝えてある」
「な!」

  なんて勝手な事を!!
  お父様は私がルーセント様と別れると口にするまで絶対に譲る気はなさそうだった。

  (このままでは、殿下の誕生日パーティーの日が来てしまう!)

  ルーセント様と堂々とシュバルツ殿下の前に立つと決めたのに。
  その日はもう目前に迫っていた。

「本当にフリージアにしてもディギュムの息子にしても、毎日毎日諦めの悪い事よ……何なんだあのしつこさは!!」
「え?」

  吐き捨てる様に口にしたお父様のその言葉に私は驚く。

「お父様、今なんて……?」
「……」

  お父様はしまった!  という顔をして私から目を逸らすけれど、もう遅い。
  私は確かに聞いた。

「もしかしてルーセント様はお父様の元に」 
「……」
「お父様!!」
「うるさい!  ……とにかくだ!  誰が何と言おうと駄目なものは駄目だ!」

  お父様が自身が何度も口にし、私も聞き飽きたお決まりの台詞を言う。
  堪らなくなった私は訊ねる。

「……お母様ですか?」
「ん?」
「お父様は、ディギュム侯爵とお母様を巡って争ったのですか?」 
 
  私のその言葉にお父様の眉がピクリと動いた。

「どこで聞いた」
「……“噂”です。意外と世間に広まっている話のようですよ?」
「……」
「婚約していたという二人の間に入ったのはお父様なのですよね?  つまり、お父様が──」
「お前には関係ない!」

  お父様が声を荒らげる。
  だけど、二週間は長い。私も私で我慢ならなかった。

「……“関係ない”のなら、私とルーセント様がどういう関係になろうとも、それこそ問題ないはずです!  彼に会わせて!!」
「フリージア!」
「ルーセント様の事が好きなの!  私は彼と生きていきたいの!  それだけなの!!」
「……」

  私は半分泣きながら訴えた。

  前世で幸せになれなかった分も幸せになりたい!   
  そう願っただけなのに。何で皆、邪魔ばかりするの?

「っ!  お前は……!  フローラと同じ顔をして……」

  と、お父様が苦虫を噛み潰したような表情をして何かを言いかけたその時。

「失礼します、キャルン侯爵。お邪魔しています」

  (───え?)

  聞き覚えのある……いえ、聞き間違うはずの無い大好きな人の声が聞こえたと思ったら、後ろから優しく抱きしめられた。

「!?」
「き、貴様っ!?  何でここに……」
「愛しい人を迎えに来ました」

  お父様が慌てた。
  
  (お父様のこの反応……間違いじゃない!) 
  
  身体が上手く動かなかったので後ろを振り向けないまま、私はおそるおそる口にする。

「ル……ルーセント様、ですか?」
「そうだよ、俺の愛しいフリージア」
「……」

  (あぁ!  やっぱりルーセント様!)

「ルーセント様!」
「フリージア!」

  私は身体を思いっきり捻ってルーセント様に抱き着く。
  ルーセント様も優しく私を抱きとめてくれた。

  (この温もりがずっとずっと欲しくて恋しくて堪らなかった!)

「会いたかったです」
「俺もだよ……顔をよく見せてフリージア」

  ルーセント様は身体から手を離すと両手を私の頬に添えて上を向かせる。

「あぁ、可愛い可愛い俺のフリージアだ」
「ふふ、ルーセント様ったら」

  私が微笑むとルーセント様も優しく、でもどこか切ない表情で微笑み返してくれて、顔を近付けて来たと思ったら私の涙の跡にそっとキスを落とす。

「涙の跡……」
「あ、これは……その」
「うん、分かってるよ」
「え?  あ……」

  チュッ……

  ルーセント様はそう言って今度はそっと唇を重ねる。
  ここは私の家の廊下だったとか、お父様が見ているのに、とか。
  そんな事は全部吹き飛んでしまい私はとにかく目の前のルーセント様しか見えなくなってしまう。
  私はギュッとルーセント様の背に腕を回し抱き着いた。

「フリージア……」
「ん……ルーセント様」

  チュッチュと唇以外にもたくさんのキスを受けてから、ようやく私は訊ねる。

「はっ!  ル、ルーセント様、そう言えばど、どうしてここ……」
「…………そ、そうだ!!  誰だ!  誰なんだ!!  誰がディギュムの息子なんかを通したんだ!」

  突然のルーセント様の登場と、いきなりラブシーンを繰り広げ始めたわたしの姿に呆然としていたお父様がようやく覚醒したのか騒ぎ立て始めた。

「し、しかも、め、目の前で……堂々と……」

  ルーセント様が屋敷の中にいるという事は、必ず通した人がいる。それは明らかだった。

「それは、私です。旦那様」
「「!!」」

  そう言って廊下の影から現れたのは、前に少しだけお父様達の事を話してくれた執事。

「貴様!  裏切ったのか!?」
「裏切ったわけではありません。フリージア様の事を一番に考えただけです」

  お父様の怒りも執事は表情を変えずにさらりと受け流した。

「フリージアの事を、だと?」
「旦那様。さすがに二週間も屋敷に閉じ込めるのはやり過ぎです。フリージア様は気丈に振舞っておられましたが、よく見ればかなり憔悴されています」

  その言葉にお父様は私の方へと視線を向ける。

「そのお姿は、まるで、奥様……フローラ様を見ているようでした」
「……フローラ!」

  その言葉にお父様がガクッと膝をつく。
  そして、うわ言のようにお母様の名前を呼び始めた。時折、ディギュム侯爵様の名前も混ざっているような気がする。
  そんなお父様を横目に執事は言う。

「……お嬢様。旦那様には少しお嬢様と離れて頭を冷やしてもらう時間が必要なようです」
「……」
「ディギュム侯爵令息様、しばらくお嬢様をお願い出来ますか?」
「あぁ」

  ルーセント様が力強く私を抱きしめる。

「行こう、フリージア」
「い、行く?」

   ───って、何処に!?
  私の困惑が伝わったのかルーセント様が、フッと笑う。

「とりあえず、二人になれる所?」
「え……」

  ルーセント様はそう言って私をひょいっと抱き上げる。

「ちょっ!?」
「ははは、ほらほらしっかり捕まって?  そう、手を首に。君を落としたくないからね、可愛いフリージア」
「~~~!!」

  私も落ちたくはないので、言われるがままに自分の手をルーセント様の首に回した。
  密着度が高くなったせいでドキドキする。
  
「ディギュム侯爵令息様、お嬢様をよろしくお願いします」

  執事のその言葉を背に私はルーセント様に抱えられて家を出た。

  
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