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第19話 甘い時間
しおりを挟む「……んっ」
「ライザ……」
殿下はキスの合間に優しく私の名前を囁く。
その声色が色っぼすぎて胸がドキドキする……
「ちょ、待っ」
「駄目……待てない」
「あ……」
そう言って一旦離れた筈の私達の唇がもう一度重なる。
おかしい!
初めて触れたキスはとっても優しかったのに……
初めての優しく触れたキスはすぐに離れてしまって、ちょっと残念……
と思っていたら「……もう1回いい?」と聞いてくれたので嬉しくて頷いたら……
──今度は全然止まってくれない!!
(極端すぎるわーー)
「……ライザ」
「セオドア……様?」
「その顔、すごく可愛い……」
「……へ?」
──顔? 私は今、どんな顔を……?
「俺の事を……好きだって顔をしてる」
「!!」
「あはは、嬉しい……幸せだ」
殿下はそう言いながら今度は私の顔中にキスの雨を降らす。
額に目尻に頬に……そして、唇に……
その一つ一つが、私を好きだと言ってくれている気がして私は殿下の甘い甘いキス攻撃に酔いしれてしまった。
***
キスは満足したのか、唇を離した殿下が「そう言えば……」と訊ねてきた。
「ライザは……今はどこに住んでいるの?」
そうだった。
私は侯爵家から逃げ出した身で、殿下は私の事を探してくれていたんだった!
(うっかり甘い雰囲気に流れてすっかり飛んでいたわ)
「お母さんと暮らしていた頃から、面倒を見てくれてお世話になっていた人の所です」
「そっか、良かった……」
私の返答を聞いて殿下は心から安心したという顔をした。
(……ずっと心配してくれていたんだわ)
「心配をおかけしました……」
「うん、ライザが頼れる人も居なくて一人だったらどうしようかと思っていた」
そう言いながら殿下は優しく私の頬に手を触れる。
(あぁ、ドキドキする。好きな人に触れられるってこんなにもドキドキするものなのね)
「その方はお店を経営していて……資金が貯まるまではと働かせてもらう事になりました」
「資金……遠くへ……行くつもりだった?」
「そう、ですね。お金が貯まれば……」
私は頷く。
少なくとも王都は出るつもりでいた。
いつ侯爵に見つかるか分からなかったから。
「間に合って良かったな」
「……」
「でも今、ライザは俺の腕の中にいる」
「はい」
殿下の私を抱きしめる手は緩まない。
幸せで夢みたいだ、なんて殿下が言うから、私も同じ気持ちです……と答えたら再び優しいキスが降ってきた。
「好きだよ、ライザ」
「私もです、セオドア様」
私達はそう言い合って見つめ合い微笑み合う。
(怖いくらい幸せ……ずっとこうしていられたらいいのに……)
「ねぇ、ライザ。聞いてもいいだろうか?」
「はい?」
少しだけ殿下の私を抱きしめている腕に力が入った気がする。
「侯爵達はライザに何をした?」
「え?」
「逃げ出す……なんてよほどの事があったに違いない……そう思っている」
「ライザがアイツらに傷つけられたと思うと……」
──地獄を見せてやりたくなる。
殿下は私の耳元でそう言った。
「エリザベスとの入れ替わりが完了した後、侯爵家に私を連れて行った侯爵は、まだ私には利用価値があると言って当面は家にいてもらう、そう言っていました」
「利用価値がある?」
殿下が不思議そうな顔をする。
「いざとなった時にもう一度身代わりをさせる気だったのかと思います。ですがそれは殿下がエリザベスを……」
「俺がエリザベスを?」
そこまで言いかけてふと気付く。
侯爵はエリザベスに殿下を誘惑するようにと言っていなかったかしら?
「……セオドア様」
「どうしたの?」
急に黙り込んだ私の頭を殿下は優しく撫でる。
私はちょっと顔を伏せつつも聞いてみる事にした。
「エリザベスに、誘惑されましたか?」
「誘惑!?」
「その……エリザベスは婚姻前に殿下のお手付きとなる事を企んでいた事を思い出しまして……」
なんか嫌だ。
モヤモヤする。
殿下は私のよ! 今すぐエリザベスにそう言ってやりたい気持ちが湧き上がってくる。
何だか悔しくて仕方が無かった。
「……ライザ」
殿下が私の名前を呼ぶと共に私の顎に手をかけて上を向かせる。
「?」
そして、素早くチュッと唇を奪われた。
あまりの素早さに呆気に取られている私に殿下は言った。
「俺がこんな事をするのもしたいと思うのもライザだけだよ」
「……セオドア様」
「あのエリザベスだからね……そりゃ、しつこかったよ。でも、あんな女には指1本すらも触れたいとも思えない」
そう口にする殿下は心底嫌そうだ。
「あ、あの、私はセオドア様の事を疑ったわけでは無いのです! ただ、エリザベスがセオドア様に近付いていた思うと、こう胸の中がモヤモヤと……」
「え!」
殿下が驚いた顔を見せる。
「ライザ、それはね?」
「はい……」
「嫉妬と言うんだよ」
「嫉妬? これが?」
「そう嫉妬」
何故か殿下は嬉しそう。
なんなら頬もちょっと赤い。
「ははは、駄目だなぁ。ライザには、申し訳ないけど嫉妬して貰えたなんてそれだけで嬉しくなってしまう」
「す、すみません」
「なんで謝るの? 嬉しいのにそれだけ好きって気持ちがあるって事だろう?」
嘘偽りの無い笑顔で殿下はそう言う。
その顔を見ていたら胸がキュンと高鳴った。
(好きだって自覚するって凄いわ。些細な事に嫉妬したり嬉しくなったり……)
これ以上、この話をするとキュン死にしそうな気がしたので話を戻す事にした。
「あ、そ、それで話は戻りますが……侯爵達は用済みになった私を娼館に売ろうと計画をしていました」
「は? 娼館? それってあの娼館?」
「はい。あの娼館です」
「ライザを……娼館に?」
そう呟く殿下の表情が見る見るうちに険しい表情へと変わる。
(怒っている!? ……今すぐ侯爵達を殺してしまいそうなんだけど!!)
「ははは、どうやら侯爵達は命がいらないらしい」
笑っているけど全く笑ってない!!
「え、えっと、逃走したあの日は売られる寸前で、もう悠長にしてはいられない。そう思って逃げる事にしました」
「ライザ……」
殿下がギュッと私を抱き締める。
「こんな事を言うのもおかしいけど……逃げてくれてありがとう」
「いえ」
「そして、今日まで怪我も無く無事で本当に良かった……ライザの為に何も出来なかった自分が悔しい」
「わざわざ探してくれただけで充分ですよ、ありがとうございます」
「……」
私が殿下の頬に手を添えて言うと、ちょっとだけ殿下が泣きそうな表情になる。
その顔を見ていたら、あのまま売られないで本当に良かった……
また会えてよかった……
心からそう思った。
「……ライザを王宮に連れ帰りたい……なのでエリザベスを排除しないといけない」
──エリザベス。
彼女の事だからさぞかし傲慢に振る舞い、好き勝手やらかしているのだと思う。
(キャシーを始め、使用人の皆は大丈夫なのかしら?)
侯爵家で使用人をゴミを見るような目で見ていたと言う噂のエリザベスだもの。
きっと王宮でも変わらない。
彼らの精神的苦痛を思うと胸が痛んだ。
「まずはエリザベスとの婚約破棄が先決だな」
「あ……」
そうだった。
あまりにも嬉しくて夢みたいで浮かれていたけれど、彼女がいる限り私は正式な婚約者にはなれない。
「ライザ。一緒に王宮に戻って共に闘ってくれる?」
「勿論です!」
私は即答する。
だってこれからも、殿下といる為だもの。
私はもう“身代わり”なんかじゃない!
(もうこれ以上、エリザベスの好きにはさせないんだから!!)
私は改めてそう決意した。
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